公開日: 2018/03/01 (掲載号:No.258)
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〈小説〉『所得課税第三部門にて。』 【第6話】「発信主義と到達主義」

筆者: 八ッ尾 順一

カテゴリ:

〈小説〉

所得課税第三部門にて。』

【第6話】

「発信主義と到達主義」

公認会計士・税理士 八ッ尾 順一

 

「中尾統括官、この申告書は・・・期限後申告になるのですか?」

浅田調査官は、席の後ろを通りかかった中尾統括官に、確定申告書の入った封筒を見せた。

「この納税者は『間違いなく3月13日に申告書を郵便局から送った!』と言っているのですが・・・税務署には16日に着いているのです・・・」

中尾統括官は封筒を確認すると、浅田調査官の机にあった税務六法を開く。
「・・・提出期限については、国税通則法22条に書いてあるだろう・・・」

そう言いながら、中尾統括官は、条文を読む。

国税通則法22条(郵送等に係る納税申告書等の提出時期)

納税申告書(当該申告書に添付すべき書類その他当該申告書の提出に関連して提出するものとされている書類を含む。)その他国税庁長官が定める書類が郵便又は信書便により提出された場合には、その郵便物又は信書便物の通信日付印により表示された日(その表示がないとき、又はその表示が明瞭でないときは、その郵便物又は信書便物について通常要する送付日数を基準とした場合にその日に相当するものと認められる日)にその提出がされたものとみなす

(下線:筆者)

「これが、いわゆる『発信主義』といわれているものだ。」
中尾統括官は、浅田調査官の顔を見る。

「しかし、申告等の効力の発生時期を判定する一般的基準については・・・税法では特別に規定がなく、民法97条が『到達主義』を採っているから・・・原則として、税法でも、到達主義になるのだけれど・・・」
中尾統括官は、今度はポケット六法を開いて確認する。

民法97条(隔地者に対する意思表示)1項
隔地者に対する意思表示は、その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる。

「もっとも、民法526条1項では、発信主義を採っている・・・」
中尾統括官は、再びポケット六法をめくる。

民法526条(隔地者間の契約の成立時期)1項
隔地者間の契約は、承諾の通知を発した時に成立する。

「・・・そうすると、国税通則法22条は、なぜ、発信主義を採っているのですか?」
浅田調査官が尋ねる。

「これは、平成18年度税制改正で・・・納税者と税務官庁との地理的間隔の差違による不公平を是正し、納税者の利便性の向上と円滑な申請ができるようにと・・・国税通則法22条が改正されたことによる。その意味で・・・同法は到達主義の例外といえるね。」
中尾統括官の説明に、浅田調査官は頷く。

「国が推進している電子申告(e‐Tax)などが納税者に普及してくると、瞬時に確定申告書などが送達されますから・・・今後このような規定は、重要ではなくなるのかもしれませんね。」

「・・・確かにそうだな。」
今度は、中尾統括官が頷く。

「ところで・・・この規定にある「郵便物又は信書便物」ですが・・・」

浅田調査官は、国税通則法22条を見ながら、尋ねる。

「・・・税務上の申告書や届出書は「信書」に該当するから、税務署にこれらを送付するときには、「郵便物」(第一種郵便物)又は「信書」として送付しなければならないとされていますよね。今回のケースは“ゆうパック”で申告書等が送付されたのですが・・・これについては・・・到達主義が適用されるのですか?」

「これはたしか・・・平成19年の郵政公社の民営化に伴う郵政法の改正で、郵便物は第一種郵便物から第四種郵便物のみとされて・・・これまでの小包郵便物は、郵便法に定める郵便物ではなくなり、荷物扱いとなったんだ。」
中尾統括官は、記憶を辿りながら説明する。

「ということは・・・ゆうパックに日付の印が押されているのですが・・・これは、提出日の判定には関係ない・・・ということですね。」
浅田調査官は、日付の印が押されたゆうパックを見る。

「それは・・・今言ったように、荷物扱いになるのだから、到達主義によって判断されることになる。」
中尾統括官はキッパリと言う。

「そうですね・・・ということは、この確定申告書は、3月16日に税務署に到達したのだから・・・期限後申告、ということになるのですね。」
浅田調査官は中尾統括官を見る。

「仕方ないな・・・もともと申告書等は、「郵便物」又は「信書」で送付しなければならないのに・・・ゆうパックなどで申告書等を送るからだろう・・・」
中尾統括官の声には、少し怒りが含まれている。

「・・・国税通則法22条では、発信主義が適用されている書類は、次の2種類に分類されている。」
そう言うと、中尾統括官は罫紙にペンを走らせる。

① 納税申告書等

・申告所得税、法人税、消費税の確定申告書

・相続税、贈与税の申告書

・欠損金の繰戻しによる還付請求書

・相続税の延納申請書   等

② 国税庁長官が定める書類

・青色申告承認申請書

・法人設立届出書

・減価償却資産の償却方法の届出書

・消費税課税事業者選択届出書   等

「実際に、ゆうパックで申告書等を提出して到達主義が採られ、期限後申告となったため、税法上の非課税の適用が受けられなくなり過大納付となったことに対して、税理士が損害賠償請求を受けたという事件もあったから、我々も気をつけなければ・・・」
中尾統括官の言葉に、浅田調査官は大きく頷いた。

(つづく)

この物語はフィクションであり、登場する人物や団体等は、実在のものとは一切関係ありません。

「〈小説〉『所得課税第三部門にて。』」は、不定期の掲載となります。

〈小説〉

所得課税第三部門にて。』

【第6話】

「発信主義と到達主義」

公認会計士・税理士 八ッ尾 順一

 

「中尾統括官、この申告書は・・・期限後申告になるのですか?」

浅田調査官は、席の後ろを通りかかった中尾統括官に、確定申告書の入った封筒を見せた。

「この納税者は『間違いなく3月13日に申告書を郵便局から送った!』と言っているのですが・・・税務署には16日に着いているのです・・・」

連載目次

〈小説〉『所得課税第三部門にて。』

筆者紹介

八ッ尾 順一

(やつお じゅんいち)

大阪学院大学法学部教授
公認会計士・税理士

昭和26年生まれ
京都大学大学院法学研究科(修士課程)修了

【著書】
・『第7版/事例からみる重加算税の研究』(令和4年)
・『十二訂版/図解 租税法ノート』(令和元年)
・『七訂版/租税回避の事例研究』(平成29年)
・『マンガでわかる税務調査―法人課税第三部門にて』(平成28年) ※Profession Journal掲載記事をマンガ化
・『事例による 資産税の実務研究』(平成28年)
・『法律を学ぶ人の 会計学の基礎知識』共著(平成27年)
・『新装版/入門税務訴訟』(平成22年)
・『マンガでわかる遺産相続』(平成23年)
・『判例・裁決からみる法人税損金経理の判断と実務』(平成23年)以上、清文社
・『入門 税務調査──小説でつかむ改正国税通則法の要点と検証』(平成26年)法律文化社

【論文】
「制度会計における税務会計の位置とその影響」で第9回日税研究奨励賞(昭和61年)受賞
【その他】
平成9~11年度税理士試験委員
平成19~21年度公認会計士試験委員(「租税法」担当)
 
      

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