公開日: 2024/03/07 (掲載号:No.559)
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空き家をめぐる法律問題 【事例58】「不可抗力が生じた場合の建物賃貸借契約の諸問題」

筆者: 羽柴 研吾

※この記事は会員以外の方もご覧いただけます。

空き家をめぐる法律問題

【事例58】

「不可抗力が生じた場合の建物賃貸借契約の諸問題」

 

弁護士 羽柴 研吾

 

- 事 例 -

最大震度7の地震が発生したため、賃借していた自宅建物から親戚宅に避難しています。自宅は地震で部分的に損傷し、今後の居住に支障が出る可能性があります。そこで、賃貸借契約を終了させることを考えていますが、可能でしょうか。

また、賃貸借契約書を見ると、敷引特約の条項が記載されています。引越しをする場合、転居費用に充てるため敷金を使用したいと考えています。このような場合でも敷引特約は適用されますか。

 

1 はじめに

大規模な地震等の災害によって、賃借している自宅建物が損壊し、避難生活を余儀なくされる場合、損壊の程度によっては転居等を検討せざるを得ないこともある。そこで、不可抗力によって賃借している建物が損壊した場合に、賃貸借契約にどのような影響が生じるかを解説したい。

また、賃貸借契約の中には、いわゆる敷引特約が付されているものもある。そこで、不可抗力によって賃貸借契約が終了する場合にまで、敷引特約が適用されるかについても併せて検討することとしたい。

 

2 不可抗力と賃貸借契約の帰趨

賃貸借契約の目的物である建物の全部が滅失その他の事由によって使用及び収益をできなくなった場合、賃貸借契約は当然に終了する(民法第616条の2)。また、当該建物の一部が滅失その他の事由によって使用及び収益をできなくなった場合、賃借人に帰責性があるときを除いて、使用及び収益をできなくなった部分の割合に応じて、賃料債務は当然に減額されることになる(民法第611条第1項)。一部滅失の場合に残存部分で賃貸借契約の目的が達成できない場合には、賃借人は、自らの帰責性の有無にかかわらず、賃貸借契約を解除することができる(同条第2項)。

賃貸借契約の目的物である建物の全部が滅失したか否かの判断は、一般論としては、物理的に建物の主要な部分が消失したかどうかだけではなく、消失した部分の修復が通常の費用では不可能と認められるかどうかも考慮して判断される(最判昭和42年6月22日民集21-6-1468等参照)。

もっとも、修復が通常の費用によって可能であったとしても、大規模な地震等によって付近一帯の建物が損傷し、修復までに相当の時間を要し、賃貸借契約を存続させることが相当ではない場合もある。そのため、当該建物の被災状況だけでなく、地震に直接・間接に関係した地域全体の被災状況や置かれた状況等の事情を総合考慮して、賃貸借契約を存続させることが相当かどうかを判断する必要がある場合もあると考えられる(大阪高判平成7年12月20日判時1567-104は、阪神大震災後に修繕業者が優先的に公共施設の工事に従事していたこと等の事情も考慮して賃貸借契約の終了を認めている)。

ところで、上記のとおり、一部滅失の場合には、賃貸借契約は存続し、賃料が当然に減額されることになる。そのため、賃借人は、理論上、減額後の賃料相当額を支払うことで債務不履行を回避することはできる。もっとも、どのような根拠で減額後の賃料を算定するかについて明確な基準はないため、賃借人は、事実上、減額前の賃料を支払わざるを得ない場合もあり得るように思われる。

 

3 不可抗力と修繕義務の関係

賃貸人は、賃借人に建物を使用及び収益させる積極的な債務、すなわち、賃借人の使用及び収益に適する状態に置くべき義務を負っている。そのため、賃貸人は、賃借人に使用及び収益をするために必要な修繕義務を負う(民法第606条第1項)。また、賃貸人が建物の修繕を行う場合のように、建物の保存に必要な行為を行う場合には、賃借人に一時的に建物から退去等を求めることも可能である(同条第2項)。

賃貸人の修繕義務は、不可抗力によって修繕しなければならない場合でも発生する。賃借人は、賃貸人に対して、建物が修繕を要する状態になったことを通知して対応を求めることになる(民法第615条)。もっとも、不可抗力によって建物の修繕を要する状態が生じているとしても、賃貸人に修繕を求める通知を行っても対応を得られない場合や、修繕のために急を要する場合もある。このような場合には、賃借人自らが建物の修繕を行い、これに要した費用の償還を請求することができる(民法第607条の2、同法第608条)。

 

4 不可抗力と敷引特約の関係

上記のとおり、建物が全部の使用及び収益をできない場合には当然に賃貸借契約は終了する(民法第616条の2)。また、建物の一部を使用及び収益できない場合で、残存部分のみでは契約の目的を達成できないときには、賃借人は賃貸借契約を解除できる(同法第611条第2項)。これらによって賃貸借契約を終了させられず、合意解除もできない場合には、期間の定めの有無に応じて賃貸借契約終了のための手続を講じることになろう。

それでは、賃貸借契約には敷引特約が付されている場合に、賃貸人は敷引特約に基づいて敷引きを行うことができるだろうか。一般に、敷引金は様々な性質を有するところ、賃貸借契約の当事者間に、賃貸借契約が火災、震災、風水害その他の災害によって予期していない時期に終了した場合についてまで敷引金を返還しないとの合意が成立しているとまで解することはできない。

そのため、災害により賃借家屋が滅失し、賃貸借契約が終了したときは、特段の事情がない限り、敷引特約を適用することはできない(最判平成10年9月3日民集52-6-1467参照)。なお、同最判は、居住用建物を前提として判断したものであり、営業用建物の取扱いについては判決の射程外である。

同最判によれば、賃貸人が敷引特約に基づいて敷引きを行うためには、少なくとも、不可抗力による賃貸借契約が終了の場合でも敷金を返還しない旨の明確な合意が必要になると考えられる。もっとも、敷引特約が有効であるとしても、敷引額によっては消費者契約法第10条との関係で無効になることもあるので留意が必要である(最判平成23年3月24日民集65-2-903参照)。

 

5 本件について

実務的には賃貸人との間で合意解除の協議を行うことになると考えられる。また、協議が整わない場合に備えて、上記の基準に照らし、賃貸借契約が当然に終了するかどうか、当然に終了しない場合には、目的不達成による解除の可否や、期間満了又は解約申入れによる契約終了の可否を検討することになろう。

賃貸借契約が不可抗力によって終了する場合でも敷引きをすることが明確に合意されているようなときは、敷引特約に基づいて敷引きが行われることになる。もっとも、敷引金の額が、通常損耗の補修費用として通常想定される額、賃料の額、礼金等他の一時金の授受の有無及びその額等に照らして高額に過ぎると評価されるような場合には、敷引特約自体が消費者契約法第10条に照らして無効になる可能性もあるため、これらの点の検討も必要となる。

(了)

「空き家をめぐる法律問題」は、毎月第1週に掲載します。

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空き家をめぐる法律問題

【事例58】

「不可抗力が生じた場合の建物賃貸借契約の諸問題」

 

弁護士 羽柴 研吾

 

- 事 例 -

最大震度7の地震が発生したため、賃借していた自宅建物から親戚宅に避難しています。自宅は地震で部分的に損傷し、今後の居住に支障が出る可能性があります。そこで、賃貸借契約を終了させることを考えていますが、可能でしょうか。

また、賃貸借契約書を見ると、敷引特約の条項が記載されています。引越しをする場合、転居費用に充てるため敷金を使用したいと考えています。このような場合でも敷引特約は適用されますか。

 

1 はじめに

大規模な地震等の災害によって、賃借している自宅建物が損壊し、避難生活を余儀なくされる場合、損壊の程度によっては転居等を検討せざるを得ないこともある。そこで、不可抗力によって賃借している建物が損壊した場合に、賃貸借契約にどのような影響が生じるかを解説したい。

また、賃貸借契約の中には、いわゆる敷引特約が付されているものもある。そこで、不可抗力によって賃貸借契約が終了する場合にまで、敷引特約が適用されるかについても併せて検討することとしたい。

 

2 不可抗力と賃貸借契約の帰趨

賃貸借契約の目的物である建物の全部が滅失その他の事由によって使用及び収益をできなくなった場合、賃貸借契約は当然に終了する(民法第616条の2)。また、当該建物の一部が滅失その他の事由によって使用及び収益をできなくなった場合、賃借人に帰責性があるときを除いて、使用及び収益をできなくなった部分の割合に応じて、賃料債務は当然に減額されることになる(民法第611条第1項)。一部滅失の場合に残存部分で賃貸借契約の目的が達成できない場合には、賃借人は、自らの帰責性の有無にかかわらず、賃貸借契約を解除することができる(同条第2項)。

賃貸借契約の目的物である建物の全部が滅失したか否かの判断は、一般論としては、物理的に建物の主要な部分が消失したかどうかだけではなく、消失した部分の修復が通常の費用では不可能と認められるかどうかも考慮して判断される(最判昭和42年6月22日民集21-6-1468等参照)。

もっとも、修復が通常の費用によって可能であったとしても、大規模な地震等によって付近一帯の建物が損傷し、修復までに相当の時間を要し、賃貸借契約を存続させることが相当ではない場合もある。そのため、当該建物の被災状況だけでなく、地震に直接・間接に関係した地域全体の被災状況や置かれた状況等の事情を総合考慮して、賃貸借契約を存続させることが相当かどうかを判断する必要がある場合もあると考えられる(大阪高判平成7年12月20日判時1567-104は、阪神大震災後に修繕業者が優先的に公共施設の工事に従事していたこと等の事情も考慮して賃貸借契約の終了を認めている)。

ところで、上記のとおり、一部滅失の場合には、賃貸借契約は存続し、賃料が当然に減額されることになる。そのため、賃借人は、理論上、減額後の賃料相当額を支払うことで債務不履行を回避することはできる。もっとも、どのような根拠で減額後の賃料を算定するかについて明確な基準はないため、賃借人は、事実上、減額前の賃料を支払わざるを得ない場合もあり得るように思われる。

 

3 不可抗力と修繕義務の関係

賃貸人は、賃借人に建物を使用及び収益させる積極的な債務、すなわち、賃借人の使用及び収益に適する状態に置くべき義務を負っている。そのため、賃貸人は、賃借人に使用及び収益をするために必要な修繕義務を負う(民法第606条第1項)。また、賃貸人が建物の修繕を行う場合のように、建物の保存に必要な行為を行う場合には、賃借人に一時的に建物から退去等を求めることも可能である(同条第2項)。

賃貸人の修繕義務は、不可抗力によって修繕しなければならない場合でも発生する。賃借人は、賃貸人に対して、建物が修繕を要する状態になったことを通知して対応を求めることになる(民法第615条)。もっとも、不可抗力によって建物の修繕を要する状態が生じているとしても、賃貸人に修繕を求める通知を行っても対応を得られない場合や、修繕のために急を要する場合もある。このような場合には、賃借人自らが建物の修繕を行い、これに要した費用の償還を請求することができる(民法第607条の2、同法第608条)。

 

4 不可抗力と敷引特約の関係

上記のとおり、建物が全部の使用及び収益をできない場合には当然に賃貸借契約は終了する(民法第616条の2)。また、建物の一部を使用及び収益できない場合で、残存部分のみでは契約の目的を達成できないときには、賃借人は賃貸借契約を解除できる(同法第611条第2項)。これらによって賃貸借契約を終了させられず、合意解除もできない場合には、期間の定めの有無に応じて賃貸借契約終了のための手続を講じることになろう。

それでは、賃貸借契約には敷引特約が付されている場合に、賃貸人は敷引特約に基づいて敷引きを行うことができるだろうか。一般に、敷引金は様々な性質を有するところ、賃貸借契約の当事者間に、賃貸借契約が火災、震災、風水害その他の災害によって予期していない時期に終了した場合についてまで敷引金を返還しないとの合意が成立しているとまで解することはできない。

そのため、災害により賃借家屋が滅失し、賃貸借契約が終了したときは、特段の事情がない限り、敷引特約を適用することはできない(最判平成10年9月3日民集52-6-1467参照)。なお、同最判は、居住用建物を前提として判断したものであり、営業用建物の取扱いについては判決の射程外である。

同最判によれば、賃貸人が敷引特約に基づいて敷引きを行うためには、少なくとも、不可抗力による賃貸借契約が終了の場合でも敷金を返還しない旨の明確な合意が必要になると考えられる。もっとも、敷引特約が有効であるとしても、敷引額によっては消費者契約法第10条との関係で無効になることもあるので留意が必要である(最判平成23年3月24日民集65-2-903参照)。

 

5 本件について

実務的には賃貸人との間で合意解除の協議を行うことになると考えられる。また、協議が整わない場合に備えて、上記の基準に照らし、賃貸借契約が当然に終了するかどうか、当然に終了しない場合には、目的不達成による解除の可否や、期間満了又は解約申入れによる契約終了の可否を検討することになろう。

賃貸借契約が不可抗力によって終了する場合でも敷引きをすることが明確に合意されているようなときは、敷引特約に基づいて敷引きが行われることになる。もっとも、敷引金の額が、通常損耗の補修費用として通常想定される額、賃料の額、礼金等他の一時金の授受の有無及びその額等に照らして高額に過ぎると評価されるような場合には、敷引特約自体が消費者契約法第10条に照らして無効になる可能性もあるため、これらの点の検討も必要となる。

(了)

「空き家をめぐる法律問題」は、毎月第1週に掲載します。

連載目次

空き家をめぐる法律問題

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くわしくは[こちら

事例1~事例40

事例41~

筆者紹介

羽柴 研吾

(はしば・けんご)

弁護士
弁護士法人東町法律事務所(神戸事務所所属)

企業法務、金融法務、自治体法務(固定資産税含む)を中心に一般個人案件にも従事。
現在は、企業の事業承継問題、研究開発税制、不動産投資を含む空家対策問題に関心を寄せる。

【略歴】
京都府出身
平成17年 立命館大学法学部卒業
平成19年 立命館大学法科大学院修了、新司法試験合格
平成20年 弁護士登録
平成24年 仙台国税不服審判所(国税審判官)
平成27年 東京国税不服審判所(国税審判官)
平成28年 日弁連法務研究財団「国税不服審査制度に関する研究」研究員

【著書】
民法改正に対応 空き家の法律問題と実務対応
 

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