〈小説〉
『所得課税第三部門にて。』
【第56話】
「事務運営指針における重加算税の取扱い」
公認会計士・税理士 八ッ尾 順一
浅田調査官は、先ほどから「事務運営指針」をじっと見ている。表題は「申告所得税及び復興特別所得税の重加算税の取扱いについて」(平成28年12月12日)となっている。 その「第1」は、「賦課基準」である。すなわち、重加算税を賦課する基準を示している。
浅田調査官は、顔を上げて、斜め向かいにいる中尾統括官を見る。
中尾統括官は、部下の調査報告書を熱心に読んでいる。
「あの・・・この事務運営指針のことなんですけど・・・」
浅田調査官は、事務運営指針を手に持ちながら、声をかける。
中尾統括官は、驚いたように顔を上げる。
「なんだい?」
浅田調査官は、立ち上がって、中尾統括官の机の前に行く。
「・・・2.帳簿書類の隠匿、虚偽記載等に該当しない場合・・・のところに挙げられているケースなんですけど・・・」
浅田調査官は、該当する箇所を広げて、机の上に置く。
(1) 収入金額を過少に計上している場合において、当該過少に計上した部分の収入金額を、翌年分に繰り越して計上していること。
(2) 売上げに計上すべき収入金額を、仮受金、前受金等で経理している場合において、当該収入金額を翌年分の収入金額に計上していること。
(3) 翌年分以後の必要経費に算入すべき費用を当年分の必要経費として経理している場合において、当該費用が翌年分以後の必要経費に算入されていないこと。
「・・・この(1)から(3)のケースにおいては、重加算税が賦課されないということでよいのでしょうか?」
浅田調査官が尋ねる。
中尾統括官は、事務運営指針を手に取って、読む。
「この文章の内容では・・・(1)から(3)の場合、隠蔽等に該当しないから、重加算税を賦課しないということだろう」
中尾統括官は、浅田調査官の顔を見る。
「これは、納税者が隠蔽等をしても、後日(翌期)是正をした場合・・・重加算税を賦課しないということだから、この文章では、たとえ隠蔽等を行ったとしても、その後、納税者が改めた場合、重加算税を賦課しないということなのだろう・・・」
と言って、中尾統括官は、(1)から(3)の図をそれぞれ描く。
「しかし、国税通則法68条を読む限り、この事務運営指針のような解釈はできないのではないかと思うのです」
浅田調査官はハッキリと言う。
そして、国税通則法68条1項のカッコ書きを飛ばして、読み上げる。
第65条第1項の規定に該当する場合において、納税者がその国税の課税標準等又は税額等の計算の基礎となるべき事実の全部又は一部を隠蔽し、又は仮装し、その隠蔽し、又は仮装したところに基づき納税申告書を提出していたときは、当該納税者に対し、政令で定めるところにより、過少申告加算税の額の計算の基礎となるべき税額に係る過少申告加算税に代え、当該基礎となるべき税額に100分の35の割合を乗じて計算した金額に相当する重加算税を課する。
(下線:筆者)
「この条文を読む限り、過少申告(国通法65①)と隠蔽仮装の要件を満たした場合には、重加算税が賦課されると理解すべきなのでは・・・?」
浅田調査官は、首を傾げる。
「・・・私は、3年前に、税務調査で、納税者が期首に売上除外をし、その後、期末に反省してその是正を行ったというケースがありました・・・しかし、その是正そのものにケアレスミスがあって、結局、過少申告になったのですが・・・」
今度は、浅田調査官が図を描く。
「このケースも文理解釈をすれば、重加算税を賦課すべきだと思うのですが、事務運営指針の考え方を敷衍すると、隠蔽等に該当せず、重加算税をかけるべきでなかったと思うのですが・・・」
浅田調査官は、自信なさそうにつぶやく。
(つづく)
この物語はフィクションであり、登場する人物や団体等は、実在のものとは一切関係ありません。
「〈小説〉『所得課税第三部門にて。』」は、不定期の掲載となります。