「税理士損害賠償請求」
頻出事例に見る
原因・予防策のポイント
【事例32(法人税)】
土地の売却益を圧縮するため、特定資産の買換えの圧縮記帳を適用して申告したが、土地の面積制限により修正申告となった事例
税理士 齋藤 和助
《事例の概要》
平成X5年3月期の法人税につき、土地の売却益を圧縮するため、特定資産の買換えの圧縮記帳(以下「特定資産の買換え特例」という)を適用して申告したが、買換取得資産のうち、マンションの敷地については、土地の面積制限(300㎡以上でなければならない)により、特定資産の買換え特例の適用ができないものであった。
これを税務調査で指摘され、修正申告をすることとなり、修正申告に係る追徴税額につき賠償請求を受けた。
《賠償請求の経緯》
- 平成X3年6月
特定資産の買換え特例につき依頼者から相談を受ける。 - 平成X4年5月
依頼者が資金捻出のため東京都練馬区の土地を売却。 - 平成X5年3月
特定資産の買換え特例を適用するため、依頼者の代表者が所有する東京都文京区のマンションを購入。 - 平成X5年5月
マンションの売買代金の全額を買換取得資産として、特定資産の買換え特例を適用し、平成X5年3月期の法人税等の申告を行う。 - 平成X6年9月
税務調査により、マンションの敷地部分は特定資産の買換え特例の対象外であることを指摘される。 - 平成X6年1月
税務顧問契約が解除され、依頼者が自ら修正申告書を提出。 - 平成X6年5月
依頼者が税理士を提訴。
《基礎知識》
◆特定資産の買換えの圧縮記帳(租税特別措置法65条の7)法人が、特定の資産(譲渡資産)を譲渡し、譲渡の日を含む事業年度において特定の資産(買換資産)を取得し、かつ、取得の日から1年以内に買換資産を事業の用に供した場合又は供する見込みである場合に、買換資産について圧縮限度額の範囲内で帳簿価額を損金経理により減額する等の経理をしたときは、その減額した金額を損金の額に算入する圧縮記帳の適用を受けることができる。
なお、長期所有の土地等(所有期間が10年を超える土地、建物、構築物等)に係る譲渡につき、買換えによって取得した資産が土地等である場合には、その面積が300㎡以上であるものに限られる。
《税理士の落とし穴》
平成24年度の税制改正で取得土地の面積制限が加わったことを把握していなかった。
《税理士の責任》
依頼者は10年超所有する東京都練馬区の土地を譲渡資産、代表者の所有するマンション及び業務用機械装置を買換取得資産として特定資産の買換え特例を適用して申告をした。しかし、買換取得資産のうち、マンションの敷地は300㎡以上でなければならないという面積制限に抵触しており、適用が受けられないものであった。これを税務調査で指摘され、マンションの敷地部分に係る固定資産圧縮損が否認され、修正申告をすることとなってしまった。
税理士は、知識不足による指導、助言ミスにより生じた事故であり、自身の責任であると主張するが、本件事故は、そもそも圧縮記帳の適用のできない面積300㎡未満のマンションの敷地を買換資産としたために修正申告となったものであり、そこに税制選択の余地はなく、修正申告による追徴税額は、「本来納付すべき本税」である。
税理士は、適用要件を満たす買換資産は他にもあり、依頼者が適用のないマンションの敷地を選択したのは、自身の指導、助言、すなわち税理士法第2条1項3号に規定する税務相談から生じたミスであり、保険の適用対象となる損害であると主張する。しかし、申告期限において適用要件を満たす買換可能な資産は他にはなかった。また、仮にあったとしても、取得資産の選択に係る指導、助言は、税理士法第2条1項3号に規定する税務相談には該当しない。さらに、仮に税務相談に該当したとしても、適用ができなかった特定資産の買換え特例は、マンションの敷地に係る圧縮記帳(課税の繰延べ)であり、売却時に全額回復することから、損害とは言えない。
《予防策》
[ポイント①]
改正項目の確認
税制改正は、通常、年末に税制改正大綱が公表され、翌年3月に新税法が可決成立して逐次施行される。年末に公表される税制改正大綱や、それに関連する定期刊行物の記事等から、税制改正につきおおよその見当を付けておき、主な改正項目は必ずおさえるようにしたい。
また、所長税理士は、自らの知識習得のみならず、所内の職員等にも税務の知識を習得させることを心掛けたい。職員のミスは、所長税理士のミスと同視されるからである。職員の知識レベルアップのため、研修や教育の体制を整えることは、税理士の自衛策の一つである。
[ポイント②]
チェックリストを活用したダブルチェック体制の構築
申告時のミスは、期中処理と違い、ある程度は申告書自体をチェックすることで防げるので、チェックリストを活用して、担当者だけでなく、所長又は有資格者等によるダブルチェック体制を構築することが必要である。
[ポイント③]
特約への加入
保険の対象となる税理士法第2条1項3号に規定する税務相談とは、「税務官公署に対する申告等、税務官公署に対してする主張若しくは陳述又は申告書等の作成に関し、租税の課税標準等の計算に関する事項について相談に応ずること」とされ、既に発生している事実に対する「事後」の税務に関する相談とされる。
これに対し、本件のような買換資産の選択に係る指導、助言は、その内容を参考にして、依頼者が意思決定を行う、未発生事実に対する「事前」の税務相談とされ、主契約とは別に「事前税務相談業務担保特約」として平成26年に創設されている。
したがって、このような相談が恒常的にある場合には、特約の加入を検討されるとよい。
(了)
「「税理士損害賠償請求」頻出事例に見る原因・予防策のポイント」は、毎月第4週に掲載されます。