※この連載は一般会員(無料)にご登録いただくとご覧いただけます。
※本連載は当面の間、非会員の方でもログインなしでご覧いただけます。
被災したクライアント企業への
実務支援のポイント
〔法務面のアドバイス〕
【第2回】
「被災による財産関係の法律問題」
弁護士 岨中 良太
1 預貯金
災害発生時は避難が最優先されるため、通帳、キャッシュカード、銀行印等を携帯して避難することができないことが多く、災害発生後に保管場所に戻っても紛失していることが多い。
金融機関が通帳等の紛失した預金者からの預金払戻請求に応じることは、「便宜払い」などと呼ばれており、大規模災害が発生した場合には、災害の規模や範囲等によって異なる部分もあるが、多くの金融機関がこの「便宜払い」に応じることがある。
この場合、本人確認の方法は、災害発生からの経過時間や、各金融機関の被災状況等によって異なるが、不正な払戻しを防止しつつ被災者の資金需要の緊急性に配慮するため、具体的な状況に応じて、可能な範囲での本人確認手続が行われることになる。
2 手形・小切手
(1) 支払呈示期間経過後の支払呈示
手形はその満期日またはこれに次ぐ2取引日以内、小切手は振出日の翌日から起算して10日以内に、それぞれ支払呈示をしなければならず、支払呈示期間経過後に支払呈示を行っても不渡りとなり返還されることになる。この場合、振出人に対しては消滅時効が完成するまで請求することができるが、裏書人に対して請求することができなくなる。
しかし、災害によって避難等を余儀なくされ、手形・小切手の支払呈示をすることができないまま支払呈示期間を経過することとなった場合には、特別の措置が講じられることがある。東日本大震災については、全国銀行協会が、災害のため呈示期間が経過した手形でも交換・決済を可能とする措置を実施した。
(2) 手形・小切手の紛失
災害によって手形・小切手を紛失した場合には、当該手形等に係る請求をすることができず、手形等の支払地を管轄する簡易裁判所に公示催告の申立てを行い、公示催告期間経過後に除権決定を受ける必要がある。
3 所有不動産
(1) 権利証の紛失
権利証は法律上「登記済証」と呼ばれる。現在は、平成17年の不動産登記法の改正により、登記済証に代わって「登記識別情報通知書」が用いられている。
この点、登記済証や登記識別情報通知書を災害によって紛失しても、所有権が失われるということはない。
もっとも、不動産を売却する等の場合には、登記済証や登記識別情報通知書の提出に代えて、
① 登記官による事前通知
② 司法書士や弁護士による本人確認
③ 公証人による認証
のいずれかの手続が必要となる。
(2) 災害による境界の不明確化
災害によって塀が倒壊したり、境界標が流失したりするなどして、所有地と隣地との境界が不明確となる場合がある。
この点、境界には、
① 公法上の境界(筆界)
② 私法上の境界(所有権界)
がある。
① 公法上の境界
公法上の境界は、国のみが定めることができ、当事者である私人の合意で動かすことはできず、災害が発生しても、本来の位置から動くことはない。
公法上の境界を明確にする手続としては、地方裁判所に境界確定訴訟を提起する方法と、法務局又は筆界特定登記官に筆界特定の申請を行う方法があり、これら手続においては、法務局に備え付けられた図面や既存の測量図面等を基に境界が明らかにされることになる。
この点、地震による地表面の移動については、「兵庫県南部地震による水平地殻変動と登記の取扱い(平成7年3月29日付法務省民三第2589号民事局長回答)」により、
地震による地殻の変動に伴い広範囲にわたって地表面が水平移動した場合には、土地の筆界も相対的に移動したものとして取り扱う。なお、局部的な地表面の土砂の移動(崖崩れ等)の場合には、土地の筆界は移動しないものとして取り扱う
とされている。
② 私法上の境界
私法上の境界は、関係当事者の合意により、双方の所有権の範囲を決定することができる。
当事者間の協議で合意に至らない場合には、簡易裁判所に所有権確認の調停を申し立てるか、地方裁判所に所有権確認訴訟を提起することになる。
この点、前回紹介した特定非常災害特別措置法に基づく特定非常災害に指定され、かつ、政令によって指定された場合には、上記調停の申立ての手数料が免除される場合がある。
(3) 賃貸している建物
① 「滅失」の判断
賃貸していた所有建物が災害によって被害を受けた場合、賃借人との賃貸借契約が終了するか否かは、当該建物が「滅失」したか否かによって決まる。すなわち、建物が滅失した場合には賃貸借契約は終了するのに対し、滅失に至らない損壊の場合には、賃貸借契約は当然には終了しない。
建物が「滅失」したか否かは、当該建物の損壊の程度と、修繕費用、耐用年数、老朽度、賃料の額等の経済的観点から総合的に判断することになる。罹災証明書(前回参照)において「全壊」と認定された場合には「滅失」に該当するといえるであろうが、「半壊」の場合には個別の事案によらざるを得ないと考えられる。
② 建物が滅失し賃貸借契約が終了する場合
滅失した建物については取壊しを行うことになるが、賃貸借契約の終了に伴い、建物の中に残された賃借人の家財道具等については、無断で処分すると、後に賃借人から損害賠償請求を受ける可能性があるため、原則として、賃借人に撤去を求めるか、賃借人から家財道具の所有権放棄を受けて処分することになる。
賃借人と連絡が取れない場合には、法律的には建物明渡請求訴訟を提起して確定判決を得た上で、強制執行を行う必要がある。しかし、災害時においては建物を直ちに取り壊さなければ倒壊の危険性があり、倒壊により家財道具自体も破壊されてしまうような切迫した状況もあり得る。
この場合、様々な法的構成が考えられるが、家財道具のうち使用価値のないがれき等については撤去及び廃棄を行い、まだ財産的価値の残っていることが明らかなものについては可能な限り保管するという措置も、やむを得ない措置として認められる可能性がある。
ただし、後日の紛争を避けるため、建物の状況や撤去及び廃棄の経過を写真撮影するなどの配慮は必要である。
③ 建物が滅失せず賃貸借契約が終了しない場合
賃貸人は、賃貸目的物の使用及び収益に必要な修繕をする義務を負う(民法606条1項)。この修繕義務はあらゆるものについて発生するものではなく、修繕が必要(修繕しなければ賃借人が目的物を契約の目的に従って使用収益することができない場合)であり、かつ修繕が物理的・経済的に可能である場合に発生すると考えられている。
実際には、賃貸借契約において、修繕を賃貸人と賃借人のいずれが行うべきかについて、特約を設けて分担している事例が多いと考えられる。
4 自動車
所有自動車(軽自動車)が災害によって所在不明又は使用不能となった場合には廃車手続を行うことが必要であるが、通常は廃車手続を行うには、自動車検査証、ナンバープレート、実印、印鑑登録証明書等の書類が必要となる。
もっとも、東日本大震災の際には、自動車が津波で流失し発見できない事例が多発したため、特例として、各書類がなくても別途の本人確認手続を行った上で廃車手続を受け付けた事例もあった。
他方、自動車についてローンを組んでおり、所有権が信販会社等に留保されている場合には、使用者単独で廃車手続を行うことはできないため、信販会社等に連絡して承諾を得ることが必要となる。
なお、災害によって自動車が所在不明又は使用不能となった場合には、自治体から課税停止措置を受けることができる場合があるため、申請のための手続について問い合わせを行うとよい。
(了)
この連載の公開日程は、下記の連載目次をご覧ください。