事例でわかる[事業承継対策]
解決へのヒント
【第35回】
「属人的株式を使った承継対策」
太陽グラントソントン税理士法人
(事業承継対策研究会)
パートナー 税理士 日野 有裕
相談内容
私SはIT企業V社の株式を100%保有するオーナー社長です。V社は設立後5年しか経っていませんが、業績は順調に拡大しており、2~3年後には売上10億円、営業利益3億円が見えてきました。現状、V社は赤字会社のため、資産管理会社を設立して、私が所有する一部株式を移転してはどうかと顧問税理士より提案を受け、資産管理会社W社を設立し私が持つV社株式の40%を譲渡しました。
私はまだ35歳で事業承継を考える年齢ではありませんが、今後の業績拡大により増加が見込まれる株式の含み益を子供たちに移転できればと思い、私の議決権を保持しつつ、W社の株式を2人の子供に45%ずつ移転しようと考えています。ただ、私の子供はまだ5歳(A)と2歳(B)です。金融機関や従業員にはあまり知られないようにしたいと考えていますが、何か良い方法があれば教えてください。
解決へのヒント
- 属人的株式により、S氏の議決権を確保しながら、子供たちへ株式移転することが可能です。
- S氏が所有する株式のみ議決権を100倍となる属人的株式とします。
- 種類株式と違って会社登記簿には記載されませんので、他人に知られることはありません。
■ □ ■ □ 解 説 □ ■ □ ■
[1] 属人的株式について
非公開会社である株式会社は、剰余金の配当・残余財産の分配を受ける権利・株主総会における議決権に関する事項について、株主ごとに異なる取扱いを行う旨を定款で定めることができます(会社法109②)。属人的株式は旧有限会社法において認められていたものを会社法が取り込んだという経緯があり、非公開会社のみが利用できる規定のため、登記が必要とされていません(会社法911③に規定されていない)。
ご相談の場合は、子供たちに株式のほとんど(90%)を贈与しますが、引き続きS氏が議決権を保持するためには、例えば定款を以下のように変更します。
〈定款〉
(株主総会における議決権に関する株主ごとに異なる規定)
第〇条 当会社の株主総会における議決権の数は、下記のとおり算定する。
株主S氏は、その有する株式1株につき100個の議決権を有する。
上記以外の株主は、その有する株式1株につき1個の議決権を有する。
そうするとS氏の議決権は100倍となり、議決権の約90%を有することになります。
〈算式〉
S氏所有10株 × 100倍 ÷(1,000 + 子供たち所有90株)= 91.743%
[2] 結論
属人的株式については、導入すれば終わりということではありません。ご相談の場合、もしS氏に万が一のことがあった時は議決権が元に戻るため、子供A、Bが議決権の90%を保有することになり、W社の経営が不安定になる恐れがあります。
例えば、今後も業績拡大が続き、事業承継を本格的に検討し始めるタイミングで子供たちが持つ株式を無議決権株式へ、いったん転換すべきでしょう(登記が必要となり登記簿に記載されます)。そして、将来どちらかを後継者とするかを決定した後は、S氏が所有する議決権株式の相続先について遺言書を作成するのが良いと考えます。
実際の手続きに際しては、税理士等の専門家に相談することをお勧めします。
〔凡例〕
所法・・・所得税法
所令・・・所得税法施行令
所規・・・所得税法施行規則
所基通・・・所得税基本通達
法法・・・法人税法
法令・・・法人税法施行令
法規・・・法人税法施行規則
法基通・・・法人税基本通達
相法・・・相続税法
相令・・・相続税法施行令
相規・・・相続税法施行規則
相基通・・・相続税法基本通達
財基通・・・財産評価基本通達
措法・・・租税特別措置法
措令・・・租税特別措置法施行令
措規・・・租税特別措置法施行規則
会・・・会社法
会施規・・・会社法施行規則
金商法・・・金融商品取引法
金商令・・・金融商品取引法施行令
金融商品取引法第2条に規定する定義に関する内閣府令・・・金商法2条府令
(例)相法9の2④・・・相続税法第9条の2第4項
(了)
「事例でわかる[事業承継対策]解決へのヒント」は、毎月第2週に掲載されます。