公開日: 2024/03/28 (掲載号:No.562)
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谷口教授と学ぶ「税法基本判例」 【第36回】「錯誤に基づく租税負担選択権の行使と通常の更正の請求の許容性」-歯科医師概算経費控除「錯誤」事件・最判平成2年6月5日民集44巻4号612頁の意義と射程-

筆者: 谷口 勢津夫

谷口教授と学ぶ

税法基本判例

【第36回】

「錯誤に基づく租税負担選択権の行使と通常の更正の請求の許容性」

-歯科医師概算経費控除「錯誤」事件・最判平成2年6月5日民集44巻4号612頁の意義と射程-

 

大阪学院大学法学部教授
谷口 勢津夫

 

Ⅰ はじめに

納税者が提出した納税申告書に係る課税標準等又は税額等の記載の中に、納税者に不利な一定の過誤(税通23条1項1号~3号参照。以下「過誤要件」という)が存在する場合、納税者は納税申告等の過誤是正措置としての更正の請求をすることができる。この場合において、納税者が法定申告期限から5年以内に過誤要件の充足に気がついたときに行うことができる更正の請求(税通23条1項)を通常の更正の請求といい、法定申告期限から5年を経過した日以後に過誤要件の充足に気がついたときに、一定のいわゆる後発的理由(同条2項1号~3号)の発生を理由としてのみ行うことができる更正の請求(同項)を特別の更正の請求という(この用語法について拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【133】~【135】参照)。

今回は、税法が概算経費控除の特例・税額控除等の定めにおいて納税者に租税負担選択権を認めている場合において、納税者がその選択権を錯誤に基づいて行使したとき、過誤要件が充足されたとして通常の更正の請求が許容されるかどうかという問題を検討することにする。

この問題の検討に当たっては、とりわけ、歯科医師概算経費控除「錯誤」事件(以下「本件」という)・最判平成2年6月5日民集44巻4号612頁(以下「本判決」という)が、重要かつ有益な手がかりを与えてくれるように思われる。本判決は、医師優遇税制(税特措26条)における社会保険診療報酬に係る概算経費(同条1項)を納税者が錯誤に基づき選択(同条3項参照)した場合において、修正申告によるその選択の撤回を認めたものであるが、結論を先取りしていえば、本判決の考え方は基本的には通常の更正の請求についても妥当すると考えるところである(前掲拙著【134】参照)。そこで、同様の場合における通常の更正の請求の許容性の問題に立ち入る前に、まず、本判決の判断内容からみておくことにしよう。

 

Ⅱ 本判決の判断内容

本判決の判断内容をみる際、その判示を以下のとおり大きく3つの部分に分けて整理しておくのが適当であろう。

本判決は、まず、次のとおり判示し(下線筆者。以下「本判決判示①」という)、概算経費選択を「意思表示」と性格づけた上で、実額経費(所税27条2項、37条1項)及び概算経費がいずれも「国税に関する法律の規定に基づく社会保険診療報酬の必要経費」すなわち適法な必要経費となることを認め、最判昭和62年11月10日裁判集民事152号155頁(以下「昭和62年最判」という)を参照している。

措置法26条1項は、医師又は歯科医師が社会保険診療報酬を有する場合において、事業所得金額の計算上、右報酬に係る必要経費としては、所得税法37条1項等に基づく実額経費によることなく、右報酬に一定の標準率を乗じて算出する概算経費とする旨を規定し、措置法26条3項は、同条1項の規定は、確定申告書に同項の規定により事業所得金額を計算した旨の記載がない場合には、適用しないと規定している。したがって、納税者である医師又は歯科医師が確定申告書において同項の規定により事業所得金額を計算した旨の記載をしていない場合でない限り、換言すれば、納税者である医師又は歯科医師が確定申告書において同項の規定により事業所得金額を計算した旨の記載をしている場合(すなわち、概算経費選択の意思表示をしている場合)には、同項が適用され、概算経費が事業所得金額の計算上控除されるべき社会保険診療報酬の必要経費となるのである。そしてこの場合、実額経費の金額が概算経費の金額を上回っているかそれとも下回っているかということは、同項の適用を左右するものではなく、仮に実額経費の金額が概算経費の金額を上回っている場合でも、右概算経費が国税に関する法律の規定に基づく社会保険診療報酬の必要経費となるのである(最高裁昭和60年(行ツ)第81号同62年11月10日第三小法廷判決・裁判集民事152号155頁参照)。

本判決は、これに続けて次のとおり判示し(下線筆者。以下「本判決判示②」という)、本件における概算経費選択の意思表示が「錯誤」に基づくものであることを認めた。

しかしながら、歯科医師の事業所得金額の計算上その診療総収入から控除されるべき必要経費は、自由診療収入の必要経費と社会保険診療報酬の必要経費との合計額であるところ、本件においては、診療経費総額を自由診療収入分と社会保険診療報酬分に振り分ける計算過程において、診療総収入に対する自由診療収入の割合を出し、これを診療経費総額に乗じて自由診療収入分の必要経費を算出し、これを診療経費総額から差し引いて社会保険診療報酬の実際の必要経費(実額経費)を算出すべきところ、誤って社会保険診療報酬に対する自由診療収入の割合を出し、これを診療経費総額に乗じて自由診療収入分の必要経費を算出し、これを診療経費総額から差し引いて実額経費を算出したため、自由診療収入分の必要経費を正しく計算した場合よりも多額に、実額経費を正しく計算した場合よりも少額に算出してしまい、そのため右実額経費よりも概算経費の方が有利であると判断して概算経費選択の意思表示をしたというのであるから(なお、本件記録によれば、右の誤りは本件確定申告書に添付された書類上明らかである。)、右概算経費選択の意思表示は錯誤に基づくものであり、上告人の事業所得金額の計算上その診療総収入から控除されるべき必要経費の計算には誤りがあったというべきである。

本判決は、以上の判断を踏まえた上で、本件における修正申告の許容性について次のとおり判示し(下線筆者。以下「本判決判示③」という)、納税申告の過誤是正措置としての修正申告の要件を充たす限りにおいては、錯誤に基づく概算経費選択の意思表示を修正申告によって「撤回」することを認め、社会保険診療報酬に係る必要経費を実額で計上することができると判断した。

ところで、国税通則法19条1項1号によれば、確定申告に係る税額に不足額があるときは修正申告をすることができるところ、本件においては、確定申告に係る自由診療収入の必要経費の計算の誤りを正せば、必然的に事業所得金額が増加し、確定申告に係る税額に不足額が生ずることになるため、修正申告をすることができる場合に当たることになる。

そして、右修正申告をするに当たり、修正申告の要件を充たす限りにおいては(すなわち、確定申告に係る税額を増加させる限りにおいては)、確定申告における必要経費の計算の誤りを是正する一環として、錯誤に基づく概算経費選択の意思表示を撤回し、所得税法37条1項等に基づき実額経費を社会保険診療報酬の必要経費として計上することができると解するのが相当である。本件修正申告において、上告人は、自由診療収入の必要経費を確定申告に係る751万5552円から560万1502円に減額し、社会保険診療報酬の必要経費を実額経費である1926万4788円に改め、確定申告に係る必要経費の総額2554万1101円を2486万6290円に減額したものであるから、税額を増加させるものであり、修正申告の要件を充たし、概算経費選択の意思表示の撤回が有効になされたものとして、本件修正申告は適法というべきである。

 

Ⅲ 錯誤に基づく租税負担選択権の行使と通常の更正の請求の許容性

1 租税負担選択権規定の構造と選択の法的性格

租税特別措置法26条1項は、医師又は歯科医師の社会保険診療報酬に係る事業所得の金額(所税27条2項)の計算上必要経費として実額経費(同37条1項)に代えて(税特措26条3項参照)概算経費を控除することを定めているが、当然のことながら、必要経費として実額経費を控除するか又は概算経費を控除するかで事業所得に対する所得税の負担が異なることになることから、この規定も租税負担選択権を定める規定(以下「租税負担選択権規定」ないし単に「選択権規定」という)である。

上記の概算経費の選択は原則として確定申告書にその旨を記載することによって行われることとされている(税特措26条3項・4項参照)ことからすると、租税特別措置法26条1項という選択権規定は、納税義務の確定手続そのものではないにしてもこれに関連する手続を定める規定であることは確かである。ただ、上記の概算経費の選択は実額経費の場合とは異なる所得税の負担をもたらすことからすると、上記の選択権規定は、納税義務の内容を定める課税要件規定としての性格をも併有することもまた確かである。

以上のことは租税特別措置法26条1項についてだけでなく租税負担選択権規定一般についていえることである。このことに着目して、筆者は従来から選択権規定を「課税要件法に組み込まれた手続法」として性格づけ(前掲拙著【48】参照)、その構造について次の理解(拙著『税法創造論』(清文社・2022年)736-737頁[初出・1991年])を示してきた。

一般に、課税要件とは、課税要件事実の発生によって充足(実現)された結果必然的に特定の法律効果を発生させるものをいうと理解されているように思われるが、課税要件に関するかかる理解は、課税要件事実に対する法律効果の付与(税法的評価)を行うのは立法者であるということを前提としていると考えられる。ところが、選択権規定の場合には、立法者は一定の課税要件事実に対して法律効果の完結的な付与(完結的な税法的評価)を行わず、これを行う権限を納税義務者に授権し、場合によってはその行使の方法、形式、期限、変更可能性等について規制しているのである。換言すれば、立法者は納税義務者による選択権行使を課税要件規定にその要件要素として組み込むことによって、当該要件に該当する事実に対する法律効果の付与(税法的評価)への決定参与権(Mitspracherecht)を納税義務者に与え、その行使に対する手続的規制を定めることがあるのである。

本判決判示①で示された考え方は、選択権規定の構造に関する上記のような理解を前提にして成り立つものであると考えられる。というのも、概算経費選択を「意思表示」と性格づけるのは、社会保険診療報酬の必要経費に係る選択権の行使について、その行使の動機に導かれ異なる法律効果(異なる額の必要経費控除)の発生を欲する意思すなわち効果意思、及びこれを確定申告書への記載という表示行為に媒介する意思すなわち表示意思を観念することができるからである。また、実額経費及び概算経費がいずれも適法な必要経費となることを認めるのは、租税特別措置法26条1項という選択権規定によれば、社会保険診療報酬の必要経費に該当する一定の支出という課税要件事実に対する、必要経費控除という法律効果の付与(税法的評価)への決定参与権が納税義務者に与えられており、その行使が法定の手続的規制に従って行われる限り、異なる法律効果(異なる額の必要経費控除)の付与(税法的評価)のいずれもが適法とされているからである。

本判決判示①は、後者の点すなわち実額経費及び概算経費がいずれも適法な必要経費となることを認める点については、昭和62年最判を参照しているが、前者の点すなわち概算経費選択を「意思表示」と性格づける点についても、その性格づけは昭和62年最判と同じく意思主義に基づくものと解される(前掲拙著『税法創造論』139-141頁[初出・2021年]参照)。というのも、昭和62年最判も「措置法の右規定[=26条1項]は、確定申告書に同条項の規定により事業所得の金額を計算した旨の記載がない場合には、適用しないとされているから(同法26条3項)、同条項の規定を適用して概算による経費控除の方法によつて所得を計算するか、あるいは同条項の規定を適用せずに実額計算の方法によるかは、専ら確定申告時における納税者の自由な選択に委ねられているということができる」(下線筆者)と判示し、概算経費選択を納税者の「自由な選択」と捉えているが、これは自由意思による選択を意味するものと解されるからである。

前記の意思主義については、「納税義務者の意思を重視しなければならないという要請」(藤岡祐治「判批」法協130巻9号(2013年)2081頁、2096頁)といってもよいが、そもそも、「近代法の構造というのは、すべて個人の意思を中心に構成されている」(伊藤正己『近代法の常識〔第3版〕』(有信堂・1992年)163頁)ところ、「近代法の個人主義的性格を示すものであり、窮極的には個人の意思に法規範の根拠を求めるもの」(石井金一郎『近代法入門』(法律文化社・1963年)19頁)として、近代法の基本原理を構成すると考えるところである。現代の法も近代法を基礎とする以上、税法も法理論上は近代法の基本原理から自由ではあり得ない。

そうすると、租税特別措置法26条の選択権規定は、意思主義に基づき概算経費選択を納税者の「自由な選択」(昭和62年最判)ないし「意思表示」(本判決)に委ねつつ、その表示行為を確定申告書への記載(同条3項)に限定し、もって意思主義に対して手続的規制を加えることを定めた「課税要件法に組み込まれた手続法」規定であるといえよう。

2 租税負担選択権の行使に係る「錯誤」の態様と法律効果

以上のように考えてくると、本判決判示②が本件における概算経費選択の意思表示について「錯誤」を問題にしたのは、意思主義の観点からは論理的に自然な流れであるといえよう。この点を昭和62年最判についてみると、その原判決・仙台高判昭和59年11月12日訟月31巻7号1686頁は、正当にも、次のとおり判示した(下線筆者)。

本件において控訴人自らがその責任と判断において措置法による所得計算の特例を選択して申告したとしても、同条による租税優遇措置を受けようとしてこれを選択したことが、逆に本来の収支計算の方法による場合よりも税額を過大ならしめたとすれば、そこに錯誤の存することは明らかであり、当該計算に誤りがあつたことになる。

もっとも、昭和62年最判は、当該事案における概算経費選択について「錯誤」を問題とすることなく、通常の更正の請求に係る過誤要件(税通23条1項1号)該当性のみを判断した。つまり、昭和62年最判は、その原判決が上記のとおり「錯誤」として問題にしたこと、すなわち、「同条による租税優遇措置を受けようとしてこれを選択したことが、逆に本来の収支計算の方法による場合よりも税額を過大ならしめた」ことを、「錯誤」として問題にしなかったのである。そのようなことは、収支決算に基づき算定された実額経費との比較をせずに概算経費を選択したがために生じた結果であるから、概算経費選択の意思を形成する段階における錯誤という意味では動機の錯誤に属するといえるにしても、単なる見込み違いにすぎず、意思主義の観点からみて特に問題にすべきことではないと考えられるので、昭和62年最判の判断は妥当である。

これに対して、本判決判示②が本件における概算経費選択の意思表示について問題にした「錯誤」は、昭和62年最判の場合とは異なり、収支決算に基づき算定された実額経費との比較を行いながらも実額経費の計算を誤ったがために陥った錯誤(本件の控訴審・福岡高判昭和63年6月29日民集44巻4号664頁の表現を借りれば「選択の判断資料とすべき実際に要した経費の算出過程における計算誤りに縁由する錯誤」)であるが、ただ、動機の錯誤に属するものであるという点では、昭和62年最判の場合と同じである。しかし、同じく動機の錯誤に属するとはいっても、本件における「錯誤」については、本判決判示②が「本件記録によれば、右の誤りは本件確定申告書に添付された書類上明らかである。」と説示していることからして、その「錯誤」は、実額経費の計算の誤りという概算経費選択の動機に属する事由がその意思表示の内容として確定申告書への記載という形で表示されているような錯誤であるといえよう。

本判決の調査官解説も、「本件確定申告における必要経費の計算」の「誤り(錯誤)」について、「厳密に分析していえば、自由診療収入分の必要経費については金額という要素の錯誤があり、社会保険診療報酬分の必要経費については実額経費と概算経費との選択に関する動機の錯誤があって、後者の錯誤は前者の錯誤と密接に関連しており、右各錯誤は確定申告書の添付書類上明らかであるということになろうか。」(上田豊三「判解」最判解民事篇(平成2年度)182頁、194頁。下線筆者)と述べている。

本件における「錯誤」を以上のように捉えると、本判決判示②は、本件当時の民法95条に関する民法判例、すなわち、「意思表示をなすについての動機は表意者が当該意思表示の内容としてこれを相手方に表示した場合でない限り法律行為の要素とはならないものと解するを相当とする。」(最判昭和29年11月26日民集8巻11号2087頁)という考え方に準拠して、本件における「錯誤」を租税特別措置法26条という選択権規定の適用上いわば「概算経費選択の要素の錯誤」とみた上で、当時の民法95条が定めていた錯誤無効に準じて、これに基づく概算経費選択には必要経費控除という法律効果が当初から発生していなかったものとして取り扱う旨の判断を示したものと解することができる。また、そのような法律効果の取扱いを本判決判示③は「概算経費選択の意思表示の撤回」と称したものと解される(前掲拙著『税法創造論』782-783頁[初出・1991年]参照)。

そもそも、必要経費控除は所得税の課税標準の計算上の措置であるから、必要経費控除という法律効果は、所得税に係る課税要件法上の法律効果である。これが概算経費選択の当初から発生していなかったものとして取り扱われると(概算経費選択の意思表示が撤回されると)、概算経費を必要経費として控除して所得税の課税標準を計算することは、当初からできなかったことになる。その結果、当初そのような計算に基づき行われた確定申告は、課税要件法上誤ったもの(課税要件法上の過誤)となる。

この場合において、❶課税要件法上の過誤によって当初の確定申告が、その申告税額に「不足額があるとき」(税通19条1項1号)に該当すること(過少申告)になったときは、修正申告の要件が充たされることになる。このことは本判決判示③で判示されているところである。

これに対して、❷課税要件法上の過誤によって当初の確定申告が、その申告税額が「過大であるとき」(税通23条1項1号)に該当すること(過大申告)になったときは、通常の更正の請求の要件が充たされる場合がある。その場合としては、過大申告の原因となる事由がⓐ「当該申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従つていなかつたこと」(税通23条1項1号)又はⓑ「当該計算に誤りがあつたこと」(同)のいずれかである場合が定められている。概算経費選択の意思表示の撤回は、概算経費選択について必要経費控除という法律効果が当初から発生していなかったものとして取り扱うことであるから、概算経費を必要経費として控除して計算した所得税の課税標準は所得税法の規定に従っていなかったことに帰結する。したがって、本件における錯誤に基づく概算経費選択の意思表示の撤回は、上記のⓐの事由に該当することになる。

本件は修正申告の事案であるから、本判決の射程は前記❶に限定され前記❷には及ばないが、ただ、これまで述べてきたように、本判決が「課税要件法に組み込まれた手続法」という選択権規定の構造(前記1参照)を前提にして「概算経費選択の意思表示の撤回」を認めたと解することができる以上、本判決の考え方の射程は実質的には前記❷にも及ぶと考えるところである。

いずれにせよ、前記Ⅰで今回の検討対象として述べた問題、すなわち、納税者が租税負担選択権を錯誤に基づいて行使したとき、過誤要件が充足されたとして通常の更正の請求が許容されるかどうかという問題については、これを肯定することができると考えるところである。

なお、筆者の以上のような考え方は、一見すると、修正申告の要件と通常の更正の請求の要件との違いを無視ないし軽視するものであるかのように思われるかもしれないが、両要件の法律構成の違いに照らして考えてみると、そのようなものでないことは明らかである。すなわち、国税通則法は修正申告の要件については、当初申告税額に係る「不足額」にのみ着目し、その原因となる事由の内容・態様等を問わない、いわば「総額主義的構成」を採用しているのに対して、通常の更正の請求の要件については、当初申告税額の「過大」さだけでなくその原因となる事由にも着目する、いわば「争点主義的構成」を採用しているが、両要件の法律構成のこのような違いに照らして考えてみると、修正申告の要件が過少申告の原因となる事由の内容・態様等を問わない以上、前記のⓐ又はⓑの事由が過少申告の原因となっている場合にも、当然のこととして、修正申告の要件が充たされるのであるから、前記のⓐに該当する「概算経費選択の意思表示の撤回」があれば、それによって当初税額と比べて納付すべき税額が増加することになるときは、修正申告の要件が充たされ、他方、それによって当初税額と比べて納付すべき税額が減少することになるときは、通常の更正の請求の要件が充たされるのである。

 

Ⅳ おわりに

今回は、通常の更正の請求の許容性の問題を錯誤に基づく租税負担選択権の行使について検討したが、その検討を通じて、その問題の判断について意思主義が重要な意味をもつことを明らかにした。

このことは、選択権規定の適用に当たって選択の意思表示の解釈を必要とする場合があることを予想させるが、実際に、そのような場合における通常の更正の請求の許容性の問題について、最判平成21年7月10日民集63巻6号1062頁(以下「平成21年最判」という)は次のとおり判示し、それを肯定する判断を示した(下線筆者)。

前記事実関係等によれば、上告人は、本件確定申告書に添付した別表六(一)の「所得税額の控除に関する明細書」中の「銘柄別簡便法による場合」の銘柄欄に、その所有する株式の全銘柄を記載し、配当等として受け取った収入金額及びこれに対して課された所得税額を各銘柄別にすべて記載したものの、「利子配当等の計算期末の所有元本数等」欄及び「利子配当等の計算期首の所有元本数等」欄に、本来ならば配当等の計算の基礎となった期間の期末及び期首の各時点における所有株式数を記載すべきところ、誤って本件事業年度の期末及び期首の各時点における所有株式数を記載したため、一部の銘柄につき銘柄別簡便法の計算を誤り、その結果、控除を受ける所得税額を過少に記載したというのである。その計算の誤りは、本件確定申告書に現れた計算過程の上からは明白であるとはいえないものの、所有株式数の記載を誤ったことに起因する単純な誤りであるということができ、本件確定申告書に記載された控除を受ける所得税額の計算が、上告人が別の理由により選択した結果であることをうかがわせる事情もない。そうであるとすると、上告人が、本件確定申告において、その所有する株式の全銘柄に係る所得税額の全部を対象として、法令に基づき正当に計算される金額につき、所得税額控除制度の適用を受けることを選択する意思であったことは、本件確定申告書の記載からも見て取れるところであり、上記のように誤って過少に記載した金額に限って同制度の適用を受ける意思であったとは解されないところである。

平成21年最判は、上記のとおり、法人税に係る所得税額控除(法税68条1項)の選択(同条3項[現行4項])の前提となる計算の誤りについて、「所有株式数の記載を誤ったことに起因する単純な誤りである」こと及び「別の理由により選択した結果であることをうかがわせる事情もない」ことという事実を重視して、その選択の意思を「誤って過少に記載した金額に限って同制度の適用を受ける意思」ではなく「その所有する株式の全銘柄に係る所得税額の全部を対象として、法令に基づき正当に計算される金額につき、所得税額控除制度の適用を受けることを選択する意思」と解釈し認定した。

このような意思表示の解釈は、個々の選択に係る事実に即して客観的に行われており、その意味で民法における意思表示の解釈(差し当たり山本敬三『民法講義Ⅰ 総則〔第3版〕』(有斐閣・2011年)134頁以下参照)と比べて特に異なる考慮に基づくものとは考えられない。それゆえ、平成21年最判は、本判決と基本的には同じく意思主義に基づく判断を示したものと解される(前掲拙著『税法創造論』142-143頁[初出・2021年]参照)。

平成21年最判の調査官解説は、「本判決[=平成21年最判]は、納税者が配当等に係る所得金額の全部を対象として所得税額控除制度の適用を選択する意思があったことが確定申告書の記載からも見て取れるという事案に関するものであるから、申告時における選択を申告後に変更するという事案(前掲最三小判昭和62・11・10[=昭和62年最判]等)とは異なるものと解される(・・・・・・)。」(鎌野真敬「判解」最判解民事篇(平成21年度)(下)516頁、526頁。下線筆者)と述べているが、この解説も、平成21年最判が選択の「意思」を基準にして過誤要件の充足を認めたものであり、したがって、意思主義に基づくものであるとの理解を示したものと解される。

最後に今回の検討をまとめると、選択権規定の適用に当たっては、選択の「意思」を基準にして納税申告等の過誤是正措置(修正申告と更正の請求)の適用を判断するのが判例の立場であるといってよかろう。

(了)

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税法基本判例

【第36回】

「錯誤に基づく租税負担選択権の行使と通常の更正の請求の許容性」

-歯科医師概算経費控除「錯誤」事件・最判平成2年6月5日民集44巻4号612頁の意義と射程-

 

大阪学院大学法学部教授
谷口 勢津夫

 

Ⅰ はじめに

納税者が提出した納税申告書に係る課税標準等又は税額等の記載の中に、納税者に不利な一定の過誤(税通23条1項1号~3号参照。以下「過誤要件」という)が存在する場合、納税者は納税申告等の過誤是正措置としての更正の請求をすることができる。この場合において、納税者が法定申告期限から5年以内に過誤要件の充足に気がついたときに行うことができる更正の請求(税通23条1項)を通常の更正の請求といい、法定申告期限から5年を経過した日以後に過誤要件の充足に気がついたときに、一定のいわゆる後発的理由(同条2項1号~3号)の発生を理由としてのみ行うことができる更正の請求(同項)を特別の更正の請求という(この用語法について拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【133】~【135】参照)。

今回は、税法が概算経費控除の特例・税額控除等の定めにおいて納税者に租税負担選択権を認めている場合において、納税者がその選択権を錯誤に基づいて行使したとき、過誤要件が充足されたとして通常の更正の請求が許容されるかどうかという問題を検討することにする。

この問題の検討に当たっては、とりわけ、歯科医師概算経費控除「錯誤」事件(以下「本件」という)・最判平成2年6月5日民集44巻4号612頁(以下「本判決」という)が、重要かつ有益な手がかりを与えてくれるように思われる。本判決は、医師優遇税制(税特措26条)における社会保険診療報酬に係る概算経費(同条1項)を納税者が錯誤に基づき選択(同条3項参照)した場合において、修正申告によるその選択の撤回を認めたものであるが、結論を先取りしていえば、本判決の考え方は基本的には通常の更正の請求についても妥当すると考えるところである(前掲拙著【134】参照)。そこで、同様の場合における通常の更正の請求の許容性の問題に立ち入る前に、まず、本判決の判断内容からみておくことにしよう。

 

Ⅱ 本判決の判断内容

本判決の判断内容をみる際、その判示を以下のとおり大きく3つの部分に分けて整理しておくのが適当であろう。

本判決は、まず、次のとおり判示し(下線筆者。以下「本判決判示①」という)、概算経費選択を「意思表示」と性格づけた上で、実額経費(所税27条2項、37条1項)及び概算経費がいずれも「国税に関する法律の規定に基づく社会保険診療報酬の必要経費」すなわち適法な必要経費となることを認め、最判昭和62年11月10日裁判集民事152号155頁(以下「昭和62年最判」という)を参照している。

措置法26条1項は、医師又は歯科医師が社会保険診療報酬を有する場合において、事業所得金額の計算上、右報酬に係る必要経費としては、所得税法37条1項等に基づく実額経費によることなく、右報酬に一定の標準率を乗じて算出する概算経費とする旨を規定し、措置法26条3項は、同条1項の規定は、確定申告書に同項の規定により事業所得金額を計算した旨の記載がない場合には、適用しないと規定している。したがって、納税者である医師又は歯科医師が確定申告書において同項の規定により事業所得金額を計算した旨の記載をしていない場合でない限り、換言すれば、納税者である医師又は歯科医師が確定申告書において同項の規定により事業所得金額を計算した旨の記載をしている場合(すなわち、概算経費選択の意思表示をしている場合)には、同項が適用され、概算経費が事業所得金額の計算上控除されるべき社会保険診療報酬の必要経費となるのである。そしてこの場合、実額経費の金額が概算経費の金額を上回っているかそれとも下回っているかということは、同項の適用を左右するものではなく、仮に実額経費の金額が概算経費の金額を上回っている場合でも、右概算経費が国税に関する法律の規定に基づく社会保険診療報酬の必要経費となるのである(最高裁昭和60年(行ツ)第81号同62年11月10日第三小法廷判決・裁判集民事152号155頁参照)。

本判決は、これに続けて次のとおり判示し(下線筆者。以下「本判決判示②」という)、本件における概算経費選択の意思表示が「錯誤」に基づくものであることを認めた。

しかしながら、歯科医師の事業所得金額の計算上その診療総収入から控除されるべき必要経費は、自由診療収入の必要経費と社会保険診療報酬の必要経費との合計額であるところ、本件においては、診療経費総額を自由診療収入分と社会保険診療報酬分に振り分ける計算過程において、診療総収入に対する自由診療収入の割合を出し、これを診療経費総額に乗じて自由診療収入分の必要経費を算出し、これを診療経費総額から差し引いて社会保険診療報酬の実際の必要経費(実額経費)を算出すべきところ、誤って社会保険診療報酬に対する自由診療収入の割合を出し、これを診療経費総額に乗じて自由診療収入分の必要経費を算出し、これを診療経費総額から差し引いて実額経費を算出したため、自由診療収入分の必要経費を正しく計算した場合よりも多額に、実額経費を正しく計算した場合よりも少額に算出してしまい、そのため右実額経費よりも概算経費の方が有利であると判断して概算経費選択の意思表示をしたというのであるから(なお、本件記録によれば、右の誤りは本件確定申告書に添付された書類上明らかである。)、右概算経費選択の意思表示は錯誤に基づくものであり、上告人の事業所得金額の計算上その診療総収入から控除されるべき必要経費の計算には誤りがあったというべきである。

本判決は、以上の判断を踏まえた上で、本件における修正申告の許容性について次のとおり判示し(下線筆者。以下「本判決判示③」という)、納税申告の過誤是正措置としての修正申告の要件を充たす限りにおいては、錯誤に基づく概算経費選択の意思表示を修正申告によって「撤回」することを認め、社会保険診療報酬に係る必要経費を実額で計上することができると判断した。

ところで、国税通則法19条1項1号によれば、確定申告に係る税額に不足額があるときは修正申告をすることができるところ、本件においては、確定申告に係る自由診療収入の必要経費の計算の誤りを正せば、必然的に事業所得金額が増加し、確定申告に係る税額に不足額が生ずることになるため、修正申告をすることができる場合に当たることになる。

そして、右修正申告をするに当たり、修正申告の要件を充たす限りにおいては(すなわち、確定申告に係る税額を増加させる限りにおいては)、確定申告における必要経費の計算の誤りを是正する一環として、錯誤に基づく概算経費選択の意思表示を撤回し、所得税法37条1項等に基づき実額経費を社会保険診療報酬の必要経費として計上することができると解するのが相当である。本件修正申告において、上告人は、自由診療収入の必要経費を確定申告に係る751万5552円から560万1502円に減額し、社会保険診療報酬の必要経費を実額経費である1926万4788円に改め、確定申告に係る必要経費の総額2554万1101円を2486万6290円に減額したものであるから、税額を増加させるものであり、修正申告の要件を充たし、概算経費選択の意思表示の撤回が有効になされたものとして、本件修正申告は適法というべきである。

 

Ⅲ 錯誤に基づく租税負担選択権の行使と通常の更正の請求の許容性

1 租税負担選択権規定の構造と選択の法的性格

租税特別措置法26条1項は、医師又は歯科医師の社会保険診療報酬に係る事業所得の金額(所税27条2項)の計算上必要経費として実額経費(同37条1項)に代えて(税特措26条3項参照)概算経費を控除することを定めているが、当然のことながら、必要経費として実額経費を控除するか又は概算経費を控除するかで事業所得に対する所得税の負担が異なることになることから、この規定も租税負担選択権を定める規定(以下「租税負担選択権規定」ないし単に「選択権規定」という)である。

上記の概算経費の選択は原則として確定申告書にその旨を記載することによって行われることとされている(税特措26条3項・4項参照)ことからすると、租税特別措置法26条1項という選択権規定は、納税義務の確定手続そのものではないにしてもこれに関連する手続を定める規定であることは確かである。ただ、上記の概算経費の選択は実額経費の場合とは異なる所得税の負担をもたらすことからすると、上記の選択権規定は、納税義務の内容を定める課税要件規定としての性格をも併有することもまた確かである。

以上のことは租税特別措置法26条1項についてだけでなく租税負担選択権規定一般についていえることである。このことに着目して、筆者は従来から選択権規定を「課税要件法に組み込まれた手続法」として性格づけ(前掲拙著【48】参照)、その構造について次の理解(拙著『税法創造論』(清文社・2022年)736-737頁[初出・1991年])を示してきた。

一般に、課税要件とは、課税要件事実の発生によって充足(実現)された結果必然的に特定の法律効果を発生させるものをいうと理解されているように思われるが、課税要件に関するかかる理解は、課税要件事実に対する法律効果の付与(税法的評価)を行うのは立法者であるということを前提としていると考えられる。ところが、選択権規定の場合には、立法者は一定の課税要件事実に対して法律効果の完結的な付与(完結的な税法的評価)を行わず、これを行う権限を納税義務者に授権し、場合によってはその行使の方法、形式、期限、変更可能性等について規制しているのである。換言すれば、立法者は納税義務者による選択権行使を課税要件規定にその要件要素として組み込むことによって、当該要件に該当する事実に対する法律効果の付与(税法的評価)への決定参与権(Mitspracherecht)を納税義務者に与え、その行使に対する手続的規制を定めることがあるのである。

本判決判示①で示された考え方は、選択権規定の構造に関する上記のような理解を前提にして成り立つものであると考えられる。というのも、概算経費選択を「意思表示」と性格づけるのは、社会保険診療報酬の必要経費に係る選択権の行使について、その行使の動機に導かれ異なる法律効果(異なる額の必要経費控除)の発生を欲する意思すなわち効果意思、及びこれを確定申告書への記載という表示行為に媒介する意思すなわち表示意思を観念することができるからである。また、実額経費及び概算経費がいずれも適法な必要経費となることを認めるのは、租税特別措置法26条1項という選択権規定によれば、社会保険診療報酬の必要経費に該当する一定の支出という課税要件事実に対する、必要経費控除という法律効果の付与(税法的評価)への決定参与権が納税義務者に与えられており、その行使が法定の手続的規制に従って行われる限り、異なる法律効果(異なる額の必要経費控除)の付与(税法的評価)のいずれもが適法とされているからである。

本判決判示①は、後者の点すなわち実額経費及び概算経費がいずれも適法な必要経費となることを認める点については、昭和62年最判を参照しているが、前者の点すなわち概算経費選択を「意思表示」と性格づける点についても、その性格づけは昭和62年最判と同じく意思主義に基づくものと解される(前掲拙著『税法創造論』139-141頁[初出・2021年]参照)。というのも、昭和62年最判も「措置法の右規定[=26条1項]は、確定申告書に同条項の規定により事業所得の金額を計算した旨の記載がない場合には、適用しないとされているから(同法26条3項)、同条項の規定を適用して概算による経費控除の方法によつて所得を計算するか、あるいは同条項の規定を適用せずに実額計算の方法によるかは、専ら確定申告時における納税者の自由な選択に委ねられているということができる」(下線筆者)と判示し、概算経費選択を納税者の「自由な選択」と捉えているが、これは自由意思による選択を意味するものと解されるからである。

前記の意思主義については、「納税義務者の意思を重視しなければならないという要請」(藤岡祐治「判批」法協130巻9号(2013年)2081頁、2096頁)といってもよいが、そもそも、「近代法の構造というのは、すべて個人の意思を中心に構成されている」(伊藤正己『近代法の常識〔第3版〕』(有信堂・1992年)163頁)ところ、「近代法の個人主義的性格を示すものであり、窮極的には個人の意思に法規範の根拠を求めるもの」(石井金一郎『近代法入門』(法律文化社・1963年)19頁)として、近代法の基本原理を構成すると考えるところである。現代の法も近代法を基礎とする以上、税法も法理論上は近代法の基本原理から自由ではあり得ない。

そうすると、租税特別措置法26条の選択権規定は、意思主義に基づき概算経費選択を納税者の「自由な選択」(昭和62年最判)ないし「意思表示」(本判決)に委ねつつ、その表示行為を確定申告書への記載(同条3項)に限定し、もって意思主義に対して手続的規制を加えることを定めた「課税要件法に組み込まれた手続法」規定であるといえよう。

2 租税負担選択権の行使に係る「錯誤」の態様と法律効果

以上のように考えてくると、本判決判示②が本件における概算経費選択の意思表示について「錯誤」を問題にしたのは、意思主義の観点からは論理的に自然な流れであるといえよう。この点を昭和62年最判についてみると、その原判決・仙台高判昭和59年11月12日訟月31巻7号1686頁は、正当にも、次のとおり判示した(下線筆者)。

本件において控訴人自らがその責任と判断において措置法による所得計算の特例を選択して申告したとしても、同条による租税優遇措置を受けようとしてこれを選択したことが、逆に本来の収支計算の方法による場合よりも税額を過大ならしめたとすれば、そこに錯誤の存することは明らかであり、当該計算に誤りがあつたことになる。

もっとも、昭和62年最判は、当該事案における概算経費選択について「錯誤」を問題とすることなく、通常の更正の請求に係る過誤要件(税通23条1項1号)該当性のみを判断した。つまり、昭和62年最判は、その原判決が上記のとおり「錯誤」として問題にしたこと、すなわち、「同条による租税優遇措置を受けようとしてこれを選択したことが、逆に本来の収支計算の方法による場合よりも税額を過大ならしめた」ことを、「錯誤」として問題にしなかったのである。そのようなことは、収支決算に基づき算定された実額経費との比較をせずに概算経費を選択したがために生じた結果であるから、概算経費選択の意思を形成する段階における錯誤という意味では動機の錯誤に属するといえるにしても、単なる見込み違いにすぎず、意思主義の観点からみて特に問題にすべきことではないと考えられるので、昭和62年最判の判断は妥当である。

これに対して、本判決判示②が本件における概算経費選択の意思表示について問題にした「錯誤」は、昭和62年最判の場合とは異なり、収支決算に基づき算定された実額経費との比較を行いながらも実額経費の計算を誤ったがために陥った錯誤(本件の控訴審・福岡高判昭和63年6月29日民集44巻4号664頁の表現を借りれば「選択の判断資料とすべき実際に要した経費の算出過程における計算誤りに縁由する錯誤」)であるが、ただ、動機の錯誤に属するものであるという点では、昭和62年最判の場合と同じである。しかし、同じく動機の錯誤に属するとはいっても、本件における「錯誤」については、本判決判示②が「本件記録によれば、右の誤りは本件確定申告書に添付された書類上明らかである。」と説示していることからして、その「錯誤」は、実額経費の計算の誤りという概算経費選択の動機に属する事由がその意思表示の内容として確定申告書への記載という形で表示されているような錯誤であるといえよう。

本判決の調査官解説も、「本件確定申告における必要経費の計算」の「誤り(錯誤)」について、「厳密に分析していえば、自由診療収入分の必要経費については金額という要素の錯誤があり、社会保険診療報酬分の必要経費については実額経費と概算経費との選択に関する動機の錯誤があって、後者の錯誤は前者の錯誤と密接に関連しており、右各錯誤は確定申告書の添付書類上明らかであるということになろうか。」(上田豊三「判解」最判解民事篇(平成2年度)182頁、194頁。下線筆者)と述べている。

本件における「錯誤」を以上のように捉えると、本判決判示②は、本件当時の民法95条に関する民法判例、すなわち、「意思表示をなすについての動機は表意者が当該意思表示の内容としてこれを相手方に表示した場合でない限り法律行為の要素とはならないものと解するを相当とする。」(最判昭和29年11月26日民集8巻11号2087頁)という考え方に準拠して、本件における「錯誤」を租税特別措置法26条という選択権規定の適用上いわば「概算経費選択の要素の錯誤」とみた上で、当時の民法95条が定めていた錯誤無効に準じて、これに基づく概算経費選択には必要経費控除という法律効果が当初から発生していなかったものとして取り扱う旨の判断を示したものと解することができる。また、そのような法律効果の取扱いを本判決判示③は「概算経費選択の意思表示の撤回」と称したものと解される(前掲拙著『税法創造論』782-783頁[初出・1991年]参照)。

そもそも、必要経費控除は所得税の課税標準の計算上の措置であるから、必要経費控除という法律効果は、所得税に係る課税要件法上の法律効果である。これが概算経費選択の当初から発生していなかったものとして取り扱われると(概算経費選択の意思表示が撤回されると)、概算経費を必要経費として控除して所得税の課税標準を計算することは、当初からできなかったことになる。その結果、当初そのような計算に基づき行われた確定申告は、課税要件法上誤ったもの(課税要件法上の過誤)となる。

この場合において、❶課税要件法上の過誤によって当初の確定申告が、その申告税額に「不足額があるとき」(税通19条1項1号)に該当すること(過少申告)になったときは、修正申告の要件が充たされることになる。このことは本判決判示③で判示されているところである。

これに対して、❷課税要件法上の過誤によって当初の確定申告が、その申告税額が「過大であるとき」(税通23条1項1号)に該当すること(過大申告)になったときは、通常の更正の請求の要件が充たされる場合がある。その場合としては、過大申告の原因となる事由がⓐ「当該申告書に記載した課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従つていなかつたこと」(税通23条1項1号)又はⓑ「当該計算に誤りがあつたこと」(同)のいずれかである場合が定められている。概算経費選択の意思表示の撤回は、概算経費選択について必要経費控除という法律効果が当初から発生していなかったものとして取り扱うことであるから、概算経費を必要経費として控除して計算した所得税の課税標準は所得税法の規定に従っていなかったことに帰結する。したがって、本件における錯誤に基づく概算経費選択の意思表示の撤回は、上記のⓐの事由に該当することになる。

本件は修正申告の事案であるから、本判決の射程は前記❶に限定され前記❷には及ばないが、ただ、これまで述べてきたように、本判決が「課税要件法に組み込まれた手続法」という選択権規定の構造(前記1参照)を前提にして「概算経費選択の意思表示の撤回」を認めたと解することができる以上、本判決の考え方の射程は実質的には前記❷にも及ぶと考えるところである。

いずれにせよ、前記Ⅰで今回の検討対象として述べた問題、すなわち、納税者が租税負担選択権を錯誤に基づいて行使したとき、過誤要件が充足されたとして通常の更正の請求が許容されるかどうかという問題については、これを肯定することができると考えるところである。

なお、筆者の以上のような考え方は、一見すると、修正申告の要件と通常の更正の請求の要件との違いを無視ないし軽視するものであるかのように思われるかもしれないが、両要件の法律構成の違いに照らして考えてみると、そのようなものでないことは明らかである。すなわち、国税通則法は修正申告の要件については、当初申告税額に係る「不足額」にのみ着目し、その原因となる事由の内容・態様等を問わない、いわば「総額主義的構成」を採用しているのに対して、通常の更正の請求の要件については、当初申告税額の「過大」さだけでなくその原因となる事由にも着目する、いわば「争点主義的構成」を採用しているが、両要件の法律構成のこのような違いに照らして考えてみると、修正申告の要件が過少申告の原因となる事由の内容・態様等を問わない以上、前記のⓐ又はⓑの事由が過少申告の原因となっている場合にも、当然のこととして、修正申告の要件が充たされるのであるから、前記のⓐに該当する「概算経費選択の意思表示の撤回」があれば、それによって当初税額と比べて納付すべき税額が増加することになるときは、修正申告の要件が充たされ、他方、それによって当初税額と比べて納付すべき税額が減少することになるときは、通常の更正の請求の要件が充たされるのである。

 

Ⅳ おわりに

今回は、通常の更正の請求の許容性の問題を錯誤に基づく租税負担選択権の行使について検討したが、その検討を通じて、その問題の判断について意思主義が重要な意味をもつことを明らかにした。

このことは、選択権規定の適用に当たって選択の意思表示の解釈を必要とする場合があることを予想させるが、実際に、そのような場合における通常の更正の請求の許容性の問題について、最判平成21年7月10日民集63巻6号1062頁(以下「平成21年最判」という)は次のとおり判示し、それを肯定する判断を示した(下線筆者)。

前記事実関係等によれば、上告人は、本件確定申告書に添付した別表六(一)の「所得税額の控除に関する明細書」中の「銘柄別簡便法による場合」の銘柄欄に、その所有する株式の全銘柄を記載し、配当等として受け取った収入金額及びこれに対して課された所得税額を各銘柄別にすべて記載したものの、「利子配当等の計算期末の所有元本数等」欄及び「利子配当等の計算期首の所有元本数等」欄に、本来ならば配当等の計算の基礎となった期間の期末及び期首の各時点における所有株式数を記載すべきところ、誤って本件事業年度の期末及び期首の各時点における所有株式数を記載したため、一部の銘柄につき銘柄別簡便法の計算を誤り、その結果、控除を受ける所得税額を過少に記載したというのである。その計算の誤りは、本件確定申告書に現れた計算過程の上からは明白であるとはいえないものの、所有株式数の記載を誤ったことに起因する単純な誤りであるということができ、本件確定申告書に記載された控除を受ける所得税額の計算が、上告人が別の理由により選択した結果であることをうかがわせる事情もない。そうであるとすると、上告人が、本件確定申告において、その所有する株式の全銘柄に係る所得税額の全部を対象として、法令に基づき正当に計算される金額につき、所得税額控除制度の適用を受けることを選択する意思であったことは、本件確定申告書の記載からも見て取れるところであり、上記のように誤って過少に記載した金額に限って同制度の適用を受ける意思であったとは解されないところである。

平成21年最判は、上記のとおり、法人税に係る所得税額控除(法税68条1項)の選択(同条3項[現行4項])の前提となる計算の誤りについて、「所有株式数の記載を誤ったことに起因する単純な誤りである」こと及び「別の理由により選択した結果であることをうかがわせる事情もない」ことという事実を重視して、その選択の意思を「誤って過少に記載した金額に限って同制度の適用を受ける意思」ではなく「その所有する株式の全銘柄に係る所得税額の全部を対象として、法令に基づき正当に計算される金額につき、所得税額控除制度の適用を受けることを選択する意思」と解釈し認定した。

このような意思表示の解釈は、個々の選択に係る事実に即して客観的に行われており、その意味で民法における意思表示の解釈(差し当たり山本敬三『民法講義Ⅰ 総則〔第3版〕』(有斐閣・2011年)134頁以下参照)と比べて特に異なる考慮に基づくものとは考えられない。それゆえ、平成21年最判は、本判決と基本的には同じく意思主義に基づく判断を示したものと解される(前掲拙著『税法創造論』142-143頁[初出・2021年]参照)。

平成21年最判の調査官解説は、「本判決[=平成21年最判]は、納税者が配当等に係る所得金額の全部を対象として所得税額控除制度の適用を選択する意思があったことが確定申告書の記載からも見て取れるという事案に関するものであるから、申告時における選択を申告後に変更するという事案(前掲最三小判昭和62・11・10[=昭和62年最判]等)とは異なるものと解される(・・・・・・)。」(鎌野真敬「判解」最判解民事篇(平成21年度)(下)516頁、526頁。下線筆者)と述べているが、この解説も、平成21年最判が選択の「意思」を基準にして過誤要件の充足を認めたものであり、したがって、意思主義に基づくものであるとの理解を示したものと解される。

最後に今回の検討をまとめると、選択権規定の適用に当たっては、選択の「意思」を基準にして納税申告等の過誤是正措置(修正申告と更正の請求)の適用を判断するのが判例の立場であるといってよかろう。

(了)

この連載の公開日程は、下記の連載目次をご覧ください。

連載目次

谷口教授と学ぶ「税法基本判例」

第1回~第20回

第21回~

筆者紹介

谷口 勢津夫

(たにぐち・せつお)

大阪学院大学法学部教授

1956年高知県生まれ。京都大学法学部卒業、同大学大学院法学研究科博士後期課程単位修得退学。甲南大学法学部教授、大阪大学大学院高等司法研究科教授を経て2022年4月より現職。大阪大学名誉教授。ほかに大阪大学大学院高等司法研究科長・大阪大学法務室長、アレクサンダー・フォン・フンボルト財団奨励研究員(Forschungsstipendiat der Alexander von Humboldt-Stiftung)・ミュンヘン大学客員研究員、日本税法学会理事長、租税法学会理事、IFA(International Fiscal Association)日本支部理事、資産評価政策学会理事、司法試験考査委員、公認会計士試験試験委員、独立行政法人造幣局契約監視委員会委員・委員長、大阪府収用委員会委員・会長、大阪府行政不服審査会委員・会長、公益財団法人日本税務研究センター評議員・同センター理事・同センター「日税研究賞」選考委員・同センター編集委員会委員、公益財団法人納税協会連合会「税に関する論文」選考委員、公益社団法人商事法務研究会「商事法務研究会賞」審査委員、近畿税理士会・近畿税務研究センター顧問など(一部現職。ほか歴任)。

主要著書は『租税条約論』(清文社・1999年)、『租税回避論』(清文社・2014年)、『租税回避研究の展開と課題〔清永敬次先生謝恩論文集〕』(共著・ミネルヴァ書房・2015年)、『税法の基礎理論』(清文社・2021年)、『税法創造論』(清文社・2022年)、『税法基本判例Ⅰ』(清文社・2023年)、『基礎から学べる租税法〔第4版〕』(共著・弘文堂・2025年)、『税法基本講義〔第8版〕』(弘文堂・2025年)、『税法基本判例Ⅱ』(清文社・2025年)など。
 
   

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