公開日: 2024/02/15 (掲載号:No.556)
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〈一角塾〉図解で読み解く国際租税判例 【第37回】「日本ガイシ事件-立地特殊優位性がもたらす利益の取扱いについて-(高判令4.3.10)(その1)」~租税特別措置法66条の4第1項、第2項1号ハ、同施行令39条の12第8項1号ハ~

筆者: 井藤 正俊

〈一角塾〉

図解で読み解く国際租税判例

【第37回】

「日本ガイシ事件
-立地特殊優位性がもたらす利益の取扱いについて-
(高判令4.3.10)(その1)」

~租税特別措置法66条の4第1項、第2項1号ハ、同施行令39条の12第8項1号ハ~

 

税理士 井藤 正俊

 

1 本事件を取り上げる目的

わが国で、産業の空洞化の問題が取り質され、中小企業から大企業に至るまで様々な企業が海外に製造移管を行い久しい。企業の海外進出の目的は様々だが、主たる目的に、トータルコストの低減が挙げられる。日本に比しより廉価な労働賃金やインフラコストなどを提供する国・地域を求め、企業は進出している。移転価格において、ロケーション・セービング(Location Saving。以下、「LS」という)(※1)と表されるメリットを求めての企業行動である。

(※1) LSに係る利益の取扱いが争点の1つとなった事案にホンダ(ブラジル)事件(東京地裁平成26年8月28日判決、東京高裁平成27年5月13日判決)がある。

海外への製造移管が行われるようになって久しい今日、移管から早20-30年という企業も珍しくない。そのような企業にあっては、海外子会社(国外関連者)が製造技術などのノウハウを形成している場合がある。大量の生産を行い、国外関連者に、いわゆる「規模の経済(利益)」にもとづく、多くの利益が発生する構造になっている場合もある。

従来の移転価格の議論においては、超過利益が発生している場合、重要な無形資産が主たる貢献であると捉えられてきた。ところが近年、海外の税務当局からは、超過利益の発生要因としてLSや立地特殊優位性(以下、「LSA」という)(※2)が貢献しており、これらを考慮すべきであるとの主張がなされるようになってきた。

(※2) 「OECD移転価格ガイドライン」においては、「その他現地市場の特徴(Other local market features)」という用語を用いている。一方、「国際連合(UN)移転価格マニュアル」においては、「LSA:Location-Specific Advantages」を用いていることから、本稿においては、LSAを用いている。

当該問題が争点として争われたのが、本稿で扱う日本ガイシ事件(※3)である。本事件は、わが国でLSAが争点になった最初の訴訟案件であり、移転価格算定方法(TPM)として残余利益分割法(RPSM)が適用された。判決では、LSAは、残余利益を構成し、分割要因としては、超過減価償却費なる新たな概念が用いられた。今後、LSAが関係する事案では、参考とすべき重要な事件と考えられる。

(※3) 東京地裁令和2年11月26日判決

ただ、その一方で、当該事件では、残余利益を構成するLSAの発生メカニズムに規模の経済の視点を用いながらも、従来のRPSMのフレームワークで解決をはかっている。この点については、筆者は疑問を抱いている。なぜなら、納税者が、経済学的なアプローチを主張し、裁判所は、そのように考えることが、国外関連取引及び経済実態に即していると判断したからである。

そうであれば、あえてRPSMを用いることなく、直接、国外関連者に配分し得たのではないかと考えられるからである。そして、残余利益の分割要因として超過減価償却費なる、新たな概念を用いる必要もなかったのではないかとも思料するためである。そこで、超過減価償却費を分割要因に用いることの適否と併せて検討するものとしたい。

なお、文献の引用に当たっては、敬称は省略させていただいた。ご宥恕願いたい。また、本稿での下線は、断りがない限り、筆者によるものである。

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図解で読み解く国際租税判例

【第37回】

「日本ガイシ事件
-立地特殊優位性がもたらす利益の取扱いについて-
(高判令4.3.10)(その1)」

~租税特別措置法66条の4第1項、第2項1号ハ、同施行令39条の12第8項1号ハ~

 

税理士 井藤 正俊

 

1 本事件を取り上げる目的

わが国で、産業の空洞化の問題が取り質され、中小企業から大企業に至るまで様々な企業が海外に製造移管を行い久しい。企業の海外進出の目的は様々だが、主たる目的に、トータルコストの低減が挙げられる。日本に比しより廉価な労働賃金やインフラコストなどを提供する国・地域を求め、企業は進出している。移転価格において、ロケーション・セービング(Location Saving。以下、「LS」という)(※1)と表されるメリットを求めての企業行動である。

(※1) LSに係る利益の取扱いが争点の1つとなった事案にホンダ(ブラジル)事件(東京地裁平成26年8月28日判決、東京高裁平成27年5月13日判決)がある。

海外への製造移管が行われるようになって久しい今日、移管から早20-30年という企業も珍しくない。そのような企業にあっては、海外子会社(国外関連者)が製造技術などのノウハウを形成している場合がある。大量の生産を行い、国外関連者に、いわゆる「規模の経済(利益)」にもとづく、多くの利益が発生する構造になっている場合もある。

従来の移転価格の議論においては、超過利益が発生している場合、重要な無形資産が主たる貢献であると捉えられてきた。ところが近年、海外の税務当局からは、超過利益の発生要因としてLSや立地特殊優位性(以下、「LSA」という)(※2)が貢献しており、これらを考慮すべきであるとの主張がなされるようになってきた。

(※2) 「OECD移転価格ガイドライン」においては、「その他現地市場の特徴(Other local market features)」という用語を用いている。一方、「国際連合(UN)移転価格マニュアル」においては、「LSA:Location-Specific Advantages」を用いていることから、本稿においては、LSAを用いている。

当該問題が争点として争われたのが、本稿で扱う日本ガイシ事件(※3)である。本事件は、わが国でLSAが争点になった最初の訴訟案件であり、移転価格算定方法(TPM)として残余利益分割法(RPSM)が適用された。判決では、LSAは、残余利益を構成し、分割要因としては、超過減価償却費なる新たな概念が用いられた。今後、LSAが関係する事案では、参考とすべき重要な事件と考えられる。

(※3) 東京地裁令和2年11月26日判決

ただ、その一方で、当該事件では、残余利益を構成するLSAの発生メカニズムに規模の経済の視点を用いながらも、従来のRPSMのフレームワークで解決をはかっている。この点については、筆者は疑問を抱いている。なぜなら、納税者が、経済学的なアプローチを主張し、裁判所は、そのように考えることが、国外関連取引及び経済実態に即していると判断したからである。

そうであれば、あえてRPSMを用いることなく、直接、国外関連者に配分し得たのではないかと考えられるからである。そして、残余利益の分割要因として超過減価償却費なる、新たな概念を用いる必要もなかったのではないかとも思料するためである。そこで、超過減価償却費を分割要因に用いることの適否と併せて検討するものとしたい。

なお、文献の引用に当たっては、敬称は省略させていただいた。ご宥恕願いたい。また、本稿での下線は、断りがない限り、筆者によるものである。

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連載目次

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筆者紹介

井藤 正俊

(いとう・まさとし)

税理士・信成国際税理士法人代表社員(パートナー)/一橋大修士(経営法)
国税庁・東京国税局にて、相互協議、調査、事前確認審査、訴訟、税制改正など、移転価格に関する業務に長年にわたり従事。
2017 年5月、税理士登録。以後、移転価格に特化した税務相談やセミナー講師等を行っている。
2019 年4月より現職。

〔執筆〕
移転価格の実務Q&A」(2020年3月/清文社)単著
「移転価格文書の作成のしかた(第2版)」(2018年12月/中央経済社)共著
「税務は伝え方が100割~海外子会社も赤字で大変なんですよ」(「税務弘報」2022年11月号/中央経済社)
「税務調査之心得~移転価格調査は何でも「根拠」を問うてみる」(月刊「税務弘報」2020年9月号/中央経済社)
「中小企業に対する移転価格調査の動向とコンプライアンス上の問題点」(月刊「税理」2020年6月号/ぎょうせい出版)
「グローバルタックスポリシーの事例分析と今後の動向」(旬刊「経理情報」2018年5月1日号)など。

〔受賞〕
第44回(2021年)「日税研究賞」授賞

《信成国際税理士法人》
URL:https://shin-sei.jp/

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