※この連載は一般会員(無料)にご登録いただくとご覧いただけます。
※本連載は当面の間、非会員の方でもログインなしでご覧いただけます。
被災したクライアント企業への
実務支援のポイント
〔会計面のQ&A〕
【Q2】
「サプライチェーンを介した被災の影響(販売先の被災)」
~棚卸資産の評価~
公認会計士・税理士 深谷 玲子
〈Q〉
当社は、一部特別仕様がある製品の製造を行っている製造業である。当期に発生した地震により、当社に直接の被害はなかったが、当社の販売先が被災した。
当期末における当社の製品評価について、どのように考えたらよいか。
なお、当社は棚卸資産の評価方法として個別法による原価法を採用し、収益性の低下に基づく簿価切下げの方法により算定している。
(※) 以下は会計に関する考察のみにとどめていることに注意されたい。
〈A〉
◆販売先が値下げを要請している場合-正味売却価額の再考-
販売先の値下げ要請に応じると経営判断がなされた場合には、正味売却価額を再考する必要がある。つまり、取得原価に変化はないが、販売価格が変更 = 正味売却価額が通常時と比べて変化しているといえる。
正味売却価額が変更されたことにより、値下げ考慮後の正味売却価格が取得原価よりも下落している場合には、当該正味売却価額をもって貸借対照表価額とし、収益性の低下を認識する。
◆販売先が納期の先延ばしを要請している場合
販売先の納期先延ばしに応じると経営判断がなされた場合、販売価格に変更がないならば、棚卸資産の評価をすぐに変更させることにはならないであろう。
ただし、以下の点について、慎重な判断が必要である。
〇延期された納期まで製品を保管する費用の負担関係
・・・延期された納期まで製品を保管するための保管費用がかかる場合、その保管費用を販売先負担とできるのか、あるいは当社が負担するのか。
〇延期された納期に実際の納入ができない可能性
・・・「被災」という混乱の中での納期先延ばし要請であるため、延期された納入日に納入できない、再延期要請、あるいはキャンセルの可能性。
◆販売先が納入をキャンセルした場合
受注先の納入キャンセルを受け入れるという経営判断がなされた場合、製品を他社へ販売するか、廃棄するかの選択となる。
1 他社へ転売する場合
-正味売却価額を再考し追加製造費用も考える-
他社へ販売する場合、当社製品には一部特別仕様部分があるため、当初の販売先への特別仕様部分を撤去し、新しい販売先への特別仕様に製作しなおす必要がある。
そのため、当該製品は、完成品ではなく、転用準備のための仕掛品となり、追加製造費用を考慮する。
正味売却価額は、以下の算式で算定される。
正味売却価額=販売価格-見積追加製造原価-見積販売直接経費
上記計算要素のすべてが当初販売先の時とは変化すると想定されるが、この算式に基づいて正味売却価額を再計算する。再計算された正味売却価額が取得原価よりも下落している場合には、当該正味売却価額をもって貸借対照表価額とし、収益性の低下を認識する。
2 廃棄する場合
-棚卸資産廃棄損を計上する-
他社への販売ができない場合、あるいは他社への販売のためにかかる追加コストよりも廃棄コストの方が安いと判断された場合には、廃棄処分が選択されるであろう。
廃棄処分が決定された場合、会計処理上は、当該製品の取得原価分を
棚卸資産廃棄損 ××× / 棚 卸 資 産 ×××
と処理する。
今回の棚卸資産廃棄損は、被災の間接的影響による特別な事情であるため特別損失に計上するが、多額でない場合には、経常的な費用として計上することも認められると思われる。
◆ ◆ 解 説 ◆ ◆
当社が直接被災していなくても、間接的に災害の影響を受けることがある。当社の棚卸資産には物理的な直接の被害はなかったものの、サプライチェーンを介して災害の影響を受ける場合である。
前回の【Q1】では製品原材料の購入先が被災したケースについて解説したが、今回は製品の販売先が被災したケースを取り上げた。
一般に、販売先が被災した場合、当社製品の販売が通常どおりにできなくなる。
当社の棚卸資産の物理的な状況に変化はないにもかかわらず、
・販売可能性が変わる
・売り先がなくなる
・他の売り先を探すまでに労力を要する
こととなる。
その結果、通常時とは異なる状態(=正味売却価額の見直しの必要性)となっている棚卸資産の期末時評価はどうすべきであるか。
通常の販売目的で保有する棚卸資産は、取得原価をもって貸借対照表価額とし、期末における正味売却価額が取得原価よりも下落している場合には、当該正味売却価額をもって貸借対照表価額とする(企業会計基準第9号「棚卸資産の評価に関する会計基準」第7項)。
そのため、取得原価に変化がない場合でも、正味売却価額が変化した棚卸資産については、正味売却価額まで収益性の低下を認識する。他社販売への転用のために追加製造費用がかかる場合にも考慮が必要である。
その結果、直接被災していない当社においても、上記の例のように損失が生じることとなる。
なお、簿価切下額の戻入れに関しては、当期に戻入れを行う方法(洗替え法)と行わない方法(切放し法)のいずれかを選択適用できるが、当ケースの場合は、「地震」という臨時の事象に起因するものであるため、洗替え法を適用していても、翌期に戻入れを行わないことに留意が必要である。
(了)
この連載の公開日程は、下記の連載目次をご覧ください。