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実務必須の
[重要税務判例]
【第15回】
「弁護士夫婦事件」
~最判平成16年11月2日(集民215号517頁)~
弁護士 菊田 雅裕
-本連載の趣旨-
本連載は、税務分野の重要判例の要旨を、できるだけ簡単な形でご紹介するものである。
税務争訟は、請求内容や主張立証等が細かく煩雑となりやすい類型の争訟であり、事件の正確な理解のためには、処分経過の把握や判決文の十分な読み込み等が必要となってくるが、若手税理士をはじめとする多忙な読者諸氏が、日常業務をこなしつつ判例研究の時間を確保することは、容易なことではないであろう。他方、これから税務重要判例を知識として蓄積していこうとする者にとっては、要点の把握すら困難な事件も数多い。
本連載では、解説のポイントを絞り、時には大胆な要約や言い換え等も行って、上記のような読者の方に、重要判例の概要を素早く把握していただこうと考えている。
このような企画趣旨から、本連載における解説は、自ずと必要最低限のものとなり、基礎知識の説明、判例の繊細なニュアンスの紹介、多角的な分析、主要な争点以外の判断事項の紹介等を省略することも多くなると思われるが、ご容赦をいただきたい。
なお、より深い内容については、できるだけ論末において他稿をご紹介するので、そちらをご参照いただきたい。
▷今回の題材
弁護士夫婦事件
最判平成16年11月2日(集民215号517頁)
《概要》
今回紹介する判例は、弁護士Xが、配偶者A(Xと生計を一にするが、Xとは独立して弁護士業を営んでいる)に対し、Xの業務に従事した労務の対価として報酬を支払い、これを事業所得の必要経費に算入して所得税の確定申告をしたところ、Y税務署長が、所得税法56条を適用し、Aへの報酬を必要経費に算入することを認めず、更正処分を行ったという事案である。
最高裁は、所得税法56条の適用を肯定し、Xの主張を認めなかった。
(※) 所得税法56条については論末の【参考】を参照。
《関係図》
▷争点
Xと生計を一にする配偶者Aが、Xと別に事業を営む場合であっても、XがAに支払った報酬につき、所得税法56条が適用されるか。
▷判決要旨
AがXと別に事業を営んでいたとしても、所得税法56条が適用される(XがAに支払った報酬を、Xが事業所得の必要経費に算入することはできない)。
▷評釈
1 所得税法56条の適用要件は、①支払対象者が居住者と生計を一にする親族であることと、②支払対象者が、居住者の事業に従事し、対価の支払いを受けることの2点である。
一審は、要件がこの2点であることは文理上明らかで、個別の事情により同条の適用が左右されることを伺わせる定めはないから、上記2要件が満たされる限り、個別の事情にかかわらず、同条が適用されるとして、Xの主張を退けた。
二審も、これと同様の結論を採った。
2 そして、最高裁も、「親族への対価の支払いを必要経費にそのまま算入することを認めると、税負担の不均衡をもたらす恐れがある」などとして所得税法56条の立法趣旨にも触れつつ、下級審の結論を支持した。
3 Xは、一審より、①独立して事業を営む家族は、独立性が高く、他方に従属する関係にもないので、所得税法57条の専従者控除の規定を適用できないが、それでも例外なく所得税法56条が適用されるのは不合理だし、②各自が正確に継続的に帳簿を付けているから所得の恣意的な分散により税負担の不均衡を導くのは困難であるなどとして、所得税法56条を形式的に適用すべきではないなどと主張してきたが、最高裁に至るまで、こうした主張は認められなかった。
これらは、文言解釈を尊重した判断といえ、やはり、ここでも、文言解釈の重要性が確認できるといえるだろう。
4 なお、現行制度は、1人の事業者が、事業も、家族の生活も支配している状態を想定したものであり、所得税法56条の形式的な適用には疑問があるとの指摘もある。条文上の根拠には乏しく、本件の結論を覆す指摘とまでは言えないだろうが、立法論という観点からは、手掛かりになる考え方であろう。
5 Xは、所得税法56条の解釈について争ったほか、青色申告者である場合(所得税法57条が適用され家族労働の対価の支払いが必要経費として認められる)や、家族以外の他人を使用した場合と比較して不平等であるとして、憲法14条1項違反も主張したが、これも、一審から最高裁に至るまで認められなかった。
この点については、紙面の都合上割愛するが、憲法違反の主張の判断基準及び判断の緩やかさなどは参考になると思われるので、各自研究していただきたい。
▷判決後の動向等
本件と前後して、弁護士である夫が、税理士である妻に対して税理士報酬を支払い、その報酬を必要経費に算入したところ、更正処分がなされたという、本件類似の事件があった。その件では、一審で必要経費算入が認められたが、二審以降は本件と同様の結論となった(弁護士・税理士夫婦事件。最判平成17年7月5日、税務訴訟資料255号順号10070)。一審の判示内容、事案の相違点等、参考になる部分も多いので、ご興味があれば各自研究されたい。
所得税法56条の解釈については、本件が先例的意義を有しており、さらに弁護士・税理士夫婦事件がこれに追随することで、一応の決着がついたと言えよう。
▷より詳しく学ぶための『参考文献』
- 判例タイムズ1173号183頁
- ジュリスト1314号165頁
- 別冊ジュリスト207号58頁
- TAINSコード:Z254-9804
【参考】
所得税法56条《事業から対価を受ける親族がある場合の必要経費の特例》
居住者と生計を一にする配偶者その他の親族がその居住者の営む不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合には、その対価に相当する金額は、その居住者の当該事業に係る不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入しないものとし、かつ、その親族のその対価に係る各種所得の金額の計算上必要経費に算入されるべき金額は、その居住者の当該事業に係る不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入する。この場合において、その親族が支払を受けた対価の額及びその親族のその対価に係る各種所得の金額の計算上必要経費に算入されるべき金額は、当該各種所得の金額の計算上ないものとみなす。
(了)
次回(第16回)は9月の掲載になります。