谷口教授と学ぶ
税法基本判例
【第48回】
「所得税法56条の解釈適用に関する2つのアプローチ」
-所得税法56条弁護士「夫」税理士「妻」事件に係る各審級裁判所の判断の比較検討-
大阪学院大学法学部教授
谷口 勢津夫
Ⅰ はじめに
今回は、所得税法56条弁護士「夫」税理士「妻」事件を取り上げ、所得税法56条の解釈適用について、同事件の第一審・東京地判平成15年7月16日判時1891号44頁(以下「平成15年東京地判」という。なお、同判決は「国破山河在」(杜甫)に擬えて「国敗れて[東京地裁民事]三部あり」といわれた藤山判決(藤山雅行裁判官)の1つである)と、控訴審・東京高判平成16年6月9日判時1891号18頁(以下「平成16年東京高判」という)及びこれを是認した上告審・最判平成17年7月5日税資255号順号10070(以下「平成17年最判」という)とを比較検討することにする。平成17年最判は、所得税法56条の解釈適用については所得税法56条弁護士「夫婦」事件・最判平成16年11月2日訟月51巻10号2615頁(以下「別件平成16年最判」という)を参照しているので、この判決も上記の比較検討において考察の対象とすることにする。
上記の2つの事件で争点となったのは、所得税法56条が「居住者と生計を一にする配偶者その他の親族」として定める要件(以下「家族同一生計要件」という)と、「その居住者の営む不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合」として定める要件(以下「家族事業稼得要件」という)という2つの要件の解釈適用である。
これらの要件は所得税の課税単位とも関連する内容をもつので、前記各判決の比較検討に入る前に、ここで、課税単位に関して家族同一生計要件と家族事業稼得要件の位置づけを行っておくことにする。
課税単位とは、所得税の場合には、「税額算定の基礎となる人的単位あるいは担税力の測定単位」(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【202】)をいうが、所得税における課税単位の制度設計については、大別すると、個人単位主義、夫婦単位主義及び家族単位主義という3つの類型が従来から議論されてきた(わが国における代表的な研究として、金子宏「所得税における課税単位の研究」同『課税単位及び譲渡所得の研究 所得課税の基礎理論 中巻』(有斐閣・1996年)1頁[初出・1977年]参照)。また、課税単位の類型は、所得概念論の観点から、取得型所得概念を前提として稼得単位主義と、所得の使途のうち「消費」に着目して消費単位主義とに分類されることもある(ただ、後者は夫婦単位主義及び家族単位主義と結びつけて論じられることが多いが、この点については金子・前掲論文4-6頁、前掲拙著【203】参照)。
わが国の所得税は、明治20年(1887年)の創設以来、家族単位主義を採用してきたが、第二次世界大戦後、昭和24年(1949年)のシャウプ勧告を受けて翌年の所得税法改正によって個人単位主義を採用し今日に至っている(所税2条1項3号~5号参照)。ただし、所得税法56条は個人単位主義の例外として一種の家族単位主義を採用したものと解される(前掲拙著【205】参照。金子・前掲論文42頁は「わが国の制度は、個人単位主義をとりつつも、・・・・・・家族に支払う対価の必要経費不算入(所得税法56条)によって、家族単位主義の要素を加味したものとなっている。」とする)。このような理解は、岡山地判平成12年9月19日税資248号749頁(以下「平成12年岡山地判」という)の次の判示(下線・傍点筆者)でも示されているところである。
所得税法は、納税義務者を居住者(国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人)、非居住者(居住者以外の個人)、内国法人(国内に本店又は主たる事務所を有する法人)、外国法人(内国法人以外の法人)と定め(法5条)、納税義務者ごとに課税所得の範囲を画しており(法7条)、担税力の測定単位を個人単位ごとにとらえて課税する個人単位主義を原則としていることが明らかである。しかし、個人単位主義のみ採用すると、個人所得を恣意的に分散することによって税負担の軽減を図ることが可能になる場合には、これを防止し、税負担の公平を実現する見地から、例外的に担税力の測定単位を経済生活単位ごとにとらえて課税する経済生活単位主義[=一種の家族単位主義]を採用しているところ、第56条は、個人単位主義からは当然に居住者の事業の必要経費として認められるべき当該事業のために雇っている者に対する賃金等の対価につき、当該被傭者が居住者と配偶者その他の親族関係にある者(以下「親族」という。)でかつ「生計を一にする」状態にある場合にあってはこれを必要経費として認めない旨規定しており、例外である経済生活単位主義を採用したものである。けだし、生計を一にする親族の場合、個人単位主義の下では、当該事業に従事している者の賃金の名目で必要経費を増加させることにより当該事業の収益を圧縮し、税負担の軽減を図る一方で、被傭者に支給した賃金を自己の所得として内部留保することが可能となるからである。それゆえ、所得税法56条における当該事業者と被傭者とが「生計を一にする」親族といえるためには、所得の分散によって税負担の軽減を図ることを防止する趣旨からして、当該事業者と被傭者とが居住費、食費、光熱費その他日常の生活に必要な費用の全部又はその主要な一部を共同して支弁し合う親族関係にあることが要求されているものと解するのが相当である。
ところで、個人単位主義については、稼得単位主義と消費単位主義のいずれによっても、課税単位の制度設計に違いが生ずることはないのに対して、夫婦単位主義や家族単位主義については、稼得単位主義と消費単位主義のいずれによるかで課税単位の制度設計に違いが生ずる場合があり得る。所得税法56条の適用場面はまさにそのような場合である。所得税法56条が採用する家族単位主義について、(1)稼得単位主義の観点から解釈適用を行うか又は(2)消費単位主義の観点から解釈適用を行うかで、同条の解釈適用の結果に違いが生ずるのである。その違いが平成15年東京地判と平成16年東京高判及び平成17年最判との結論の違いに帰結したと考えるところであるが、以下では、このことを本件各審級裁判所の判断の比較検討を通じて明らかにすることとする。
その際、所得税法56条において消費単位主義は家族同一生計要件として、稼得単位主義は家族事業稼得要件として具体化され要件化されているとの理解の下に、上記(1)を「家族事業稼得要件重視アプローチ」、上記(2)を「家族同一生計要件重視アプローチ」とそれぞれ呼ぶことにする(田中治「親族が事業から受ける対価」税務事例研究77号(2004年)25頁は家族事業稼得要件を単に「事業要件」、家族同一生計要件を単に「生計要件」と呼び、両要件は「法56条の解釈適用においてその比重が違うというべきである」(36頁)と述べているが、結論はともかく着眼点には本稿と共通するところがある)。
Ⅱ 家族事業稼得要件重視アプローチと家族同一生計要件重視アプローチ
1 伝統的アプローチ
所得税法56条の解釈適用に関する平成15年東京地判以前の裁判例の傾向について、次のような指摘がされている(品川芳宣「判批」税研113号(2004年)103頁、105頁。傍点筆者)。なお、次の引用文中にいう「旧法」について「昭和25年シャウプ税制改正後の所得税法」という補足説明を加えたが、それ以降の叙述では「旧法」という略称をそのまま用いることにする。
この規定[=所得税法56条]は、昭和40年の所得税法全文改正の際に整備されたものであるが、その基はシャウプ税制にある。すなわち、本判決[=平成15年東京地判]も判示するように、シャウプ税制によって同居親族の所得合算制度から個人単位課税制度へ移行する際、個人単位課税制度を徹底すると、同居親族間の所得分散が行われことの弊害を避けるものであった(旧法[=昭和25年シャウプ税制改正後の所得税法]11条の2参照)。
かくして、当該条項の解釈に関しては、「生計を一にする」という事実関係さえ認定されれば、当該配偶者等に対する役務提供の対価(不動産の賃借料等も含む。)は一律に当該居住者の所得金額の計算上必要経費として認めないとするのが裁判例の傾向である。
そのような裁判例の「代表例」(品川芳宣「判批」TKC税研情報13巻1号(2004年)38頁、44頁)とされる東京地判平成2年11月28日税資181号417頁は次のとおり判示している(下線・傍点筆者。以下「平成2年東京地判」という。所得税法56条の趣旨について同様の理解を示すものとして、東京高判平成3年5月22日税資183号799頁、東京高判平成12年6月29日税資247号1428頁等参照。ほかに、家族同一生計要件に該当する事実の認定だけで所得税法56条の適用を肯定するものとして、京都地判昭和58年9月9日シュトイエル262号40頁、高松高判平成10年2月26日税資230号844頁等参照)。
1 所得税法56条は、納税義務者と生計を一にする親族が納税義務者の営む事業に従事したこと等により当該事業から対価の支払を受ける場合には、その対価に相当する金額を納税義務者の事業所得等の金額等の計算上必要経費に算入しないものとし、他方、その親族のその対価に係る各種所得の計算上必要経費に算入されるべき金額を納税義務者の事業所得等の計算上必要経費に算入することとするものである。
右規定は、もともと個人事業は家族全体の協力のもとで家族の財産を共同で管理、使用して成り立つものが多く、それについて必ずしも個々の対価を支払う慣行があるものとはいえず、対価が支払われる場合であっても、支払われた対価をそのまま必要経費として認めることとすると、個人事業者がその所得を恣意的に家族に分散して不当に税負担の軽減を図るおそれが生じ、また、適正な対価の認定を行うことも実際上困難であることから、そのような方法による税負担の回避という事態を防止するために設けられたものと考えられる。したがって、右所得税法56条の規定は、それ自体合理的な根拠を有するものであって、憲法11条又は13条に違反しないものであることは明らかである。
2 そうすると、右所得税法56条の規定は、そこに定められた要件が備わっていれば、家族の財産を使用することに対する対価が妥当なものであるか否かといった個別の事情のいかんにかかわりなく一律に適用されることが予定されている規定であることは明らかであり、しかも、そのように解したとしても、この規定は合理的な根拠を有するものと考えられるから、仮に原告が主張するような事情が認められるとしても、なお、本件について所得税法56条の規定を適用することが不合理なものとはいえない。
平成15年東京地判の直前に示された、別件平成16年最判の原々審・東京地判平成15年6月27日税資253号順号9382も、次のとおり判示している(下線筆者)。
所得税法56条が適用される要件は、同条の規定によると、①支払の対象者が「居住者と生計を一にする配偶者その他の親族」であること及び②支払の事由が「その居住者の営む不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合」であることの二つであることが、その文理上一義的に明らかである。その者の営む事業の形態がいかなるものか、事業から対価の支払を受けるその者の親族がその事業に従属的に従事しているか否か、対価の支払はどのような事由によりされたのか、対価の額が妥当なものであるのか否かなどといった個別の事情によって、同条の適用が左右されることをうかがわせる定めは、同条及び同法の他の条項に全く存在しない。したがって、前記の二つの要件が備わっている限り、このような個別の事情のいかんにかかわりなく、同条が適用されると解すべきである。
そうすると、Aは原告の配偶者であって原告と生計を一にする者であること及び本件弁護士報酬は原告の営む弁護士業にAが従事したことにより原告の事業から支払を受けた対価であることは、前記「前提となる事実」欄に記載のとおり当事者間に争いがないのであるから、原告とAが別個に独立した事業主であり、Aが原告の事業に従属的に従事しておらず、かつ、仮にAの労務の対価として適正な額の本件弁護士報酬が支払われたものであって、恣意的な所得の分散がされているものではないとしても、原告の各年分の事業所得の金額の計算上、本件弁護士報酬の支払には、所得税法56条が適用され、これを必要経費に算入することはできないというべきである。
このように、従来の裁判例は、家族同一生計要件の「一律」適用によって、家族事業稼得要件に関する個別的判断なしに、所得税法56条の適用を肯定する傾向にあったとみてよく、その意味で、裁判例の伝統的アプローチは家族同一生計要件重視アプローチであったといえよう。
ただ、従来の裁判例が判示した所得税法56条の趣旨は、「支払われた対価をそのまま必要経費として認めることとすると、個人事業者がその所得を恣意的に家族に分散して不当に税負担の軽減を図るおそれが生じ、また、適正な対価の認定を行うことも実際上困難であることから、そのような方法による税負担の回避という事態を防止するために設けられたもの」(平成2年東京地判)というようなものであるが、これは、個人事業者(事業主)の所得稼得に着目し稼得所得に対する所得税負担の回避を防止することを意味することから、家族事業稼得要件の正当根拠としては妥当であるとしても、それ自体では家族同一生計要件の「一律」適用を正当化することはできないように思われる。むしろ、平成15年東京地判の次の判示(下線・傍点筆者。以下「平成15年東京地判㋐判示」という)と結び付いて初めて、家族同一生計要件の「一律」適用を正当化することができるように思われる。
以上[における旧法11条の2の立法趣旨及び改正経緯の検討]によると、旧法11条の2は、シャウプ勧告のいう「要領のよい納税者」の行う租税回避的な行為を封ずるものであるが、それにとどまらず、本来必要経費と認めるべき労務の対価等についても、それが家計費、すなわち法45条にいう家事関連費との区別が困難であることを理由に、一律に経費に算入しないこととしたものであって、その限度でシャウプ勧告の内容とは異なるものを含むものであり、被告らの主張もこの限度で正当である。
つまり、家族同一生計要件の「一律」適用は、上記の判示にいう「それが家計費、すなわち法45条にいう家事関連費との区別が困難であること」の考慮すなわち所得税法における「家事費排除の原則」(前掲拙著【316】。税制調査会『所得税法及び法人税法の整備に関する答申』(昭和38年12月)43頁は「家事費を除外する所得計算の建前から所得計算の純化を図るためには家事費との区分が困難な経費等はできるだけこれを排除すべしとする考え方」とする)に基づき正当化することができるように思われるのである。このことは、平成15年東京地判㋐判示の直前の次の判示(下線・傍点筆者)からも読み取ることができるように思われる。
もっとも、このようなシャウプ勧告を受けて規定された旧法11条の2は、別紙1記載のとおり、「当該納税義務者の経営する事業(中略)から所得を受ける場合」と規定されており、その文言からは「所得」の範囲を限定していないようにも読み取れるし、その制定後まもない昭和28年に当時の東京国税局直税部長が編集した旧法の注釈書には、同条の趣旨について、親族が、その納税義務者の経営する事業に労務又は役務を提供している場合に、それに対して支払われる金額は、「名義の如何にかかわらず」原則としてその納税義務者の事業所得の計算上必要経費に算入しない旨を規定した趣旨であるとの記載がされている。
しかしながら、上記注釈書は、同条に「親族たる従業者が事業から所得を受ける場合の事業所得の計算の特例」との見出しを付した上(この見出しは、旧法自体の内容をなすものではないが、後記の基本通達の記載にも類似の見出しが用いられていることからすると、当時の所管官庁の同条に対する理解の内容を示すものと考えられる。)、前記の記載に続いて「家族労働の対価を納税義務者の事業所得の計算上必要経費としない理由は、個人の事業においては事業の合計と家計との分離計算が至難であり、しかも、事業所得の計算は家計費排除主義をとる税法の根本原則に基づいて計算されるからである。」との記載をしており、双方の記載を併せると、同条の記載は全体として「事業者が家族労働の対価として親族に支払った金額は名義の如何にかかわらず」原則として必要経費に算入しないという趣旨に理解できるところであり、その限度で親族等が受ける所得の範囲を限定的にとらえているものということができる。また、旧法に関する基本通達(所得税法に関する基本通達について〔昭和26・1・1直所1-1国税庁長官・国税局長〕第11条の2関係・324)もまた、「法第11條の2の『当該納税義務者の経営する事業から所得を受ける』とは、給料、手当等の形式により受ける場合はもちろん、共同経営による利益の分配の形式を採っている場合についても、適用があるものとする。」としており、経費に算入しない金額の意義を納税者たる事業者の親族が、当該事業に雇用又は共同経営の形で労務を提供した場合や生産手段又は資本を提供した場合等当該事業自体に参加したことによって得た対価と理解しているものと認められる(仮に、親族等が事業から支払われる金額は一切経費とは認めないと考えているならば、通達においては、その旨端的に表現するのが通達の性質にかなうものである。)。
この判示とりわけ下線部からは、旧法11条の2は、事業主の支出それ自体について直ちに家事費該当性を認める規定ではなく、事業主にとって「本来必要経費と認めるべき労務の対価等」(平成15年東京地判㋐判示)が生計を一にする親族等に支払われ当該親族等がこれをその生計の資に充てることを想定した上で、そのいわば「反射的効果」として事業主の当該支出について家事費該当性を認める規定であるという解釈論(以下「支払対価の反射的性質決定論」という)が成立する可能性を読み取ることができるように思われる。平成15年東京地判㋐判示がその末尾で「この限度で正当」と認めた「被告らの主張」については、同判決の中で別途次の説示がされているが(下線筆者)、これは支払対価の反射的性質決定論に基づいて行われた主張であると解される。
被告らは、事業者の配偶者等に対する対価の支払は、事業者が所得の中から支出すべき家族の生計維持費用の分担としての性質を有するのであり、事業者の総収入金額のうち、配偶者等に対する対価の支払に充てられる部分には担税力が認められるから、仮にこれを必要経費に算入して、所得の計算上総収入金額から控除するものとすれば、かえって租税負担の不公平を生じる旨を主張し、法56条の立法趣旨はこの点にも認められる旨を主張する。
ともかく、支払対価の反射的性質決定論は、所得税法56条の解釈適用に当たって、家族同一生計要件重視アプローチに立脚し、家族事業稼得要件の解釈においても家族同一生計要件重視の考え方を貫徹するための解釈論であるといってよかろうが、これによれば、事業主から生計を一にする親族等に支払われた労務の対価等のうちその親族等が当該生計の資に充てるものは、結局、「親族等が受ける所得」には含まれない(平成12年岡山地判の表現を借りると、事業主が「自己の所得として内部留保する」)ことになると考えられるのである。
2 平成15年東京地判のアプローチ
ところが、支払対価の反射的性質決定論は、平成15年東京地判㋐判示に続く次の判示(下線筆者。以下「平成15年東京地判㋑判示」という)によって否定された。
しかし、同条のうちシャウプ勧告と異なる部分については、当時の所管官庁の理解からしても親族等が事業自体に参加又は雇用されて得た対価に限定されるものと解すべきであるし、その立法理由もそれらの支払は家事関連費との区別が困難であるという点に尽きるのである(前記注釈書においても、前記各記載に続いて、「然し、この制度は、通常ならば他に勤務して独立した所得者として納税しうる者が、たまたま自己の親族の経営する事業に従事するためにこれから受ける所得がその親族の所得に事実上合算されるという不合理な結果を生ずることとなるので、記帳によって事業会計と家計とが明確に分離できる青色申告者については、この点を是正する意味も含めて専従者に対する給与の一定額を、納税義務者の必要経費として認容することとしているのである。」との記載がある。)。そうであるとすると、納税者たる事業者の親族等が、自らも独立に事業を営み、その事業の一環として納税者たる事業者と取引をして何らかの対価を得る場合には、上記の所管官庁が想定している場合には含まれないし、納税者たる事業者の家事関連費との区別が困難であるという事情もないのであるから、同条が想定しているものとは認められず、これを受け継いだ法56条の適用もないというべきである。
なお、この判示中の下線部に関連して、平成15年東京地判は前記の「被告らの主張」に対して次のとおり説示している(下線筆者)。この説示は、傍論的な説示ではあるものの、支払対価の反射的性質決定論を否定する論拠を示そうとするものであるから、長くなるがそのまま引用しておこう。
なお、被告らは、事業者の配偶者等に対する対価の支払は、事業者が所得の中から支出すべき家族の生計維持費用の分担としての性質を有するのであり、事業者の総収入金額のうち、配偶者等に対する対価の支払に充てられる部分には担税力が認められるから、仮にこれを必要経費に算入して、所得の計算上総収入金額から控除するものとすれば、かえって租税負担の不公平を生じる旨を主張し、法56条の立法趣旨はこの点にも認められる旨を主張する。
しかし、ある支出が必要経費であるか否かは、それが客観的にみて事業活動と直接の関連を持つものか否か、事業遂行上必要なものか否かといった観点から定められるべきものであって、その支払を受けた者がそれをいかなる用途に用いるかは、上記のような客観的な観点からの検討をする際に経費性を否定する方向の間接事実(事業者とその用途との関係からして不必要又は不相当な支出がされたと疑われる場合など)として考慮されるべき場合があるのにとどまり、そのこと自体が経費性を否定するものとはなり得ないというべきである。また、被告らの主張は、配偶者等が支払を受けた対価から自己の経費を控除した残額のすべてを生計維持費用に充てることを前提としなければ理解し得ないものであるが、配偶者等の所得の大半が当該事業者からの支払によって占められ、その額も僅かな場合は格別、訴外Dのように配偶者等が当該事業者以外からもかなりの収入を得ており所得額自体も相当額に及ぶ場合には、配偶者等が生計維持費用として負担する額はその所得の一部分にすぎないのであって、配偶者等は当該事業者からの支払がなくても自己の分担すべき生計維持費用の全部又は一部を負担できるのであるから、当該事業者が配偶者等に対価を支払ったことが、当該事業者の生計維持費用の分担額を減じるものか否か、また、減じたとしてその額がいかなるものかは容易に判断できない問題であって、被告らの主張するように支払額全額につき担税力を肯定する考え方はあまりに短絡的であり、むしろ担税力の有無及び範囲が容易に定め難いものについては、法令上明示の定めがない限り、担税力は認め難いものとして取り扱うべきである。その上、被告らは、租税負担の公平という観点も指摘するが、事業者が同様の支出をその親族以外の者に支出した場合にその経費性を肯定する以上、親族等への支払についても経費性を肯定することが租税負担の公平にかなうところであり、不十分な根拠によって両者の取扱いを異にする被告らの主張こそが租税負担の公平を損なうものといわざるを得ない。よって、被告らの上記主張は採用し得ない。
ただ、この説示は、支払対価の反射的性質決定論が所得税法56条の定める家族同一生計要件の解釈論として主張される一種の租税回避否認論(後記Ⅲ参照)であることを必ずしも正解しているようには思われない。
いずれにせよ、平成15年東京地判は、平成15年東京地判㋑判示に加えて、所得税法56条の立法経緯及び立法趣旨に関する検討に先立って行った家族事業稼得要件中の「Aその他のB」タイプの文言に係る「文理」解釈(「その他の」という法令用語の通例の用法に従って行われる解釈)をも踏まえて、次のとおり判示した。
以上の検討によれば、法56条の「従事したことその他の事由により(中略)対価の支払を受ける場合」とは、親族が、事業自体に何らかの形で従たる立場で参加するか、又は事業者に雇用され、従業員としてあくまでも従属的な立場で労務又は役務の提供を行う場合や、これらに準ずるような場合を指し、親族が、独立の事業者として、その事業の一環として納税者たる事業者との取引に基づき役務を提供して対価の支払を受ける場合については、同条の上記要件に該当しないものというべきである。
要するに、平成15年東京地判は、家族事業稼得要件重視アプローチに立脚し、同要件を限定解釈することによって、結果的には、家族同一生計要件の「一律」適用を否定したのである。
3 平成16年東京高判及び平成17年最判のアプローチ
これに対して、平成16年東京高判は、平成15年東京地判㋐判示及びその直前の前記判示と基本的には同じ内容の判示を行いつつも、これらの判示に続く判断を、平成15年東京地判㋑判示の冒頭の「しかし」で始めるのではなく、「以上を踏まえて」で始めて「以上を踏まえて、法56条にいう『事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合』の解釈を明らかにする。」として、旧法11条の2の立法趣旨等及び同条中の「Aその他のB」タイプの文言に係る趣旨解釈を行い、その解釈の結果を次のとおり判示している。
以上の検討によれば、法56条の「事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合」とは、親族が、事業自体に何らかの形で従たる立場で参加する場合、事業者に雇用されて従業員としてあくまでも従属的な立場で労務又は役務の提供を行う場合及びこれらに準ずるような場合のみを指すものと解することはできず、親族が、独立の事業者として、その事業の一環として納税者たる事業者との取引に基づき役務を提供して対価の支払を受ける場合も、上記要件に該当するものというべきである。上記事業の形態がいかなるものか、事業から対価の支払を受ける親族がその事業に従属的に従事しているか否か、対価の支払はどのような事由によりされたか、対価の額が妥当なものであるか否かなどといった個別の事情によって、同条の適用が左右されるものとは解されない。
このように、平成16年東京高判は、平成15年東京地判以前の裁判例と同じ立場(伝統的アプローチ)に立ち戻ったのであるが、平成17年最判も次のとおり判示してこれを支持した。
居住者と生計を一にする配偶者その他の親族が居住者とは別に事業を営む場合であっても、そのことを理由に所得税法56条の適用を否定することはできず、同条の要件を満たす限りその適用があるというべきであるから(前掲平成16年11月2日第三小法廷判決参照)、上告人に対する各更正、各過少申告加算税賦課決定及び各事業税賦課決定は、同条の適用を誤ったものではない。このように解しても憲法14条1項に違反するものでないことは、前掲昭和60年3月27日大法廷判決の趣旨に徴して明らかである(前掲平成16年11月2日第三小法廷判決参照)。
ここで参照されている別件平成16年最判は次のとおり判示している(下線筆者)。
所得税法56条は、事業を営む居住者と密接な関係にある者がその事業に関して対価の支払を受ける場合にこれを居住者の事業所得等の金額の計算上必要経費にそのまま算入することを認めると、納税者間における税負担の不均衡をもたらすおそれがあるなどのため、居住者と生計を一にする配偶者その他の親族がその居住者の営む事業所得等を生ずべき事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合には、その対価に相当する金額は、その居住者の当該事業に係る事業所得等の金額の計算上、必要経費に算入しないものとした上で、これに伴い、その親族のその対価に係る各種所得の金額の計算上必要経費に算入されるべき金額は、その居住者の当該事業に係る事業所得等の金額の計算上、必要経費に算入することとするなどの措置を定めている。
同法56条の上記の趣旨及びその文言に照らせば、居住者と生計を一にする配偶者その他の親族が居住者と別に事業を営む場合であっても、そのことを理由に同条の適用を否定することはできず、同条の要件を満たす限りその適用があるというべきである。
同法56条の上記の立法目的は正当であり、同条が上記のとおり要件を定めているのは、適用の対象を明確にし、簡便な税務処理を可能にするためであって、上記の立法目的との関連で不合理であるとはいえない。このことに、同条が前記の必要経費算入等の措置を定めていることを併せて考えれば、同条の合理性を否定することはできないものというべきである。
Ⅲ 家族同一生計要件の租税回避否認要件としての意義
以上で検討してきたように、平成15年東京地判と平成16年東京高判及び平成17年最判とは所得税法56条の解釈適用の立脚点を異にするものであること、すなわち、前者が家族事業稼得要件重視アプローチに立脚し、後二者が家族同一生計要件重視アプローチに立脚したことが、前者と後二者との結論の違いに帰結したと考えるところである。
ただ、平成15年東京地判㋐判示及びその直前の前記判示については、前述のとおり、平成16年東京高判も基本的にはこれと同じ内容の判示を行っていることからすると、平成15年東京地判と平成16年東京高判との「判断の分かれ目」は、結局、支払対価の反射的性質決定論(に基づく前記の「被告らの主張」)を認めるか否かにある、といってよかろう。
既に述べたとおり、平成15年東京地判㋐判示からは、支払対価の反射的性質決定論を認めることができるように思われるが、平成15年東京地判は、この判示に「しかし」で逆接し、したがって、支払対価の反射的性質決定論を否定した上で、「同条のうちシャウプ勧告と異なる部分については、当時の所管官庁の理解からしても親族等が事業自体に参加又は雇用されて得た対価に限定されるものと解すべきであるし、その立法理由もそれらの支払は家事関連費との区別が困難であるという点に尽きるのである」(平成15年東京地判㋑判示の冒頭)と判示し、もって家族同一生計要件の「一律」適用を否定したのに対して、平成16年東京高判は、「以上を踏まえて」で順接し、したがって、支払対価の反射的性質決定論を踏まえて、家族事業稼得要件を特に限定解釈することなく、家族同一生計要件の「一律」適用を肯定したのである。
平成15年東京地判については、これを基本的に支持する見解(肯定説)も多い(田中・前掲税務事例研究42頁、三木義一「判批」税理46巻14号(2003年)10頁、14頁、増田英敏「判批」月刊税務事例35巻12号(2003年)1頁、4頁、渡辺充「判批」税務弘報53巻11号(2005年)8頁、13頁等参照。なお、反対する見解としては、品川・前掲「判批」TKC税研情報46頁以下及び税研105-106頁、伊藤義一「判批」TKC税研情報13巻3号(2004年)1頁、11頁以下、久乗哲「判批」税研114号(2004年)87頁、90頁等参照)。
それらの見解(肯定説)のうち特に注目されるのは、家族同一生計要件と家族事業稼得要件との関係を「所得の稼得面における居住者[=事業主]の支配力が、所得の消費面においても貫徹する関係」(田中・前掲税務事例研究35頁)とみて次のとおり説く見解(同36頁。以下「田中説」という)である。
第一に、これら二つの要件のうち、事業要件[=家族事業稼得要件]の適用に比重を置いて解釈すべきである。親族の消費生活における依存関係は、所得の稼得面における居住者の事業への従属性、非独立性に起因する。法は、親族が居住者の事業に非独立的に従事したこと等によって対価を得た場合について、当該事業に関わって親族関係にある者のそれぞれの所得を、個人単位ではなく、世帯単位で課税することを目的とするものであって、それぞれが経済的に自立した親族が、生活共同体を維持するための費用を相互に拠出している場合において、専ら、生活を共にするという理由のみを根拠に、その生活共同体に属する親族のそれぞれの所得を世帯単位課税に強制的に服せしめることを意図するものではない。
第二に、したがって、法56条の解釈においては、生計要件[=家族同一生計要件]を満たしているかどうかは、消費生活における居住者への依存関係を中心に判断すべきである。親族の消費生活が、居住者の経済力から独立しているか否かを問うことなく、生活の共同性、一体性のみを根拠に、直ちに法56条の適用があるとする方向に向かうことは、生計要件をいたずらに肥大させ、法56条の適用範囲を理由なく拡張するものであって、許されるものではない。
田中説は、家族事業稼得要件重視アプローチに立脚し同要件を限定解釈し、もって家族同一生計要件の「一律」適用を否定するものであるが、同時に、「居住者が事業からその親族に対して対価を支払うことは、居住者が自らの所得から直接生計維持費用を支出することと同じである、とする家事費混同論」(田中・前掲税務事例研究39頁。下線筆者)を、「当該対価と事業との関係を切断する点において相当ではない」(同頁)として否定するものでもある。
田中説は、家族事業稼得要件重視アプローチを所得税法56条の解釈適用の立脚点とする以上、「家事費混同論」を「当該対価と事業との関係を切断する点において相当ではない」として否定するのは論理一貫しており、その意味では、平成15年東京地判の妥当性を補強するものであるといえよう。ただ、田中説が平成15年東京地判㋐判示、とりわけそこでいう「シャウプ勧告の内容とは異なるもの」をどのように理解しているかは必ずしも明らかでない。とはいえ、田中説が「家事費混同論」を一種の租税回避否認論として捉えていることは確かであろう。
つまり、「家事費混同論」は、①「居住者が事業からその親族に対して対価を支払うこと」を②「居住者が自らの所得から直接生計維持費用を支出すること」と「同じ」とみる考え方であるから、①を異常な法形式による支出、②を通常の法形式による支出とみることを前提にすれば、「家事費混同論」は①を②に引き直して家事費の支出として擬制し、もって①の支出を必要経費に算入することを否認する考え方であるといえ、したがって一種の租税回避否認論であるといえるのである(租税回避の否認の意味については前掲拙著【69】参照)。
そうすると、「家事費混同論」を否定する田中説によれば、「シャウプ勧告のいう『要領のよい納税者』の行う租税回避的な行為を封ずる」(平成15年東京地判㋐判示)という目的は、専ら家族事業稼得要件によって実現される、ということになろうが、その場合、同要件は、「わが国の個人事業は、基本的に、事業主(世帯主)の支配的影響力のもとにあり、個々の家族による労務提供、財産の提供などは、対価関係という事実がないか、たとえ対価関係という事実がある場合でも、その対価は恣意的に定められる可能性が大きい、という基本認識」(田中・前掲税務事例研究29頁)に立って、解釈適用されることになろう。
しかし、「対価関係という事実がない」場合や「たとえ対価関係という事実がある場合でも、その対価は恣意的に定められる可能性が大きい」場合には、事業主の当該支払それ自体について直ちに家事費及びこれに関連する経費(家事関連費)として必要経費算入が否認される(所税45条1項1号)のであるから、所得税法56条が家族事業稼得要件を定める必要はなく、また、そもそも、家族同一生計要件を定める必要は尚更ないと考えられる。そうすると、それらの場合については、そもそも、所得税法56条を定めること自体が必要なかったことになり、また、その解釈適用を問題にする意味もないことになろう。
そうすると、所得税法56条は、それらの場合以外の場合、例えば事業主Aがその事業上の取引先の事業主Bと生計を一にする家族であるような場合(今回取り上げている2つの事件はこの場合に当たる)において、家族同一生計要件の下で、支払対価の反射的性質決定論に基づき、Aが事業上の取引に基づきBに支払う対価について家事費該当性を認めその必要経費算入を否認する規定として、性格づけることができることになろう。所得税法56条のこのような性格づけによれば、支払対価の反射的性質決定論は、前記の見解のいう「家事費混同論」と同じく、一種の租税回避否認論とみることができようが、同条の目的は、同条の規定上は、家族同一生計要件の「一律」適用によって達成されるのである。
要するに、家族同一生計要件は、支払対価の反射的性質決定論に基づく租税回避否認要件としての意義を有すると考えるところである。
Ⅳ おわりに
今回は、所得税法56条弁護士「夫」税理士「妻」事件に係る各審級裁判所の判断を、所得税法56条の解釈適用に関する家族事業稼得要件重視アプローチと家族同一生計要件重視アプローチの観点から比較検討することによって、平成15年東京地判(いわゆる藤山判決)と平成16年東京高判及び平成17年最判との異同を明らかにした。
学説では、家族事業稼得要件重視アプローチを採用した平成15年東京地判を支持する見解も多いが、家族同一生計要件重視アプローチを採用した平成16年東京高判及びこれを是認した平成17年最判の考え方も十分に成り立つと考えるところである。所得税法56条の目的や家族同一生計要件に関する明文の定めからすると、むしろ、平成16年東京高判及び平成17年最判の方が同条の解釈適用上それらを適切に考慮するものとして妥当であると考えるところである。
ただ、家族同一生計要件が支払対価の反射的性質決定論に基づく租税回避否認要件としての意義を有することはいえるとしても、家族同一生計要件の「一律」適用が具体的な事案においてオーバー・インクルージョン(過剰包摂)の問題を惹起する場合があるかどうかについては慎重に検討すべきである。その際、租税回避否認規定のオーバー・インクルージョン問題に対して異なる判断を示した東京高判令和4年3月10日訟月70巻6号719頁とその上告審・最判令和5年11月6日民集77巻8号1933頁(草野耕一裁判官の補足意見)の比較検討は有益な示唆を与えてくれるように思われる。
(了)
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