公開日: 2024/12/26 (掲載号:No.600)
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谷口教授と学ぶ「税法基本判例」 【第45回】「所得税法における無効所得の取扱いと債務免除益の無効基因喪失の意義」-錯誤無効債務免除源泉徴収事件・最判平成30年9月25日民集72巻4号317頁-

筆者: 谷口 勢津夫

谷口教授と学ぶ

税法基本判例

【第45回】

「所得税法における無効所得の取扱いと債務免除益の無効基因喪失の意義」

-錯誤無効債務免除源泉徴収事件・最判平成30年9月25日民集72巻4号317頁-

 

大阪学院大学法学部教授
谷口 勢津夫

 

Ⅰ はじめに

今回は、最判平成30年9月25日民集72巻4号317頁(以下「平成30年最判」という)を取り上げて、所得税法における無効所得の取扱いについて検討することにする。

平成30年最判の事案(以下「本件」という)について、今回のサブタイトルでは「錯誤無効債務免除源泉徴収事件」という名称を用いたが、この名称は、本件の当初の主たる争点からすると適切なものではないが、そのことを踏まえた上で敢えて、最終的に争点となった問題を念頭に置いて用いることにした名称である。本件の訴訟の推移は複雑であるので、まずは、その推移を整理しておこう。

本件は、権利能力のない社団である青果荷受組合Xが、同組合理事長Aに対し、Xからの借入金債務の免除(以下「本件債務免除」という)をしたところ、所轄税務署長から、これに係る経済的な利益(以下「本件債務免除益」という)がAに対する賞与に該当するとして、給与所得に係る源泉所得税の納税告知処分及び不納付加算税の賦課決定処分(以下「本件各処分」という)を受けたため、①本件債務免除益の給与所得該当性、②本件債務免除益に対する当時の所得税基本通達36-17本文(以下「本件旧通達」という)の適用による収入金額不算入の可否、及び③本件債務免除についての錯誤無効の主張の可否を争って、国を相手に本件各処分の取消しを求めた事案である。

第1審・岡山地判平成25年3月27日民集72巻4号336頁は争点①を判断することなく争点②について本件債務免除益の収入金額不算入を認め請求を認容し、控訴審・広島高岡山支部判平成26年1月30日税資264号順号12402は争点①について本件債務免除益の給与所得該当性を否定し争点②について判断することなく控訴を棄却し、上告審・最判平成27年10月8日判タ1419号72頁は、争点①について本件債務免除益の給与所得該当性を肯定し原判決を破棄した上で争点②及び争点③について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻した(民集72巻4号317頁では、控訴審は「第1次第2審」、上告審は「第1次上告審」、差戻控訴審は「第2次第2審」と表記されている。これに倣えば、平成30年最判は「第2次上告審判決」と表記されることになろう)。

第2次第2審・広島高判平成29年2月8日民集72巻4号353頁は、まず、下記のとおり、本件旧通達の趣旨を判示し(㋐)、その上で争点②について判示した(㋑)。

【㋐】

債務者は、債権者から債務免除を受けた場合、原則として、所得税法36条1項にいう「経済的な利益」を受けたことになり、免除の内容等に応じて当該債務者の事業所得その他の各種所得の収入金額となるものであるが、例えば、事業所得者が、経営不振による著しい債務超過の状態となり、経営破綻に陥っている状況で、債権者が債務免除をしたなどという場合には、債務者は、実態としては、支払能力のない債務の弁済を免れただけであるから、当該債務免除益のうちその年分の事業損失の額を上回る部分については、担税力のある所得を得たものとみるのは必ずしも実情に即さず、このような債務免除額に対して原則どおり収入金額として課税しても、徴収不能となることは明らかで、いたずらに滞納残高のみが増加し、また、滞納処分の停止を招くだけであり、他方、上記のような事情がある明らかに担税力のない者について課税を行わないこととしても、課税上の不公平が問題になることはなく、むしろ、課税を強行することについて一般の理解は得られないものと考えられる。こうしたことから、本件旧通達は、かかる無意味な課税を差し控え、積極的な課税をしないこととしている(・・・・・・)。

【㋑】

・・・・・・、本件債務免除当時(直前)の負債が52億7722万9692円(本件債務を除き4億4040万8457円)、資産が17億2519万9510円と認められるのであり、これによると、本件債務免除当時、資産よりも負債が3倍以上と大幅に上回っており、A理事長が資力を喪失して本件債務全額を弁済することが著しく困難であったと認めることができるものの、後記のとおり、本件債務免除により、A理事長は資産が負債を大幅に上回る状態になる。

よって、本件債務免除に係る48億3682万1235円の全額を債務免除益として源泉所得税額の計算上給与等に算入した本件各処分は、適法とは認められない。

次に、争点③について下記のとおり判示した(下線筆者)。

(1) 被控訴人Xは、本件債務免除をしたのは、これに先立つ平成19年異議決定において、A理事長につき「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難と認められる場合」に当たるとして本件旧通達が適用されたことから、本件債務においても、本件旧通達の適用により、A理事長の給与所得の金額の計算上本件債務免除益を収入金額に算入する必要はなく、債務免除損として経理処理すれば足りると考え、税理士とも協議の上、本件債務免除をしたのであるから、本件債務免除が課税処分の対象になるのであれば、被控訴人XとA理事長が確認し合った前提条件に錯誤があり、これは要素の錯誤であるから、本件債務免除は錯誤で無効になると主張する。

(2) 申告納税方式の下では、申告納税方式における納税義務の成立後に、安易に納税義務の発生の原因となる法律行為の錯誤無効を認めて納税義務を免れさせることは、納税者間の公平を害し、租税法律関係を不安定にすることからすれば、法定申告期間を経過した後に当該法律行為の錯誤無効を主張することは許されないと解されるところ(・・・・・・)、源泉徴収制度の下においても、源泉徴収義務者が自主的に法定納期限までに源泉所得税を納付する点では申告納税方式と異なるところはなく、かえって、源泉徴収制度は他の租税債権債務関係よりも早期の安定が予定された制度といえることからすれば(・・・・・・)、法定納期限経過後の錯誤無効の主張は許されないと解すべきである。

(3) そうすると、本件でも、被控訴人Xが法定納期限経過後に上記のような錯誤を主張することは、許されないというべきである。

これに対して、平成30年最判(第2次上告審判決)は、下記のとおり判示して(下線筆者)、原判決の上記判断についてその理由づけを是認しなかったものの、その結論は是認した。

4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

給与所得に係る源泉所得税の納付義務を成立させる支払の原因となる行為が無効であり、その行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われたときは、税務署長は、その後に当該支払の存在を前提として納税の告知をすることはできないものと解される。そして、当該行為が錯誤により無効であることについて、一定の期間内に限り錯誤無効の主張をすることができる旨を定める法令の規定はなく、また、法定納期限の経過により源泉所得税の納付義務が確定するものでもない。したがって、給与所得に係る源泉所得税の納税告知処分について、法定納期限が経過したという一事をもって、当該行為の錯誤無効を主張してその適否を争うことが許されないとする理由はないというべきである。

5 以上と異なる見解の下に、上告人Xが法定納期限の経過後に本件債務免除の錯誤無効を主張することは許されないとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるものといわざるを得ない。しかしながら、上告人Xは、本件債務免除が錯誤により無効である旨の主張をするものの、前記2(5)の納税告知処分が行われた時点までに、本件債務免除により生じた経済的成果がその無効であることに基因して失われた旨の主張をしておらず、したがって、上告人Xの主張をもってしては、本件各部分が違法であるということはできない。そうすると、本件各部分が適法であるとした原審の判断は、結論において是認することができる。

上記の判示から明らかなように、所得税法における無効所得の取扱いについて一般論を示した下線部の前段にいう「その行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われた」こと(以下「経済的成果の無効基因喪失」という)こそが、所得税法における無効所得の取扱いを決定的に左右すると考えられることから、以下では、まずⅡで、所得税法における無効所得の取扱いについて判例の立場を明らかにした上で、次にⅢで、経済的成果の無効基因喪失の意義を本件に即して検討することにする。

 

Ⅱ 所得税法における無効所得の取扱い

所得税法における無効所得の取扱いについて「先例」(可部恒雄「判解」最判解民事篇(昭和46年度)645頁、665頁)というべき戦時補償特別措置法施行前「決済」事件・最判昭和38年10月29日訟月9巻12号1373頁(以下「昭和38年最判」という)は次のとおり一般論を判示した(下線筆者)。

おもうに、税法の見地においては、課税の原因となつた行為が、厳密な法令の解釈適用の見地から、客観的評価において不適法、無効とされるかどうかは問題でなく、税法の見地からは、課税の原因となつた行為が関係当事者の間で有効のものとして取り扱われ、これにより、現実に課税の要件事実がみたされていると認められる場合であるかぎり、右行為が有効であることを前提として租税を賦課徴収することは何等妨げられないものと解すべきである。たとえば、所得税法についていえば、売買による所得が問題となる場合、右売買が民商法の厳密な解釈、適用上無効とされ、或いは物価統制令の見地から不適法とされる場合でも、当事者間で有効として取り扱われ、代金が授受され、現実に所得が生じていると認められるかぎり、右売買が有効であることを前提として所得税を賦課することは何等違法ではない。

この一般論は、「所得概念の経済的把握とも呼ぶべきもので、利得の発生原因たる行為が有効か否か、したがって利得者が法律上有効にそれを保有しうるものであるか否か、とは無関係に、経済的に見て、利得者が他の有効に保有しうる利得に対すると同じようにその利得に対して現実にコントロールを及ぼしており、自己のためにそれを享受している限り、課税対象たる所得を構成する、という考え方」(金子宏『租税法理論の形成と解明〔上巻〕』(有斐閣・2010年)436頁[初出・1965年]。下線筆者。この考え方を拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【189】では「所得概念の経済的把握説」と呼んでいる)と同じ立場に立つものといえる(金子宏『所得概念の研究〔所得課税の基礎理論 上巻〕』(有斐閣・1995年)110頁(注283)[初出・1975年]参照)。

所得概念の経済的把握説は、その後、利息制限法制限超過利息[所得税]事件・最判昭和46年11月9日民集25巻8号1120頁(以下「昭和46年最判」という)でも採用され「判例法上承認された」(金子・前掲『所得概念の研究』102頁[初出・1975年])と考えられるようになった。この判決は次のとおり判示している(下線筆者)。

利息制限法による制限超過の利息・損害金の支払がなされても、その支払は弁済の効力を生ぜず、制限超過部分は、民法491条により残存元本に充当されるものと解すべきことは、当裁判所の判例とするところであつて(昭和35年(オ)第1151号同39年11月18日大法廷判決、民集18巻9号1868頁)、これによると、約定の利息・損害金の支払がなされても、制限超過部分に関するかぎり、法律上は元本の回収にほかならず、したがって、所得を構成しないもののように見える。

しかし、課税の対象となるべき所得を構成するか否かは、必ずしも、その法律的性質いかんによつて決せられるものではない。当事者間において約定の利息・損害金として授受され、貸主において当該制限超過部分が元本に充当されたものとして処理することなく、依然として従前どおりの元本が残存するものとして取り扱つている以上、制限超過部分をも含めて、現実に収受された約定の利息・損害金の全部が貸主の所得として課税の対象となるものというべきである。もつとも、借主が約定の利息・損害金の支払を継続し、その制限超過部分を元本に充当することにより、計算上元本が完済となつたときは、その後に支払われた金員につき、借主が民法に従い不当利得の返還を請求しうることは、当裁判所の判例とするところであつて(昭和41年(オ)第1281号同43年11月13日大法廷判決、民集22巻12号2526頁)、これによると、貸主は、いつたん制限超過の利息・損害金を収受しても、法律上これを自己に保有しえないことがありうるが、そのことの故をもつて、現実に収受された超過部分が課税の対象となりえないものと解することはできない。

昭和46年最判は、前述のように所得概念の経済的把握説の立場を確立した判例と解されると同時に、所得の年度帰属の判定に関して管理支配基準ないし管理支配主義を採用した判例とも解されている(金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)319頁、佐藤英明『スタンダード所得税法〔第4版〕』(弘文堂・2024年)265頁、前掲拙著【335】等参照)。

昭和46年最判は、制限超過利息・損害金について「未収の場合」には「約定の履行期の到来によつても、利息・損害金債権を生ずるに由なく、・・・・・・、とうてい、収入実現の蓋然性があるものということはでき[ない]」(下線筆者)として、約定の履行期の属する年度の「収入すべき金額」該当性を否定したが、同最判のいう「収入実現の蓋然性」は、同じく管理支配基準を採用した判例と解されている「仮執行宣言付判決」収受家賃課税事件・最判昭和53年2月24日民集32巻1号43頁(以下「昭和53年最判」という)の次の判示(下線・傍点筆者)にいう「所得の実現があつたとみることができる状態」と同じ意味内容をもつ概念であると解される。

旧所得税法がいわゆる権利確定主義を採用したのは、課税にあたつて常に現実収入のときまで課税することができないとしたのでは、納税者の恣意を許し、課税の公平を期しがたいので、徴税政策上の技術的見地から、収入の原因となる権利の確定した時期をとらえて課税することとしたものであることにかんがみれば、増額賃料債権又は契約解除後の賃料相当の損害賠償請求権についてなお係争中であつても、これに関しすでに金員を収受し、所得の実現があつたとみることができる状態、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、が生じたときには、その時期の属する年分の収入金額として所得を計算すべきものであることは当然であり、この理は、仮執行宣言に基づく給付として金員を取得した場合についてもあてはまるものといわなければならない。けだし、仮執行宣言付判決は上級審において取消変更の可能性がないわけではなく、その意味において仮執行宣言に基づく金員の給付は解除条件付のものというべきであり、これにより債権者は確定的に金員の取得をするものとはいえないが、債権者は、未確定とはいえ請求権があると判断され執行力を付与された判決に基づき有効に金員を取得し、これを自己の所有として自由に処分することができるのであつて、右金員の取得によりすでに所得が実現されたものとみるのが相当であるからである。

昭和53年最判は、前記の昭和46年最判のいう「収入実現の蓋然性」と同じ意味内容の「所得の実現があつたとみることができる状態」という説示と並んで、「すでに金員を収受し、所得の実現があつたとみることができる状態が生じたときには」、「これを自己の所有として自由に処分することができる」と説示していることからすると、管理支配基準が問題にする収入・所得の管理支配は、内容的には、所得概念の経済的把握説のいう「経済的に見て、利得者が他の有効に保有しうる利得に対すると同じようにその利得に対して現実にコントロールを及ぼしており、自己のためにそれを享受している」ことを意味すると解される。

そうすると、所得概念の経済的把握説も管理支配基準も、所得概念に関する純資産増加説(Reinvermögenszugangstheorie)が説く所得の本質的要素である「所得の処分可能性」に着目する考え方であると解することができよう。純資産増加説を初めて唱えたシャンツ(Georg von Schanz)は、①所得税を人の担税力(Leistungsfähigkeit)に応じて課される租税として理解し、②担税力を「他に依存せぬ独立した経済力」(Schanz, Der Einkommensbegriff und die Einkommensteuergesetze, FinArch. 13.Jg.(1896), 1, 5.)として、すなわち、「自己の固有の資産を費消することなく、また、借入金(負債)を受け入れることもなく、どれだけの資金を自由に処分することができるか」(Schanz, a.a.O., 5.)を示す概念として理解した上で、③担税力の増加を「自己のそれまでの資産それ自体を減少させることなく自由に処分できるものとして、一定期間にある者に流入したもの」すなわち「一定期間内の純資産の増加」(Schanz, a.a.O., 23.)によって測定するものとし、④これをもって所得を定義したのである。

以上を要するに、所得税法における無効所得の取扱いを決定的に左右する、経済的成果の無効基因喪失は、一般論としては、純資産増加説を前提にして観念される「所得の処分可能性の無効基因喪失」を意味するものと考えられる。

 

Ⅲ 債務免除益の無効基因喪失の意義と平成30年最判による本件債務免除益の取扱い

さて、本件において無効基因喪失(その行為の無効であることに基因して失われたこと)が問題とされた経済的成果(無効所得)は債務免除益であり、本件については「経済的成果の喪失とは債務免除益の場合に何であるのかという議論もなすべきと思われる」(木山泰嗣「判批」税経通信73巻14号(2018年)170頁、175頁)との鋭い指摘がされているところである。そこで、以下では、まず、債務免除益の無効基因喪失の所得税法上の意義を明らかにした上で、平成30年最判による本件債務免除益の取扱いについて検討することにする。

債務免除益の無効基因喪失の所得税法上の意義を明らかにするためには、債務免除益の所得税法上の意義を明らかにしておく必要がある。債務免除益が収入金額のうち「経済的な利益」(所税36条1項括弧書)に該当することについては異論はなかろうが、このことを前提にして、債務免除益の無効基因喪失の所得税法上の意義を明らかにするための考え方を、所得概念論の観点から以下の(1)から(3)の3つのステップに分けて整理しておこう。

(1)まず、「経済的な利益をもって収入する場合」(所税36条1項括弧書)における当該利益の「享受」(同条2項)については、「享受」でもって「所得の処分可能性」を手に入れたこと(前掲拙著【336】も参照)を前提にして、包括的所得概念に関する所得定式すなわち「所得=蓄積+消費」(同【170】)に照らし、①蓄積型享受と②消費型享受を区別することができる(同【298】参照)。

①蓄積型享受は、さらに、純資産増加説にいう「純資産」(正の蓄積)の取得による経済的利益の享受と「負債」(負の蓄積)の喪失による経済的利益の享受とに区別され、前者には例えばストック・オプションによる権利行使益の享受が、後者には例えば債務免除益の享受がそれぞれ該当し、また、②消費型享受は、取得と同時に消費される経済的利益の享受であり、これには例えば従業員レクリエーション費用の使用者負担や低廉な家賃による社宅居住による経済的利益の享受が該当する(前掲拙著【298】参照)。

(2)次に、シャンツは、前述のとおり、担税力を「他に依存せぬ独立した経済力」(Schanz, a.a.O., 5.)として、すなわち、「自己の固有の資産を費消することなく、また、借入金(負債)を受け入れることもなく、どれだけの資金を自由に処分することができるか」(Schanz, a.a.O., 5.)を示す概念として理解していたが、そのことは、純資産増加説では、借入金は、人の総資産には含まれるが純資産の増加すなわち担税力の増加をもたらすものではなく、したがって、課税所得に該当しないことを意味する(前掲拙著【170】参照)。

このような理由で借入金の課税所得該当性を否定すると、債務免除により借入金の返済不要が確定した場合には、今度は、当該借入金の額に相当する額の債務免除益が課税所得に該当することになると考えられる(前掲拙著【170】参照)。

(3)最後に、債務免除が有効にされた場合、債務免除に基因して負債(負の蓄積)が失われ、これに連動して債務免除益という純資産(正の蓄積)が増加することになるが、このことによって総資産(純資産と負債との総額)に変動は生じないのである。

同様のことは逆方向でも起こる(このことを、橋本彩「判批」ジュリスト1531号(平成30年度重判解)194頁、195頁は「巻き戻した状態にする」と表現したものと解される)。すなわち、債務免除が無効となった場合、その無効に基因して、前記①蓄積型享受の対象である、負債(負の蓄積)の喪失による経済的利益すなわち債務免除益が失われることになるが、このことは、債務免除の無効に基因して負債(負の蓄積)が復活し、これに連動して債務免除益という純資産(正の蓄積)が減少することを意味する。とはいえ、このことによっても総資産(純資産と負債との総額)に変動は生じない。

以上の3つのステップを踏んで債務免除益の無効基因喪失の所得税法上の意義を考えてみると、債務免除益の蓄積型享受の場合には、債務免除の効力の有無が直接的に純資産(正の蓄積)及び負債(負の蓄積)の増減に連動するが、ただ、債務免除の効力の有無は総資産を変動させることなく、総資産に占める純資産と負債の割合を変動させるにとどまる。債務免除の効力の有無と純資産(正の蓄積)及び負債(負の蓄積)の増減とのこのような直接的連動を前提にすると、所得税法36条が有効な債務免除による経済的利益の「享受」(蓄積型享受)の事実だけを捉えて当該債務免除益を純資産の増加すなわち所得として課税することを定めている以上、債務免除の無効に基因する経済的利益の「享受」(蓄積型享受)が失われた場合には、その喪失の事実だけを捉えて当該債務免除益(無効所得)の無効基因喪失を純資産の減少として当該債務免除益に対する課税を断念し、あるいは既に執行済みの場合は取り消すべきである、ということになろう。

これを本件についてみると、Xが本件債務免除の錯誤無効を主張し裁判所がその主張を認め本件債務免除が無効とされた場合には、本件債務免除の無効と本件債務免除益という純資産(正の蓄積)の喪失とが直接的に連動する以上、「Aとの間で債務免除が無効であることとされていることをうかがわせる外形的な要素」(佐藤英明「判批」TKC税研情報27巻1号(2018年)12頁、19頁)すなわち「具体的かつ実行可能な債務弁済計画が立案され、かつ、その少なくとも一部が履行されている、などの事情」(同頁脚注12)を、本件債務免除益の無効基因喪失について要求するのは「過剰」(橋本・前掲「判批」195頁)というべきである。

本件債務免除の無効と本件債務免除益という純資産(正の蓄積)の喪失との直接的連動によって、本件債務免除益の無効基因喪失につきXの意思の働く余地は排除されている以上、上記のような「外形的要素」は所得概念論の観点からは要求されないと考えるところである。「簡単に経済的成果を失わせることができると納税者による錯誤無効の主張がむやみやたらとなされかねないとの危惧」(橋本・前掲「判批」195頁)を債務免除益の無効基因喪失に関する判断において考慮することは、まさに「他事考慮」というべきであろう。

以上の考察に基づき平成30年最判による本件債務免除益の取扱いを検討すると、同最判は、経済的成果の無効基因喪失に関する一般論の点では妥当であるが、本件債務免除益の無効基因喪失に関する判断の点では妥当でないと考えられる。すなわち、同最判がXにおいて「本件債務免除が錯誤により無効である旨の主張」はしてはいるが納税告知処分前に「本件債務免除により生じた経済的成果がその無効であることに基因して失われた旨の主張」をしていないことをもって、本件債務免除益の無効基因喪失を認めなかったのは、経済的成果の無効基因喪失に関する一般論の適用を、債務免除の無効とこれに基因する純資産(正の蓄積)の喪失との直接的連動を特質とする債務免除益という特殊な経済的成果について誤ったものとして、妥当でないと考えられるのである。

なお、平成30年最判の前記判示(Ⅰ参照)について調査官解説は下記のとおり解説しているが(荒谷謙介「判解」最判解民事篇(平成30年度)181頁、192頁。下線筆者)、本件債務免除の錯誤無効の主張は、本件第2次第2審判決では許容されず、本件第2次上告審判決(平成30年最判)で許容され本件債務免除の無効が認められたこと(この判断についても議論のあるところである。これに反対するものとして渡辺充「判批」判例評論730号(2019年)148頁、151頁参照)からすると、下記の解説にいう「前提」は成り立たないように思われる。債務免除益という特殊な経済的成果の前記の特質に鑑みれば尚更である。裁判所としては、本件債務免除の錯誤無効の主張を認める以上は、本件債務免除益という経済的成果の喪失を、本件債務免除の無効と直接的に連動するものとして直ちに認定すべきであると考えるところである。

納税告知処分を違法とするためには、実体的な法律関係として、当該行為に瑕疵があったことにより、納税告知処分がされる前に当該行為による経済的成果が失われたことを要することを前提とした上で、課税について争う訴訟において、その旨の主張を要するため、上記の判示[前記Ⅰ参照]をしたものであり、課税庁に対する関係で、納税告知処分がされる前に錯誤無効の主張をする必要があるという意味での主張の時期を問題としたものではないと考えられる。

 

Ⅳ おわりに

今回は、所得税法における無効所得の取扱いを整理・検討した上で、錯誤無効債務免除源泉徴収事件を素材にして主に債務免除益の無効基因喪失の意義を検討し、その検討に基づき平成30年最判による本件債務免除益の取扱いを批判的に検討しこれに反対する見解を述べた。

所得税法における無効所得の取扱いについては、学説・判例ともに所得概念論を基礎にして妥当な一般論を確立してきたとみてよいが、債務免除益の無効基因喪失については、所得概念論の観点からみて、学説・判例ともに更なる検討の深化が必要であるように思われる。

債務免除益の所得課税上の取扱いについては、近時、優れた研究業績が公表されてきているが(その代表的業績として藤間大順『債務免除益の課税理論』(勁草書房・2020年)参照。本件の特に争点①②について同書216頁参照)、今回は、純資産増加説に立ち返るとともに、収入金額のうち経済的利益の「享受」(所税36条2項)の概念についても検討を加えることによって、債務免除益の無効基因喪失の所得税法上の意義を明らかにした。

最後に、その検討結果として提示した考え方を、少し長くなるが、「債務免除益の無効基因喪失に関する、債務免除の無効とこれに基因する純資産(正の蓄積)の喪失との直接的連動論」と称しておこう。

(了)

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【第45回】

「所得税法における無効所得の取扱いと債務免除益の無効基因喪失の意義」

-錯誤無効債務免除源泉徴収事件・最判平成30年9月25日民集72巻4号317頁-

 

大阪学院大学法学部教授
谷口 勢津夫

 

Ⅰ はじめに

今回は、最判平成30年9月25日民集72巻4号317頁(以下「平成30年最判」という)を取り上げて、所得税法における無効所得の取扱いについて検討することにする。

平成30年最判の事案(以下「本件」という)について、今回のサブタイトルでは「錯誤無効債務免除源泉徴収事件」という名称を用いたが、この名称は、本件の当初の主たる争点からすると適切なものではないが、そのことを踏まえた上で敢えて、最終的に争点となった問題を念頭に置いて用いることにした名称である。本件の訴訟の推移は複雑であるので、まずは、その推移を整理しておこう。

本件は、権利能力のない社団である青果荷受組合Xが、同組合理事長Aに対し、Xからの借入金債務の免除(以下「本件債務免除」という)をしたところ、所轄税務署長から、これに係る経済的な利益(以下「本件債務免除益」という)がAに対する賞与に該当するとして、給与所得に係る源泉所得税の納税告知処分及び不納付加算税の賦課決定処分(以下「本件各処分」という)を受けたため、①本件債務免除益の給与所得該当性、②本件債務免除益に対する当時の所得税基本通達36-17本文(以下「本件旧通達」という)の適用による収入金額不算入の可否、及び③本件債務免除についての錯誤無効の主張の可否を争って、国を相手に本件各処分の取消しを求めた事案である。

第1審・岡山地判平成25年3月27日民集72巻4号336頁は争点①を判断することなく争点②について本件債務免除益の収入金額不算入を認め請求を認容し、控訴審・広島高岡山支部判平成26年1月30日税資264号順号12402は争点①について本件債務免除益の給与所得該当性を否定し争点②について判断することなく控訴を棄却し、上告審・最判平成27年10月8日判タ1419号72頁は、争点①について本件債務免除益の給与所得該当性を肯定し原判決を破棄した上で争点②及び争点③について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻した(民集72巻4号317頁では、控訴審は「第1次第2審」、上告審は「第1次上告審」、差戻控訴審は「第2次第2審」と表記されている。これに倣えば、平成30年最判は「第2次上告審判決」と表記されることになろう)。

第2次第2審・広島高判平成29年2月8日民集72巻4号353頁は、まず、下記のとおり、本件旧通達の趣旨を判示し(㋐)、その上で争点②について判示した(㋑)。

【㋐】

債務者は、債権者から債務免除を受けた場合、原則として、所得税法36条1項にいう「経済的な利益」を受けたことになり、免除の内容等に応じて当該債務者の事業所得その他の各種所得の収入金額となるものであるが、例えば、事業所得者が、経営不振による著しい債務超過の状態となり、経営破綻に陥っている状況で、債権者が債務免除をしたなどという場合には、債務者は、実態としては、支払能力のない債務の弁済を免れただけであるから、当該債務免除益のうちその年分の事業損失の額を上回る部分については、担税力のある所得を得たものとみるのは必ずしも実情に即さず、このような債務免除額に対して原則どおり収入金額として課税しても、徴収不能となることは明らかで、いたずらに滞納残高のみが増加し、また、滞納処分の停止を招くだけであり、他方、上記のような事情がある明らかに担税力のない者について課税を行わないこととしても、課税上の不公平が問題になることはなく、むしろ、課税を強行することについて一般の理解は得られないものと考えられる。こうしたことから、本件旧通達は、かかる無意味な課税を差し控え、積極的な課税をしないこととしている(・・・・・・)。

【㋑】

・・・・・・、本件債務免除当時(直前)の負債が52億7722万9692円(本件債務を除き4億4040万8457円)、資産が17億2519万9510円と認められるのであり、これによると、本件債務免除当時、資産よりも負債が3倍以上と大幅に上回っており、A理事長が資力を喪失して本件債務全額を弁済することが著しく困難であったと認めることができるものの、後記のとおり、本件債務免除により、A理事長は資産が負債を大幅に上回る状態になる。

よって、本件債務免除に係る48億3682万1235円の全額を債務免除益として源泉所得税額の計算上給与等に算入した本件各処分は、適法とは認められない。

次に、争点③について下記のとおり判示した(下線筆者)。

(1) 被控訴人Xは、本件債務免除をしたのは、これに先立つ平成19年異議決定において、A理事長につき「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難と認められる場合」に当たるとして本件旧通達が適用されたことから、本件債務においても、本件旧通達の適用により、A理事長の給与所得の金額の計算上本件債務免除益を収入金額に算入する必要はなく、債務免除損として経理処理すれば足りると考え、税理士とも協議の上、本件債務免除をしたのであるから、本件債務免除が課税処分の対象になるのであれば、被控訴人XとA理事長が確認し合った前提条件に錯誤があり、これは要素の錯誤であるから、本件債務免除は錯誤で無効になると主張する。

(2) 申告納税方式の下では、申告納税方式における納税義務の成立後に、安易に納税義務の発生の原因となる法律行為の錯誤無効を認めて納税義務を免れさせることは、納税者間の公平を害し、租税法律関係を不安定にすることからすれば、法定申告期間を経過した後に当該法律行為の錯誤無効を主張することは許されないと解されるところ(・・・・・・)、源泉徴収制度の下においても、源泉徴収義務者が自主的に法定納期限までに源泉所得税を納付する点では申告納税方式と異なるところはなく、かえって、源泉徴収制度は他の租税債権債務関係よりも早期の安定が予定された制度といえることからすれば(・・・・・・)、法定納期限経過後の錯誤無効の主張は許されないと解すべきである。

(3) そうすると、本件でも、被控訴人Xが法定納期限経過後に上記のような錯誤を主張することは、許されないというべきである。

これに対して、平成30年最判(第2次上告審判決)は、下記のとおり判示して(下線筆者)、原判決の上記判断についてその理由づけを是認しなかったものの、その結論は是認した。

4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

給与所得に係る源泉所得税の納付義務を成立させる支払の原因となる行為が無効であり、その行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われたときは、税務署長は、その後に当該支払の存在を前提として納税の告知をすることはできないものと解される。そして、当該行為が錯誤により無効であることについて、一定の期間内に限り錯誤無効の主張をすることができる旨を定める法令の規定はなく、また、法定納期限の経過により源泉所得税の納付義務が確定するものでもない。したがって、給与所得に係る源泉所得税の納税告知処分について、法定納期限が経過したという一事をもって、当該行為の錯誤無効を主張してその適否を争うことが許されないとする理由はないというべきである。

5 以上と異なる見解の下に、上告人Xが法定納期限の経過後に本件債務免除の錯誤無効を主張することは許されないとした原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があるものといわざるを得ない。しかしながら、上告人Xは、本件債務免除が錯誤により無効である旨の主張をするものの、前記2(5)の納税告知処分が行われた時点までに、本件債務免除により生じた経済的成果がその無効であることに基因して失われた旨の主張をしておらず、したがって、上告人Xの主張をもってしては、本件各部分が違法であるということはできない。そうすると、本件各部分が適法であるとした原審の判断は、結論において是認することができる。

上記の判示から明らかなように、所得税法における無効所得の取扱いについて一般論を示した下線部の前段にいう「その行為により生じた経済的成果がその行為の無効であることに基因して失われた」こと(以下「経済的成果の無効基因喪失」という)こそが、所得税法における無効所得の取扱いを決定的に左右すると考えられることから、以下では、まずⅡで、所得税法における無効所得の取扱いについて判例の立場を明らかにした上で、次にⅢで、経済的成果の無効基因喪失の意義を本件に即して検討することにする。

 

Ⅱ 所得税法における無効所得の取扱い

所得税法における無効所得の取扱いについて「先例」(可部恒雄「判解」最判解民事篇(昭和46年度)645頁、665頁)というべき戦時補償特別措置法施行前「決済」事件・最判昭和38年10月29日訟月9巻12号1373頁(以下「昭和38年最判」という)は次のとおり一般論を判示した(下線筆者)。

おもうに、税法の見地においては、課税の原因となつた行為が、厳密な法令の解釈適用の見地から、客観的評価において不適法、無効とされるかどうかは問題でなく、税法の見地からは、課税の原因となつた行為が関係当事者の間で有効のものとして取り扱われ、これにより、現実に課税の要件事実がみたされていると認められる場合であるかぎり、右行為が有効であることを前提として租税を賦課徴収することは何等妨げられないものと解すべきである。たとえば、所得税法についていえば、売買による所得が問題となる場合、右売買が民商法の厳密な解釈、適用上無効とされ、或いは物価統制令の見地から不適法とされる場合でも、当事者間で有効として取り扱われ、代金が授受され、現実に所得が生じていると認められるかぎり、右売買が有効であることを前提として所得税を賦課することは何等違法ではない。

この一般論は、「所得概念の経済的把握とも呼ぶべきもので、利得の発生原因たる行為が有効か否か、したがって利得者が法律上有効にそれを保有しうるものであるか否か、とは無関係に、経済的に見て、利得者が他の有効に保有しうる利得に対すると同じようにその利得に対して現実にコントロールを及ぼしており、自己のためにそれを享受している限り、課税対象たる所得を構成する、という考え方」(金子宏『租税法理論の形成と解明〔上巻〕』(有斐閣・2010年)436頁[初出・1965年]。下線筆者。この考え方を拙著『税法基本講義〔第7版〕』(弘文堂・2021年)【189】では「所得概念の経済的把握説」と呼んでいる)と同じ立場に立つものといえる(金子宏『所得概念の研究〔所得課税の基礎理論 上巻〕』(有斐閣・1995年)110頁(注283)[初出・1975年]参照)。

所得概念の経済的把握説は、その後、利息制限法制限超過利息[所得税]事件・最判昭和46年11月9日民集25巻8号1120頁(以下「昭和46年最判」という)でも採用され「判例法上承認された」(金子・前掲『所得概念の研究』102頁[初出・1975年])と考えられるようになった。この判決は次のとおり判示している(下線筆者)。

利息制限法による制限超過の利息・損害金の支払がなされても、その支払は弁済の効力を生ぜず、制限超過部分は、民法491条により残存元本に充当されるものと解すべきことは、当裁判所の判例とするところであつて(昭和35年(オ)第1151号同39年11月18日大法廷判決、民集18巻9号1868頁)、これによると、約定の利息・損害金の支払がなされても、制限超過部分に関するかぎり、法律上は元本の回収にほかならず、したがって、所得を構成しないもののように見える。

しかし、課税の対象となるべき所得を構成するか否かは、必ずしも、その法律的性質いかんによつて決せられるものではない。当事者間において約定の利息・損害金として授受され、貸主において当該制限超過部分が元本に充当されたものとして処理することなく、依然として従前どおりの元本が残存するものとして取り扱つている以上、制限超過部分をも含めて、現実に収受された約定の利息・損害金の全部が貸主の所得として課税の対象となるものというべきである。もつとも、借主が約定の利息・損害金の支払を継続し、その制限超過部分を元本に充当することにより、計算上元本が完済となつたときは、その後に支払われた金員につき、借主が民法に従い不当利得の返還を請求しうることは、当裁判所の判例とするところであつて(昭和41年(オ)第1281号同43年11月13日大法廷判決、民集22巻12号2526頁)、これによると、貸主は、いつたん制限超過の利息・損害金を収受しても、法律上これを自己に保有しえないことがありうるが、そのことの故をもつて、現実に収受された超過部分が課税の対象となりえないものと解することはできない。

昭和46年最判は、前述のように所得概念の経済的把握説の立場を確立した判例と解されると同時に、所得の年度帰属の判定に関して管理支配基準ないし管理支配主義を採用した判例とも解されている(金子宏『租税法〔第24版〕』(弘文堂・2021年)319頁、佐藤英明『スタンダード所得税法〔第4版〕』(弘文堂・2024年)265頁、前掲拙著【335】等参照)。

昭和46年最判は、制限超過利息・損害金について「未収の場合」には「約定の履行期の到来によつても、利息・損害金債権を生ずるに由なく、・・・・・・、とうてい、収入実現の蓋然性があるものということはでき[ない]」(下線筆者)として、約定の履行期の属する年度の「収入すべき金額」該当性を否定したが、同最判のいう「収入実現の蓋然性」は、同じく管理支配基準を採用した判例と解されている「仮執行宣言付判決」収受家賃課税事件・最判昭和53年2月24日民集32巻1号43頁(以下「昭和53年最判」という)の次の判示(下線・傍点筆者)にいう「所得の実現があつたとみることができる状態」と同じ意味内容をもつ概念であると解される。

旧所得税法がいわゆる権利確定主義を採用したのは、課税にあたつて常に現実収入のときまで課税することができないとしたのでは、納税者の恣意を許し、課税の公平を期しがたいので、徴税政策上の技術的見地から、収入の原因となる権利の確定した時期をとらえて課税することとしたものであることにかんがみれば、増額賃料債権又は契約解除後の賃料相当の損害賠償請求権についてなお係争中であつても、これに関しすでに金員を収受し、所得の実現があつたとみることができる状態、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、が生じたときには、その時期の属する年分の収入金額として所得を計算すべきものであることは当然であり、この理は、仮執行宣言に基づく給付として金員を取得した場合についてもあてはまるものといわなければならない。けだし、仮執行宣言付判決は上級審において取消変更の可能性がないわけではなく、その意味において仮執行宣言に基づく金員の給付は解除条件付のものというべきであり、これにより債権者は確定的に金員の取得をするものとはいえないが、債権者は、未確定とはいえ請求権があると判断され執行力を付与された判決に基づき有効に金員を取得し、これを自己の所有として自由に処分することができるのであつて、右金員の取得によりすでに所得が実現されたものとみるのが相当であるからである。

昭和53年最判は、前記の昭和46年最判のいう「収入実現の蓋然性」と同じ意味内容の「所得の実現があつたとみることができる状態」という説示と並んで、「すでに金員を収受し、所得の実現があつたとみることができる状態が生じたときには」、「これを自己の所有として自由に処分することができる」と説示していることからすると、管理支配基準が問題にする収入・所得の管理支配は、内容的には、所得概念の経済的把握説のいう「経済的に見て、利得者が他の有効に保有しうる利得に対すると同じようにその利得に対して現実にコントロールを及ぼしており、自己のためにそれを享受している」ことを意味すると解される。

そうすると、所得概念の経済的把握説も管理支配基準も、所得概念に関する純資産増加説(Reinvermögenszugangstheorie)が説く所得の本質的要素である「所得の処分可能性」に着目する考え方であると解することができよう。純資産増加説を初めて唱えたシャンツ(Georg von Schanz)は、①所得税を人の担税力(Leistungsfähigkeit)に応じて課される租税として理解し、②担税力を「他に依存せぬ独立した経済力」(Schanz, Der Einkommensbegriff und die Einkommensteuergesetze, FinArch. 13.Jg.(1896), 1, 5.)として、すなわち、「自己の固有の資産を費消することなく、また、借入金(負債)を受け入れることもなく、どれだけの資金を自由に処分することができるか」(Schanz, a.a.O., 5.)を示す概念として理解した上で、③担税力の増加を「自己のそれまでの資産それ自体を減少させることなく自由に処分できるものとして、一定期間にある者に流入したもの」すなわち「一定期間内の純資産の増加」(Schanz, a.a.O., 23.)によって測定するものとし、④これをもって所得を定義したのである。

以上を要するに、所得税法における無効所得の取扱いを決定的に左右する、経済的成果の無効基因喪失は、一般論としては、純資産増加説を前提にして観念される「所得の処分可能性の無効基因喪失」を意味するものと考えられる。

 

Ⅲ 債務免除益の無効基因喪失の意義と平成30年最判による本件債務免除益の取扱い

さて、本件において無効基因喪失(その行為の無効であることに基因して失われたこと)が問題とされた経済的成果(無効所得)は債務免除益であり、本件については「経済的成果の喪失とは債務免除益の場合に何であるのかという議論もなすべきと思われる」(木山泰嗣「判批」税経通信73巻14号(2018年)170頁、175頁)との鋭い指摘がされているところである。そこで、以下では、まず、債務免除益の無効基因喪失の所得税法上の意義を明らかにした上で、平成30年最判による本件債務免除益の取扱いについて検討することにする。

債務免除益の無効基因喪失の所得税法上の意義を明らかにするためには、債務免除益の所得税法上の意義を明らかにしておく必要がある。債務免除益が収入金額のうち「経済的な利益」(所税36条1項括弧書)に該当することについては異論はなかろうが、このことを前提にして、債務免除益の無効基因喪失の所得税法上の意義を明らかにするための考え方を、所得概念論の観点から以下の(1)から(3)の3つのステップに分けて整理しておこう。

(1)まず、「経済的な利益をもって収入する場合」(所税36条1項括弧書)における当該利益の「享受」(同条2項)については、「享受」でもって「所得の処分可能性」を手に入れたこと(前掲拙著【336】も参照)を前提にして、包括的所得概念に関する所得定式すなわち「所得=蓄積+消費」(同【170】)に照らし、①蓄積型享受と②消費型享受を区別することができる(同【298】参照)。

①蓄積型享受は、さらに、純資産増加説にいう「純資産」(正の蓄積)の取得による経済的利益の享受と「負債」(負の蓄積)の喪失による経済的利益の享受とに区別され、前者には例えばストック・オプションによる権利行使益の享受が、後者には例えば債務免除益の享受がそれぞれ該当し、また、②消費型享受は、取得と同時に消費される経済的利益の享受であり、これには例えば従業員レクリエーション費用の使用者負担や低廉な家賃による社宅居住による経済的利益の享受が該当する(前掲拙著【298】参照)。

(2)次に、シャンツは、前述のとおり、担税力を「他に依存せぬ独立した経済力」(Schanz, a.a.O., 5.)として、すなわち、「自己の固有の資産を費消することなく、また、借入金(負債)を受け入れることもなく、どれだけの資金を自由に処分することができるか」(Schanz, a.a.O., 5.)を示す概念として理解していたが、そのことは、純資産増加説では、借入金は、人の総資産には含まれるが純資産の増加すなわち担税力の増加をもたらすものではなく、したがって、課税所得に該当しないことを意味する(前掲拙著【170】参照)。

このような理由で借入金の課税所得該当性を否定すると、債務免除により借入金の返済不要が確定した場合には、今度は、当該借入金の額に相当する額の債務免除益が課税所得に該当することになると考えられる(前掲拙著【170】参照)。

(3)最後に、債務免除が有効にされた場合、債務免除に基因して負債(負の蓄積)が失われ、これに連動して債務免除益という純資産(正の蓄積)が増加することになるが、このことによって総資産(純資産と負債との総額)に変動は生じないのである。

同様のことは逆方向でも起こる(このことを、橋本彩「判批」ジュリスト1531号(平成30年度重判解)194頁、195頁は「巻き戻した状態にする」と表現したものと解される)。すなわち、債務免除が無効となった場合、その無効に基因して、前記①蓄積型享受の対象である、負債(負の蓄積)の喪失による経済的利益すなわち債務免除益が失われることになるが、このことは、債務免除の無効に基因して負債(負の蓄積)が復活し、これに連動して債務免除益という純資産(正の蓄積)が減少することを意味する。とはいえ、このことによっても総資産(純資産と負債との総額)に変動は生じない。

以上の3つのステップを踏んで債務免除益の無効基因喪失の所得税法上の意義を考えてみると、債務免除益の蓄積型享受の場合には、債務免除の効力の有無が直接的に純資産(正の蓄積)及び負債(負の蓄積)の増減に連動するが、ただ、債務免除の効力の有無は総資産を変動させることなく、総資産に占める純資産と負債の割合を変動させるにとどまる。債務免除の効力の有無と純資産(正の蓄積)及び負債(負の蓄積)の増減とのこのような直接的連動を前提にすると、所得税法36条が有効な債務免除による経済的利益の「享受」(蓄積型享受)の事実だけを捉えて当該債務免除益を純資産の増加すなわち所得として課税することを定めている以上、債務免除の無効に基因する経済的利益の「享受」(蓄積型享受)が失われた場合には、その喪失の事実だけを捉えて当該債務免除益(無効所得)の無効基因喪失を純資産の減少として当該債務免除益に対する課税を断念し、あるいは既に執行済みの場合は取り消すべきである、ということになろう。

これを本件についてみると、Xが本件債務免除の錯誤無効を主張し裁判所がその主張を認め本件債務免除が無効とされた場合には、本件債務免除の無効と本件債務免除益という純資産(正の蓄積)の喪失とが直接的に連動する以上、「Aとの間で債務免除が無効であることとされていることをうかがわせる外形的な要素」(佐藤英明「判批」TKC税研情報27巻1号(2018年)12頁、19頁)すなわち「具体的かつ実行可能な債務弁済計画が立案され、かつ、その少なくとも一部が履行されている、などの事情」(同頁脚注12)を、本件債務免除益の無効基因喪失について要求するのは「過剰」(橋本・前掲「判批」195頁)というべきである。

本件債務免除の無効と本件債務免除益という純資産(正の蓄積)の喪失との直接的連動によって、本件債務免除益の無効基因喪失につきXの意思の働く余地は排除されている以上、上記のような「外形的要素」は所得概念論の観点からは要求されないと考えるところである。「簡単に経済的成果を失わせることができると納税者による錯誤無効の主張がむやみやたらとなされかねないとの危惧」(橋本・前掲「判批」195頁)を債務免除益の無効基因喪失に関する判断において考慮することは、まさに「他事考慮」というべきであろう。

以上の考察に基づき平成30年最判による本件債務免除益の取扱いを検討すると、同最判は、経済的成果の無効基因喪失に関する一般論の点では妥当であるが、本件債務免除益の無効基因喪失に関する判断の点では妥当でないと考えられる。すなわち、同最判がXにおいて「本件債務免除が錯誤により無効である旨の主張」はしてはいるが納税告知処分前に「本件債務免除により生じた経済的成果がその無効であることに基因して失われた旨の主張」をしていないことをもって、本件債務免除益の無効基因喪失を認めなかったのは、経済的成果の無効基因喪失に関する一般論の適用を、債務免除の無効とこれに基因する純資産(正の蓄積)の喪失との直接的連動を特質とする債務免除益という特殊な経済的成果について誤ったものとして、妥当でないと考えられるのである。

なお、平成30年最判の前記判示(Ⅰ参照)について調査官解説は下記のとおり解説しているが(荒谷謙介「判解」最判解民事篇(平成30年度)181頁、192頁。下線筆者)、本件債務免除の錯誤無効の主張は、本件第2次第2審判決では許容されず、本件第2次上告審判決(平成30年最判)で許容され本件債務免除の無効が認められたこと(この判断についても議論のあるところである。これに反対するものとして渡辺充「判批」判例評論730号(2019年)148頁、151頁参照)からすると、下記の解説にいう「前提」は成り立たないように思われる。債務免除益という特殊な経済的成果の前記の特質に鑑みれば尚更である。裁判所としては、本件債務免除の錯誤無効の主張を認める以上は、本件債務免除益という経済的成果の喪失を、本件債務免除の無効と直接的に連動するものとして直ちに認定すべきであると考えるところである。

納税告知処分を違法とするためには、実体的な法律関係として、当該行為に瑕疵があったことにより、納税告知処分がされる前に当該行為による経済的成果が失われたことを要することを前提とした上で、課税について争う訴訟において、その旨の主張を要するため、上記の判示[前記Ⅰ参照]をしたものであり、課税庁に対する関係で、納税告知処分がされる前に錯誤無効の主張をする必要があるという意味での主張の時期を問題としたものではないと考えられる。

 

Ⅳ おわりに

今回は、所得税法における無効所得の取扱いを整理・検討した上で、錯誤無効債務免除源泉徴収事件を素材にして主に債務免除益の無効基因喪失の意義を検討し、その検討に基づき平成30年最判による本件債務免除益の取扱いを批判的に検討しこれに反対する見解を述べた。

所得税法における無効所得の取扱いについては、学説・判例ともに所得概念論を基礎にして妥当な一般論を確立してきたとみてよいが、債務免除益の無効基因喪失については、所得概念論の観点からみて、学説・判例ともに更なる検討の深化が必要であるように思われる。

債務免除益の所得課税上の取扱いについては、近時、優れた研究業績が公表されてきているが(その代表的業績として藤間大順『債務免除益の課税理論』(勁草書房・2020年)参照。本件の特に争点①②について同書216頁参照)、今回は、純資産増加説に立ち返るとともに、収入金額のうち経済的利益の「享受」(所税36条2項)の概念についても検討を加えることによって、債務免除益の無効基因喪失の所得税法上の意義を明らかにした。

最後に、その検討結果として提示した考え方を、少し長くなるが、「債務免除益の無効基因喪失に関する、債務免除の無効とこれに基因する純資産(正の蓄積)の喪失との直接的連動論」と称しておこう。

(了)

この連載の公開日程は、下記の連載目次をご覧ください。

連載目次

谷口教授と学ぶ「税法基本判例」

第1回~第20回

第21回~

筆者紹介

谷口 勢津夫

(たにぐち・せつお)

大阪学院大学法学部教授

1956年高知県生まれ。京都大学法学部卒業、同大学大学院法学研究科博士後期課程単位修得退学。甲南大学法学部教授、大阪大学大学院高等司法研究科教授を経て2022年4月より現職。大阪大学名誉教授。ほかに大阪大学大学院高等司法研究科長・大阪大学法務室長、アレクサンダー・フォン・フンボルト財団奨励研究員(Forschungsstipendiat der Alexander von Humboldt-Stiftung)・ミュンヘン大学客員研究員、日本税法学会理事長、租税法学会理事、IFA(International Fiscal Association)日本支部理事、資産評価政策学会理事、司法試験考査委員、公認会計士試験試験委員、独立行政法人造幣局契約監視委員会委員・委員長、大阪府収用委員会委員・会長、大阪府行政不服審査会委員・会長、公益財団法人日本税務研究センター評議員・同センター理事・同センター「日税研究賞」選考委員・同センター編集委員会委員、公益財団法人納税協会連合会「税に関する論文」選考委員、公益社団法人商事法務研究会「商事法務研究会賞」審査委員、近畿税理士会・近畿税務研究センター顧問など(一部現職。ほか歴任)。

主要著書は『租税条約論』(清文社・1999年)、『租税回避論』(清文社・2014年)、『租税回避研究の展開と課題〔清永敬次先生謝恩論文集〕』(共著・ミネルヴァ書房・2015年)、『税法の基礎理論』(清文社・2021年)、『税法創造論』(清文社・2022年)、『税法基本判例Ⅰ』(清文社・2023年)、『基礎から学べる租税法〔第4版〕』(共著・弘文堂・2025年)、『税法基本講義〔第8版〕』(弘文堂・2025年)、『税法基本判例Ⅱ』(清文社・2025年)など。
 
   

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実務必須の重要税務判例100

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法人税の損金経理

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わたしは税金

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税法基本判例 Ⅰ

谷口勢津夫 著

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公認会計士・税理士 清原裕平 著

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税法の基礎理論

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