「税理士損害賠償請求」
頻出事例に見る
原因・予防策のポイント
【事例122(消費税)】
賃貸ビル売却計画を事前に聞いていたため、「課税期間特例選択届出書」で課税期間を区切り、売却する課税期間からの「簡易課税制度選択届出書」を提出すれば、有利な簡易課税を選択できたにもかかわらず、これを怠ったため、不利な原則課税での申告となってしまった事例
税理士 齋藤 和助
《事例の概要》
令和Y年3月期の消費税につき、賃貸ビルを売却することを事前に聞いていたため、「課税期間特例選択届出書」を提出して課税期間を区切り、売却する課税期間からの「簡易課税制度選択届出書」を提出すれば、有利な簡易課税を選択できたにもかかわらず、これを怠ったため、不利な原則課税での申告となってしまった。これにより、有利な簡易課税と不利な原則課税との差額につき損害が発生し、賠償請求を受けたものである。
《賠償請求の経緯》
- 平成2X年12月
関与開始。 - 令和X年4月
保有する賃貸ビルを売却する可能性について説明を受ける。 - 令和X年9月
賃貸ビルを5億円で売却することが決まったことを聞く。 - 令和X年10月
賃貸ビルの売買契約を締結。引渡し期日は1月29日まで。 - 令和X年12月
「課税期間特例選択届出書」を提出して課税期間を3ヶ月に区切り、引渡し課税期間からの「簡易課税制度選択届出書」を提出する期限(提出失念)。 - 令和Y年1月
賃貸ビル引渡し。 - 令和Y年4月
決算作業中に提出失念に気付く。 - 令和Y年5月
決算報告時に依頼者に報告。損害賠償請求を受ける。
《基礎知識》
◆簡易課税制度(消法37、消令57)
その課税期間の基準期間における課税売上高が5,000万円以下で、簡易課税制度の適用を受ける旨の届出書を事前に提出している事業者は、実際の課税仕入れ等の税額を計算することなく、課税売上高から仕入控除税額の計算を行う簡易課税制度の適用を受けることができる。この制度は、仕入控除税額を課税売上高に対する税額の一定割合とするもので、この一定割合をみなし仕入率といい、売上げを次の6つに区分し、それぞれの区分ごとに定められたみなし仕入率を乗じて計算する。
簡易課税制度を適用するときの事業区分及びみなし仕入率は次のとおりである。
◆固定資産等の売却収入の事業区分(消基通13-2-9)
事業者が自己において使用していた固定資産等の譲渡を行う事業は、第4種事業に該当する。
◆特例の計算(消令57③)
2種類以上の事業を営む事業者で、1種類の事業の課税売上高が全体の課税売上高の75%以上を占める場合には、その事業のみなし仕入率を全体の課税売上げに対して適用することができる。
《税理士の落とし穴》
賃貸ビルを売却することを事前に聞いており、消費税の計算方法につき、原則課税及び簡易課税のいずれも選択できる状態であったにもかかわらず、有利判定を怠った。
《税理士の責任》
依頼者は、複数の賃貸ビルを所有する不動産業を営んでおり、課税売上高はここ数年、5,000万円弱であり、通常は仕入率が30%前後であったことから、簡易課税が有利であった。しかし、修繕費等の支出があったことから簡易課税は選択せず、原則課税で申告していた。
令和Y年3月期に、賃貸ビルの1棟を5億円(土地3億、建物2億)で売却することになり、税理士もその計画を事前に聞いていた。事業用固定資産の売却は簡易課税の事業区分第4種であり、みなし仕入率60%であることから、実際の仕入率よりも高く、特例計算により、60%を全体の課税売上げに適用できることから、明らかに簡易課税が有利であった。したがって、賃貸ビルの売却が決まった時点で「課税期間特例選択届出書」を提出して課税期間を区切り、引渡し課税期間からの「簡易課税制度選択届出書」を提出すれば、消費税の負担は軽減できた。
しかし、税理士はこれを怠り、令和Y年3月期の決算作業中に自らこれに気付いている。賃貸ビル売却計画を聞いた時点で、有利判定を行い、課税期間を短縮して簡易課税を選択していれば、消費税の負担は軽減できたことから、税理士に責任がある。
なお、簡易課税には2年間の継続適用要件があることから、令和Z年3月期の原則課税と簡易課税との差額が損害額から控除すべき回復額となる。
《予防策》
[ポイント①]
大きな課税売上げが発生する場合の課税制度選択にも注意する
設備投資等の大きな課税仕入れを行う際には、還付を受けるために、簡易課税制度の適用がないかどうか細心の注意を払うのは当然のことであるが、大きな課税売上げが発生する場合の課税制度選択も同様である。本事例のような事業用固定資産を売却するようなケースにおいて、原則課税、簡易課税のどちらも選択できる場合には、賃貸ビルの売却が決まった段階で、有利判定を行い、依頼者に説明する必要がある。そして、いずれの制度を選択するかの判断を依頼者に求め、「意思決定通知書」等を作成して、その証拠を残すようにしたい。
[ポイント②]
依頼者から入手した証拠資料や訪問履歴を残しておく
本事例のケースは、依頼者を月に1回訪問して帳簿を締める、月次決算を実施していたため、税理士は賃貸ビルの売却計画を早い段階から認識できており、その客観的な証拠資料も十分残されていた。本事例のようなケースにおいて、税理士の責任が問われるのは、賃貸ビルの売却を事前に知っていた場合であり、税賠保険請求の際には、その証拠資料の提示が必要であることから、日頃から、証拠資料や訪問履歴を残すようにしておきたい。
(了)
「「税理士損害賠償請求」頻出事例に見る原因・予防策のポイント」は、毎月第4週に掲載されます。