「税理士損害賠償請求」
頻出事例に見る
原因・予防策のポイント
【事例35(所得税)】
平成26年分の所得税につき、平成25年分の確定申告書を期限後申告しなかったため、平成24年に生じた上場株式に係る譲渡損失の繰越控除の適用ができなくなってしまった事例
税理士 齋藤 和助
《事例の概要》
平成26年分の所得税につき、配当控除を使用するため、平成25年分の確定申告書を期限後申告せずに総合課税で申告したため、平成24年に生じた上場株式に係る譲渡損失との損益通算ができなくなってしまった。これにより、過少となった還付所得税につき損害が発生し賠償請求を受けたものである。
《賠償請求の経緯》
- 平成25年3月
平成24年分の所得税を上場株式の譲渡損失を繰り越して申告(前任税理士)。 - 平成26年3月
平成25年分は所得ゼロのため申告書を提出せず(前任税理士の判断)。 - 平成27年2月
関与開始。 - 平成27年3月
平成26年分の所得税を配当所得だけ総合課税で申告。 - 平成27年6月
依頼者より還付額が少ない旨の問い合わせを受け、ミスが発覚。 - 平成27年6月
平成25年分所得税期限後申告書及び平成26年分更正の請求書を提出。 - 平成27年7月
所轄税務署より更正の請求事由には当たらない旨の連絡を受け、取下げ。 - 平成27年7月
関与先に損害賠償金の支払い。
《基礎知識》
◆上場株式等に係る譲渡損失の損益通算及び繰越控除(租税特別措置法第37条の12の2)
上場株式等に係る譲渡損失は、その年分の上場株式等に係る配当所得の金額と損益通算ができ、損益通算してもなお控除しきれない譲渡損失の金額は、翌年以後3年間にわたり確定申告をすることにより株式等に係る譲渡所得等の金額及び上場株式等に係る配当所得の金額から繰越控除できる。
なお、上場株式等に係る譲渡損失の金額を繰り越す場合には、譲渡損失が生じた年分以後、株式等の譲渡がない場合であっても連続してその繰り越す譲渡損失の金額を記載した確定申告書に確定申告書付表(上場株式等に係る譲渡損失の損益通算及び繰越控除用)を添付して提出しなければならない。
また、上場株式に係る譲渡損失の金額は平成27年分までは無条件で未公開株式の譲渡損益との通算もできる。
◆確定申告書を提出していない場合
譲渡損失が発生した年分やその後の年分において確定申告書を提出していない場合には、期限後申告により株式等に係る譲渡所得等の金額の計算明細書と確定申告書付表(上場株式等に係る譲渡損失の損益通算及び繰越控除用)を添付して、発生年分から使用年分まで確定申告書を提出すれば、譲渡損失を使用することができる。
◆確定申告書を提出しているが譲渡損失の申告をしなかった場合
① 特定口座(源泉徴収なし)・一般口座の場合
株式等に係る譲渡所得等の金額の計算明細書と確定申告書付表(上場株式等に係る譲渡損失の損益通算及び繰越控除用)を添付して更正の請求をすれば、損失があったこととされる。
② 特定口座(源泉徴収あり)の場合
申告するかしないかの選択が可能であり、申告しなかったのは納税者の選択とみなされるため、更正の請求はできない。
《税理士の落とし穴》
上場株式等に係る譲渡損失の金額を繰り越して使用する場合には、譲渡損失が生じた年分から使用年分まで連続して期限内申告書を提出しなければならないものと誤認していた。
《税理士の責任》
依頼者は平成24年に上場株式を売却し、譲渡損失△500万円を翌期以降に繰り越していた。平成25年は申告所得がゼロであったため申告は行われていなかった。税理士は平成26年分の所得税申告から関与したが、平成26年に特定口座(源泉徴収あり)において上場株式の売却益450万円が発生していたが、平成25年分の確定申告書の提出がないため、平成24年分の譲渡損失との損益通算はできないものと誤認し、配当所得だけを総合課税で申告し、配当控除を使って配当所得に係る源泉徴収税額だけ還付を受けた。
しかし、実際には、平成25年分の申告書を期限後申告した後に、上場株式に係る譲渡所得の申告も併せて行えば、損益通算ができ、譲渡所得に係る源泉徴収税額の還付も受けられ、有利であった。税理士は、依頼者からの問い合わせにより、はじめてその事実に気づき、平成25年分の期限後申告書及び平成26年分の更正の請求書を提出したが、「更正の請求事由には当たらない。」として認められなかった。
当初申告において期限後申告でも損益通算が可能であることを知っていれば、譲渡所得に係る源泉徴収税額の還付も受けられたことから、税理士に責任がある。
《予防策》
[ポイント①]
事前に有利不利の検討を行う
上場株式等の譲渡所得や配当所得に対する課税のように、税制選択のある制度については、思い込みによらず、全ての選択肢を検討し、必ず事前に有利不利の選択を行うようにしたい。さらに依頼者にその検討結果を説明し、納得を得ておくことが必要である。
また、今回の事例には該当しないが、税制選択の余地のあるものを選択する場合には、意思決定通知書等を作成し、依頼者が選択した事実を書面に残すことも重要である。
[ポイント②]
チェックリストを活用したダブルチェック体制の構築
申告時のミスは、期中処理と違い、ある程度は申告書自体をチェックすることで防げる。したがって、申告時のチェックリストを作成して、担当者だけでなく、所長税理士又は有資格者等によるダブルチェック体制を構築することが必要である。
(了)
「「税理士損害賠償請求」頻出事例に見る原因・予防策のポイント」は、毎月第4週に掲載されます。