公開日: 2015/10/01 (掲載号:No.138)
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〈小説〉『資産課税第三部門にて。』 【第1話】「書面添付(その1)」~意見聴取後の修正申告~

筆者: 八ッ尾 順一

カテゴリ:

〈小説〉

資産課税第三部門にて。』

【第1話】

「書面添付(その1)」

~意見聴取後の修正申告~

公認会計士・税理士 八ッ尾 順一

 

-はじめに-

本連載は、税務署の「資産課税部門」内での出来事を執筆したものであり、資産課税部門が行う税務調査等について、どのような議論がされているのかを中心として、分かりやすく紹介していく。
なお、本連載の内容はフィクションであり、登場する人物や団体等は、実在のものとは一切関係ないことを予めお伝えしておく。

「おい、谷垣君!」

田中統括官が谷垣調査官を呼んだ。

昨年7月の人事異動で、谷垣調査官は、河内税務署資産課税第三部門に配属された。
谷垣調査官は、国専(国税専門官採用)40期生である。

「法人課税部門からこんな資料をもらったんだけど。」

田中統括官はそう言いながら、資料を谷垣調査官に見せた。

「何ですか?」 谷垣調査官は、資料を見ながら尋ねた。

「見れば分かるだろう。」 田中統括官は、少し怒ったように言った。

「法人課税部門の調査結果だよ。」

谷垣調査官は、資料をもう一度見直した。

「確かに『棚卸資産の漏れ1億円』とか『売上除外6,000万円』とか、書かれていますね。」

谷垣調査官はうなずきながらつぶやいた。田中統括官が確認する。

「そこの会社の名前・・・『株式会社兼田建設』となっているだろう。」

「兼田建設・・・どこかで聞いた名前ですね。」 谷垣調査官は頸をかしげた。

「半年前に相続税の申告があった兼田悦三の会社だよ。」 田中統括官は少し声を高くした。

「兼田悦三?・・・そうそう、相続税の申告が出てましたね。」 谷垣調査官は大きくうなずく。兼田悦三は、兼田建設の会長である。10年前に社長の地位を長男の周平へバトンタッチしている。

「確か、総遺産価額が5億円を超えていましたね。ですから、兼田という、その名前を覚えていたのでしょう。」

谷垣調査官は田中統括官の顔を見た。

「ところで、この資料を私に見せたと言うことは、相続税の申告に関係があるということですか?」

田中統括官はニヤリと笑って言った。 「そうだ。兼田悦三は兼田建設の株式を50%所有していたから、法人税の税務調査によってその株価の評価額が変われば、相続財産も当然増える・・・」

谷垣調査官は、田中統括官が資料を手渡した意味をようやく理解した。

「この法人税の税務調査によると、株価もかなり高くなりそうですね。」 谷垣調査官は、じっと資料に書かれている数字を見ている。

「さっそくその資料に基づいて、兼田建設の株価を再計算してくれ。」 田中統括官は谷垣調査官に株式の評価額の算定を指示した。

「はい。それで、相続税の税務調査に行けばよいのですか?」

谷垣調査官の声は弾んでいる。

「大きな増差額が期待できそうですね。」

谷垣調査官はうれしそうに資料を見る。ただ、田中統括官は浮かない顔をしている。

「しかし、この相続税の申告書には、書面添付がなされている・・・」

「書面添付?」

谷垣調査官は、目をパチパチさせた。

「おいおい、税理士法33条の2に規定している計算事項等を記載した書面だよ。」

田中統括官は困った表情を浮かべた。

「書面添付ですか? どこかで聞いたことがあるような・・・」 谷垣調査官はまだ頸をかしげて言った。

「税理士法35条1項を読みなさい!」

田中統括官は、強い口調で言った。谷垣調査官は、机上にある税務六法を手に取り、ページをめくった。

・・・税理士法33条の2に規定する計算事項等を記載した書面を税理士が作成した場合、当該書面を申告書に添付して提出した者に対する調査において、更正前の意見陳述に加え、納税者に税務調査の日時場所をあらかじめ通知するときには、その通知前に、税務代理を行う税理士又は税理士法人に対して、添付された書面の記載事項について意見を述べる機会を与えなければならない・・・

谷垣調査官は条文を読み上げたあと、田中統括官に尋ねた。

「・・・ということは、兼田悦三の相続税の税務調査をする前に、意見聴取をしなければならないということですか?」

「そうだ。」 田中統括官が答えた。

「とすると、意見聴取の段階で納税者から相続税の修正申告書が提出されたら、どうなるんですか?」

「どうなるって・・・修正申告に対して加算税を課すことができるか、という意味を聞いているのか?」

田中統括官の問いに、谷垣調査官は大きくうなずいた。

「意見聴取は、調査を行うかどうかを判断する前に行うものだから、意見聴取の質疑応答に基因して修正申告書が提出されても、その申告書は、更正があるべきことを予知してされたものに当たらないとされている・・・」

田中統括官は、引き出しから事務運営指針(平成24年12月19日)を取り出して、谷垣調査官に見せた。

谷垣調査官の表情が険しくなる。

「ということは、重加算税はとれない、ということですね・・・意見聴取であれば・・・」

田中統括官は、苦笑いしながらうなずいた。

(つづく)

▷補足

  • 『資産課税部門』とは
    資産各税、すなわち「相続税」「贈与税」そして「譲渡所得税」等の調査及び指導を中心として行う部門である。
  • 『統括官』とは
    課税部門の管理者で、部門の担当する資産税事案の調査及び部下の調査支援・指導等を行う。税務署内では、中間管理者に位置づけられる。40代から50代の年齢が多い。
  • 『調査官』とは
    課税部門において、税務調査及び指導等を統括官の指導の下で行う。年齢としては、一般的に20代から30代の若手が多い。

この物語はフィクションであり、登場する人物や団体等は、実在のものとは一切関係ありません。

「〈小説〉『資産課税第三部門にて。』」は、毎月第1週に掲載されます。

〈小説〉

資産課税第三部門にて。』

【第1話】

「書面添付(その1)」

~意見聴取後の修正申告~

公認会計士・税理士 八ッ尾 順一

 

-はじめに-

本連載は、税務署の「資産課税部門」内での出来事を執筆したものであり、資産課税部門が行う税務調査等について、どのような議論がされているのかを中心として、分かりやすく紹介していく。
なお、本連載の内容はフィクションであり、登場する人物や団体等は、実在のものとは一切関係ないことを予めお伝えしておく。

「おい、谷垣君!」

田中統括官が谷垣調査官を呼んだ。

昨年7月の人事異動で、谷垣調査官は、河内税務署資産課税第三部門に配属された。
谷垣調査官は、国専(国税専門官採用)40期生である。

「法人課税部門からこんな資料をもらったんだけど。」

田中統括官はそう言いながら、資料を谷垣調査官に見せた。

「何ですか?」 谷垣調査官は、資料を見ながら尋ねた。

「見れば分かるだろう。」 田中統括官は、少し怒ったように言った。

「法人課税部門の調査結果だよ。」

谷垣調査官は、資料をもう一度見直した。

「確かに『棚卸資産の漏れ1億円』とか『売上除外6,000万円』とか、書かれていますね。」

谷垣調査官はうなずきながらつぶやいた。田中統括官が確認する。

「そこの会社の名前・・・『株式会社兼田建設』となっているだろう。」

「兼田建設・・・どこかで聞いた名前ですね。」 谷垣調査官は頸をかしげた。

「半年前に相続税の申告があった兼田悦三の会社だよ。」 田中統括官は少し声を高くした。

「兼田悦三?・・・そうそう、相続税の申告が出てましたね。」 谷垣調査官は大きくうなずく。兼田悦三は、兼田建設の会長である。10年前に社長の地位を長男の周平へバトンタッチしている。

「確か、総遺産価額が5億円を超えていましたね。ですから、兼田という、その名前を覚えていたのでしょう。」

谷垣調査官は田中統括官の顔を見た。

「ところで、この資料を私に見せたと言うことは、相続税の申告に関係があるということですか?」

田中統括官はニヤリと笑って言った。 「そうだ。兼田悦三は兼田建設の株式を50%所有していたから、法人税の税務調査によってその株価の評価額が変われば、相続財産も当然増える・・・」

谷垣調査官は、田中統括官が資料を手渡した意味をようやく理解した。

「この法人税の税務調査によると、株価もかなり高くなりそうですね。」 谷垣調査官は、じっと資料に書かれている数字を見ている。

「さっそくその資料に基づいて、兼田建設の株価を再計算してくれ。」 田中統括官は谷垣調査官に株式の評価額の算定を指示した。

「はい。それで、相続税の税務調査に行けばよいのですか?」

谷垣調査官の声は弾んでいる。

「大きな増差額が期待できそうですね。」

谷垣調査官はうれしそうに資料を見る。ただ、田中統括官は浮かない顔をしている。

「しかし、この相続税の申告書には、書面添付がなされている・・・」

「書面添付?」

谷垣調査官は、目をパチパチさせた。

「おいおい、税理士法33条の2に規定している計算事項等を記載した書面だよ。」

田中統括官は困った表情を浮かべた。

「書面添付ですか? どこかで聞いたことがあるような・・・」 谷垣調査官はまだ頸をかしげて言った。

「税理士法35条1項を読みなさい!」

田中統括官は、強い口調で言った。谷垣調査官は、机上にある税務六法を手に取り、ページをめくった。

・・・税理士法33条の2に規定する計算事項等を記載した書面を税理士が作成した場合、当該書面を申告書に添付して提出した者に対する調査において、更正前の意見陳述に加え、納税者に税務調査の日時場所をあらかじめ通知するときには、その通知前に、税務代理を行う税理士又は税理士法人に対して、添付された書面の記載事項について意見を述べる機会を与えなければならない・・・

谷垣調査官は条文を読み上げたあと、田中統括官に尋ねた。

「・・・ということは、兼田悦三の相続税の税務調査をする前に、意見聴取をしなければならないということですか?」

「そうだ。」 田中統括官が答えた。

「とすると、意見聴取の段階で納税者から相続税の修正申告書が提出されたら、どうなるんですか?」

「どうなるって・・・修正申告に対して加算税を課すことができるか、という意味を聞いているのか?」

田中統括官の問いに、谷垣調査官は大きくうなずいた。

「意見聴取は、調査を行うかどうかを判断する前に行うものだから、意見聴取の質疑応答に基因して修正申告書が提出されても、その申告書は、更正があるべきことを予知してされたものに当たらないとされている・・・」

田中統括官は、引き出しから事務運営指針(平成24年12月19日)を取り出して、谷垣調査官に見せた。

谷垣調査官の表情が険しくなる。

「ということは、重加算税はとれない、ということですね・・・意見聴取であれば・・・」

田中統括官は、苦笑いしながらうなずいた。

(つづく)

▷補足

  • 『資産課税部門』とは
    資産各税、すなわち「相続税」「贈与税」そして「譲渡所得税」等の調査及び指導を中心として行う部門である。
  • 『統括官』とは
    課税部門の管理者で、部門の担当する資産税事案の調査及び部下の調査支援・指導等を行う。税務署内では、中間管理者に位置づけられる。40代から50代の年齢が多い。
  • 『調査官』とは
    課税部門において、税務調査及び指導等を統括官の指導の下で行う。年齢としては、一般的に20代から30代の若手が多い。

この物語はフィクションであり、登場する人物や団体等は、実在のものとは一切関係ありません。

「〈小説〉『資産課税第三部門にて。』」は、毎月第1週に掲載されます。

連載目次

〈小説〉『所得課税第三部門にて。』

筆者紹介

八ッ尾 順一

(やつお じゅんいち)

大阪学院大学法学部教授
公認会計士・税理士

昭和26年生まれ
京都大学大学院法学研究科(修士課程)修了

【著書】
・『第7版/事例からみる重加算税の研究』(令和4年)
・『十二訂版/図解 租税法ノート』(令和元年)
・『七訂版/租税回避の事例研究』(平成29年)
・『マンガでわかる税務調査―法人課税第三部門にて』(平成28年) ※Profession Journal掲載記事をマンガ化
・『事例による 資産税の実務研究』(平成28年)
・『法律を学ぶ人の 会計学の基礎知識』共著(平成27年)
・『新装版/入門税務訴訟』(平成22年)
・『マンガでわかる遺産相続』(平成23年)
・『判例・裁決からみる法人税損金経理の判断と実務』(平成23年)以上、清文社
・『入門 税務調査──小説でつかむ改正国税通則法の要点と検証』(平成26年)法律文化社

【論文】
「制度会計における税務会計の位置とその影響」で第9回日税研究奨励賞(昭和61年)受賞
【その他】
平成9~11年度税理士試験委員
平成19~21年度公認会計士試験委員(「租税法」担当)
 
      

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