公開日: 2024/09/26 (掲載号:No.587)
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谷口教授と学ぶ「税法基本判例」 【第42回】「処分理由の差替えに対する手続的保障原則・司法的救済保障原則の貫徹」-総額主義・争点主義論における最判昭和56年7月14日民集35巻5号901頁の位置づけ-

筆者: 谷口 勢津夫

谷口教授と学ぶ

税法基本判例

【第42回】

「処分理由の差替えに対する手続的保障原則・司法的救済保障原則の貫徹」

-総額主義・争点主義論における最判昭和56年7月14日民集35巻5号901頁の位置づけ-

 

大阪学院大学法学部教授
谷口 勢津夫

 

Ⅰ はじめに

前々回は青色申告に対する更正処分(いわゆる青色更正)の理由附記に関する判例法理を検討したが、今回は、課税処分に処分時に附記された理由(以下では単に「処分理由」ないし「附記理由」という)と異なる理由を取消訴訟において主張することが許されるかといういわゆる処分理由の差替えの問題について検討することにする。

この問題は、従来は、青色更正の取消訴訟に関して議論され、いわゆる白色申告の場合には、処分理由の差替えは許容されるというのが「確立した」判例の立場(最判昭和36年12月1日訟月14巻2号191頁、最判平成4年2月18日民集46巻2号77頁等。村上敬一「判解」最判解民事篇(昭和56年度)433頁、447頁は「一応確立している」とする)であったが、ただ、平成23年度[11月]税制改正によって、行政手続法上の理由の提示規定が課税処分等に係る行政手続法の適用除外から除外され(税通74条の14第1項括弧書)、青色更正以外の課税処分等についても理由提示(理由附記)が義務づけられることになったことから、上記の判例の立場が今後も維持されるかどうかは今後の判例の展開をみて判断する必要があろう(前々回Ⅳも参照)。

この点は今後の検討課題とすることにして、以下では、青色更正に係る処分理由の差替えの許否について従来の議論を踏まえて検討することにする。

なお、処分理由の差替えの問題は、下記のとおり(金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)1098頁)、取消訴訟だけでなく不服申立ても含めて議論されることがあるが、以下では、取消訴訟の場面を想定して検討を進めることにする。

租税確定処分に対する審査請求および訴訟の審理の過程において、原処分の理由とされていた課税要件事実が存在しないことが判明した場合に、処分行政庁は、その処分の適法性を維持するために別の課税要件事実を新たに提出することができるか。また、審査裁決庁および裁判所は、新たに別の理由が提出された場合に、それをとり上げて判断の対象とすべきかどうか。これは、直接には、理由の差替えの可否の問題であるが、租税争訟の対象ないし租税訴訟の訴訟物の問題と密接な関係をもっている。

また、処分理由の差替えは、課税処分(納税義務の確定処分)だけでなく国税に関する法律に基づく処分(税通75条1項)について一般に問題になり得るが(例えば青色申告承認取消処分については最判昭和42年4月21日訟月13巻8号985頁参照)、以下では、課税処分とりわけ青色更正について処分理由の差替えの許否を検討する。

 

Ⅱ 昭和56年最判の判断内容

処分理由の差替えについて、白色申告の場合、少なくとも平成23年度[11月]税制改正前は、その差替えの許容性を肯定するのが「確立した」判例の立場であることは前述のとおりであるが、青色申告の場合は、判例の立場は必ずしも明確ではないように思われる(村上・前掲「判解」451頁参照)。そのような中で注目されるのが最判昭和56年7月14日民集35巻5号901頁(以下「昭和56年最判」という)である。この判決は次のとおり判示した(下線筆者)。

原審が適法に確定したところによれば、(一)宅地の分譲販売等を業とする上告人は、本件係争事業年度において本件不動産を7600万9600円で取得しこれを7000万円で販売したものとして、右事業年度の法人税につき青色申告書による確定申告をした、(二)これに対して、被上告人は、本件不動産の取得価額は6000万円であるとして、他の理由とともにこれを更正の理由として更正通知書に附記し、本件更正処分をした、(三)ところが、被上告人は、本訴における本件更正処分の適否に関する新たな攻撃防禦方法として、仮に本件不動産の取得価額が7600万9600円であるとしても、その販売価額は9450万円であるから、いずれにしても本件更正処分は適法であるとの趣旨の本件追加主張をした、というのであって、このような場合に被上告人に本件追加主張の提出を許しても、右更正処分を争うにつき被処分者たる上告人に格別の不利益を与えるものではないから、一般的に青色申告書による申告についてした更正処分の取消訴訟において更正の理由とは異なるいかなる事実をも主張することができると解すべきかどうかはともかく、被上告人が本件追加主張を提出することは妨げないとした原審の判断は、結論において正当として是認することができる。そして、右のように解しても、所論引用の判例[=最判昭和47年12月5日民集26巻10号1795頁]の趣旨に反するものではない。

この判決は、処分理由の差替えについて、原々審・京都地判昭和49年3月15日行集25巻3号142頁(以下「昭和49年京都地判」という)の下記の判示(下線筆者)とは異なり、「一般的に青色申告書による申告についてした更正処分の取消訴訟において更正の理由とは異なるいかなる事実をも主張することができると解すべきかどうかはともかく」と説示して、一般論としてはその許容性に関する判断を「明確に留保し」(村上・前掲「判解」452頁も同旨)、その上で本件(「このような場合」)についてはその許容性を肯定したのである。

被告は追加抗弁として前出第四のとおり主張するが、この主張事実は本件係争年度分の青色申告に対する被告の更正処分の理由として通知書に付記されなかつた事実であり、青色申告に対する更正処分に理由付記を要する趣旨からすれば、付記理由以外の事実を以て更正処分の正当性を根拠づけることを許さないものと解すべきであるから、被告が付記以外の追加抗弁事実を主張することは(その事実があるとしても、それを再更正処分の理由とした場合を除き)許されない。

関連して、原審・大阪高判昭和52年1月27日行集28巻1・2号22頁(以下「昭和52年大阪高判」という)の判断をみておくと、同判決は次のとおり判示して、原判決(昭和49年京都地判)の判断を覆し、処分理由の差替えについて一般論としてその許容性を肯定した。

元来、更正処分取消訴訟は、租税債務不存在確認訴訟の性質を有するのであり、青色申告書によつて確定申告された法人税に関する更正処分取消訴訟においても、その事実上の争点は、当該法人の当該事業年度の所得金額の存否であって、更正処分に附記された更正理由の存否ではないから、当該附記理由による所得金額の存在は認められないけれども、その附記理由以外の理由によつて、当該法人につき当該事業年度の新たな所得の存在が認められ、結局、更正処分において認定した所得金額よりも多額の所得金額が認定される場合においては、当該更正処分は違法でないということに帰着するわけである。この点につき、前記更正処分の附記理由との対比において附言するに、右の更正処分において理由の附記が認められる所以は、当該更正処分をなす者の判断を慎重ならしめて、その合理性を担保し、処分者の恣意の抑制を図るとともに、処分の相手方に対し、処分の理由を知らせて、不服申立の便宜を与えるためであると解せられる。従つて、右の理由附記は、右の趣旨・目的を達し得る程度に記載されることが必要であつて、その趣旨・目的を達し得ない程度の理由附記しかなされていないときは、当該更正処分に瑕疵あるものとして、その一事により、当該処分は失効さるべく、しかも、その瑕疵は、爾後において治癒され得ない性質のものと解さざるを得ないのである。ところが、これと異なり、その附記された理由は、右の趣旨・目的を達し得る程度に記載されていて、その理由附記という面においては、何らの瑕疵もなく、有効である更正処分の場合において、更にすすんで、その次の問題として、当該更正処分において認定した所得金額の存否ということになれば、それは、右理由附記に関する問題とは、全く別個の問題であつて、右理由附記に関する是非の論議の立場を離れ、別の見地からして、独自に判断すべき問題である。ところで、この場合に争点となるのは、当該納税義務者が当該事業年度において果して当該更正処分において認定された所得金額を獲得したか否かということであること、前記のとおりであるから、当該更正処分取消訴訟における審理の結果、更正処分に附記された理由による所得金額の存在は認められないけれども、それ以外の理由による新たな所得金額の存在が認められ、結局、当該納税義務者の当該事業年度の所得金額が、更正処分において認定された所得金額以上であると認定される場合においては、当該更正処分は、その認定した所得金額に誤りがないということになり、違法ではないということになるわけである。この場合、右附記理由以外の理由による新たな所得金額の存在が判明し、更正処分において認定した所得金額以上の所得金額の存在が認められる場合においても、附記理由による所得金額の存在が認められない限り、当該更正処分は違法であり、取消されるべきであるという見解は、格別の法令上の根拠がないにも拘らず、前記の趣旨・目的を有するに過ぎないと解さるべき更正処分の附記理由に、その趣旨・目的を超える強い意味付けを与え、必要以上に課税庁を拘束して、租税行政の偏頗化を招き、現在の申告納税制度下において、不誠実なる納税義務者を不当に利する結果を招来するものであつて、到底左袒することができない。そうすると、更正処分取消訴訟において、更正処分庁が、更正処分に附記した理由によつては当該更正処分を維持し難い場合に、右附記理由以外の理由による当該納税義務者の当該事業年度の新たな所得金額の存在を主張・立証し、以て当該更正処分において認定した所得金額以上の所得金額の存在を裁判所に認容させ、紛争中の未確定の当該更正処分の維持を図ることは、当然に許容されるといわなければならない。そして、その場合、更正処分において認定した所得金額以上の所得金額の存在が明らかになつたとしても、更正処分庁としては、新たに判明した所得金額により再更正処分をする意図があるわけではなく、単にさきになした更正処分を維持し得れば足るとしているのであり、従つて、その税額も、更正処分所定の税額のとおりであつて、変動するわけのものでないこと勿論であるから、その場合に、事実上新たな再更正処分がなされたり、或は実質的に税額が増加し、徴収し得ない性質の租税を徴収し得る結果を招来するなどという主張は、成立の余地がないこと明らかである。

 

Ⅲ 昭和56年最判の位置づけ

1 総額主義と争点主義

以上でみたように、昭和56年最判が、一般論として争点主義の立場に立って処分理由の差替えの許容性を否定した昭和49年京都地判と、一般論として総額主義の立場に立って処分理由の差替えの許容性を肯定した昭和52年大阪高判との間にあって、「一般論としては総額主義と争点主義のいずれかに傾斜することは避けている」(金子宏「判批」別冊ジュリスト151号(行政判例百選〔第4版〕・1999年)448頁、449頁)ことは確かである。

では、争点主義と総額主義との間で昭和56年最判をどのように位置づけるべきであろうか。この検討を行うに当たって、以下では、まず、総額主義と争点主義についてそれぞれの意義を確認することから始めよう。

従来から、「総額主義とはなにか、またこれに対立する争点主義とはなにかについて必ずしも論者の説明は一致していない」(清永敬次「判批」シュトイエル146号(1974年)6頁、9頁。松沢智『新版 租税争訟法』(中央経済社・2001年)50頁も同旨)といわれてきたが、そもそも、「総額主義と争点主義の問題は、特に昭和45年に発足した国税不服審判所における審理の対象ないし範囲をめぐって議論されるようになったものである」(清永敬次『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)322頁。松沢・前掲書59頁も同旨)ことから、まず、①課税処分取消争訟における審理の対象ないし範囲の観点からそれぞれの意義を述べておくと、総額主義とは、「審理の対象は処分を根拠づける一切の理由に及ぶという考え方」すなわち「課税標準ないし税額の正当な総額がいくらであるかが審理の対象になるという考え方」をいい(清永・前掲書322頁)、「審理の対象は原処分の認定額の全部(総額)ということ」(松沢・前掲書59頁)になり、争点主義とは、「審理の対象は処分を根拠づける理由の一部に限定されるという考え方」(清永・前掲書322頁)をいい、「審理の範囲が当事者の申立てによって限定された事項(争点および争点関連)に限るということ」(松沢・前掲書59-60頁)になる。

また、「総額主義と争点主義の問題は、訴訟の場合についていえば、いわゆる訴訟物をどのように考えるかという側面から論ずることができる(処分の同一性の議論もこれに含まれる。)とともに、訴訟当事者の主張の制限をどのように考えるかという側面からも論ずることができる」(清永・前掲「判批」9頁。なお、前記①の観点を訴訟物に含めて処分理由の差替えの許否を「(イ)更正の同一性、(ロ)訴訟物及び(ハ)訴訟上の主張制限」に分けて論ずるものとして、鈴木康之「租税訴訟の訴訟物(審判の対象)」小川英明=松沢智編『裁判実務大系(第20巻)租税争訟法』(青林書院・1988年)26頁、28頁以下参照)が、次に、②課税処分取消訴訟の訴訟物の観点からそれぞれの意義を述べておくと、総額主義は、「訴訟物を課税処分の違法性一般ないし課税処分に示された係争年度の課税標準又は税額の存否であるととらえ、処分を根拠づける理由は単に攻撃又は防御の方法にすぎず、したがって口頭弁論終結に至るまでこれを自由に提出することができ(旧民訴法137条、新民訴法156条参照)、このため審理の対象となる処分理由が本来限定されることはない、とするもの」(清永・前掲書322頁)であり、争点主義は、「訴訟物自体を処分の理由と関連させて捉える考え方」(同321頁)である。

この説明によれば、総額主義の下では、処分理由は訴訟物としてではなく、③課税処分取消訴訟における訴訟当事者の主張の制限の観点から攻撃防御方法として位置づけられるのに対して、争点主義の下では、処分理由それ自体が訴訟物として位置づけられるが、ただ、争点主義の下でも、処分理由を上記③の観点から攻撃防御方法として位置づける見解を説く論者もいる。その代表的な論者である松沢智教授は、総額主義と争点主義について国税不服審査手続上の意義を述べた上で、下記のとおり説いておられる(松沢・前掲書62-63頁。下線筆者)。そこでは、総額主義と争点主義の問題に関する①審理の対象・範囲、②訴訟物及び③主張制限(攻撃防御方法)の各観点の相互関係や議論の背景が的確に整理されているように思われるので、長くなるが関連する部分をそのまま引用しておこう。

しかし何といっても、総額主義・争点主義の語が脚光を浴びたのは、それらが課税処分取消訴訟の訴訟物と結びついて華やかな訴訟物論争を展開したからであった。

すなわち、前述したように通説が課税処分取消訴訟を実質的には租税債務不存在確認訴訟に類するものとして理解し、審理の対象を課税庁の決定した所得金額の存否そのものとして捉えると、課税根拠に関する主張は、口頭弁論終結にいたるまで随時提出でき、新たな課税根拠を模索して主張することも許されることになる。

しかして、課税処分取消訴訟は本来、行政訴訟たる処分の取消しの訴えとして形成訴訟の一種とされており、取消原因としての違法原因につき、法が手続要件として規定したものないし法の解釈上手続要件とされるものを除いては、要するに課税処分が納税者の実際の所得金額を上回ることによる権利侵害があるかどうかに求め、それを審理の対象とするところから、適法性を主張するためには、認定額以上の客観的な所得金額(トータルとしての所得すなわち総額)を主張する必要がある。

すなわち、課税処分取消訴訟の訴訟物が他の行政処分の取消訴訟と同様に課税処分の違法性一般と解されるところから、総額主義の観念が、本来は前述のように不服審査手続における調査審理方式の一方法として納税者の所得の全部を審理できるとされることにあったので、これと取消訴訟の審理方法が結びつき、訴訟上は、右の総額主義が攻撃防御の方法の問題として論ぜられたのである。

したがって、総額主義は主張の問題であって、それ自体訴訟物の問題ではない。

しかし、総額主義の問題が訴訟物理論の構築に与えた功績は無視できない。

しかるに、争点主義なる審理方式に関する観念が、従来から総額主義と対比し、対立するものとして用いられてきたので、しかもそれが権利救済の視角から論ぜられていたところから、総額主義に対抗する理論として訴訟物理論に取り込まれるようになった。

その総額主義・争点主義のそもそもの発想からすれば、当然に、主張の制限という視角から論ぜられるべきところ、行政の違法性是正を極端に強調する論者からは、これを総額主義のそれと異なって、単なる攻撃防御方法としてではなく、課税庁が課税処分において認定した理由の適否(違法性)が審理の対象であるという考えに置き換えて議論を展開した。つまり、原処分において認定した理由が誤っていれば、他に所得が存在して、課税処分以上の所得があると判明しても、右課税処分は違法として取消しを免れないことになる。抗告訴訟の本質にかんがみれば、新たな課税根拠を主張することは、同一性のない別個の処分となるので許されず、訴訟における審判の対象は認定した理由の適否であるということになる。これが訴訟物としての争点主義の考えである。

しかし、前述した総額主義と対比する意味で、同一射程距離で論ずるとすれば、攻撃防御方法としての”争点主義„が正しいといわなければならない。訴訟物としての争点主義はこれとは視角を異にする。

2 訴訟物としての争点主義と主張制限としての争点主義

以上では総額主義と争点主義の意義を概括的に整理・検討してきたが、その整理・検討を踏まえると、処分理由の差替えの許否判断の基礎となる立場は、㋐総額主義、㋑訴訟物としての争点主義及び㋒主張制限(攻撃防御方法)としての争点主義の(以下では単に「主張制限としての争点主義」という)3つに大別することができよう。なお、前記②(訴訟物)の観点からは、㋒も㋐と同じく課税処分の違法性一般を訴訟物とする考え方であるといえ、前記③(主張制限)の観点からは、㋐は無制限説ないし非制限説、㋑と㋒は制限説と呼ぶことができよう(学説の整理・呼称については、松沢智「青色申告の法理(3・完)―更正理由差替え主張の制限を中心として」判時1074号(1983年)12頁、13頁、泉徳治ほか『租税訴訟の審理について〔第3版〕』(法曹会・2018年)133-135頁等も参照)。

㋐総額主義(非制限説)は、学説・実務(課税・裁判)において多くの論者によって説かれるが、これと鋭く対立する㋑訴訟物としての争点主義も有力である。北野弘久教授は、「現行法のもとにおいても憲法31条〔適正手続〕等の要請からすべての、、、、租税行政処分にはそれなりの理由が附記されねばならないと解し」(同「判批」判評272号(1981年)163頁、165頁。傍点原文)、かつ、「租税実体法的視角からの論理必然的要求として租税訴訟における訴訟物を附記された『理由』の存否に限定すべきであると解し」(同頁)、その上で、次のとおり説いておられる(同166頁。同『税法学原論〔第6版〕』(青林書院・2007年)407-409頁も同旨。ほかに、福家俊朗「判批」税理18巻11号(1975年)128頁も参照)。

具体的な租税行政処分は、処分時における具体的構成要件事実の確認として示されるものであって、租税訴訟における訴訟物は、結局、右のような意味での租税実体法の具体化である具体的処分、つまり具体的「理由」によって導かれる処分(具体的「理由」の異なるごとに租税実体法的に別個の処分となる)の適法性であるということになる。租税訴訟においては具体的処分における右の「理由」の存否が争われるわけである。それゆえ訴訟の過程においては右の「理由」以外の理由を主張・立証することができないことになる。

これに対して、金子宏教授は、次のとおり、㋑訴訟物としての争点主義の立場に立ちつつも、北野教授とは異なり「手続保障原則との関係において、つまり租税手続法的視角からの議論のたて方」(北野・前掲「判批」165頁)により、例外的に附記理由の差替えを認めてこられた(金子・前掲書(初版・1976年)449-450頁。下線筆者。同書(第24版・2021年)1099-1100頁も基本的に同じ)。

総額主義に対しては、手続的保障原則との関係で疑問がある。現行法上、青色申告に対する更正処分には理由の附記が要求されており(所税155条2項、法税130条2項)、またその他の確定処分についても、それに対する異議申立を棄却する場合は、異議決定書に原処分を正当とする理由を附記することが要求されている(税通84条4項5項)。したがって、すべての確定処分は遅かれ早かれ結局において原処分庁によって理由を附記されなければならない(税通75条4項5項。115条1項但し書の場合は別として)。このように法が理由の附記を要求している理由は、一つには、手続的保障の見地から、処分庁の判断の慎重・合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を示して、不服申立に便宜を与えることにある(最判昭和38年5月31日民集17巻4号617頁)が、理由の差替を自由に認めるのは、理由を附記しないで処分を行なうのと結果的に同じことであり、せっかく理由附記を要求した法の趣旨の大半を失わせることになりかねない。その意味では、租税争訟の審理の対象ないし訴訟物は処分理由との関係における税額の適否であり、理由の差替は原則として認められないと解するのが、法の趣旨に合致しているといえよう。・・・・・・。もっとも、争点主義をとった場合にも理由の差替が絶対に認められないと解するのは妥当ではなく、原処分の理由とされた基本的課税要件事実の同一性が失われない範囲では理由の差替は認められる、と解すべきであろう。

金子教授の上記の見解については、「ここで理由の差替えの限界を画しているのは手続的保障の実質であり、訴訟物ではない」(藤谷武史「判批」別冊ジュリスト261号(行政判例百選Ⅱ〔第8版〕・2022年)370頁、371頁)と指摘されている。金子教授が上記の見解において手続的保障原則を重視しておられるのは確かであるが、ただ、訴訟物が無関係であるわけではないと考えられる。

つまり、訴訟物については、「訴訟の最小単位を決めるという訴訟物の機能」の観点から「訴訟物というものは、やはりある程度の広がりを持たざるをえない」として「訴訟物を根拠とする従来の争点主義においては、この訴訟物の広がりが、ちょうど基本的課税要件事実の同一性の範囲に符合している」と指摘されることがあるが(岡村忠生「税務訴訟における主張と立証」芝池義一ほか編『租税行政と権利保護』(ミネルヴァ書房・1995年)297頁、314-315頁)、金子教授は、そのような「訴訟物の広がり」に着目され、「厳格な争点主義」の緩和によって処分理由の差替えの余地を創出されたものと解することができるように思われる。ここでいう「厳格な争点主義」という言葉は、金子教授が前記の引用文の最後の一文について後年加筆された「(筆者は、最初は厳格な争点主義の立場をとっていたが、それではいろいろの不都合が生ずるため、その後、少し軌道修正して、この考え方を提示した。この考え方をとっても、納税者に特に不利になることはないと考える。・・・・・・)」(同・前掲書(第20版・2015年)948頁、同書(第24版・2021年)1100頁)という括弧書きの中で用いられている言葉である。

要するに、金子教授の前記の見解は、㋑訴訟物としての争点主義のうち「緩和された争点主義」ともいうべきものであると考えるところである。この「緩和された争点主義」は、結論の点では、㋒主張制限としての争点主義と一致する場合がある。例えば、下記のように説かれる場合(松沢・前掲書66頁。下線筆者)がこの場合に該当する(ほかに佐藤繁「課税処分取消訴訟の審理」鈴木忠一=三ヶ月章監修『新・実務民事訴訟講座10』(日本評論社・1982年)55頁、73頁も同じく㋒の立場から「基本的な事実関係を同じくする範囲内であれば新たな主張を許してもよいと考える。」と述べている)。

青色申告者に対し、更正の理由とされたことと異なる理由によって審理判断できるかという問題は、いわゆる「理由の差替え」の問題である。

これは理論的には審判の対象を実体的な違法の面で捉えたうえで、手続面における制約を受けると解すべきである。すなわち、青色申告者といえども実体面においては、更正処分が客観的な所得金額を上回るか否かという総額主義によって違法性の存否を判断すべきである。

しかしながら、青色申告者に対する更正処分には理由附記が要求されるという手続面における制約があるので、右の理由附記を全く無視するような主張は原処分庁には許されない。このような主張の制限は、訴訟における攻撃防御の方法につき制約となって表われ、青色申告の更正に理由附記を要求された趣旨からみれば、附記理由以外の事実をもって更正処分の正当性を根拠づけることは許されないことになる。つまり青色の更正にかかる理由に拘束されて、理由の差替えが制限されることになる(訴訟段階のみならず、基本的に職権主義をとる審判所の審査においても、同様に審理の制限となって表われよう)。

ただ、理由自体は訴訟の対象(ないし審判の対象)ではないから、その処分理由の基礎となった事実の同一性を害さない範囲でのみ異なった理由での審判が許されるものと解する。処分理由の基礎となる事実の同一性とは、処分にかかる課税要件事実のうちの基本的事実が同一であって、納税者の防御に不利益を与えない範囲ということができよう。

松沢教授の上記の見解は、金子教授の前記の見解と結論(処分理由の差替えの、主張制限による例外的許容)の点で同じ一般論(これは「基本的課税要件事実同一説」といってよかろう。この呼称については村上・前掲「判解」452頁参照)を説くものと解してよいであろうが、ただ、両者が出発点(訴訟物ないし審理の対象)を異にすることは明らかである(同454頁(注7)も参照)。そのため、同じく「主張制限」といっても、松沢教授の見解については、総額主義に基づく処分理由の差替えの自由に対する制限という意味での「主張制限」であるのに対して、金子教授の見解については、㋑訴訟物としての争点主義(のうち厳格な争点主義)に基づく処分理由の差替えの絶対的禁止に対する緩和という意味での「主張制限」である(なお、北野教授の前記の見解はこの意味での「主張制限」を認めない)。両者の説く「主張制限」は、異なる出発点からのいわば「逆方向の主張制限」といってもよかろう。

換言すれば、両者はいずれも手続的保障原則に基づいて「主張制限」を立論するものであるが、松沢教授の見解は、処分理由の差替えを理由附記と「全く別個の問題」と捉える昭和52年大阪高判に典型的にみられるような手続的保障原則軽視の判断を是正するための「主張制限」であるのに対して、金子教授の見解は、手続的保障原則に基づく「厳格な争点主義」に伴う「いろいろの不都合」(その意味内容について金子教授は特に述べておられないが、それに関する説得力ある検討として岡村・前掲論文316-317頁参照)を解消するための「主張制限」である、といってもよかろう。

3 昭和56年最判の位置づけ

最後に、総額主義と争点主義に関する以上の整理・検討を踏まえて、昭和56年最判を処分理由の差替えの許否をめぐる総額主義と争点主義の議論(総額主義・争点主義論)の中に位置づけることにしよう。

昭和56年最判は、一般論としては処分理由の差替えの許容性に関する判断を留保した上で、本件についてはその許容性を肯定していることからすると、その位置づけについては他にも可能性があるかもしれないが(後記の「なお書き」も参照)、本件が同一不動産の取得価額(附記理由)と販売価額(本訴における追加主張)という「基本的課税要件事実の同一性」の範囲内における処分理由の差替えの事案であることを考慮すると、基本的課税要件事実同一説に属する金子教授の前記の見解すなわち㋑訴訟物としての争点主義(のうち緩和された争点主義)と松沢教授の前記の見解すなわち㋒主張制限としての争点主義のいずれかによる位置づけが妥当であろう。

金子教授は、前記の引用文の最後の一文について比較的早い時期から括弧書きを加筆され「(右に引用の最判昭和56年7月14日も、実質的には同じ趣旨であると理解してよいように思われる)」(同・前掲書(第2版・1988年)538頁。同書(第24版・2021年)1100頁も同旨。同・前掲「判批」449頁も参照)と述べておられ、また、松沢教授も次のように述べておられる(同・前掲書70頁。なお、下記の「二様の解釈の余地」は「同一性」概念の幅ないし枠の中に収まるものと解される)。

右判旨は、追加主張が許される理由として、これを許容しても被処分者の訴訟上の攻撃防御に格別の不利益を与えないことを挙げているが、この点につき、本件附記理由と追加主張が、取得価額と売却価額という一つの物件の譲渡損益に関するものであったことからすれば、右両者は結局理由の同一性の範囲内であるから理由の差替えの問題は生じないという変えに立つこともできるし、あるいは、右両者は勘定科目の面からみれば異なることから理由の同一性を欠くことになるとしても、当事者にとってみれば一つの物件の譲渡損益に関する攻撃防御であるから、理由附記制度の趣旨からみれば、被処分者に訴訟追行上格別実質的不利益を与えないので、かかる理由の差替えも許されると解したものとも考えられ、二様の解釈の余地がある(・・・・・・)。

松沢教授のこの見解は、昭和56年最判に関する次の解説(村上・前掲「判解」452-453頁。下線筆者)と実質的な違いはないように思われる。

本件上告判決は、いわゆる理由の差し替えの可否に関する一般的な判示は明確に留保しているのであり、本件においては、更正処分の附記理由は本件係争不動産の取得価額に関し、本件追加主張はその販売価額に関するものであるとはいえ、いずれにしても同一物件の譲渡差益の否認にかかるものであることに変わりはなく、そのいずれの価額も被処分者が熟知しているはずの事柄であることなどに鑑み、その如何によって被処分者が更正処分を争うについて格別の不利益を受けるものでないとして、本件追加主張を許容したものと解されるのであって、むしろ、本件上告審判決は、このように被処分者に争訟上格別の不利益を与えることがない場合はいわゆる理由の差し替えの枠外の問題とし、理由の差し替え固有の問題はそれが被処分者の争訟上の利益にかかわるような場合に限定したうえで、この理由の差し替えの可否の問題をいずれに解しようとも、本件のような場合には新たな主張が許されるとしたものとみるのが、判文の素直な読み方であろうと思われる。

なお、昭和56年最判については、上記解説にいう「そのいずれの価額も被処分者が熟知しているはずの事柄であること」から更に踏み込んで、「この追加主張の内容が真実である場合」という前提の下で不誠実な納税者の主張制限の観点から示された次のような理解の仕方(武田昌輔「判批」判評280号(1982年)153頁、156頁。品川芳宣「判批」税経通信37巻2号(1982年)317頁、327頁のほか玉国文敏「判批」ジュリスト768号(昭和56年度重判会・1982年)34頁、36頁も参照)があることにも注意すべきであろう。

現に争っている譲渡損益について、直接的にみて本来課税所得に含められるべき譲渡益については、納税者としては、そのことについて争いえない事由があり、課税庁の査定した譲渡益ですら、納税者としては不当な利益を受けているのに対して、さらにその譲渡益の基礎となったマイナス項目(譲渡原価)のみに限定して争うことは他の誠実な納税者との比較において考慮すれば、この点までその不誠実な納税者を救済する余地なしとする考え方が基底にあるように思われる。

 

Ⅳ おわりに

今回は、課税処分取消訴訟に関する総額主義・争点主義論の整理・検討を踏まえて、昭和56年最判について基本的課税要件事実同一説による位置づけを明らかにした。基本的課税要件事実同一説は、その後、学説や裁判例(近時のものとして東京高判平成22年12月15日税資260号順号11571・裁判所ウェブサイト、東京高判平成28年4月21日税資266号順号12848・裁判所ウェブサイト参照)に受け入れられ、今日では、「課税処分取消訴訟の理由の差替えの範囲は、『基本的(な)課税要件事実の同一性』によって画される、というのが通説および青色申告事案に係る近時の裁判例の傾向である」(藤谷・前掲「判批」371頁)といわれるようになっている。

このような学説・裁判例の状況は、青色更正の理由附記という手続的保障原則からの要請を課税処分取消訴訟において貫徹するものとして高く評価することができる。確かに、「それ[=処分理由の差替えの許否]は、適正な徴税権の行使と納税者の保護との調和を図るという観点から課税処分の実際に即して検討されるべきことであって、理由附記の法理といった一般原理から直ちに帰結されるべきことではないであろう。」(村上・前掲「判解」446頁)とはいえるとしても、筆者のように手続的保障原則を憲法上の適正手続の保障原則(憲13条・31条)として実質的租税法律主義(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【11】参照)の内容の1つとし裁判を受ける権利(憲32条)の保障との関係では司法的救済保障原則と呼ぶことによって、手続的保障原則を司法的救済保障原則を含む包括的な適正手続保障原則として構成しようとする立場(前掲拙著【27】参照)からすると、やはり、今日の学説・裁判例の状況は高く評価すべきものである。

なお、総額主義と争点主義をめぐる議論については、前記Ⅲで概括的に整理・検討したところであるが、租税実体法から租税手続法・租税争訟法まで広範な領域において多くの多様な見解が説かれており、更に税法の基礎理論にまで立ち返ると、「租税債務関係説のパラドックス」(前掲拙著【65】)の問題についても検討しなければならないと考えられることから、今後も引き続き研究を続ける必要があると考えるところである。

(了)

この連載の公開日程は、下記の連載目次をご覧ください。

谷口教授と学ぶ

税法基本判例

【第42回】

「処分理由の差替えに対する手続的保障原則・司法的救済保障原則の貫徹」

-総額主義・争点主義論における最判昭和56年7月14日民集35巻5号901頁の位置づけ-

 

大阪学院大学法学部教授
谷口 勢津夫

 

Ⅰ はじめに

前々回は青色申告に対する更正処分(いわゆる青色更正)の理由附記に関する判例法理を検討したが、今回は、課税処分に処分時に附記された理由(以下では単に「処分理由」ないし「附記理由」という)と異なる理由を取消訴訟において主張することが許されるかといういわゆる処分理由の差替えの問題について検討することにする。

この問題は、従来は、青色更正の取消訴訟に関して議論され、いわゆる白色申告の場合には、処分理由の差替えは許容されるというのが「確立した」判例の立場(最判昭和36年12月1日訟月14巻2号191頁、最判平成4年2月18日民集46巻2号77頁等。村上敬一「判解」最判解民事篇(昭和56年度)433頁、447頁は「一応確立している」とする)であったが、ただ、平成23年度[11月]税制改正によって、行政手続法上の理由の提示規定が課税処分等に係る行政手続法の適用除外から除外され(税通74条の14第1項括弧書)、青色更正以外の課税処分等についても理由提示(理由附記)が義務づけられることになったことから、上記の判例の立場が今後も維持されるかどうかは今後の判例の展開をみて判断する必要があろう(前々回Ⅳも参照)。

この点は今後の検討課題とすることにして、以下では、青色更正に係る処分理由の差替えの許否について従来の議論を踏まえて検討することにする。

なお、処分理由の差替えの問題は、下記のとおり(金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)1098頁)、取消訴訟だけでなく不服申立ても含めて議論されることがあるが、以下では、取消訴訟の場面を想定して検討を進めることにする。

租税確定処分に対する審査請求および訴訟の審理の過程において、原処分の理由とされていた課税要件事実が存在しないことが判明した場合に、処分行政庁は、その処分の適法性を維持するために別の課税要件事実を新たに提出することができるか。また、審査裁決庁および裁判所は、新たに別の理由が提出された場合に、それをとり上げて判断の対象とすべきかどうか。これは、直接には、理由の差替えの可否の問題であるが、租税争訟の対象ないし租税訴訟の訴訟物の問題と密接な関係をもっている。

また、処分理由の差替えは、課税処分(納税義務の確定処分)だけでなく国税に関する法律に基づく処分(税通75条1項)について一般に問題になり得るが(例えば青色申告承認取消処分については最判昭和42年4月21日訟月13巻8号985頁参照)、以下では、課税処分とりわけ青色更正について処分理由の差替えの許否を検討する。

 

Ⅱ 昭和56年最判の判断内容

処分理由の差替えについて、白色申告の場合、少なくとも平成23年度[11月]税制改正前は、その差替えの許容性を肯定するのが「確立した」判例の立場であることは前述のとおりであるが、青色申告の場合は、判例の立場は必ずしも明確ではないように思われる(村上・前掲「判解」451頁参照)。そのような中で注目されるのが最判昭和56年7月14日民集35巻5号901頁(以下「昭和56年最判」という)である。この判決は次のとおり判示した(下線筆者)。

原審が適法に確定したところによれば、(一)宅地の分譲販売等を業とする上告人は、本件係争事業年度において本件不動産を7600万9600円で取得しこれを7000万円で販売したものとして、右事業年度の法人税につき青色申告書による確定申告をした、(二)これに対して、被上告人は、本件不動産の取得価額は6000万円であるとして、他の理由とともにこれを更正の理由として更正通知書に附記し、本件更正処分をした、(三)ところが、被上告人は、本訴における本件更正処分の適否に関する新たな攻撃防禦方法として、仮に本件不動産の取得価額が7600万9600円であるとしても、その販売価額は9450万円であるから、いずれにしても本件更正処分は適法であるとの趣旨の本件追加主張をした、というのであって、このような場合に被上告人に本件追加主張の提出を許しても、右更正処分を争うにつき被処分者たる上告人に格別の不利益を与えるものではないから、一般的に青色申告書による申告についてした更正処分の取消訴訟において更正の理由とは異なるいかなる事実をも主張することができると解すべきかどうかはともかく、被上告人が本件追加主張を提出することは妨げないとした原審の判断は、結論において正当として是認することができる。そして、右のように解しても、所論引用の判例[=最判昭和47年12月5日民集26巻10号1795頁]の趣旨に反するものではない。

この判決は、処分理由の差替えについて、原々審・京都地判昭和49年3月15日行集25巻3号142頁(以下「昭和49年京都地判」という)の下記の判示(下線筆者)とは異なり、「一般的に青色申告書による申告についてした更正処分の取消訴訟において更正の理由とは異なるいかなる事実をも主張することができると解すべきかどうかはともかく」と説示して、一般論としてはその許容性に関する判断を「明確に留保し」(村上・前掲「判解」452頁も同旨)、その上で本件(「このような場合」)についてはその許容性を肯定したのである。

被告は追加抗弁として前出第四のとおり主張するが、この主張事実は本件係争年度分の青色申告に対する被告の更正処分の理由として通知書に付記されなかつた事実であり、青色申告に対する更正処分に理由付記を要する趣旨からすれば、付記理由以外の事実を以て更正処分の正当性を根拠づけることを許さないものと解すべきであるから、被告が付記以外の追加抗弁事実を主張することは(その事実があるとしても、それを再更正処分の理由とした場合を除き)許されない。

関連して、原審・大阪高判昭和52年1月27日行集28巻1・2号22頁(以下「昭和52年大阪高判」という)の判断をみておくと、同判決は次のとおり判示して、原判決(昭和49年京都地判)の判断を覆し、処分理由の差替えについて一般論としてその許容性を肯定した。

元来、更正処分取消訴訟は、租税債務不存在確認訴訟の性質を有するのであり、青色申告書によつて確定申告された法人税に関する更正処分取消訴訟においても、その事実上の争点は、当該法人の当該事業年度の所得金額の存否であって、更正処分に附記された更正理由の存否ではないから、当該附記理由による所得金額の存在は認められないけれども、その附記理由以外の理由によつて、当該法人につき当該事業年度の新たな所得の存在が認められ、結局、更正処分において認定した所得金額よりも多額の所得金額が認定される場合においては、当該更正処分は違法でないということに帰着するわけである。この点につき、前記更正処分の附記理由との対比において附言するに、右の更正処分において理由の附記が認められる所以は、当該更正処分をなす者の判断を慎重ならしめて、その合理性を担保し、処分者の恣意の抑制を図るとともに、処分の相手方に対し、処分の理由を知らせて、不服申立の便宜を与えるためであると解せられる。従つて、右の理由附記は、右の趣旨・目的を達し得る程度に記載されることが必要であつて、その趣旨・目的を達し得ない程度の理由附記しかなされていないときは、当該更正処分に瑕疵あるものとして、その一事により、当該処分は失効さるべく、しかも、その瑕疵は、爾後において治癒され得ない性質のものと解さざるを得ないのである。ところが、これと異なり、その附記された理由は、右の趣旨・目的を達し得る程度に記載されていて、その理由附記という面においては、何らの瑕疵もなく、有効である更正処分の場合において、更にすすんで、その次の問題として、当該更正処分において認定した所得金額の存否ということになれば、それは、右理由附記に関する問題とは、全く別個の問題であつて、右理由附記に関する是非の論議の立場を離れ、別の見地からして、独自に判断すべき問題である。ところで、この場合に争点となるのは、当該納税義務者が当該事業年度において果して当該更正処分において認定された所得金額を獲得したか否かということであること、前記のとおりであるから、当該更正処分取消訴訟における審理の結果、更正処分に附記された理由による所得金額の存在は認められないけれども、それ以外の理由による新たな所得金額の存在が認められ、結局、当該納税義務者の当該事業年度の所得金額が、更正処分において認定された所得金額以上であると認定される場合においては、当該更正処分は、その認定した所得金額に誤りがないということになり、違法ではないということになるわけである。この場合、右附記理由以外の理由による新たな所得金額の存在が判明し、更正処分において認定した所得金額以上の所得金額の存在が認められる場合においても、附記理由による所得金額の存在が認められない限り、当該更正処分は違法であり、取消されるべきであるという見解は、格別の法令上の根拠がないにも拘らず、前記の趣旨・目的を有するに過ぎないと解さるべき更正処分の附記理由に、その趣旨・目的を超える強い意味付けを与え、必要以上に課税庁を拘束して、租税行政の偏頗化を招き、現在の申告納税制度下において、不誠実なる納税義務者を不当に利する結果を招来するものであつて、到底左袒することができない。そうすると、更正処分取消訴訟において、更正処分庁が、更正処分に附記した理由によつては当該更正処分を維持し難い場合に、右附記理由以外の理由による当該納税義務者の当該事業年度の新たな所得金額の存在を主張・立証し、以て当該更正処分において認定した所得金額以上の所得金額の存在を裁判所に認容させ、紛争中の未確定の当該更正処分の維持を図ることは、当然に許容されるといわなければならない。そして、その場合、更正処分において認定した所得金額以上の所得金額の存在が明らかになつたとしても、更正処分庁としては、新たに判明した所得金額により再更正処分をする意図があるわけではなく、単にさきになした更正処分を維持し得れば足るとしているのであり、従つて、その税額も、更正処分所定の税額のとおりであつて、変動するわけのものでないこと勿論であるから、その場合に、事実上新たな再更正処分がなされたり、或は実質的に税額が増加し、徴収し得ない性質の租税を徴収し得る結果を招来するなどという主張は、成立の余地がないこと明らかである。

 

Ⅲ 昭和56年最判の位置づけ

1 総額主義と争点主義

以上でみたように、昭和56年最判が、一般論として争点主義の立場に立って処分理由の差替えの許容性を否定した昭和49年京都地判と、一般論として総額主義の立場に立って処分理由の差替えの許容性を肯定した昭和52年大阪高判との間にあって、「一般論としては総額主義と争点主義のいずれかに傾斜することは避けている」(金子宏「判批」別冊ジュリスト151号(行政判例百選〔第4版〕・1999年)448頁、449頁)ことは確かである。

では、争点主義と総額主義との間で昭和56年最判をどのように位置づけるべきであろうか。この検討を行うに当たって、以下では、まず、総額主義と争点主義についてそれぞれの意義を確認することから始めよう。

従来から、「総額主義とはなにか、またこれに対立する争点主義とはなにかについて必ずしも論者の説明は一致していない」(清永敬次「判批」シュトイエル146号(1974年)6頁、9頁。松沢智『新版 租税争訟法』(中央経済社・2001年)50頁も同旨)といわれてきたが、そもそも、「総額主義と争点主義の問題は、特に昭和45年に発足した国税不服審判所における審理の対象ないし範囲をめぐって議論されるようになったものである」(清永敬次『税法〔新装版〕』(ミネルヴァ書房・2013年)322頁。松沢・前掲書59頁も同旨)ことから、まず、①課税処分取消争訟における審理の対象ないし範囲の観点からそれぞれの意義を述べておくと、総額主義とは、「審理の対象は処分を根拠づける一切の理由に及ぶという考え方」すなわち「課税標準ないし税額の正当な総額がいくらであるかが審理の対象になるという考え方」をいい(清永・前掲書322頁)、「審理の対象は原処分の認定額の全部(総額)ということ」(松沢・前掲書59頁)になり、争点主義とは、「審理の対象は処分を根拠づける理由の一部に限定されるという考え方」(清永・前掲書322頁)をいい、「審理の範囲が当事者の申立てによって限定された事項(争点および争点関連)に限るということ」(松沢・前掲書59-60頁)になる。

また、「総額主義と争点主義の問題は、訴訟の場合についていえば、いわゆる訴訟物をどのように考えるかという側面から論ずることができる(処分の同一性の議論もこれに含まれる。)とともに、訴訟当事者の主張の制限をどのように考えるかという側面からも論ずることができる」(清永・前掲「判批」9頁。なお、前記①の観点を訴訟物に含めて処分理由の差替えの許否を「(イ)更正の同一性、(ロ)訴訟物及び(ハ)訴訟上の主張制限」に分けて論ずるものとして、鈴木康之「租税訴訟の訴訟物(審判の対象)」小川英明=松沢智編『裁判実務大系(第20巻)租税争訟法』(青林書院・1988年)26頁、28頁以下参照)が、次に、②課税処分取消訴訟の訴訟物の観点からそれぞれの意義を述べておくと、総額主義は、「訴訟物を課税処分の違法性一般ないし課税処分に示された係争年度の課税標準又は税額の存否であるととらえ、処分を根拠づける理由は単に攻撃又は防御の方法にすぎず、したがって口頭弁論終結に至るまでこれを自由に提出することができ(旧民訴法137条、新民訴法156条参照)、このため審理の対象となる処分理由が本来限定されることはない、とするもの」(清永・前掲書322頁)であり、争点主義は、「訴訟物自体を処分の理由と関連させて捉える考え方」(同321頁)である。

この説明によれば、総額主義の下では、処分理由は訴訟物としてではなく、③課税処分取消訴訟における訴訟当事者の主張の制限の観点から攻撃防御方法として位置づけられるのに対して、争点主義の下では、処分理由それ自体が訴訟物として位置づけられるが、ただ、争点主義の下でも、処分理由を上記③の観点から攻撃防御方法として位置づける見解を説く論者もいる。その代表的な論者である松沢智教授は、総額主義と争点主義について国税不服審査手続上の意義を述べた上で、下記のとおり説いておられる(松沢・前掲書62-63頁。下線筆者)。そこでは、総額主義と争点主義の問題に関する①審理の対象・範囲、②訴訟物及び③主張制限(攻撃防御方法)の各観点の相互関係や議論の背景が的確に整理されているように思われるので、長くなるが関連する部分をそのまま引用しておこう。

しかし何といっても、総額主義・争点主義の語が脚光を浴びたのは、それらが課税処分取消訴訟の訴訟物と結びついて華やかな訴訟物論争を展開したからであった。

すなわち、前述したように通説が課税処分取消訴訟を実質的には租税債務不存在確認訴訟に類するものとして理解し、審理の対象を課税庁の決定した所得金額の存否そのものとして捉えると、課税根拠に関する主張は、口頭弁論終結にいたるまで随時提出でき、新たな課税根拠を模索して主張することも許されることになる。

しかして、課税処分取消訴訟は本来、行政訴訟たる処分の取消しの訴えとして形成訴訟の一種とされており、取消原因としての違法原因につき、法が手続要件として規定したものないし法の解釈上手続要件とされるものを除いては、要するに課税処分が納税者の実際の所得金額を上回ることによる権利侵害があるかどうかに求め、それを審理の対象とするところから、適法性を主張するためには、認定額以上の客観的な所得金額(トータルとしての所得すなわち総額)を主張する必要がある。

すなわち、課税処分取消訴訟の訴訟物が他の行政処分の取消訴訟と同様に課税処分の違法性一般と解されるところから、総額主義の観念が、本来は前述のように不服審査手続における調査審理方式の一方法として納税者の所得の全部を審理できるとされることにあったので、これと取消訴訟の審理方法が結びつき、訴訟上は、右の総額主義が攻撃防御の方法の問題として論ぜられたのである。

したがって、総額主義は主張の問題であって、それ自体訴訟物の問題ではない。

しかし、総額主義の問題が訴訟物理論の構築に与えた功績は無視できない。

しかるに、争点主義なる審理方式に関する観念が、従来から総額主義と対比し、対立するものとして用いられてきたので、しかもそれが権利救済の視角から論ぜられていたところから、総額主義に対抗する理論として訴訟物理論に取り込まれるようになった。

その総額主義・争点主義のそもそもの発想からすれば、当然に、主張の制限という視角から論ぜられるべきところ、行政の違法性是正を極端に強調する論者からは、これを総額主義のそれと異なって、単なる攻撃防御方法としてではなく、課税庁が課税処分において認定した理由の適否(違法性)が審理の対象であるという考えに置き換えて議論を展開した。つまり、原処分において認定した理由が誤っていれば、他に所得が存在して、課税処分以上の所得があると判明しても、右課税処分は違法として取消しを免れないことになる。抗告訴訟の本質にかんがみれば、新たな課税根拠を主張することは、同一性のない別個の処分となるので許されず、訴訟における審判の対象は認定した理由の適否であるということになる。これが訴訟物としての争点主義の考えである。

しかし、前述した総額主義と対比する意味で、同一射程距離で論ずるとすれば、攻撃防御方法としての”争点主義„が正しいといわなければならない。訴訟物としての争点主義はこれとは視角を異にする。

2 訴訟物としての争点主義と主張制限としての争点主義

以上では総額主義と争点主義の意義を概括的に整理・検討してきたが、その整理・検討を踏まえると、処分理由の差替えの許否判断の基礎となる立場は、㋐総額主義、㋑訴訟物としての争点主義及び㋒主張制限(攻撃防御方法)としての争点主義の(以下では単に「主張制限としての争点主義」という)3つに大別することができよう。なお、前記②(訴訟物)の観点からは、㋒も㋐と同じく課税処分の違法性一般を訴訟物とする考え方であるといえ、前記③(主張制限)の観点からは、㋐は無制限説ないし非制限説、㋑と㋒は制限説と呼ぶことができよう(学説の整理・呼称については、松沢智「青色申告の法理(3・完)―更正理由差替え主張の制限を中心として」判時1074号(1983年)12頁、13頁、泉徳治ほか『租税訴訟の審理について〔第3版〕』(法曹会・2018年)133-135頁等も参照)。

㋐総額主義(非制限説)は、学説・実務(課税・裁判)において多くの論者によって説かれるが、これと鋭く対立する㋑訴訟物としての争点主義も有力である。北野弘久教授は、「現行法のもとにおいても憲法31条〔適正手続〕等の要請からすべての、、、、租税行政処分にはそれなりの理由が附記されねばならないと解し」(同「判批」判評272号(1981年)163頁、165頁。傍点原文)、かつ、「租税実体法的視角からの論理必然的要求として租税訴訟における訴訟物を附記された『理由』の存否に限定すべきであると解し」(同頁)、その上で、次のとおり説いておられる(同166頁。同『税法学原論〔第6版〕』(青林書院・2007年)407-409頁も同旨。ほかに、福家俊朗「判批」税理18巻11号(1975年)128頁も参照)。

具体的な租税行政処分は、処分時における具体的構成要件事実の確認として示されるものであって、租税訴訟における訴訟物は、結局、右のような意味での租税実体法の具体化である具体的処分、つまり具体的「理由」によって導かれる処分(具体的「理由」の異なるごとに租税実体法的に別個の処分となる)の適法性であるということになる。租税訴訟においては具体的処分における右の「理由」の存否が争われるわけである。それゆえ訴訟の過程においては右の「理由」以外の理由を主張・立証することができないことになる。

これに対して、金子宏教授は、次のとおり、㋑訴訟物としての争点主義の立場に立ちつつも、北野教授とは異なり「手続保障原則との関係において、つまり租税手続法的視角からの議論のたて方」(北野・前掲「判批」165頁)により、例外的に附記理由の差替えを認めてこられた(金子・前掲書(初版・1976年)449-450頁。下線筆者。同書(第24版・2021年)1099-1100頁も基本的に同じ)。

総額主義に対しては、手続的保障原則との関係で疑問がある。現行法上、青色申告に対する更正処分には理由の附記が要求されており(所税155条2項、法税130条2項)、またその他の確定処分についても、それに対する異議申立を棄却する場合は、異議決定書に原処分を正当とする理由を附記することが要求されている(税通84条4項5項)。したがって、すべての確定処分は遅かれ早かれ結局において原処分庁によって理由を附記されなければならない(税通75条4項5項。115条1項但し書の場合は別として)。このように法が理由の附記を要求している理由は、一つには、手続的保障の見地から、処分庁の判断の慎重・合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を示して、不服申立に便宜を与えることにある(最判昭和38年5月31日民集17巻4号617頁)が、理由の差替を自由に認めるのは、理由を附記しないで処分を行なうのと結果的に同じことであり、せっかく理由附記を要求した法の趣旨の大半を失わせることになりかねない。その意味では、租税争訟の審理の対象ないし訴訟物は処分理由との関係における税額の適否であり、理由の差替は原則として認められないと解するのが、法の趣旨に合致しているといえよう。・・・・・・。もっとも、争点主義をとった場合にも理由の差替が絶対に認められないと解するのは妥当ではなく、原処分の理由とされた基本的課税要件事実の同一性が失われない範囲では理由の差替は認められる、と解すべきであろう。

金子教授の上記の見解については、「ここで理由の差替えの限界を画しているのは手続的保障の実質であり、訴訟物ではない」(藤谷武史「判批」別冊ジュリスト261号(行政判例百選Ⅱ〔第8版〕・2022年)370頁、371頁)と指摘されている。金子教授が上記の見解において手続的保障原則を重視しておられるのは確かであるが、ただ、訴訟物が無関係であるわけではないと考えられる。

つまり、訴訟物については、「訴訟の最小単位を決めるという訴訟物の機能」の観点から「訴訟物というものは、やはりある程度の広がりを持たざるをえない」として「訴訟物を根拠とする従来の争点主義においては、この訴訟物の広がりが、ちょうど基本的課税要件事実の同一性の範囲に符合している」と指摘されることがあるが(岡村忠生「税務訴訟における主張と立証」芝池義一ほか編『租税行政と権利保護』(ミネルヴァ書房・1995年)297頁、314-315頁)、金子教授は、そのような「訴訟物の広がり」に着目され、「厳格な争点主義」の緩和によって処分理由の差替えの余地を創出されたものと解することができるように思われる。ここでいう「厳格な争点主義」という言葉は、金子教授が前記の引用文の最後の一文について後年加筆された「(筆者は、最初は厳格な争点主義の立場をとっていたが、それではいろいろの不都合が生ずるため、その後、少し軌道修正して、この考え方を提示した。この考え方をとっても、納税者に特に不利になることはないと考える。・・・・・・)」(同・前掲書(第20版・2015年)948頁、同書(第24版・2021年)1100頁)という括弧書きの中で用いられている言葉である。

要するに、金子教授の前記の見解は、㋑訴訟物としての争点主義のうち「緩和された争点主義」ともいうべきものであると考えるところである。この「緩和された争点主義」は、結論の点では、㋒主張制限としての争点主義と一致する場合がある。例えば、下記のように説かれる場合(松沢・前掲書66頁。下線筆者)がこの場合に該当する(ほかに佐藤繁「課税処分取消訴訟の審理」鈴木忠一=三ヶ月章監修『新・実務民事訴訟講座10』(日本評論社・1982年)55頁、73頁も同じく㋒の立場から「基本的な事実関係を同じくする範囲内であれば新たな主張を許してもよいと考える。」と述べている)。

青色申告者に対し、更正の理由とされたことと異なる理由によって審理判断できるかという問題は、いわゆる「理由の差替え」の問題である。

これは理論的には審判の対象を実体的な違法の面で捉えたうえで、手続面における制約を受けると解すべきである。すなわち、青色申告者といえども実体面においては、更正処分が客観的な所得金額を上回るか否かという総額主義によって違法性の存否を判断すべきである。

しかしながら、青色申告者に対する更正処分には理由附記が要求されるという手続面における制約があるので、右の理由附記を全く無視するような主張は原処分庁には許されない。このような主張の制限は、訴訟における攻撃防御の方法につき制約となって表われ、青色申告の更正に理由附記を要求された趣旨からみれば、附記理由以外の事実をもって更正処分の正当性を根拠づけることは許されないことになる。つまり青色の更正にかかる理由に拘束されて、理由の差替えが制限されることになる(訴訟段階のみならず、基本的に職権主義をとる審判所の審査においても、同様に審理の制限となって表われよう)。

ただ、理由自体は訴訟の対象(ないし審判の対象)ではないから、その処分理由の基礎となった事実の同一性を害さない範囲でのみ異なった理由での審判が許されるものと解する。処分理由の基礎となる事実の同一性とは、処分にかかる課税要件事実のうちの基本的事実が同一であって、納税者の防御に不利益を与えない範囲ということができよう。

松沢教授の上記の見解は、金子教授の前記の見解と結論(処分理由の差替えの、主張制限による例外的許容)の点で同じ一般論(これは「基本的課税要件事実同一説」といってよかろう。この呼称については村上・前掲「判解」452頁参照)を説くものと解してよいであろうが、ただ、両者が出発点(訴訟物ないし審理の対象)を異にすることは明らかである(同454頁(注7)も参照)。そのため、同じく「主張制限」といっても、松沢教授の見解については、総額主義に基づく処分理由の差替えの自由に対する制限という意味での「主張制限」であるのに対して、金子教授の見解については、㋑訴訟物としての争点主義(のうち厳格な争点主義)に基づく処分理由の差替えの絶対的禁止に対する緩和という意味での「主張制限」である(なお、北野教授の前記の見解はこの意味での「主張制限」を認めない)。両者の説く「主張制限」は、異なる出発点からのいわば「逆方向の主張制限」といってもよかろう。

換言すれば、両者はいずれも手続的保障原則に基づいて「主張制限」を立論するものであるが、松沢教授の見解は、処分理由の差替えを理由附記と「全く別個の問題」と捉える昭和52年大阪高判に典型的にみられるような手続的保障原則軽視の判断を是正するための「主張制限」であるのに対して、金子教授の見解は、手続的保障原則に基づく「厳格な争点主義」に伴う「いろいろの不都合」(その意味内容について金子教授は特に述べておられないが、それに関する説得力ある検討として岡村・前掲論文316-317頁参照)を解消するための「主張制限」である、といってもよかろう。

3 昭和56年最判の位置づけ

最後に、総額主義と争点主義に関する以上の整理・検討を踏まえて、昭和56年最判を処分理由の差替えの許否をめぐる総額主義と争点主義の議論(総額主義・争点主義論)の中に位置づけることにしよう。

昭和56年最判は、一般論としては処分理由の差替えの許容性に関する判断を留保した上で、本件についてはその許容性を肯定していることからすると、その位置づけについては他にも可能性があるかもしれないが(後記の「なお書き」も参照)、本件が同一不動産の取得価額(附記理由)と販売価額(本訴における追加主張)という「基本的課税要件事実の同一性」の範囲内における処分理由の差替えの事案であることを考慮すると、基本的課税要件事実同一説に属する金子教授の前記の見解すなわち㋑訴訟物としての争点主義(のうち緩和された争点主義)と松沢教授の前記の見解すなわち㋒主張制限としての争点主義のいずれかによる位置づけが妥当であろう。

金子教授は、前記の引用文の最後の一文について比較的早い時期から括弧書きを加筆され「(右に引用の最判昭和56年7月14日も、実質的には同じ趣旨であると理解してよいように思われる)」(同・前掲書(第2版・1988年)538頁。同書(第24版・2021年)1100頁も同旨。同・前掲「判批」449頁も参照)と述べておられ、また、松沢教授も次のように述べておられる(同・前掲書70頁。なお、下記の「二様の解釈の余地」は「同一性」概念の幅ないし枠の中に収まるものと解される)。

右判旨は、追加主張が許される理由として、これを許容しても被処分者の訴訟上の攻撃防御に格別の不利益を与えないことを挙げているが、この点につき、本件附記理由と追加主張が、取得価額と売却価額という一つの物件の譲渡損益に関するものであったことからすれば、右両者は結局理由の同一性の範囲内であるから理由の差替えの問題は生じないという変えに立つこともできるし、あるいは、右両者は勘定科目の面からみれば異なることから理由の同一性を欠くことになるとしても、当事者にとってみれば一つの物件の譲渡損益に関する攻撃防御であるから、理由附記制度の趣旨からみれば、被処分者に訴訟追行上格別実質的不利益を与えないので、かかる理由の差替えも許されると解したものとも考えられ、二様の解釈の余地がある(・・・・・・)。

松沢教授のこの見解は、昭和56年最判に関する次の解説(村上・前掲「判解」452-453頁。下線筆者)と実質的な違いはないように思われる。

本件上告判決は、いわゆる理由の差し替えの可否に関する一般的な判示は明確に留保しているのであり、本件においては、更正処分の附記理由は本件係争不動産の取得価額に関し、本件追加主張はその販売価額に関するものであるとはいえ、いずれにしても同一物件の譲渡差益の否認にかかるものであることに変わりはなく、そのいずれの価額も被処分者が熟知しているはずの事柄であることなどに鑑み、その如何によって被処分者が更正処分を争うについて格別の不利益を受けるものでないとして、本件追加主張を許容したものと解されるのであって、むしろ、本件上告審判決は、このように被処分者に争訟上格別の不利益を与えることがない場合はいわゆる理由の差し替えの枠外の問題とし、理由の差し替え固有の問題はそれが被処分者の争訟上の利益にかかわるような場合に限定したうえで、この理由の差し替えの可否の問題をいずれに解しようとも、本件のような場合には新たな主張が許されるとしたものとみるのが、判文の素直な読み方であろうと思われる。

なお、昭和56年最判については、上記解説にいう「そのいずれの価額も被処分者が熟知しているはずの事柄であること」から更に踏み込んで、「この追加主張の内容が真実である場合」という前提の下で不誠実な納税者の主張制限の観点から示された次のような理解の仕方(武田昌輔「判批」判評280号(1982年)153頁、156頁。品川芳宣「判批」税経通信37巻2号(1982年)317頁、327頁のほか玉国文敏「判批」ジュリスト768号(昭和56年度重判会・1982年)34頁、36頁も参照)があることにも注意すべきであろう。

現に争っている譲渡損益について、直接的にみて本来課税所得に含められるべき譲渡益については、納税者としては、そのことについて争いえない事由があり、課税庁の査定した譲渡益ですら、納税者としては不当な利益を受けているのに対して、さらにその譲渡益の基礎となったマイナス項目(譲渡原価)のみに限定して争うことは他の誠実な納税者との比較において考慮すれば、この点までその不誠実な納税者を救済する余地なしとする考え方が基底にあるように思われる。

 

Ⅳ おわりに

今回は、課税処分取消訴訟に関する総額主義・争点主義論の整理・検討を踏まえて、昭和56年最判について基本的課税要件事実同一説による位置づけを明らかにした。基本的課税要件事実同一説は、その後、学説や裁判例(近時のものとして東京高判平成22年12月15日税資260号順号11571・裁判所ウェブサイト、東京高判平成28年4月21日税資266号順号12848・裁判所ウェブサイト参照)に受け入れられ、今日では、「課税処分取消訴訟の理由の差替えの範囲は、『基本的(な)課税要件事実の同一性』によって画される、というのが通説および青色申告事案に係る近時の裁判例の傾向である」(藤谷・前掲「判批」371頁)といわれるようになっている。

このような学説・裁判例の状況は、青色更正の理由附記という手続的保障原則からの要請を課税処分取消訴訟において貫徹するものとして高く評価することができる。確かに、「それ[=処分理由の差替えの許否]は、適正な徴税権の行使と納税者の保護との調和を図るという観点から課税処分の実際に即して検討されるべきことであって、理由附記の法理といった一般原理から直ちに帰結されるべきことではないであろう。」(村上・前掲「判解」446頁)とはいえるとしても、筆者のように手続的保障原則を憲法上の適正手続の保障原則(憲13条・31条)として実質的租税法律主義(拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【11】参照)の内容の1つとし裁判を受ける権利(憲32条)の保障との関係では司法的救済保障原則と呼ぶことによって、手続的保障原則を司法的救済保障原則を含む包括的な適正手続保障原則として構成しようとする立場(前掲拙著【27】参照)からすると、やはり、今日の学説・裁判例の状況は高く評価すべきものである。

なお、総額主義と争点主義をめぐる議論については、前記Ⅲで概括的に整理・検討したところであるが、租税実体法から租税手続法・租税争訟法まで広範な領域において多くの多様な見解が説かれており、更に税法の基礎理論にまで立ち返ると、「租税債務関係説のパラドックス」(前掲拙著【65】)の問題についても検討しなければならないと考えられることから、今後も引き続き研究を続ける必要があると考えるところである。

(了)

この連載の公開日程は、下記の連載目次をご覧ください。

連載目次

谷口教授と学ぶ「税法基本判例」

第1回~第20回

第21回~

筆者紹介

谷口 勢津夫

(たにぐち・せつお)

大阪学院大学法学部教授

1956年高知県生まれ。京都大学法学部卒業、同大学大学院法学研究科博士後期課程単位修得退学。甲南大学法学部教授、大阪大学大学院高等司法研究科教授を経て2022年4月より現職。大阪大学名誉教授。ほかに大阪大学大学院高等司法研究科長・大阪大学法務室長、アレクサンダー・フォン・フンボルト財団奨励研究員(Forschungsstipendiat der Alexander von Humboldt-Stiftung)・ミュンヘン大学客員研究員、日本税法学会理事長、租税法学会理事、IFA(International Fiscal Association)日本支部理事、資産評価政策学会理事、司法試験考査委員、公認会計士試験試験委員、独立行政法人造幣局契約監視委員会委員・委員長、大阪府収用委員会委員・会長、大阪府行政不服審査会委員・会長、公益財団法人日本税務研究センター評議員・同センター理事・同センター「日税研究賞」選考委員・同センター編集委員会委員、公益財団法人納税協会連合会「税に関する論文」選考委員、公益社団法人商事法務研究会「商事法務研究会賞」審査委員、近畿税理士会・近畿税務研究センター顧問など(一部現職。ほか歴任)。

主要著書は『租税条約論』(清文社・1999年)、『租税回避論』(清文社・2014年)、『租税回避研究の展開と課題〔清永敬次先生謝恩論文集〕』(共著・ミネルヴァ書房・2015年)、『税法の基礎理論』(清文社・2021年)、『税法創造論』(清文社・2022年)、『税法基本判例Ⅰ』(清文社・2023年)、『基礎から学べる租税法〔第4版〕』(共著・弘文堂・2025年)、『税法基本講義〔第8版〕』(弘文堂・2025年)、『税法基本判例Ⅱ』(清文社・2025年)など。
 
   

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