「税理士損害賠償請求」
頻出事例に見る
原因・予防策のポイント
【事例93(消費税)】
「調整対象固定資産を取得した場合の納税義務の免除の特例」により「課税事業者選択不適用届出書」を提出することができない期間中に同届出書を提出したため、届出書の提出がなかったものとみなされてしまった事例
税理士 齋藤 和助
《事例の概要》
令和元年分の消費税につき、基準期間の課税売上高が1,000万円以下となり免税事業者になることができたにもかかわらず、「調整対象固定資産を取得した場合の納税義務の免除の特例」により「課税事業者選択不適用届出書」を提出することができない期間中に、免税事業者が選択できない平成30年からの「課税事業者選択不適用届出書」を提出したため、届出書の提出がなかったものとみなされてしまった。
これにより、免税事業者が選択できた令和元年分の消費税につき過大納付が発生し、賠償請求を受けたものである。
《賠償請求の経緯》
- 平成28年1月
関与開始。 - 平成28年5月
診療所(調整対象固定資産)を新築取得。 - 平成28年6月
クリニック開業。 - 平成28年12月
新築した診療所に係る消費税の還付を受けるため、平成28年からの「課税事業者選択届出書」を提出。 - 平成29年3月
平成28年分の消費税を還付申告。「調整対象固定資産を取得した場合の納税義務の免除の特例」により、平成30年まで原則課税の課税事業者として拘束されることが確定。 - 平成29年12月
平成28年の課税売上高が1,000万円以下であったことから、提出できない平成30年からの「課税事業者選択不適用届出書」を誤提出。 - 平成29年12月
平成29年の課税売上高が1,000万円以下となり、令和元年の免税事業者選択が可能となる。 - 平成30年12月
令和元年からの「課税事業者選択不適用届出書」の提出期限(提出失念)。 - 平成31年3月
平成30年は免税事業者との思い込みから消費税申告書を提出せず。 - 令和2年3月
令和元年は免税事業者との思い込みから消費税申告書を提出せず。 - 令和2年7月
所轄税務署から消費税申告書提出について問い合わせがあり、上記「課税事業者選択不適用届出書」の誤提出が発覚。 - 令和2年8月
関与先に報告し、賠償請求を受ける。 - 令和2年8月
平成30年及び令和元年分の消費税を期限後申告。
《時系列図》
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《基礎知識》
◆調整対象固定資産を取得した場合の納税義務の免除の特例
次の①から③の期間中に調整対象固定資産を取得して原則課税で申告をした場合には、調整対象固定資産の仕入れ等を行った課税期間の初日から3年を経過する日の属する課税期間までの各課税期間については、原則課税の課税事業者として拘束される。
① 課税事業者を選択した場合の強制適用期間中
② 資本金が1,000万円以上の新設法人の基準期間がない事業年度中
③ 特定新規設立法人の基準期間がない事業年度中
◆調整対象固定資産(消令5)
調整対象固定資産とは、棚卸資産以外の資産で、建物及びその附属設備、構築物、機械及び装置、船舶、航空機、車両及び運搬具、工具、器具及び備品、鉱業権その他の資産で、一の取引単位の価額(税抜き)が100万円以上のものをいう。
◆高額特定資産の取得等に係る課税事業者である旨の届出書(消法57①2の2)
高額特定資産の仕入れ等を行ったことにより、いわゆる3年縛りの適用を受ける課税期間の基準期間における課税売上高が1,000万円以下となった課税事業者は、速やかに「高額特定資産の取得等に係る課税事業者である旨の届出書」を所轄税務署長に提出しなければならない。なお、調整対象固定資産についてはこの規定がない。
《税理士の落とし穴》
「課税事業者選択不適用届出書」を提出することができない期間中に、免税事業者が選択できない平成30年からの「課税事業者選択不適用届出書」を提出したため、届出書の提出がなかったものとみなされてしまい、免税事業者が選択できた令和元年分の消費税が納付となってしまった。
《税理士の責任》
依頼者は平成28年にクリニックを開業しており、新築した診療所に係る消費税の還付を受けるため、平成28年からの「課税事業者選択届出書」を提出した。診療所は調整対象固定資産に該当するため、「調整対象固定資産を取得した場合の納税義務の免除の特例」により平成30年まで原則課税の課税事業者として拘束される。
しかし、税理士はこれに気付かず、提出できない平成29年中に、平成30年分からの「課税事業者選択不適用届出書」を提出し、平成30年分の消費税申告書を提出しなかった。また、平成29年の課税売上高が1,000万円以下であったため、平成30年中に令和元年からの「課税事業者選択不適用届出書」を提出していれば、令和元年は免税事業者になれたが、平成29年中に上記届出書を提出していたことから、既に免税事業者であるものと思い込み、消費税申告書を提出しなかった。
その後、所轄税務署から指摘を受け、はじめて上記ミスに気付き、平成30年と令和元年分の消費税を期限後申告している。「調整対象固定資産を取得した場合の納税義務の免除の特例」に該当することを事前に確認し、平成30年中に令和元年からの「課税事業者選択不適用届出書」を提出していれば、令和元年は免税事業者になれたことから、税理士に責任がある。
《予防策》
[ポイント①]
チェックリストを活用したダブルチェック体制の構築
届出書の提出ミスは、期中処理と違い、届出書自体をチェックすることで防げる。したがって、届出書提出時のチェックリストを作成して、担当者だけでなく、所長税理士又は有資格者等によるダブルチェック体制を構築することが必要である。
本事例で言えば、「課税事業者選択不適用届出書」の提出時に、提出の可否について担当者以外の者がチェックすれば防げた可能性は高い。
[ポイント②]
税制改正は必ず確認
本事例は直近の改正ではないが、事故の多くは改正の内容を正しく理解していなかったことにより起きている。改正は毎年必ずあることから、年末に公表される税制改正大綱や、それに関連する定期刊行物の記事等から、主な税制改正項目については把握しておくべきである。また、所内で勉強会等を行い、知識を共有しておくことも大切である。
(了)
「「税理士損害賠償請求」頻出事例に見る原因・予防策のポイント」は、毎月第4週に掲載されます。