「税理士損害賠償請求」
頻出事例に見る
原因・予防策のポイント
【事例74(消費税)】
賃貸建物新築に係る消費税の還付を受けるため「課税事業者選択届出書」を提出したが、「簡易課税制度選択不適用届出書」の提出を失念したため、簡易課税での申告となり、還付を受けることができなくなってしまった事例
税理士 齋藤 和助
《事例の概要》
平成29年分の消費税につき、賃貸建物新築に係る消費税の還付を受けるため「課税事業者選択届出書」を提出したが、「簡易課税制度選択不適用届出書」の提出を失念したため、簡易課税での申告となり、還付を受けることができなくなってしまった。これにより、消費税につき過大納付税額が発生したとして、賠償請求を受けたものである。
なお、予定通り課税事業者が選択できた場合には、「高額特定資産を取得した場合の納税義務の免除等の特例」により3年間、原則課税として拘束されることから、2年後の確定申告期限まで損害額が確定しないこととなる。
《賠償請求の経緯》
- 平成17年1月
関与開始。 - 平成20年12月
「簡易課税制度選択届出書」を提出。 - 平成22年3月
平成21年分の消費税を簡易課税で申告(以後、免税事業者となる)。 - 平成28年3月
平成29年中に賃貸建物を新築する旨の相談を受ける。 - 平成28年12月
平成29年からの「課税事業者選択届出書」を提出。 - 平成28年12月
「簡易課税制度選択不適用届出書」の提出期限(提出失念)。 - 平成29年4月
賃貸建物(高額特定資産)の引渡しを受け事業供用開始。 - 平成30年3月
平成29年分の消費税を原則課税で還付申告。 - 平成30年3月
所轄税務署から連絡を受け、「簡易課税制度選択不適用届出書」の提出失念が発覚。 - 平成30年3月
関与先に報告し、賠償請求を受ける。 - 平成30年3月
平成29年分の消費税を簡易課税で修正申告。
《基礎知識》
◆高額特定資産を取得した場合の納税義務の免除等の特例(消法12の4)
事業者が事業者免税点制度及び簡易課税制度の適用を受けない課税期間中に高額特定資産の仕入れ等を行った場合には、当該高額特定資産の仕入れ等の日の属する課税期間の翌課税期間から、当該高額特定資産の仕入れ等の日の属する課税期間の初日以後3年を経過する日の属する課税期間までの各課税期間においては、事業者免税点制度及び簡易課税制度の適用ができない。なお、この特例は、平成28年4月1日以後に仕入れ等を行った高額特定資産に対して適用される。
◆高額特定資産(消令25の5)
高額特定資産とは、一の取引の単位につき、課税仕入れに係る支払対価の額(税抜き)が1,000万円以上の棚卸資産又は調整対象固定資産をいう。
◆調整対象固定資産(消令5)
調整対象固定資産とは、棚卸資産以外の資産で、建物及びその附属設備、構築物、機械及び装置、船舶、航空機、車両及び運搬具、工具、器具及び備品、鉱業権その他の資産で、一の取引単位の価額(税抜き)が100万円以上のものをいう。
《税理士の落とし穴》
「簡易課税制度選択不適用届出書」の提出を失念してしまった。
《税理士の責任》
簡易課税制度の適用をやめようとする場合には、適用をやめようとする課税期間の初日の前日までに「簡易課税制度選択不適用届書」を提出しなければならない。
税理士は、依頼者から事前に、平成29年中に賃貸建物を新築する旨の相談を受けていた。依頼者は当時、免税事業者であったことから、課税事業者になって還付を受けるべく「課税事業者選択届出書」を提出し、原則課税で還付申告書を提出した。ところが、過去に簡易課税を選択していたことから、簡易課税での申告となり還付を受けることができなくなってしまった。税理士は所轄税務署から連絡を受け、はじめてその事実に気づいている。
相談を受けた時点で「課税事業者選択届出書」とともに「簡易課税制度選択不適用届書」を提出していれば原則課税となり、賃貸建物新築に係る消費税の還付は受けられたことから、税理士に責任がある。
なお、本件事故は、「高額特定資産を取得した場合の納税義務の免除等の特例」に該当することから、期限までに「簡易課税制度選択不適用届出書」を提出できていた場合には、平成31年まで原則課税の課税事業者として拘束される。したがって、損害額は平成29年分の還付不能額であるが、平成30年分及び平成31年分は簡易課税が有利であることから、原則課税と簡易課税との差額が回復額として損害額から控除される。
《予防策》
[ポイント①]
「選択不適用届出書」提出の検討
当初、有利選択で提出した消費税の届出書は、その目的が達成された場合には不適用届出書を提出して、当初の状態に戻しておく。そして、改めて毎期末に翌期の消費税の検討を行えば、過去に提出した届出書の効力による事故を防ぐことができる。
[ポイント②]
税制改正は必ず確認
「高額特定資産を取得した場合の納税義務の免除等の特例」(平成28年度改正)は「調整対象固定資産を取得した場合の納税義務の免除の特例」(平成22年度改正)の抜け道(2年間の強制適用期間後に調整対象固定資産を取得した場合や、課税事業者を選択せずに、基準期間の課税売上高等で課税事業者になった場合には従来通り還付が受けられる)を防ぐために行われた改正で、これにより、自販機を用いた還付スキームは使えなくなった。
今回の事例のように、還付スキームを意図せずに課税事業者を選択した場合においても、3年間、原則課税として拘束されることから、3年間トータルでの有利選択が必要である。なお、これは「調整対象固定資産を取得した場合の納税義務の免除の特例」の適用を受ける場合についても同様である。
【参考】
調整対象固定資産を取得した場合の納税義務の免除の特例(平成22年度改正)
次の①から③の期間中に調整対象固定資産を取得して原則課税で申告をした場合には、調整対象固定資産の仕入れ等を行った課税期間の初日から3年を経過する日の属する課税期間までの各課税期間については、課税事業者として拘束され、簡易課税は選択できない。
① 課税事業者を選択した場合の強制適用期間中
② 資本金が1,000万円以上の新設法人の基準期間がない事業年度中
③ 特定新規設立法人の基準期間がない事業年度中
(了)
「「税理士損害賠償請求」頻出事例に見る原因・予防策のポイント」は、毎月第4週に掲載されます。