公開日: 2021/05/06 (掲載号:No.418)
文字サイズ

〈小説〉『所得課税第三部門にて。』 【第44話】「中尾統括官、Twitterにハマる」

筆者: 八ッ尾 順一

カテゴリ:

〈小説〉

所得課税第三部門にて。』

【第44話】

「中尾統括官、Twitterにハマる」

公認会計士・税理士 八ッ尾 順一

 

「何をしているのですか?」
浅田調査官は、うつむきながら、しきりにスマートフォンの画面に指を走らせている中尾統括官に声をかける。

中尾統括官は、驚いたように顔をあげる。

「いや・・・」
中尾統括官は、照れ笑いをして、頭をかく。

浅田調査官は中尾統括官に近づき、スマホの画面を覗く。

「Twitter・・・ですか?」
浅田調査官は、真面目な顔をして、尋ねる。
スマホの画面には、Twitterのロゴマークである「青い鳥」が映っている。

「しかし、これは・・・面白いものだな・・・」
そう言うと、中尾統括官は満足そうに画面を見る。

「私のツイートに対して、実に反応が早いんだ。」
中尾統括官は、浅田調査官の顔を見る。

「この前なんて、こんなツイートをしたら・・・すごい反応があったんだ。」
中尾統括官は、自身がツイートした画面を浅田調査官へ自慢げに見せる。

所得税法56条は所得分散防止の規定で、例えば、子が所有している土地の上に、生計を一にする母親が賃貸マンションを建て、不動産所得を得ている場合、子に支払う地代は母親の不動産所得では経費にならないが、子が受け取った地代も課税されない(つまり子は無税)。これって租税回避として問題では?

「納税者に、租税回避をそそのかすようなことをツイートしては駄目ですよ。」
画面を見た浅田調査官は、渋い顔をする。

「問題点を指摘しているだけだよ。ただ・・・反応はすごいだろう・・・」
中尾統括官は、自慢そうに言う。

Impressions:9,802
Total engagements:1,178
Detail expands:915
Profile clicks:147
Likes:92
Retweets:16
Replies:7
Link clicks:1

「まあでも・・・このImpressionsは、統括官のツイートがユーザーに表示された回数ですから、かなりの人が見た・・・ということですね。」
浅田調査官が感心したようにコメントする。

「ツイートには140字の文字制限があるから、ダラダラとは書けない・・・その意味で、Twitterは、文章力を鍛えるのに適している『場』であると思うんだ。」
中尾統括官は、ニヤリと笑う。

「それに、Total engagementsは、クリック、リツイート、返信、フォロー、いいね、などの好感度の合計数を示しているから、1,178という数字は、立派ですね。」
浅田調査官の言葉に、中尾統括官は満足そうに頷く。

「・・・ところで・・・所得税法56条は、なぜ、租税回避になるのですか?」
浅田調査官は、真面目な顔で質問する。

「それは、所得税法56条を適用すると、子は母親から地代を受け取るが、その地代は課税されない代わりに、母親の不動産所得の必要経費にもならない・・・結果的に子は無税で地代を受け取ることができる。・・・もちろん、母親は子の分まで税金を払うことになるが・・・母親の財産を減らして、子に財産を多く渡すという、相続税対策になるのでは・・・」

中尾統括官は、ペンを取り、図を描き始める。

「所得税法56条の適用がなければ、母親と子がそれぞれ申告し、次のようになる。」

「そして、所得税法56条が適用されると、子の税金については、結果として、母親が負担することになるから、次のようになる。」
中尾統括官は、ペンを動かしながら、説明する。

「そうすると、所得税法56条を適用することによって、母親の財産の一部が無税で子に移転したことが、これを見れば分かるだろう。」
中尾統括官は、満足そうに、自分の図を見る。

「・・・ということは、納税者は、所得税法56条を使って、相続税対策ができる・・・ということなのですね。」
浅田調査官は、中尾統括官の顔を見る。

「私は・・・以前から、ここが所得税法56条の問題点だと思っていたから・・・つい余計なことをツイートしてしまったんだ。」
中尾統括官は、頭を掻きながら、苦笑いをした。

所得税法第56条《事業から対価を受ける親族がある場合の必要経費の特例》
居住者と生計を一にする配偶者その他の親族がその居住者の営む不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合には、その対価に相当する金額は、その居住者の当該事業に係る不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入しないものとし、かつ、その親族のその対価に係る各種所得の金額の計算上必要経費に算入されるべき金額は、その居住者の当該事業に係る不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入する。この場合において、その親族が支払を受けた対価の額及びその親族のその対価に係る各種所得の金額の計算上必要経費に算入されるべき金額は、当該各種所得の金額の計算上ないものとみなす。

(つづく)

この物語はフィクションであり、登場する人物や団体等は、実在のものとは一切関係ありません。

「〈小説〉『所得課税第三部門にて。』」は、不定期の掲載となります。

〈小説〉

所得課税第三部門にて。』

【第44話】

「中尾統括官、Twitterにハマる」

公認会計士・税理士 八ッ尾 順一

 

「何をしているのですか?」
浅田調査官は、うつむきながら、しきりにスマートフォンの画面に指を走らせている中尾統括官に声をかける。

中尾統括官は、驚いたように顔をあげる。

「いや・・・」
中尾統括官は、照れ笑いをして、頭をかく。

浅田調査官は中尾統括官に近づき、スマホの画面を覗く。

連載目次

〈小説〉『所得課税第三部門にて。』

筆者紹介

八ッ尾 順一

(やつお じゅんいち)

大阪学院大学法学部教授
公認会計士・税理士

昭和26年生まれ
京都大学大学院法学研究科(修士課程)修了

【著書】
・『第7版/事例からみる重加算税の研究』(令和4年)
・『十二訂版/図解 租税法ノート』(令和元年)
・『七訂版/租税回避の事例研究』(平成29年)
・『マンガでわかる税務調査―法人課税第三部門にて』(平成28年) ※Profession Journal掲載記事をマンガ化
・『事例による 資産税の実務研究』(平成28年)
・『法律を学ぶ人の 会計学の基礎知識』共著(平成27年)
・『新装版/入門税務訴訟』(平成22年)
・『マンガでわかる遺産相続』(平成23年)
・『判例・裁決からみる法人税損金経理の判断と実務』(平成23年)以上、清文社
・『入門 税務調査──小説でつかむ改正国税通則法の要点と検証』(平成26年)法律文化社

【論文】
「制度会計における税務会計の位置とその影響」で第9回日税研究奨励賞(昭和61年)受賞
【その他】
平成9~11年度税理士試験委員
平成19~21年度公認会計士試験委員(「租税法」担当)
 
      

記事検索

メルマガ

メールマガジン購読をご希望の方は以下に登録してください。

#
#