〈小説〉
『所得課税第三部門にて。』
【第45話】
「株式交付制度と税制改正」
公認会計士・税理士 八ッ尾 順一
昼休みに中尾統括官は、机に新聞を広げて、じっと読んでいる。
「会社法の改正か・・・」
中尾統括官は、一人でつぶやく。
「何の記事を読んでいるのですか?」
昼食を終えた浅田調査官が声をかける。
「『資金なくてもM&A推進』・・・?」
浅田調査官は、新聞記事をのぞき込む。
「株式交付制度だよ。」
中尾統括官は、浅田調査官の顔を見る。
「株式・・・交付制度?」
今度は、浅田調査官が中尾統括官の顔を見る。
「株式交付制度は、令和元年に会社法が改正され、今年の3月1日から施行となった・・・そして、それに係る税制改正も今年度行われた・・・」
中尾統括官は、新聞記事を見ながら説明する。
「会社法の改正が行われると、その後、税制改正が行われる・・・資産等の移動が伴う場合、キャピタルゲインの課税が発生するから、それを税法で手当てしなければ会社法はワークしない・・・この株式交付制度も、会社法だけではどうしようもない。」
中尾統括官の説明に、浅田調査官はうなずく。
「ところで・・・株式交付制度って何ですか?」
浅田調査官は、照れ笑いをして尋ねる。
「・・・株式交付制度を知らないのか?」
中尾統括官は、呆れた顔をする。
「・・・株式交付制度は、買収に乗り出す会社が対象会社の株主から株式を譲り受け、その代わりに自社株を渡すというものだ・・・」
そう言うと、中尾統括官は机の引出しから罫紙を取り出し、図を描く。
「なるほど・・・でも・・・株式交換でも同じことができるのではないですか?」
浅田調査官が尋ねる。
「うん、なかなか良い質問だ。」
中尾統括官は、満足そうにうなずく。
「株式交換は、主として、持株会社の設立に用いることを想定した制度で、これを使う場合、買収会社は、被買収会社の発行済株式の100%を取得することになっている・・・そうすると、買収会社が被買収会社を完全子会社化することを予定していない場合、株式交換は使えない・・・」
中尾統括官の説明は、明解である。
「それでは・・・買収会社は、被買収会社の株式を現物出資財産として自社株式の募集をすればよいのでは・・・いわゆる現物出資の手法ですけど・・・」
浅田調査官は、中尾統括官の顔を見ながら言う。
「・・・現物出資は、原則として検査役による調査が必要となる点などが障害となって、実務上、なかなか実行できない・・・そこで、実務界の強い要請を受けて、株式交付制度が導入されたわけだ・・・」
中尾統括官の説明に、浅田調査官は納得した表情でうなずく。
「ところで、株式交付について、税法でどのような改正が行われたのですか?」
浅田調査官が再び尋ねる。
「租税特別措置法で、所得税と法人税について、それぞれ改正されている。」
そう言うと、中尾統括官は「所得税法等の一部を改正する法律案新旧対照表」を取り出して、「租税特別措置法37の13の3」(所得税)と「租税特別措置法66の2の2」(法人税)の条文を見せる。
「例えば、この措置法66の2の2は、次のように書かれている。」
中尾統括官は、括弧書きを飛ばして、条文を読み上げる。
法人が、その有する株式を発行した他の法人を会社法第774条の3第1項第1号に規定する株式交付子会社とする株式交付により当該所有株式を譲渡し、当該株式交付に係る株式交付親会社の株式の交付を受けた場合における法人税法第61条の2第1項の規定の適用については、同項第1号に掲げる金額は、当該所有株式の当該株式交付の直前の帳簿価額に相当する金額に株式交付割合を乗じて計算した金額と当該株式交付により交付を受けた金銭の額及び金銭以外の資産の価額の合計額とを合計した金額とする。
(下線:筆者)
「これを算式にすると、次のようになる。」
中尾統括官は、罫紙に算式を書く。
株式交付子会社の簿価 × 株式交付割合(注)+ 現金等 - 株式交付子会社の簿価
(注) 交付される株式交付親会社株式の時価 ÷ 対価全体の時価
「この算式から分かるように、現金等の支給がなければ、『株式交付子会社の簿価-株式交付子会社の簿価』となって、キャピタルゲインは発生しないことになる。」
中尾統括官は、措置法66の2の2の条文をもう一度見て、さらに説明を加える。
「・・・そして、括弧書きで・・・交付を受けた金銭等(株式交付親会社の株式を除く)が交付価額の合計額の20%以下であれば、株式交付子会社の株式につき、交付を受けた金銭等に対応する譲渡損益は課税されるが、株式交付親会社の株式に対応する譲渡損益は、課税を繰り延べることができる・・・となっている。」
浅田調査官は、中尾統括官の説明に大きくうなずく。
(つづく)
この物語はフィクションであり、登場する人物や団体等は、実在のものとは一切関係ありません。
「〈小説〉『所得課税第三部門にて。』」は、不定期の掲載となります。