公開日: 2023/02/02 (掲載号:No.505)
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〈小説〉『所得課税第三部門にて。』 【第65話】「超高額所得者に対する税負担の適正化」

筆者: 八ッ尾 順一

カテゴリ:

〈小説〉

所得課税第三部門にて。』

【第65話】

「超高額所得者に対する税負担の適正化」

公認会計士・税理士 八ッ尾 順一

 

「・・・そうか・・・」
浅田調査官は、令和5年税制改正大綱を見ながら、ため息をつく。

その年分の基準所得金額から3億3,000万円を控除した金額に22.5%の税率を乗じた金額がその年分の基準所得税額を超える場合には、その超える金額に相当する所得税を課する措置を講ずる。

「・・・高額所得者になればなるほど、負担する税率が低くなり、税負担の公平性が保たれていない・・・その是正のための措置として『極めて高い水準の所得に対する負担の適正化』の規定が創られたのだろうが・・・3億3,000万円の控除は大きすぎるなあ・・・」
浅田調査官は、呟きながら、「3億3,000万円」の数字をじっと見つめる。

そこに、中尾統括官がニコニコしながら、やってくる。
「何を真面目に読んでいるの?」
中尾統括官は、浅田調査官の持っている税制改正の大綱を覗き込む。

「・・・この3億3,000万円・・・大きすぎませんか?」
浅田調査官は、大綱を差し出しながら、中尾統括官の顔を見る。

「・・・」
中尾統括官は、黙って読む。

「・・・例の・・・1億円の壁か・・・」
そう言うと、中尾統括官は、浅田調査官の肩をポンと叩く。

「・・・この改正案は、1億円の壁の問題を解決するために、今回の税制改正で、超高額所得者に対して、課税の強化を図ろうとしているのだろう・・・」
中尾統括官は、納得した顔をする。

「・・・つまり、所得1億円を境に、所得税の負担率が低下する傾向にあるといわれている・・・この主たる原因は、所得が1億円を超えるような高所得者の場合、それ以下の水準の人と比べて、金融所得の所得全体に占める割合が高くなっていると考えられている・・・そうすると、金融所得は、給与所得や事業所得(最高税率55%)に比べて、一律20%の税負担になっているから・・・税の負担が軽くなっていくということになる・・・」
中尾統括官の説明に、浅田調査官は、頷く。

「しかし、今回の税制改正では、基準所得金額が3億3,000万円を超えるものを課税の対象としています・・・これって、控除する金額が大きすぎませんか」
浅田調査官は、改正内容の算式を見る。

{(基準所得金額 - 3.3億円)× 22.5%} - 基準所得税額 = 納付所得税の額

浅田調査官は、不満そうである。
「・・・ところで・・・大綱では『基準所得金額』とか、『基準所得税額』とか、あまり見慣れない用語が出てくるが、これは一体何?」
中尾統括官が尋ねる。

「大綱では、次のように説明しています」
浅田調査官は、大綱の一部を読み上げる。

「基準所得金額」とは、その年分の所得税について申告不要制度を適用しないで計算した合計所得金額(特別控除額の控除後)をいい、「基準所得税額」とは、その年分の基準所得金額に係る所得税の額(分配時調整外国税相当額控除及び外国税額控除を適用しない場合の金額)をいう。そして、「申告不要制度」とは、確定申告を要しない配当所得等の特例、確定申告を要しない上場株式等の譲渡による所得の特例をいう。

「・・・所得金額に、分離課税の配当所得や上場株式等の譲渡所得を加え、そこから3.3億円を控除して、その超過分について、22.5%を乗じ、それが基準所得税額を超える場合に、その差額金額に相当する所得税を課するという、ややこしい計算になります」
浅田調査官は思案顔になる。

「1億円の壁を是正するために、申告不要制度を適用しないで、配当所得や上場株式の譲渡所得を合算して計算することから、この税制改正は、富裕層の課税の強化を意味しているのだが・・・3.3億円まで、今回の改正から除外するということについて、君は、高すぎると思うの?」
中尾統括官が尋ねる。

「ええ」
浅田調査官は頷く。

「・・・ところで、日本で、年収1億円以上の人が、何人いるか知っている?」
中尾統括官が再び聞く。

「・・・年収1億円以上の人ですか・・・」
そう言いながら、浅田調査官は、スマートフォンを手に取る。

「・・・約23,000人ぐらいですね・・・年収5億円であれば、6,000人ぐらい」
浅田調査官は、中尾統括官の顔を見る。

「富裕層といっても、日本には、それぐらいの人しかいないのだから、この大綱に書いてある内容もごく限られた納税者しか対象になっていない・・・したがって、その税収も知れているが・・・政府は、社会に対しては、1億円の壁を払拭するというアピールのために、今回の改正を考えたように思える・・・」
中尾統括官は、以前、読んだ日本経済新聞の記事の一部を思い出す。

・・・2025年から所得が年30億円を超えるような人を対象に最低負担率を導入する・・・改正後は、給与所得や金融所得など合計所得金額から3.3億円を差し引いたうえで22.5%の税率をかける。この額が通常の税額より大きい場合、差額を徴収する。年200~300人ほどが対象となる。

(日本経済新聞2022.12.17朝刊)

「・・・所得が年30億円を超える人を対象にしているのですか・・・」
浅田調査官は、呟く。

「僕は、このような改正はしなくても良いと思う・・・大綱に記載している所得計算の内容も煩雑だし、こんな改正が度々なされると、益々、税法が複雑化し、納税者にとって、はた迷惑だと思う・・・また、税理士も困るだろう・・・」
中尾統括官は、大綱を見つめながら、言う。

「そう言えば、税理士からも税法が毎年複雑になって、申告書を作成するのが怖いという声をよく聞きます」
浅田調査官は、苦笑しながら、中尾統括官を見る。

(つづく)

この物語はフィクションであり、登場する人物や団体等は、実在のものとは一切関係ありません。

「〈小説〉『所得課税第三部門にて。』」は、不定期の掲載となります。

〈小説〉

所得課税第三部門にて。』

【第65話】

「超高額所得者に対する税負担の適正化」

公認会計士・税理士 八ッ尾 順一

 

「・・・そうか・・・」
浅田調査官は、令和5年税制改正大綱を見ながら、ため息をつく。

その年分の基準所得金額から3億3,000万円を控除した金額に22.5%の税率を乗じた金額がその年分の基準所得税額を超える場合には、その超える金額に相当する所得税を課する措置を講ずる。

連載目次

〈小説〉『所得課税第三部門にて。』

筆者紹介

八ッ尾 順一

(やつお じゅんいち)

大阪学院大学法学部教授
公認会計士・税理士

昭和26年生まれ
京都大学大学院法学研究科(修士課程)修了

【著書】
・『第7版/事例からみる重加算税の研究』(令和4年)
・『十二訂版/図解 租税法ノート』(令和元年)
・『七訂版/租税回避の事例研究』(平成29年)
・『マンガでわかる税務調査―法人課税第三部門にて』(平成28年) ※Profession Journal掲載記事をマンガ化
・『事例による 資産税の実務研究』(平成28年)
・『法律を学ぶ人の 会計学の基礎知識』共著(平成27年)
・『新装版/入門税務訴訟』(平成22年)
・『マンガでわかる遺産相続』(平成23年)
・『判例・裁決からみる法人税損金経理の判断と実務』(平成23年)以上、清文社
・『入門 税務調査──小説でつかむ改正国税通則法の要点と検証』(平成26年)法律文化社

【論文】
「制度会計における税務会計の位置とその影響」で第9回日税研究奨励賞(昭和61年)受賞
【その他】
平成9~11年度税理士試験委員
平成19~21年度公認会計士試験委員(「租税法」担当)
 
      

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