暗号資産(トークン)・NFTをめぐる税務
【第89回】
東洋大学法学部教授
泉 絢也
(エ) 海外CEX、DEX、プライベートウォレットと税務調査
より具体的に調査選定と個別の調査の場面を検討してみよう。
A 調査選定の場面
調査選定の段階において、CARFに参加しておらず、かつ本人確認手続を実施していない海外CEXは、国税庁にとって情報の把握が極めて困難な、いわば「強固なブラックボックス」である。
利用者の身元や取引内容の詳細な情報にアクセスできないため、納税者を特定したうえで調査対象とすることが難しくなる。すなわち、情報の非対称性により、調査対象のリスク評価・選定プロセス自体が著しく制約を受けることになる。
しかし、後述するブロックチェーン分析等の手法によって、これらの海外CEXを利用しており、しかも日本の居住者が管理していると推定されるウォレットアドレスを特定できる可能性はある。
このようなアドレスは、税務コンプライアンスリスクが高いと判断され、調査選定の際に注目される可能性がある。例えば、DEXで繰り返し高額の流動性供給報酬を得ているアドレスや、大口送金を継続して行っているアドレスなどは、ハイリスク対象として検出されやすい。
プライベートウォレットについても、一般に、本人確認手続を実施せずに利用することが可能である。
これを提供する事業者は中央集権的な機関に該当するとしてもRCASP(報告暗号資産サービスプロバイダ)には該当しない可能性があるため、CARF以外のルートで各国から情報が提供されない限り、国税庁がプライベートウォレットの利用者の身元に関する情報を把握することは難しい。
つまり、プライベートウォレットの提供事業者が、顧客の情報を収集・管理する義務を負わない立場にある場合、当局はその背後にいる個人の身元や取引状況を把握することが困難となる。
さらに、複数の取引候補の中から条件が合致する者を選び、様々な種類の暗号資産の売買ができるピアツーピア取引所(BybitなどのCEXがサービスを提供するものや、BisqなどDEXと称して運営されているものがある)(※)においては、利用者同士が直接メッセージをやりとりし、暗号資産、銀行振込、Amazonギフト、PayPay、LINE Pay、Wiseなど多様な決済手段を使って暗号資産取引をすることも可能である。
(※) ピアツーピア取引所では、売り注文と買い注文をペアにしてプラットフォームの資産を管理するオーダーブックを使用せず、資金の保管や取引の処理に仲介業者を挟むことなく利用者同士で直接取引ができるし、利用可能な決済手段も多様であるが、メッセージのやりとりなど取引完了までに多少の手間や時間がかかる(Bybit「安い手数料と高い安全性を提供するP2P暗号資産取引所15選」(2022.2.5))。
この場合も利用者の身元や取引内容に関する情報を把握することが難しい。
加えて、DEXも、そのトランザクションデータはブロックチェーン上に記録され、公開され、外部から閲覧可能であるが、DEXは利用者の身元に関する情報を収集していないし、ブロックチェーンにもそのような情報は記録されていない。
このため、DEXを利用するプライベートウォレットのアドレスの管理者を特定することはできないし、日本の居住者によって管理されているものであるかも判断できない。
利用者からそのような情報を得ることができる中央集権的な機関も介在しておらず、他に身元を照会できる「者」は存在しない。
もっとも、DEXのトランザクションのデータは容易に把握できるため、例えば、DEXで多額の報酬を得ているプライベートウォレットに係るアドレスを検出・特定し、税務コンプライアンスリスクの高い者であるとして調査選定に活用することは考えられる。
B 個別の調査の場面
一方、個別(特定)の調査の場面では、国税調査官が調査中の納税者(当然ながら身元は把握済み)の保有する海外CEXの口座やプライベートウォレットを把握したいと考えても、事実上照会する手立てがなく、把握することができないといったケースが想定される。
暗号資産の譲渡原価は平均法で算出することが原則となっている(所法48の2、所令119の2)。
このため、CEXの口座やプライベートウォレットが1つでも抜けていると、その口座やウォレットに係る損益を税額計算に反映できないだけでなく、他の口座やウォレットで行った暗号資産取引に係る税額計算全体に広範な影響を与える可能性がある。
これは調査選定の場面だけでなく、個別の調査の場面においても重大な問題である。
個別の調査の場面においては、調査官が納税者のパソコンやスマートフォン等のデバイスの中を確認し、利用している海外CEX、DEX、ウォレット、これらにおける取引履歴等を確認するという従来の調査手法である現物確認調査(ブロックチェーン外で実施されるという意味ではオフチェーン調査)を利用することが一定程度有効である。
しかしながら、暗号資産の分野ではこの方法の有効性には限界がある。
例えば、ウォレットに関連づけられた秘密鍵は暗号化されてデバイスのローカルストレージ内に保存されることが多い。このような場合に、ブラウザやアプリの起動、トランザクションの送信、残高の確認などの操作画面や操作方法を他人に見せるだけでは、秘密鍵が直接的に表示されることはない。
ただし、操作ミス等により、シークレットリカバリーフレーズ(シードフレーズ、ニーモニックフレーズ)や秘密鍵を表示する操作を行ってしまうリスクはゼロではない。
これらの情報が漏洩すれば、そのウォレットに紐づけられている暗号資産が第三者によって抜き取られる可能性が出てくる。
▷シークレットリカバリーフレーズ(シードフレーズ、ニーモニックフレーズ)
通常、ウォレットの使用開始時に示される複数のランダムな単語とその順序で構成される単語リストのこと。
ウォレットのログインパスワードとは異なるものであるが、ウォレットに紐づいている暗号資産にアクセスするために重要なものである。
ウォレットの復元(リカバリー)のために用いられる。例えば、ウォレットのログインパスワードを忘れた場合のほか、複数のデバイスでウォレットを利用するために、あるいはデバイスの紛失又はパソコンやスマホの買換えのために、新しいデバイスにウォレットを復元する場合に使用する。
このため、プライベートウォレットを利用している人の中には、秘密鍵を管理しているウォレットの画面や管理状況等を他人に見せることに抵抗を感じる人が少なくないと考える。
よって、納税者が自らの端末内のウォレット情報の開示に消極的な態度をとるのは自然なことであり、とりわけ多額の資産を管理している場合には、拒否の姿勢はより顕著であると考えられる。
このような事情から、調査官がデバイスの中の確認を求めた場合、これを拒否する納税者がいても不思議ではない。そのような場合に、直ちに検査忌避(通法128二)に当たると断ずることはできない。
また、そもそも、ウォレットの利用状況を確認するために納税者のデバイスを直接確認することに躊躇する調査官もいるであろう。
調査官が納税者にウォレットの画面操作を依頼して確認を行った数日後に、当該ウォレットに紐づく暗号資産が窃取された場合、その調査官に対して疑いの目が向けられる可能性があるからである。
C まとめ
以上を整理すると、質問検査権による調査、特定事業者等の報告の求め、CARFはいずれも課税当局への情報提供等に係る義務を課しうる国・地域内に当該義務を負担すべき者が存在する場合にのみ有効に機能するものである。
また、CARFのRCASPには、単に、暗号資産の保管や移転に係るサービスを提供するような純粋なウォレット提供事業者等は含まれない。
このため、海外CEX、特にCARFに参加していない国に所在するCEX、DEX、プライベートウォレットを利用して、匿名性を保ちながら、グローバルに暗号資産の取引・運用をしている納税者の情報を国税庁が把握することは難しく、上記で示したような調査選定及び個別の調査の場面における問題が起こりうる。
特定取引等の報告の求めやCARFを通じて、国税庁が利用者の身元を把握できるわけではないし、特定の納税者が利用している海外CEX、DEX、プライベートウォレットを把握することも困難である。
よって、納税者がCEXの口座やプライベートウォレットの情報を国税庁に提出することを義務付ける又は納税者に提出を促すような制度を検討すべきである。
さらに、国税庁としても、情報ハブとなる外部の中央集権的機関に依存するだけではなく、ブロックチェーン分析会社等の外部調査機関と連携を強化し、独自の分析手法や調査技術を継続的に開発していくことが不可欠である。
〔凡例〕
決済・・・資金決済に関する法律
通貨・・・通貨の単位及び貨幣の発行等に関する法律
日銀法・・・日本銀行法
信託・・・信託法
所法・・・所得税法
所令・・・所得税法施行令
所基通・・・所得税基本通達
法法・・・法人税法
法令・・・法人税法施行令
消法・・・消費税法
措法・・・租税特別措置法
相基通・・・相続税法基本通達
投信法・・・投資信託及び投資法人に関する法律
投信法令・・・投資信託及び投資法人に関する法律施行令
信託業・・・信託業法
金商・・・金融商品取引法
会社・・・会社法
実特法・・・租税条約等の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律
実特令・・・租税条約等の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律施行令
実特規・・・租税条約等の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律の施行に関する省令
社債等振替・・・社債、株式等の振替に関する法律
国外送金等調書法・・・内国税の適正な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関する法律
国外送金等調書令・・・内国税の適正な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関する法律施行令
国外送金等調書規則・・・内国税の適正な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関する法律施行規則
国税庁FAQ・・・暗号資産等に関する税務上の取扱いについて(情報)(令和7年12月26日改訂)
(例)所法9①九・・・所得税法9条1項9号
(了)
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