「税理士損害賠償請求」
頻出事例に見る
原因・予防策のポイント
【事例156(法人税)】
従業員の横領を長年にわたり看過する結果になり、このような決算書作成方法自体が、税理士の債務不履行になるとして、損害賠償請求を受けた事例
税理士 齋藤 和助
《事例の概要》
税理士は依頼者との間で業務委託契約を締結し、決算書作成業務等を委託されていたところ、依頼者の従業員が長年にわたって横領行為を行っており、税理士も、依頼者から委託された決算書作成業務等を行うに際し、銀行が発行する正式な残高証明書等の適切な資料を用いておらず、従業員が提出してきた資料を残高証明書と突き合わせる等の確認作業を行わなかったため、結果的に、長年にわたり従業員の不正を看過する結果になり、このような決算書作成方法自体が、税理士の債務不履行になるとして、依頼者から損害賠償請求を受けた。
《賠償請求の経緯》
- 令和X1年3月
業務委託契約(税務顧問、毎期の決算業務及び税務申告業務、年末調整業務及び法定調書作成業務、償却資産申告業務)を締結。 - 令和X2年3月
依頼者の従業員が取引銀行のキャッシュカード等によりRX5年までに数十回にわたり現金を引き出し着服横領。 - 令和X5年4月
取引銀行から預金口座の残高が足りず取引できないと言われ上記横領が発覚。 - 令和X5年5月
依頼者が横領した従業員を解雇。 - 令和X5年5月
RX3年3月期の申告書を横領された金額を元従業員に対する使途不明金として提出。 - 令和X6年7月
依頼者代理人弁護士から使途不明金につき債務不履行に基づく損害賠償請求を受ける。 - 令和X6年8月
税理士の代理人弁護士が請求に応じるつもりはない旨を回答。 - 令和X6年10月
東京地方裁判所から訴状が届く。 - 令和X7年10月
依頼者の請求がいずれも棄却され、税理士が全面勝訴。
《基礎知識》
顧問先従業員の不正発見義務については次のような裁判例がある。(1) 富山地裁平成12年8月9日判決
税理士と税務書類の作成等の準委任契約を締結していた医院の従業員の横領行為について、税理士に横領行為の発見・報告義務はないとして債務不履行を否認した判決。
この判決は、次のように判示している。
- 不正発見を委任するやりとりがなかったこと等から、準委任契約の内容に不正行為の発見等は含まれていなかった。
- 原被告の契約は、正確な財務書類の作成によって本件医院の財政状態や経営成績を金融機関等に利害関係者に示すことができるようにすること及び正確な税務書類の作成によって法規に沿った適正な納税ができるようにすることを目的とするものであるところ、原告が侵害されたと主張している利益は、原告の所有財産そのものであり、これは合意された契約の目的である給付結果に性質上必然的に伴う利益とはいえず、原告は被告に対し、原告所有財産の管理を委ねたわけではなく、自己の財産に関する注意・危険は、本来、原告が負担すべきものであり、受任者には善管注意義務があることを考慮しても、前記事情に照らすと、受任者である被告に、積極的に不正を発見すべき義務があるということはできない。
(2) 東京地裁平成28年5月18日判決
税理士と顧問契約を締結していた原告である医院の従業員が横領した行為について、税理士が会計上の不正行為の有無を調査しなかったこと又は会計上の不正行為が疑われる事実を報告しなかったことが、税理士顧問契約上の債務不履行にはならないとした判決。
この判決は、次のように判示している。
- 本件顧問契約につき、原告と被告の間で作成された契約書等はなく、原告が、明示的に、被告に対し、不正行為についての調査を委任したと認めることはできない。
- 原告は被告に対し、税理士としてできうる全てのことを委任し、それには経営指導も含まれていたと主張するが、仮に原告がこのように認識していたとしても、それは主観的な期待にすぎず、税理士の業務が、税務代理、税務書類の作成、税務相談及び付随業務としての財務諸表の作成、会計帳簿の記帳代行等(税理士法2条)であることに照らしても、原告の期待がやむを得ないといえるような客観的な事情を認めることはできないのであって、原告の主張を採用することはできない。
- したがって、被告は、原告に対し、会計上、不正行為が行われているかを調査する義務があったと認めることはできない。
《税理士の落とし穴》
決算書作成に際し、銀行が発行する正式な残高証明書等を使っての突き合わせ作業を行っていなかった。
《税理士の責任》
依頼者の帳簿上の預金残高と実際の預金残高が一致しているかを確認することは、一般に会計監査業務に含まれるものである。また、決算書作成業務とは、通常、会社又は第三者が作成した帳簿を基に貸借対照表、損益計算書等の決算書を作成する業務である。このように、会計監査業務と決算書作成業務とはその目的や内容を異にするものであり、決算書作成の主体と会計監査の主体とが異なり得るものであることから、決算書作成業務に当たる者が決算書の基となる帳簿の正確性の確認を行うべきことが当然の前提となるわけではない。
本件業務委託契約によれば、帳簿作成業務は税理士が受託した業務に含まれておらず、依頼者が行っていることから、委託業務の遂行に必要な説明、書類、記録その他の資料をその責任と費用負担において依頼者が税理士に提供しなければならず、依頼者の資料提供の不足、誤りに基づく不利益は依頼者において負担するとされている。
したがって、税理士が決算書作成業務を遂行するに当たり、その前提となる帳簿の正確性の確認が委任業務の内容となっていたとは解されず、これらの内容は会計監査業務に含まれるものであり、決算書作成業務を行う者が当然に会計監査業務を行うべきことになるものではないため、積極的に不正を発見すべき義務があるとはいえないことから、税理士に責任はない。
《予防策》
[ポイント①]
決算書作成の際には、銀行が発行する正式な残高証明書等との突き合わせを必ず行う
今回、従業員が行っていた不正の手口は、事業年度末日の午前中に、着服を繰り返していた銀行に他の取引銀行から一時的に現金を移動させて、その残高を印字したものを残高証明書として税理士に渡していた。このような不正を防ぐためには全ての取引銀行から、正式な残高証明書を入手して、帳簿残高との突き合わせを行う必要がある。
[ポイント②]
受任業務の範囲を明確にしておく
本事例においては、受任業務が記載された契約書が締結されており、これが裁判において考慮されている。契約に際しては受任業務の範囲を明確にしておくことで、本事例のような紛争を予防することができる。
[ポイント③]
不正を発見した場合には依頼者に報告する
本事例とは直接関係ないが、税理士に不正を発見すべき義務がない場合でも、税理士法41条の3(助言義務)の趣旨から、税理士が不正を発見した場合には、これを依頼者に報告する義務があることを覚えておきたい。
第41条の3(助言義務)
税理士は、税理士業務を行うに当たって、委嘱者が不正に国税若しくは地方税の賦課若しくは徴収を免れている事実、不正に国税若しくは地方税の還付を受けている事実又は国税若しくは地方税の課税標準等の計算の基礎となるべき事実の全部若しくは一部を隠ぺいし、若しくは仮装している事実があることを知ったときは、直ちに、その是正をするよう助言しなければならない。
(了)
次回は4/23に公開予定です。























