公開日: 2026/01/29 (掲載号:No.654)
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谷口教授と学ぶ「税法基本判例」 【第55回】「「譲渡所得課税の趣旨」法理と「趣旨内競い合い」の遅れ挽回」-土地譲渡代金割賦弁済事件・最判昭和47年12月26日民集26巻10号2083頁-

筆者: 谷口 勢津夫

谷口教授と学ぶ

税法基本判例

【第55回】

「「譲渡所得課税の趣旨」法理と「趣旨内競い合い」の遅れ挽回」

-土地譲渡代金割賦弁済事件・最判昭和47年12月26日民集26巻10号2083頁-

 

大阪学院大学法学部教授
谷口 勢津夫

 

Ⅰ はじめに

本連載の方針(第1回Ⅰ参照)に従い拙著『税法基本講義〔第8版〕』(弘文堂・2025年)の叙述の順に、今回からは、譲渡所得課税に関する判例をいくつか取り上げ検討することにする。まず、譲渡所得課税の趣旨に関する最高裁の考え方からみておこう。

最判昭和43年10月31日訟月14巻12号1442頁(以下「昭和43年最判」という)は譲渡所得課税の趣旨について次のとおり判示した(下線筆者)。

譲渡所得に対する課税は、原判決引用の第一審判決の説示するように、資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものと解すべきであり、売買交換等によりその資産の移転が対価の受入を伴うときは、右増加益は対価のうちに具体化されるので、これを課税の対象としてとらえたのが旧所得税法(昭和22年法律第27号、以下同じ。)9条1項8号の規定である。

この判示の下線部は、原々審・浦和地判昭和39年1月29日行集15巻1号105頁(以下「昭和39年浦和地判」という)の次の判示内容(下線筆者)、すなわち、「資産の利益が当該資産そのものの値上りという形で発生し、それが所有者に帰属しているから、その資産の増加益を所得としてこれに課税するという基本的課税理論」に立脚しつつも、「資産の値上りによる増加益を所得としてこれに課税する場合、厳密にいえば、当該資産の市場価値の一年内の増加額を毎年査定し、これに対して課税すべきであるが、かような方法は技術的に困難である。そこでこの所得に対する課税の時期を資産譲渡の時という特定の時にした、すなわち、資産の値上りによる増加益がある年間に生じた場合でもこれに対して課税することなく、資産が売却されるなどして、所得が現金その他に換価されたときに始めてその年分の所得として課税の清算を行なうことにしたのである。すなわち、これを規定したのが所得税法第9条第1項第8号である。」と判示した内容を是認し要約したものと解される。

昭和43年最判やそれが引用する昭和39年浦和地判が判示した譲渡所得課税の趣旨は、シャウプ勧告(Report on Japanese Taxation by the Shoup Mission, Volume III Appendix B Section D. 邦訳は福田幸弘監修=シャウプ税制研究会編『シャウプの税制勧告』(霞出版社・1985年)311頁によった(下線筆者)。以下におけるシャウプ勧告の引用は同書による)の中で次のとおり述べていたものと解されている(藤田良一「判批」税経通信33巻14号(1978年)98頁、99頁、清永敬次「判批」㋐別冊ジュリスト79号(租税判例百選〔第2版〕・1983年)70頁、71頁等参照)。

発生した所得に対する厳格な課税理論にしたがえば、納税者の資産の市場価値の一年内の増加額は、毎年これを査定し課税すべきものとなる。しかし、これは困難であるので、実際においては、この利得は、納税者が、その資産を売却して 、利得を現金または他のより流動的な形態で実現する場合に限って課税すべきものとされている。この実現が適当な期間内に行われる限り、課税は僅かに延期されたにすぎず基本原則の重要性は何ら害されない。

ここで「勧告にいう課税理論は、ヘイグ(Haig)やサイモンズ(Simons)の包括的所得概念を指すもの」(清永・前掲「判批」㋐71頁)と考えられる。ただ、包括的所得概念に従う場合でも、実際の制度上は、実現した利得(realized gain)のみに課税することはやむを得ないとされてきた(金子宏『所得概念の研究 所得課税の基礎理論 上巻』(有斐閣・1995年)57頁以下[初出・1975年]、前掲拙著【184】等参照)。

昭和43年最判における譲渡所得課税の趣旨に関する前記判示の下線部は、後で検討する土地譲渡代金割賦弁済事件・最判昭和47年12月26日民集26巻10号2083頁(以下「昭和47年最判」という)で下記①のとおり(下線筆者)「当裁判所の判例」とされ、これが次回検討する財産分与者譲渡所得課税[名古屋医師]事件・最判昭和50年5月27日民集29巻5号641頁(以下「昭和50年最判」という)で下記②のとおり参照されて以降、判例法理として確立された、とみてよかろう(以下この判例法理を「『譲渡所得課税の趣旨』法理」という)。

【①】

一般に、譲渡所得に対する課税は、資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものと解すべきであることは、当裁判所の判例とするところである(昭和41年(行ツ)第8号昭和43年10月31日第一小法廷判決・裁判集民事92号797頁)。

【②】

譲渡所得に対する課税は、資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものであるから、その課税所得たる譲渡所得の発生には、必ずしも当該資産の譲渡が有償であることを要しない(最高裁昭和41年(行ツ)第102号同47年12月26日第三小法廷判決・民集26巻10号2083頁参照)。

「譲渡所得課税の趣旨」法理は、学説では、「増加益清算課税説」(三木義一編著『よくわかる税法入門〔第19版〕』(有斐閣・2025年)110頁等参照)ないし単に「清算課税説」(佐藤英明『スタンダード所得税法〔第4版〕』(弘文堂・2024年)85頁等参照)と呼ばれることが多い(前掲拙著【277】では第7版(2021年)までは「増加益清算課税説」と呼んでいたが、第8版(2025年)では「増加益実現時清算課税説」と呼ぶことにした)。

なお、「譲渡所得課税の趣旨」法理は、内容的には、山林所得課税の趣旨としても妥当するものとされた(最判昭和50年7月17日訟月21巻9号1966頁)。

 

Ⅱ 「譲渡所得課税の趣旨」法理と「趣旨内競い合い」随走

「譲渡所得課税の趣旨」法理は、大別して次の2つの部分から成ると整理することができる。すなわち、1つは、昭和43年最判の前記判示の下線部のうち前半の「資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益」を「所得」として課税するという部分(❶)であり、昭和39年浦和地判のいう「基本的課税理論」に立脚する部分である。もう1つは、後半の「その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する」という部分(❷)であり、所得税法は昭和39年浦和地判のいう「基本的課税理論」に「厳密に」従った課税方法が「技術的に困難」であることを考慮して譲渡所得課税を定めたという理解を述べる部分である。

筆者は従来から、「譲渡所得課税の趣旨」を上述のように2つの部分に区分し整理した上で、上記❶の部分が「譲渡所得の本質的意義(理論[包括的所得概念論]的意義)」を述べ上記❷の部分が「譲渡所得の実定法的意義」を述べているという理解を示してきた(前掲拙著【272】以下参照)。この2つの意義にそれぞれ対応する譲渡所得課税を、以下では、「譲渡所得課税❶」と「譲渡所得課税❷」ということにする。

前記Ⅰで引用したシャウプ勧告によれば、譲渡所得課税❶は、「発生した所得に対する厳格な課税理論」に従って「納税者の資産の市場価値の一年内の増加額」に対して毎年行われるべき課税であり、譲渡所得課税❷は、「納税者が、その資産を売却して 、利得を現金または他のより流動的な形態で実現する場合に限って」その「実現」した利得に対して行われる課税であり、「この実現が適当な期間内に行われる限り」譲渡所得課税❶が「僅かに延期された」にすぎないものである。

このように、譲渡所得課税❶と譲渡所得課税❷とは「譲渡所得課税の趣旨」の内部で並列的・一体的な関係にあるのではなく、課税時期の点ではむしろ譲渡所得課税❶が先行し譲渡所得課税❷が遅れるという関係にあると考えられる。

ここで、「譲渡所得課税の趣旨」の内部のこの関係(「趣旨内競い合い」)を陸上トラック競技に、譲渡所得課税❶と譲渡所得課税❷を陸上トラック競技で競い合う2人の走者にそれぞれ見立てると、シャウプ勧告では、譲渡所得課税❷は譲渡所得課税❶の「僅かに」後を随走するものとして想定されていた、といってよかろう。これに対して、その想定を外れ譲渡所得課税❷が譲渡所得課税❶に「無制限に」遅れる場合については、前記Ⅰでの引用部分に続けて、次のとおり述べられていた(福田監修=シャウプ税制研究会編・前掲書311頁。下線筆者)。

しかし、利得の算定を無制限に延期すれば、納税者は本来ならば課せられるべき税負担の相当部分を免れることができるから、無制限の延期は防止する必要がある。これを防止する最も重要な方法の一つは、資産が贈与または相続によって処分された場合に、その増加を計算して、それを贈与者または被相続人の所得に算入さねばならないものとすることである。

これは、「税制改革の方針の目的を十分に達成しようとするならば、キャピタル・ゲインの全額課税は、絶対に逸脱や妥協の許されない一点なのである。」(福田監修=シャウプ税制研究会編・前掲書311頁)とするシャウプ勧告の基本的立場を貫徹する提言であり、譲渡所得課税❷の「無制限の延期」の防止を必要とするものであるが、そのためにみなし譲渡課税が規定されたのである(旧所税5条の2。現行所税59条1項参照)。この点について、昭和43年最判は前記Ⅰでの引用部分に続けて次のとおり判示した(下線筆者)。

そして対価を伴わない資産の移転においても、その資産につきすでに生じている増加益は、その移転当時の右資産の時価に照らして具体的に把握できるものであるから、同じくこの移転の時期において右増加益を課税の対象とするのを相当と認め、資産の贈与、遺贈のあった場合においても、右資産の増加益は実現されたものとみて、これを前記譲渡所得と同様に取り扱うべきものとしたのが同法5条の2の規定なのである。されば、右規定は決して所得のないところに課税所得の存在を擬制したものではなく、またいわゆる応能負担の原則を無視したものともいいがたい。のみならず、このような課税は、所得資産を時価で売却してその代金を贈与した場合などとの釣合いからするも、また無償や低額の対価による譲渡にかこつけて資産の譲渡所得課税を回避しようとする傾向を防止するうえからするも、課税の公平負担を期するため妥当なものというべきであり、このような増加益課税については、納税の資力を生じない場合に納税を強制するものとする非難もまたあたらない。

要するに、シャウプ勧告は、贈与・相続等による資産の無償移転の場合に起こり得る譲渡所得課税❷の「無制限の延期」をみなし譲渡課税によって防止し、もって「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷の大きな(「無制限の」)遅れを明文のルールによって挽回し、譲渡所得課税❷が譲渡所得課税❶の「僅かに」後を随走するとの想定を維持しようとしたのである。

ただ、その後(特に昭和48年所得税法改正後は)、シャウプ課税の上記の想定は、原則として所得税法上維持されなくなり、代わって、譲渡所得課税❷の遅れは、取得費の引継ぎによる課税繰延べ(現行所税60条1項)によって所得税法上と正当化されることになった。

 

Ⅲ 「趣旨内競い合い」の遅れ挽回の試み

1 代金長期延払に係る譲渡所得の課税時期に関する裁判所の判断

ところで、シャウプ勧告の前記の想定がなお基本的に維持されていた当時、代金の長期延払による不動産売買の場合の「趣旨内競い合い」において譲渡所得課税❷のかなりの(部分的・逓減的な)遅れを認めるかどうかが争われたことがある。昭和47年最判の争点は、譲渡所得の課税時期について「要するに、代金の長期延払による譲渡所得について、そのような代金の延払によらない通常の譲渡所得におけると同じように課税するのが相当であるかどうか」(清永敬次「判批」㋑民商法雑誌69巻1号(1973年)159頁、164頁)であるが、これを「趣旨内競い合い」の観点から表現すれば、上記のようになろう。

原々審・熊本地判昭和38年2月1日行集14巻2号257頁(以下「昭和38年熊本地判」という)は、「譲渡所得課税の趣旨」法理(これが裁判所の判断で初めて採用されたのは昭和39年浦和地判においてであったと思われる)の登場前の判断であったためであろうか、本件の争点を「趣旨内競い合い」の観点からは捉えず、むしろ譲渡所得の年度帰属の観点だけから捉えた上で、下記のとおり判示して(下線筆者)、「衡平の見地から」、「本件においては権利確定主義の原則をそのままに適用すべきものではなく、例外的に現実収入主義を適用すべき場合であると認めるのが相当である。」として、本件がその例外の場合に当たる旨の判断を示したが、ただ、本件の争点を「趣旨内競い合い」の観点から捉え直すと、結局のところ、本件の「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷の遅れを認めたことになるといってよかろう。

法第9、10条によれば、資産の譲渡による所得についてはその年中の総収入金額から取得価額、設備費、改良費及び譲渡に関する経費を控除した金額の合計金額から金15万円を控除した金額の10分の5に相当する金額が課税標準の基礎とされ、右総収入金額とはその収入すべき金額(金銭以外の物又は権利を以て収入すべき場合においては、当該物又は権利の価額)の合計金額によるものとされており、この規定等からすれば、法は所得を把握するのに、原則として、金銭、物、権利を現実に取得できたときでなく、金銭、物、権利を取得できる地位即ち権利を取得したときをもつて損益発生のときとしているものと言うことができる(いわゆる権利確定主義)。

この建前からすれば、売買により資産を譲渡したときは代金債権を取得したときに譲渡所得が発生したものとみるべきことになる。

《中略》

しかしながら、右の権利確定主義によるとの原則も常に絶対的なものではなく、衡平の見地から所得の実態に即応してその適用をゆるめ更には現実収入主義による方が妥当であると考えられる場合もあろうから、そのような場合には例外的に右原則の適用を排除すべきものと考える。

これに対して、原審・福岡高判昭和41年7月30日訟月12巻10号1457頁(以下「昭和41年福岡高判」という)は下記のとおり判示して(下線筆者)、旧所得税法9条1項8号及び10条1項の規定を、「譲渡所得の本質」に立脚して「権利確定の時期を基準として譲渡所得の帰属年度を決すべきもの」として理解し、本件の「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷の遅れを認めなかった。

所得税法第9条第1項第8号によれば、資産の譲渡による所得については、その年中の総収入金額から当該資産の取得価額、設備費、改良費及び譲渡に関する経費を控除した金額の合計金額から15万円を控除した金額の10分の5に相当する金額が課税標準とされ、同法第10条第1項によれば、右の「総収入金額」とはその収入すべき金額(金銭以外の物又は権利を以て収入すべき場合においては、当該物又は権利の価額)の合計金額によるとされている。そして、この点に関する国税庁長官の基本通達は、「収入金額とは収入すべき金額をいい、収入すべき金額とは収入する権利の確定した金額をいうものとする。」という(基本通達1-194)。

資産の譲渡における所得に対し所得税を課する所以は、資産の値上りによる利益を所得と観念し、所有者がその資産につき売買その他の譲渡行為をしたとき、これを契機として資産の値上りによる所得を把握し、これを課税の対象とするものであると考える。したがつて、課税の対象たる譲渡所得は、資産を譲渡しその対価を取得することによつて発生するものでなく、資産の値上りという形で既に発生しているものであり、このいわば潜在的な所得が譲渡行為によつて顕在化したときに、課税の対象たる譲渡所得として把握されるものであると考える。譲渡所得の本質はこのように理解される。そうすると、譲渡所得の発生には、現実に譲渡の対価を取得したか否かを問わないものということができる。そして、通常の例である資産の有償譲渡についていえば、所得税法の前示規定は、金銭収入だけでなく権利による収入をも「収入すべき金額」に含んでいることから明らかなように、譲渡の対価(これは金銭である)を現実に取得したときでなく、譲渡の対価を取得しうる権利(これは代金債権である)を取得したときをもつて、譲渡所得発生の時としているものと解される(この規定は、前述の譲渡所得の本質に立脚しているものと理解される)。ところで右にいう「譲渡の対価を取得しうる権利の取得」は確定的でなければならないと考えられる。何故なら、右の権利の取得が確定的でなければ、譲渡所得があるものとして課税するに適しないからである。したがつて、所得税法第10条第1項の「収入すべき金額」とは「収入する権利の確定した金額」をいうものと解すべきであり、前示基本通達の見解は正当として是認することができる。なお、権利確定の時期については、事案に即し具体的に判定すべきものと解する。以上の理由にもとづき、資産の売買の場合における「収入すべき金額」は、履行期の如何にかかわらず(ただし権利の確定を要する)売買代金額をいうものと解すべきであり、右権利確定の時期を基準として譲渡所得の帰属年度を決すべきものと解する。

昭和47年最判も結論としては昭和41年福岡高判と同じく本件の「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷の遅れを認めなかったが、ただ、同最判は次のとおり判示して(下線筆者)その結論を「譲渡所得課税の趣旨」法理(昭和43年最判)だけから導き出した。

本件課税処分は、本件不動産上のセツの持分の譲渡による所得を対象とするものであるが、一般に、譲渡所得に対する課税は、資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものと解すべきであることは、当裁判所の判例とするところである(昭和41年(行ツ)第8号昭和43年10月31日第一小法廷判決・裁判集民事92号797頁)。したがつて、譲渡所得の発生には、必ずしも当該譲渡が有償であることを要せず、昭和40年法律第33号による改正前の旧所得税法(昭和22年法律第27号)においては、資産の譲渡が有償であるときは同法9条1項8号、無償であるときは同法5条の2が適用されることとなるのであるが、前述のように、年々に蓄積された当該資産の増加益が所有者の支配を離れる機会に一挙に実現したものとみる建前から、累進税率のもとにおける租税負担が大となるので、法は、その軽減を図る目的で、同法9条1項8号の規定により計算した金額の合計金額から15万円を控除した金額の10分の5に相当する金額をもつて課税標準とした(同条1項)のである。

以上のような譲渡所得に対する課税制度の本旨に照らして考察すると、所論のように、代金の支払方法が長期にわたる割賦弁済によるときは、特定の年度に集中して課税することなく、割賦金の支払またはその弁済期毎にその都度資産の譲渡があるとみて、当該弁済期等の属する年度毎に個別的に課税すべきであるとする見解は、とうてい採用し難いのである。もつとも、割賦払いの期間が長期にわたるときは、売主は、初年度において現実に入手した代金額が過少であるにもかかわらず、より多額の納税を一時的に必要とすることになるわけで、これはもとより好ましいことではないが、前述のように、年々に蓄積された増加益が一挙に実現したものとみる制度の建前からして、やむをえないところといわなければならない。

2 「趣旨内競い合い」の遅れ挽回の法的根拠

昭和38年熊本地判は、控訴審・昭和41年福岡高判のように「譲渡所得の本質」あるいは上告審・昭和47年最判のように「譲渡所得に対する課税制度の本旨」(「譲渡所得課税の趣旨」法理)には言及せず、専ら「権利確定主義」及び「現実収入主義」の妥当範囲の観点から譲渡所得の課税時期について判断を示したが、上級審の判断との関係では、権利確定主義が譲渡所得の課税時期の判断基準として「常に絶対的なものではな[い]」旨を判示したところに重要な意義があると考えられる(同熊本地判を支持する見解として清永敬次「判批」㋒シュトイエル15号(1963年)1頁参照)。

この判示は、「収入すべき金額」(旧所税10条1項)に関する「『権利の確定』について法はなにもいつていない。」(清永敬次「判批」㋓シュトイエル56号(1966年)16頁、20頁)という正当な指摘(権利確定主義が「収入すべき金額」の解釈によって定立された規範でないとの筆者の見解については前掲拙著【336】参照)に照らして、妥当であると考えられる。その妥当性は、その後、利息制限法制限超過利息[所得税]事件・最判昭和46年11月9日民集25巻8号1120頁(以下「昭和46年最判」という)がいわゆる管理支配基準を示したこと(前掲拙著【335】参照)から、より一層明らかになったといえよう。

しかし、昭和38年熊本地判のように、代金の長期延払に係る譲渡所得の課税時期を現実収入主義によって判断することを認めてしまうと、当該譲渡所得に対する課税(譲渡所得課税❷)が前記Ⅱでみたシャウプ勧告の想定から外れることになってしまう。その結果生じる譲渡所得課税の遅れを挽回するために、昭和41年福岡高判は、昭和39年浦和地判がシャウプ勧告に立脚して判示した譲渡所得課税の趣旨に相当する「譲渡所得の本質」を援用し、これに基づき権利確定主義による譲渡所得の課税時期の判断を補強し、もって本件の「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷の遅れを挽回しようとしたものと解される。

これに対して、昭和47年最判は、昭和46年最判による管理支配基準の採用により権利確定主義のいわば「絶対性」の崩壊が明らかになったこと(清永・前掲「判批」㋑166頁はこのことを示唆するように思われる)に加え、本件当時の通達上の割賦販売の取扱いや昭和40年全文改正後の所得税法132条による延払条件付譲渡に係る所得税額の延納(同166-167頁参照)をも考慮して、譲渡所得の課税時期の判断について権利確定主義を援用せず、「譲渡所得課税の趣旨」法理のみによってその判断を行ったものと解される。すなわち、昭和47年最判については、「帰するところ当該資産の所有権の移転の時に譲渡所得にかかる収入金額が発生するとする考え方に立っていることは明らかであろう。そして、とくに代金の支払が長期にわたるような場合でもこれと別異に解すべきではないとした点に本判決の意義が存在するのである。」(同166頁)との理解が示されているところである。

しかし、譲渡所得の課税時期の判断を「譲渡所得課税の趣旨」法理のみによって行い、もって本件の「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷の遅れを挽回しこれが譲渡所得課税❶の「僅かに」後を随走するようにするのは、無理があるように思われる。というのも、「譲渡所得課税の趣旨」法理は、あくまでも譲渡所得課税の趣旨を述べるものにすぎず、実定租税法規そのものではなく、「趣旨内競い合い」の遅れ挽回の法的根拠としては薄弱なものといわざるを得ないからである(なお、「租税法規の趣旨・目的の法規範化論」の問題性については、谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第7回Ⅲ参照)。

この点については、確かに、下記のとおり説いて(下線筆者)昭和47年最判を擁護する見解(堺澤良「判批」税経通信28巻6号(1973年)209頁、215-216頁。渡辺徹也「判批」別冊ジュリスト178号(租税判例百選〔第4版〕・2005年)74頁、75頁も参照)もあるが、しかし、無償譲渡の場合についてみなし譲渡課税を定めるような明文の規定が、本件のような代金の長期延払の場合については定められていない以上、そのような擁護論にも無理があるように思われる。

「資産の値上がり」という「いわば潜在的な所得」が、「譲渡行為によって顕在化した」以上、この所有資産の譲渡行為を行なつた者は、「資産の値上がり」額に応じた納税義務を負わねばならない、ということとなる。

Kの本訴における主張の一番の要点は、昭和33年中における現実収入を上回る課税額に不満をぶつつけ、納得できない意向を強く表明していることである。

しかしながら、以上のべたように譲渡所得の本質を理解する立場からすれば、これもやむをえないことといわなければならず、例外として現実収入主義をとらなければならない理由とはならないだろう。

このことは、例えば無償譲渡の場合を想起することによつて一層明らかとなる。すなわち、この場合、譲渡による収入が全くないにもかかわらず、なおかつ、譲渡者は、資産の値上り額に応じた納税義務を負わなければならず、さらにこの納税義務はこの義務が納税すべき時点においてたとえ無資力であつたとしても、軽減される筋合のものではないといえるだろう。

そうすると、昭和47年最判が前記引用のとおり「割賦払いの期間が長期にわたるときは、売主は、初年度において現実に入手した代金額が過少であるにもかかわらず、より多額の納税を一時的に必要とすることになるわけで、これはもとより好ましいことではないが、前述のように、年々に蓄積された増加益が一挙に実現したものとみる制度の建前からして、やむをえないところといわなければならない。」と判示したのは、妥当でないように思われる。そのような判示をもって、本件において「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷の遅れの挽回を正当化するのは、譲渡所得に対する課税制度に対して無理を強いる過重な負担を課すことになると考えられる。

むしろ、昭和38年熊本地判のように、本件においては「衡平の見地から」延払支払期ごとに当該譲渡所得に対して部分的に課税していく考え方によるのが妥当であると考えるところである。その考え方によれば、「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷がかなり遅れることになるとしても、その遅れは、贈与・相続等の無償譲渡の場合のみなし譲渡課税のような特別な措置を所得税法上定める立法によって、挽回すべきものであって、司法に対する租税法律主義の要請としての司法的救済保障原則(前掲拙著【27】参照)の下では、裁判所とりわけ最高裁判所は「衡平の見地」を重視して(拙著『税法創造論』(清文社・2022年)119頁以下、特に136-138頁[初出・2022年]参照)、本件における「課税上の衡平」の実現を追求すべきであったように思われる(清永・前掲「判批」㋑167-168頁も参照)。

 

Ⅳ おわりに

以上、今回は、昭和43年最判によって示されその後判例法理として確立されるに至った「譲渡所得課税の趣旨」法理について、本質的・理論(包括的所得概念論)的観点からみた譲渡所得課税❶と実定法的観点からみた譲渡所得課税❷とが課税時期の点で同法理の内部で競い合う関係にあると考えた上で、「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷の遅れをシャウプ勧告の想定内にとどめるためにその遅れを挽回する措置ないし法的根拠を検討した。

昭和43年最判は、みなし譲渡課税の事案において「譲渡所得課税の趣旨」法理を判示したものであるが、そうであるが故に、シャウプ勧告の想定どおり「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷の遅れをみなし譲渡課税によって挽回することができ、その遅れの問題性を顕在化させることはなかった。

これに対して、昭和47年最判は、不動産譲渡代金の長期延払の事案において「譲渡所得課税の趣旨」法理を判示し、これのみによって「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷の遅れを挽回しようとしたものであったがために、譲渡所得に対する課税制度に対して無理を強いる過重な負担を課すことになった。

昭和47年最判をこのように理解すると、同最判には「譲渡所得課税の趣旨」法理の「独走」の始まりを認めることができるように思われる。ここで「独走」という表現は、昭和50年最判に対する下記の論評(竹下重人「判批」別冊ジュリスト79号(租税判例百選〔第2版〕・1983年)76頁、77頁。下線筆者)から、借用したものであるが、次回検討する昭和50年最判では、まさに「譲渡所得課税の趣旨」法理の「独走」がより一層顕著になり、「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷の遅れの問題性が拡大・増幅され、昭和47年最判とは異なる意味・文脈でも検討を要することになったと考えるところである。

判旨(一)にみられる、譲渡所得の本質論は増加益清算課税説[=「譲渡所得課税の趣旨」法理]といわれ、はじめの昭和43年10月31日の最高裁判決(訟月14巻12号1442頁・・・・・・[=昭和43年最判])「みなす時価譲渡課税」の規定を合理的に説明するための試みであった(忠佐市・課税所得概念論175頁)。その論旨を昭和47年判決[=昭和47年最判]は、資産の譲渡代金が数年に分割して支払われる場合でも、資産の所有権移転の年に全額に課税するという事案に引用し、さらにその昭和47年判決を離婚給付に関する本件判決[=昭和50年最判]が引用しているのであるが、本質論が独走している感がある。

(了)

この連載の公開日程は、下記の連載目次をご覧ください。

谷口教授と学ぶ

税法基本判例

【第55回】

「「譲渡所得課税の趣旨」法理と「趣旨内競い合い」の遅れ挽回」

-土地譲渡代金割賦弁済事件・最判昭和47年12月26日民集26巻10号2083頁-

 

大阪学院大学法学部教授
谷口 勢津夫

 

Ⅰ はじめに

本連載の方針(第1回Ⅰ参照)に従い拙著『税法基本講義〔第8版〕』(弘文堂・2025年)の叙述の順に、今回からは、譲渡所得課税に関する判例をいくつか取り上げ検討することにする。まず、譲渡所得課税の趣旨に関する最高裁の考え方からみておこう。

最判昭和43年10月31日訟月14巻12号1442頁(以下「昭和43年最判」という)は譲渡所得課税の趣旨について次のとおり判示した(下線筆者)。

譲渡所得に対する課税は、原判決引用の第一審判決の説示するように、資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものと解すべきであり、売買交換等によりその資産の移転が対価の受入を伴うときは、右増加益は対価のうちに具体化されるので、これを課税の対象としてとらえたのが旧所得税法(昭和22年法律第27号、以下同じ。)9条1項8号の規定である。

この判示の下線部は、原々審・浦和地判昭和39年1月29日行集15巻1号105頁(以下「昭和39年浦和地判」という)の次の判示内容(下線筆者)、すなわち、「資産の利益が当該資産そのものの値上りという形で発生し、それが所有者に帰属しているから、その資産の増加益を所得としてこれに課税するという基本的課税理論」に立脚しつつも、「資産の値上りによる増加益を所得としてこれに課税する場合、厳密にいえば、当該資産の市場価値の一年内の増加額を毎年査定し、これに対して課税すべきであるが、かような方法は技術的に困難である。そこでこの所得に対する課税の時期を資産譲渡の時という特定の時にした、すなわち、資産の値上りによる増加益がある年間に生じた場合でもこれに対して課税することなく、資産が売却されるなどして、所得が現金その他に換価されたときに始めてその年分の所得として課税の清算を行なうことにしたのである。すなわち、これを規定したのが所得税法第9条第1項第8号である。」と判示した内容を是認し要約したものと解される。

昭和43年最判やそれが引用する昭和39年浦和地判が判示した譲渡所得課税の趣旨は、シャウプ勧告(Report on Japanese Taxation by the Shoup Mission, Volume III Appendix B Section D. 邦訳は福田幸弘監修=シャウプ税制研究会編『シャウプの税制勧告』(霞出版社・1985年)311頁によった(下線筆者)。以下におけるシャウプ勧告の引用は同書による)の中で次のとおり述べていたものと解されている(藤田良一「判批」税経通信33巻14号(1978年)98頁、99頁、清永敬次「判批」㋐別冊ジュリスト79号(租税判例百選〔第2版〕・1983年)70頁、71頁等参照)。

発生した所得に対する厳格な課税理論にしたがえば、納税者の資産の市場価値の一年内の増加額は、毎年これを査定し課税すべきものとなる。しかし、これは困難であるので、実際においては、この利得は、納税者が、その資産を売却して 、利得を現金または他のより流動的な形態で実現する場合に限って課税すべきものとされている。この実現が適当な期間内に行われる限り、課税は僅かに延期されたにすぎず基本原則の重要性は何ら害されない。

ここで「勧告にいう課税理論は、ヘイグ(Haig)やサイモンズ(Simons)の包括的所得概念を指すもの」(清永・前掲「判批」㋐71頁)と考えられる。ただ、包括的所得概念に従う場合でも、実際の制度上は、実現した利得(realized gain)のみに課税することはやむを得ないとされてきた(金子宏『所得概念の研究 所得課税の基礎理論 上巻』(有斐閣・1995年)57頁以下[初出・1975年]、前掲拙著【184】等参照)。

昭和43年最判における譲渡所得課税の趣旨に関する前記判示の下線部は、後で検討する土地譲渡代金割賦弁済事件・最判昭和47年12月26日民集26巻10号2083頁(以下「昭和47年最判」という)で下記①のとおり(下線筆者)「当裁判所の判例」とされ、これが次回検討する財産分与者譲渡所得課税[名古屋医師]事件・最判昭和50年5月27日民集29巻5号641頁(以下「昭和50年最判」という)で下記②のとおり参照されて以降、判例法理として確立された、とみてよかろう(以下この判例法理を「『譲渡所得課税の趣旨』法理」という)。

【①】

一般に、譲渡所得に対する課税は、資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものと解すべきであることは、当裁判所の判例とするところである(昭和41年(行ツ)第8号昭和43年10月31日第一小法廷判決・裁判集民事92号797頁)。

【②】

譲渡所得に対する課税は、資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものであるから、その課税所得たる譲渡所得の発生には、必ずしも当該資産の譲渡が有償であることを要しない(最高裁昭和41年(行ツ)第102号同47年12月26日第三小法廷判決・民集26巻10号2083頁参照)。

「譲渡所得課税の趣旨」法理は、学説では、「増加益清算課税説」(三木義一編著『よくわかる税法入門〔第19版〕』(有斐閣・2025年)110頁等参照)ないし単に「清算課税説」(佐藤英明『スタンダード所得税法〔第4版〕』(弘文堂・2024年)85頁等参照)と呼ばれることが多い(前掲拙著【277】では第7版(2021年)までは「増加益清算課税説」と呼んでいたが、第8版(2025年)では「増加益実現時清算課税説」と呼ぶことにした)。

なお、「譲渡所得課税の趣旨」法理は、内容的には、山林所得課税の趣旨としても妥当するものとされた(最判昭和50年7月17日訟月21巻9号1966頁)。

 

Ⅱ 「譲渡所得課税の趣旨」法理と「趣旨内競い合い」随走

「譲渡所得課税の趣旨」法理は、大別して次の2つの部分から成ると整理することができる。すなわち、1つは、昭和43年最判の前記判示の下線部のうち前半の「資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益」を「所得」として課税するという部分(❶)であり、昭和39年浦和地判のいう「基本的課税理論」に立脚する部分である。もう1つは、後半の「その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する」という部分(❷)であり、所得税法は昭和39年浦和地判のいう「基本的課税理論」に「厳密に」従った課税方法が「技術的に困難」であることを考慮して譲渡所得課税を定めたという理解を述べる部分である。

筆者は従来から、「譲渡所得課税の趣旨」を上述のように2つの部分に区分し整理した上で、上記❶の部分が「譲渡所得の本質的意義(理論[包括的所得概念論]的意義)」を述べ上記❷の部分が「譲渡所得の実定法的意義」を述べているという理解を示してきた(前掲拙著【272】以下参照)。この2つの意義にそれぞれ対応する譲渡所得課税を、以下では、「譲渡所得課税❶」と「譲渡所得課税❷」ということにする。

前記Ⅰで引用したシャウプ勧告によれば、譲渡所得課税❶は、「発生した所得に対する厳格な課税理論」に従って「納税者の資産の市場価値の一年内の増加額」に対して毎年行われるべき課税であり、譲渡所得課税❷は、「納税者が、その資産を売却して 、利得を現金または他のより流動的な形態で実現する場合に限って」その「実現」した利得に対して行われる課税であり、「この実現が適当な期間内に行われる限り」譲渡所得課税❶が「僅かに延期された」にすぎないものである。

このように、譲渡所得課税❶と譲渡所得課税❷とは「譲渡所得課税の趣旨」の内部で並列的・一体的な関係にあるのではなく、課税時期の点ではむしろ譲渡所得課税❶が先行し譲渡所得課税❷が遅れるという関係にあると考えられる。

ここで、「譲渡所得課税の趣旨」の内部のこの関係(「趣旨内競い合い」)を陸上トラック競技に、譲渡所得課税❶と譲渡所得課税❷を陸上トラック競技で競い合う2人の走者にそれぞれ見立てると、シャウプ勧告では、譲渡所得課税❷は譲渡所得課税❶の「僅かに」後を随走するものとして想定されていた、といってよかろう。これに対して、その想定を外れ譲渡所得課税❷が譲渡所得課税❶に「無制限に」遅れる場合については、前記Ⅰでの引用部分に続けて、次のとおり述べられていた(福田監修=シャウプ税制研究会編・前掲書311頁。下線筆者)。

しかし、利得の算定を無制限に延期すれば、納税者は本来ならば課せられるべき税負担の相当部分を免れることができるから、無制限の延期は防止する必要がある。これを防止する最も重要な方法の一つは、資産が贈与または相続によって処分された場合に、その増加を計算して、それを贈与者または被相続人の所得に算入さねばならないものとすることである。

これは、「税制改革の方針の目的を十分に達成しようとするならば、キャピタル・ゲインの全額課税は、絶対に逸脱や妥協の許されない一点なのである。」(福田監修=シャウプ税制研究会編・前掲書311頁)とするシャウプ勧告の基本的立場を貫徹する提言であり、譲渡所得課税❷の「無制限の延期」の防止を必要とするものであるが、そのためにみなし譲渡課税が規定されたのである(旧所税5条の2。現行所税59条1項参照)。この点について、昭和43年最判は前記Ⅰでの引用部分に続けて次のとおり判示した(下線筆者)。

そして対価を伴わない資産の移転においても、その資産につきすでに生じている増加益は、その移転当時の右資産の時価に照らして具体的に把握できるものであるから、同じくこの移転の時期において右増加益を課税の対象とするのを相当と認め、資産の贈与、遺贈のあった場合においても、右資産の増加益は実現されたものとみて、これを前記譲渡所得と同様に取り扱うべきものとしたのが同法5条の2の規定なのである。されば、右規定は決して所得のないところに課税所得の存在を擬制したものではなく、またいわゆる応能負担の原則を無視したものともいいがたい。のみならず、このような課税は、所得資産を時価で売却してその代金を贈与した場合などとの釣合いからするも、また無償や低額の対価による譲渡にかこつけて資産の譲渡所得課税を回避しようとする傾向を防止するうえからするも、課税の公平負担を期するため妥当なものというべきであり、このような増加益課税については、納税の資力を生じない場合に納税を強制するものとする非難もまたあたらない。

要するに、シャウプ勧告は、贈与・相続等による資産の無償移転の場合に起こり得る譲渡所得課税❷の「無制限の延期」をみなし譲渡課税によって防止し、もって「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷の大きな(「無制限の」)遅れを明文のルールによって挽回し、譲渡所得課税❷が譲渡所得課税❶の「僅かに」後を随走するとの想定を維持しようとしたのである。

ただ、その後(特に昭和48年所得税法改正後は)、シャウプ課税の上記の想定は、原則として所得税法上維持されなくなり、代わって、譲渡所得課税❷の遅れは、取得費の引継ぎによる課税繰延べ(現行所税60条1項)によって所得税法上と正当化されることになった。

 

Ⅲ 「趣旨内競い合い」の遅れ挽回の試み

1 代金長期延払に係る譲渡所得の課税時期に関する裁判所の判断

ところで、シャウプ勧告の前記の想定がなお基本的に維持されていた当時、代金の長期延払による不動産売買の場合の「趣旨内競い合い」において譲渡所得課税❷のかなりの(部分的・逓減的な)遅れを認めるかどうかが争われたことがある。昭和47年最判の争点は、譲渡所得の課税時期について「要するに、代金の長期延払による譲渡所得について、そのような代金の延払によらない通常の譲渡所得におけると同じように課税するのが相当であるかどうか」(清永敬次「判批」㋑民商法雑誌69巻1号(1973年)159頁、164頁)であるが、これを「趣旨内競い合い」の観点から表現すれば、上記のようになろう。

原々審・熊本地判昭和38年2月1日行集14巻2号257頁(以下「昭和38年熊本地判」という)は、「譲渡所得課税の趣旨」法理(これが裁判所の判断で初めて採用されたのは昭和39年浦和地判においてであったと思われる)の登場前の判断であったためであろうか、本件の争点を「趣旨内競い合い」の観点からは捉えず、むしろ譲渡所得の年度帰属の観点だけから捉えた上で、下記のとおり判示して(下線筆者)、「衡平の見地から」、「本件においては権利確定主義の原則をそのままに適用すべきものではなく、例外的に現実収入主義を適用すべき場合であると認めるのが相当である。」として、本件がその例外の場合に当たる旨の判断を示したが、ただ、本件の争点を「趣旨内競い合い」の観点から捉え直すと、結局のところ、本件の「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷の遅れを認めたことになるといってよかろう。

法第9、10条によれば、資産の譲渡による所得についてはその年中の総収入金額から取得価額、設備費、改良費及び譲渡に関する経費を控除した金額の合計金額から金15万円を控除した金額の10分の5に相当する金額が課税標準の基礎とされ、右総収入金額とはその収入すべき金額(金銭以外の物又は権利を以て収入すべき場合においては、当該物又は権利の価額)の合計金額によるものとされており、この規定等からすれば、法は所得を把握するのに、原則として、金銭、物、権利を現実に取得できたときでなく、金銭、物、権利を取得できる地位即ち権利を取得したときをもつて損益発生のときとしているものと言うことができる(いわゆる権利確定主義)。

この建前からすれば、売買により資産を譲渡したときは代金債権を取得したときに譲渡所得が発生したものとみるべきことになる。

《中略》

しかしながら、右の権利確定主義によるとの原則も常に絶対的なものではなく、衡平の見地から所得の実態に即応してその適用をゆるめ更には現実収入主義による方が妥当であると考えられる場合もあろうから、そのような場合には例外的に右原則の適用を排除すべきものと考える。

これに対して、原審・福岡高判昭和41年7月30日訟月12巻10号1457頁(以下「昭和41年福岡高判」という)は下記のとおり判示して(下線筆者)、旧所得税法9条1項8号及び10条1項の規定を、「譲渡所得の本質」に立脚して「権利確定の時期を基準として譲渡所得の帰属年度を決すべきもの」として理解し、本件の「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷の遅れを認めなかった。

所得税法第9条第1項第8号によれば、資産の譲渡による所得については、その年中の総収入金額から当該資産の取得価額、設備費、改良費及び譲渡に関する経費を控除した金額の合計金額から15万円を控除した金額の10分の5に相当する金額が課税標準とされ、同法第10条第1項によれば、右の「総収入金額」とはその収入すべき金額(金銭以外の物又は権利を以て収入すべき場合においては、当該物又は権利の価額)の合計金額によるとされている。そして、この点に関する国税庁長官の基本通達は、「収入金額とは収入すべき金額をいい、収入すべき金額とは収入する権利の確定した金額をいうものとする。」という(基本通達1-194)。

資産の譲渡における所得に対し所得税を課する所以は、資産の値上りによる利益を所得と観念し、所有者がその資産につき売買その他の譲渡行為をしたとき、これを契機として資産の値上りによる所得を把握し、これを課税の対象とするものであると考える。したがつて、課税の対象たる譲渡所得は、資産を譲渡しその対価を取得することによつて発生するものでなく、資産の値上りという形で既に発生しているものであり、このいわば潜在的な所得が譲渡行為によつて顕在化したときに、課税の対象たる譲渡所得として把握されるものであると考える。譲渡所得の本質はこのように理解される。そうすると、譲渡所得の発生には、現実に譲渡の対価を取得したか否かを問わないものということができる。そして、通常の例である資産の有償譲渡についていえば、所得税法の前示規定は、金銭収入だけでなく権利による収入をも「収入すべき金額」に含んでいることから明らかなように、譲渡の対価(これは金銭である)を現実に取得したときでなく、譲渡の対価を取得しうる権利(これは代金債権である)を取得したときをもつて、譲渡所得発生の時としているものと解される(この規定は、前述の譲渡所得の本質に立脚しているものと理解される)。ところで右にいう「譲渡の対価を取得しうる権利の取得」は確定的でなければならないと考えられる。何故なら、右の権利の取得が確定的でなければ、譲渡所得があるものとして課税するに適しないからである。したがつて、所得税法第10条第1項の「収入すべき金額」とは「収入する権利の確定した金額」をいうものと解すべきであり、前示基本通達の見解は正当として是認することができる。なお、権利確定の時期については、事案に即し具体的に判定すべきものと解する。以上の理由にもとづき、資産の売買の場合における「収入すべき金額」は、履行期の如何にかかわらず(ただし権利の確定を要する)売買代金額をいうものと解すべきであり、右権利確定の時期を基準として譲渡所得の帰属年度を決すべきものと解する。

昭和47年最判も結論としては昭和41年福岡高判と同じく本件の「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷の遅れを認めなかったが、ただ、同最判は次のとおり判示して(下線筆者)その結論を「譲渡所得課税の趣旨」法理(昭和43年最判)だけから導き出した。

本件課税処分は、本件不動産上のセツの持分の譲渡による所得を対象とするものであるが、一般に、譲渡所得に対する課税は、資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものと解すべきであることは、当裁判所の判例とするところである(昭和41年(行ツ)第8号昭和43年10月31日第一小法廷判決・裁判集民事92号797頁)。したがつて、譲渡所得の発生には、必ずしも当該譲渡が有償であることを要せず、昭和40年法律第33号による改正前の旧所得税法(昭和22年法律第27号)においては、資産の譲渡が有償であるときは同法9条1項8号、無償であるときは同法5条の2が適用されることとなるのであるが、前述のように、年々に蓄積された当該資産の増加益が所有者の支配を離れる機会に一挙に実現したものとみる建前から、累進税率のもとにおける租税負担が大となるので、法は、その軽減を図る目的で、同法9条1項8号の規定により計算した金額の合計金額から15万円を控除した金額の10分の5に相当する金額をもつて課税標準とした(同条1項)のである。

以上のような譲渡所得に対する課税制度の本旨に照らして考察すると、所論のように、代金の支払方法が長期にわたる割賦弁済によるときは、特定の年度に集中して課税することなく、割賦金の支払またはその弁済期毎にその都度資産の譲渡があるとみて、当該弁済期等の属する年度毎に個別的に課税すべきであるとする見解は、とうてい採用し難いのである。もつとも、割賦払いの期間が長期にわたるときは、売主は、初年度において現実に入手した代金額が過少であるにもかかわらず、より多額の納税を一時的に必要とすることになるわけで、これはもとより好ましいことではないが、前述のように、年々に蓄積された増加益が一挙に実現したものとみる制度の建前からして、やむをえないところといわなければならない。

2 「趣旨内競い合い」の遅れ挽回の法的根拠

昭和38年熊本地判は、控訴審・昭和41年福岡高判のように「譲渡所得の本質」あるいは上告審・昭和47年最判のように「譲渡所得に対する課税制度の本旨」(「譲渡所得課税の趣旨」法理)には言及せず、専ら「権利確定主義」及び「現実収入主義」の妥当範囲の観点から譲渡所得の課税時期について判断を示したが、上級審の判断との関係では、権利確定主義が譲渡所得の課税時期の判断基準として「常に絶対的なものではな[い]」旨を判示したところに重要な意義があると考えられる(同熊本地判を支持する見解として清永敬次「判批」㋒シュトイエル15号(1963年)1頁参照)。

この判示は、「収入すべき金額」(旧所税10条1項)に関する「『権利の確定』について法はなにもいつていない。」(清永敬次「判批」㋓シュトイエル56号(1966年)16頁、20頁)という正当な指摘(権利確定主義が「収入すべき金額」の解釈によって定立された規範でないとの筆者の見解については前掲拙著【336】参照)に照らして、妥当であると考えられる。その妥当性は、その後、利息制限法制限超過利息[所得税]事件・最判昭和46年11月9日民集25巻8号1120頁(以下「昭和46年最判」という)がいわゆる管理支配基準を示したこと(前掲拙著【335】参照)から、より一層明らかになったといえよう。

しかし、昭和38年熊本地判のように、代金の長期延払に係る譲渡所得の課税時期を現実収入主義によって判断することを認めてしまうと、当該譲渡所得に対する課税(譲渡所得課税❷)が前記Ⅱでみたシャウプ勧告の想定から外れることになってしまう。その結果生じる譲渡所得課税の遅れを挽回するために、昭和41年福岡高判は、昭和39年浦和地判がシャウプ勧告に立脚して判示した譲渡所得課税の趣旨に相当する「譲渡所得の本質」を援用し、これに基づき権利確定主義による譲渡所得の課税時期の判断を補強し、もって本件の「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷の遅れを挽回しようとしたものと解される。

これに対して、昭和47年最判は、昭和46年最判による管理支配基準の採用により権利確定主義のいわば「絶対性」の崩壊が明らかになったこと(清永・前掲「判批」㋑166頁はこのことを示唆するように思われる)に加え、本件当時の通達上の割賦販売の取扱いや昭和40年全文改正後の所得税法132条による延払条件付譲渡に係る所得税額の延納(同166-167頁参照)をも考慮して、譲渡所得の課税時期の判断について権利確定主義を援用せず、「譲渡所得課税の趣旨」法理のみによってその判断を行ったものと解される。すなわち、昭和47年最判については、「帰するところ当該資産の所有権の移転の時に譲渡所得にかかる収入金額が発生するとする考え方に立っていることは明らかであろう。そして、とくに代金の支払が長期にわたるような場合でもこれと別異に解すべきではないとした点に本判決の意義が存在するのである。」(同166頁)との理解が示されているところである。

しかし、譲渡所得の課税時期の判断を「譲渡所得課税の趣旨」法理のみによって行い、もって本件の「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷の遅れを挽回しこれが譲渡所得課税❶の「僅かに」後を随走するようにするのは、無理があるように思われる。というのも、「譲渡所得課税の趣旨」法理は、あくまでも譲渡所得課税の趣旨を述べるものにすぎず、実定租税法規そのものではなく、「趣旨内競い合い」の遅れ挽回の法的根拠としては薄弱なものといわざるを得ないからである(なお、「租税法規の趣旨・目的の法規範化論」の問題性については、谷口教授と学ぶ「税法の基礎理論」第7回Ⅲ参照)。

この点については、確かに、下記のとおり説いて(下線筆者)昭和47年最判を擁護する見解(堺澤良「判批」税経通信28巻6号(1973年)209頁、215-216頁。渡辺徹也「判批」別冊ジュリスト178号(租税判例百選〔第4版〕・2005年)74頁、75頁も参照)もあるが、しかし、無償譲渡の場合についてみなし譲渡課税を定めるような明文の規定が、本件のような代金の長期延払の場合については定められていない以上、そのような擁護論にも無理があるように思われる。

「資産の値上がり」という「いわば潜在的な所得」が、「譲渡行為によって顕在化した」以上、この所有資産の譲渡行為を行なつた者は、「資産の値上がり」額に応じた納税義務を負わねばならない、ということとなる。

Kの本訴における主張の一番の要点は、昭和33年中における現実収入を上回る課税額に不満をぶつつけ、納得できない意向を強く表明していることである。

しかしながら、以上のべたように譲渡所得の本質を理解する立場からすれば、これもやむをえないことといわなければならず、例外として現実収入主義をとらなければならない理由とはならないだろう。

このことは、例えば無償譲渡の場合を想起することによつて一層明らかとなる。すなわち、この場合、譲渡による収入が全くないにもかかわらず、なおかつ、譲渡者は、資産の値上り額に応じた納税義務を負わなければならず、さらにこの納税義務はこの義務が納税すべき時点においてたとえ無資力であつたとしても、軽減される筋合のものではないといえるだろう。

そうすると、昭和47年最判が前記引用のとおり「割賦払いの期間が長期にわたるときは、売主は、初年度において現実に入手した代金額が過少であるにもかかわらず、より多額の納税を一時的に必要とすることになるわけで、これはもとより好ましいことではないが、前述のように、年々に蓄積された増加益が一挙に実現したものとみる制度の建前からして、やむをえないところといわなければならない。」と判示したのは、妥当でないように思われる。そのような判示をもって、本件において「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷の遅れの挽回を正当化するのは、譲渡所得に対する課税制度に対して無理を強いる過重な負担を課すことになると考えられる。

むしろ、昭和38年熊本地判のように、本件においては「衡平の見地から」延払支払期ごとに当該譲渡所得に対して部分的に課税していく考え方によるのが妥当であると考えるところである。その考え方によれば、「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷がかなり遅れることになるとしても、その遅れは、贈与・相続等の無償譲渡の場合のみなし譲渡課税のような特別な措置を所得税法上定める立法によって、挽回すべきものであって、司法に対する租税法律主義の要請としての司法的救済保障原則(前掲拙著【27】参照)の下では、裁判所とりわけ最高裁判所は「衡平の見地」を重視して(拙著『税法創造論』(清文社・2022年)119頁以下、特に136-138頁[初出・2022年]参照)、本件における「課税上の衡平」の実現を追求すべきであったように思われる(清永・前掲「判批」㋑167-168頁も参照)。

 

Ⅳ おわりに

以上、今回は、昭和43年最判によって示されその後判例法理として確立されるに至った「譲渡所得課税の趣旨」法理について、本質的・理論(包括的所得概念論)的観点からみた譲渡所得課税❶と実定法的観点からみた譲渡所得課税❷とが課税時期の点で同法理の内部で競い合う関係にあると考えた上で、「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷の遅れをシャウプ勧告の想定内にとどめるためにその遅れを挽回する措置ないし法的根拠を検討した。

昭和43年最判は、みなし譲渡課税の事案において「譲渡所得課税の趣旨」法理を判示したものであるが、そうであるが故に、シャウプ勧告の想定どおり「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷の遅れをみなし譲渡課税によって挽回することができ、その遅れの問題性を顕在化させることはなかった。

これに対して、昭和47年最判は、不動産譲渡代金の長期延払の事案において「譲渡所得課税の趣旨」法理を判示し、これのみによって「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷の遅れを挽回しようとしたものであったがために、譲渡所得に対する課税制度に対して無理を強いる過重な負担を課すことになった。

昭和47年最判をこのように理解すると、同最判には「譲渡所得課税の趣旨」法理の「独走」の始まりを認めることができるように思われる。ここで「独走」という表現は、昭和50年最判に対する下記の論評(竹下重人「判批」別冊ジュリスト79号(租税判例百選〔第2版〕・1983年)76頁、77頁。下線筆者)から、借用したものであるが、次回検討する昭和50年最判では、まさに「譲渡所得課税の趣旨」法理の「独走」がより一層顕著になり、「趣旨内競い合い」における譲渡所得課税❷の遅れの問題性が拡大・増幅され、昭和47年最判とは異なる意味・文脈でも検討を要することになったと考えるところである。

判旨(一)にみられる、譲渡所得の本質論は増加益清算課税説[=「譲渡所得課税の趣旨」法理]といわれ、はじめの昭和43年10月31日の最高裁判決(訟月14巻12号1442頁・・・・・・[=昭和43年最判])「みなす時価譲渡課税」の規定を合理的に説明するための試みであった(忠佐市・課税所得概念論175頁)。その論旨を昭和47年判決[=昭和47年最判]は、資産の譲渡代金が数年に分割して支払われる場合でも、資産の所有権移転の年に全額に課税するという事案に引用し、さらにその昭和47年判決を離婚給付に関する本件判決[=昭和50年最判]が引用しているのであるが、本質論が独走している感がある。

(了)

この連載の公開日程は、下記の連載目次をご覧ください。

連載目次

谷口教授と学ぶ「税法基本判例」

第1回~第20回

第21回~

筆者紹介

谷口 勢津夫

(たにぐち・せつお)

大阪学院大学法学部教授

1956年高知県生まれ。京都大学法学部卒業、同大学大学院法学研究科博士後期課程単位修得退学。甲南大学法学部教授、大阪大学大学院高等司法研究科教授を経て2022年4月より現職。大阪大学名誉教授。ほかに大阪大学大学院高等司法研究科長・大阪大学法務室長、アレクサンダー・フォン・フンボルト財団奨励研究員(Forschungsstipendiat der Alexander von Humboldt-Stiftung)・ミュンヘン大学客員研究員、日本税法学会理事長、租税法学会理事、IFA(International Fiscal Association)日本支部理事、資産評価政策学会理事、司法試験考査委員、公認会計士試験試験委員、独立行政法人造幣局契約監視委員会委員・委員長、大阪府収用委員会委員・会長、大阪府行政不服審査会委員・会長、公益財団法人日本税務研究センター評議員・同センター理事・同センター「日税研究賞」選考委員・同センター編集委員会委員、公益財団法人納税協会連合会「税に関する論文」選考委員、公益社団法人商事法務研究会「商事法務研究会賞」審査委員、近畿税理士会・近畿税務研究センター顧問など(一部現職。ほか歴任)。

主要著書は『租税条約論』(清文社・1999年)、『租税回避論』(清文社・2014年)、『租税回避研究の展開と課題〔清永敬次先生謝恩論文集〕』(共著・ミネルヴァ書房・2015年)、『税法の基礎理論』(清文社・2021年)、『税法創造論』(清文社・2022年)、『税法基本判例Ⅰ』(清文社・2023年)、『基礎から学べる租税法〔第4版〕』(共著・弘文堂・2025年)、『税法基本講義〔第8版〕』(弘文堂・2025年)、『税法基本判例Ⅱ』(清文社・2025年)など。
 
   

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