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実務必須の
[重要税務判例]
【第21回】
「サラリーマン・マイカー税金訴訟」
~最判平成2年3月23日(集民159号339頁)~
弁護士 菊田 雅裕
-本連載の趣旨-
本連載は、税務分野の重要判例の要旨を、できるだけ簡単な形でご紹介するものである。
税務争訟は、請求内容や主張立証等が細かく煩雑となりやすい類型の争訟であり、事件の正確な理解のためには、処分経過の把握や判決文の十分な読み込み等が必要となってくるが、若手税理士をはじめとする多忙な読者諸氏が、日常業務をこなしつつ判例研究の時間を確保することは、容易なことではないであろう。他方、これから税務重要判例を知識として蓄積していこうとする者にとっては、要点の把握すら困難な事件も数多い。
本連載では、解説のポイントを絞り、時には大胆な要約や言い換え等も行って、上記のような読者の方に、重要判例の概要を素早く把握していただこうと考えている。
このような企画趣旨から、本連載における解説は、自ずと必要最低限のものとなり、基礎知識の説明、判例の繊細なニュアンスの紹介、多角的な分析、主要な争点以外の判断事項の紹介等を省略することも多くなると思われるが、ご容赦をいただきたい。
なお、より深い内容については、できるだけ論末において他稿をご紹介するので、そちらをご参照いただきたい。
▷今回の題材
サラリーマン・マイカー税金訴訟
(最判平成2年3月23日(集民159号339頁))
《概要》
給与所得者Xが、自家用車(本件自動車)の運転中に自損事故を起こしたが、修理代がかかるため、これをスクラップ業者に売却した。この売却により、譲渡所得の金額の計算上損失が生じたので、Xは、給与所得の金額からこれを控除して所得税の確定申告をした。Y税務署長が、かかる損益通算は認められないとして、更正処分をしたので、Xが争ったのが本件である。
最高裁は、Xによる損益通算の主張を認めなかった。
《関係図》
▷争点
本件のような事実関係の下において、Xが行った損益通算は認められるか。
▷判決要旨
本件自動車は、その使用状況等も踏まえると、生活に通常必要でない資産というべきであり、そうすると、所得税法69条2項等に基づき、各種所得の金額との損益通算は認められない。
▷評釈
1 損益通算について定めた所得税法69条の規定は、他の条文への委任も多く複雑であり、理解が容易ではないが、判例タイムズにおける本判決の評釈記事の中に(判例タイムズ732号184頁)、各条文・文言の関係が別図にて図示されており、理解の助けになるので、まず紹介しておく(ただし、現行の条文と若干異なる箇所があるので、各自確認されたい)。
2 Xは、所得税法上、生活の用に供している動産は、①生活に通常必要な動産、②生活に通常必要でない資産、③一般資産の3種に分類できるとした上で、本件自動車は③の一般資産に該当し、①・②には該当しないから、本件自動車が生活に通常必要な動産であるか否か等の所得税法69条2項の該当性を検討する必要はそもそもなく、単純に所得税法69条1項が適用され、損益通算が認められるなどと主張した。
3 これに対し、一審は、本件自動車の使用状況をみるに、通勤の一部ないし全部区間、また勤務先での業務用に本件自動車を利用しており、通勤・業務のために使用した走行距離・使用日数はレジャーのための使用を大幅に上回っている、車両も大衆車であり現在では自家用車が普及しているなどと指摘して、本件自動車は生活に通常必要な動産であるとした。
そして、そうである以上、非課税所得の規定が適用され、本件自動車の譲渡による損失の金額は、ないものとみなされるから、損益通算の規定の適用の有無について判断するまでもなく、損失の金額を給与所得の金額から控除することはできないと判断した。
4 他方、二審は、本件自動車を勤務先における業務の用に供する義務はなく、自宅からの最寄り駅以降の交通費も支給されており、それらに相当する本件自動車の使用は、生活に通常必要なものではないとして、本件自動車の使用状況について、一審と異なる考え方を採った上、本件自動車が生活に通常必要なものとしてその用に供されたのは、自宅から最寄り駅までの通勤のみで、本件自動車の使用全体のうちわずかな割合に過ぎないから、本件自動車は生活に通常必要でない資産に該当するとした。
そして、そうである以上、所得税法69条2項により、損益通算が認められないことになると判断した。
5 そして、最高裁も、二審の結論を支持したものである。
6 なお、Xによる上記2の主張は、現行法上根拠のない独自の見解であるとして、いずれの審級でも採用されなかった。
▷判決後の動向等
本件は、給与所得者の個人資産の減価の取扱いが、事業所得者の事業用資産の減価の取扱いと異なるように見え、不公平に感じる者がいるために、注目を集めた事例であるのだろう。
本件のような事例以外にも、損益通算に関し不公平に感じるような事例はあり得る。ただ、少なくとも本件は、立法論としてはともかく、解釈論としては、上記のように解するほかないであろう。
▷より詳しく学ぶための『参考文献』
- 判例タイムズ630号125頁
- 判例タイムズ685号168頁
- 判例タイムズ732号183頁
- 判例タイムズ762号318頁
- 租税判例百選〔第5版〕85頁
- TAINSコード:Z176-6478
(了)
「さっと読める! 実務必須の[重要税務判例]」は、隔週で掲載されます。