公開日: 2021/03/04 (掲載号:No.409)
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〈小説〉『所得課税第三部門にて。』 【第42話】「所得金額調整控除」

筆者: 八ッ尾 順一

カテゴリ:

〈小説〉

所得課税第三部門にて。』

【第42話】

「所得金額調整控除」

公認会計士・税理士 八ッ尾 順一

 

「・・・おかしいな・・・」
浅田調査官は、電卓を叩きながら、頸を傾ける。
机の上には、「令和2年分の所得税の確定申告書B」がある。

「もしかして・・・コンピュータが間違っているのかな・・・」
令和2年の確定申告書はコンピュータで計算されているので、計算ミスはないだろうと思いながらも、浅田調査官は申告書に書かれている数字を何度も検算している。

「・・・何をそんなにムキになって、電卓を叩いているんだ?」
トイレから戻った中尾統括官は、ハンカチで手を拭きながら尋ねる。

「計算が・・・合わないんですよ。」
浅田調査官の顔は、興奮して赤くなっている。

中尾統括官は、机上にある確定申告書を覗く。

「・・・給与の所得金額が合わないんです・・・」
浅田調査官は、中尾統括官を見上げる。

「・・・給与の収入金額が2,400,000円だから・・・令和2年分の給与所得控除額は800,000円になります・・・」
浅田調査官は電卓を叩いて、その数字を見せる。

2,400,000円 × 30% + 80,000円 = 800,000円(給与所得控除額)
2,400,000円 - 800,000円 = 1,600,000円(給与所得金額)

「その計算は、正しいだろう。」
中尾統括官は、電卓の表示の金額を見て頷く。

「ところが・・・この確定申告書にプリントアウトされている[6]欄の給与の所得金額が1,500,000円になっているのです・・・」
浅田調査官は、再び、頸を傾ける。

「・・・そして、この納税者は、他に公的年金等の収入金額がありまして・・・」
と言って、浅田調査官は再び確定申告書に目を向ける。
令和2年分の確定申告書の公的年金等に係る収入金額は、「4,315,050円」と記載されている。

浅田調査官は、机の上に置いてある「公的年金等に係る雑所得の速算表(令和2年分以後)」を見ながら、電卓を叩く。
「納税者は、昭和23年生まれだから・・・65歳以上の速算表に該当します。」
そう言いながら、浅田調査官は、電卓を叩く。

4,315,050円 × 85% - 685,000円 = 2,982,792円(公的年金等の所得金額)

「この金額は、確定申告書の[7]欄に記載されている数値と一致します。」

そのとき、中尾統括官は突然、ニヤニヤとした笑みを浮かべて言う。

「浅田君・・・確定申告書の給与の所得金額が10万円違う原因は、平成30年度の税制改正で創設された「所得金額調整控除」だろう・・・これは令和2年分の所得税から適用されるものなのだが・・・」
中尾統括官は、令和2年分の確定申告のパンフレットを手に取って説明する。

「所得金額調整控除には、子ども・特別障害者等を有する者等のものと、給与所得と年金所得の双方を有する者に対するものとがある・・・そして、浅田君の手元にある申告書はのケースに該当し、次の者が適用対象者になる。」
そう言うと、中尾統括官は、適用対象者の定義を読み上げる。

その年分の給与所得控除後の給与等の金額と公的年金等に係る雑所得の金額がある給与所得者で、その合計額が10万円を超える者

「・・・給与と年金の収入がある人に対して、所得金額調整控除が設けられた理由は・・・」
中尾統括官は、浅田調査官の机の上にある罫紙に、几帳面な字を書く。

〔令和2年分から適用される所得控除の見直し〕

基礎控除額:10万円増加 ※所得金額に応じて逓減、2,500万円超は適用なし

給与所得控除額:10万円減少

公的年金等控除額:10万円減少

「・・・すなわち、基礎控除額は10万円増加したけれど、給与所得控除額と公的年金等控除額は、それぞれ10万円ずつ、合わせて20万円減少しているので、給料と年金の両方をもらっている人は、前年と比べると税金の負担が増えてしまう・・・そこで、所得金額調整控除を使って調整をしているわけだ。・・・子ども・特別障害者等を有する者等の所得金額調整控除と同様に、給料の控除の調整のため、給料をもらっていない人は、所得金額調整控除を受けることはできない。」
中尾統括官は、自分の書いた罫紙の金額を見ながら、説明を続ける。

「そして、租税特別措置法施行令26条の5で、所得金額調整控除の適用がある場合、その適用後の給与所得の金額から他の所得の損失を差し引くことになっている・・・だから、この確定申告書の[6]欄に記載されている給与所得金額は、1,600,000円から100,000円(所得金額調整控除)を控除した1,500,000円になっているんだ。ちなみに給与等の収入金額を記載する[カ]欄の「区分」に「2」と書かれていると思うが、これは上記に該当することを示している。」
浅田調査官は、中尾統括官の言葉を黙って聞いている。

「・・・さらに令和2年分の所得税の確定申告書では、新たに『公的年金等以外の合計所得金額』[53]という欄が設けられている・・・この中に給与所得金額は当然含まれるが、このときには、100,000円を控除しない1,600,000円を記載することになる・・・」
中尾統括官は、令和2年分の所得税確定申告書Bの[53]欄を指さしながら言う。
「所得税の確定申告書の記載欄も、変わることがあるから。」

浅田調査官は、電卓を叩きながら、今の説明を確認する。

「今年の所得税の確定申告は、税法改正の影響を受ける項目が多いから、特に注意しないとな・・・」
中尾統括官は、浅田調査官の肩をポンと叩いて、自分の机に戻る。

(つづく)

この物語はフィクションであり、登場する人物や団体等は、実在のものとは一切関係ありません。

「〈小説〉『所得課税第三部門にて。』」は、不定期の掲載となります。

〈小説〉

所得課税第三部門にて。』

【第42話】

「所得金額調整控除」

公認会計士・税理士 八ッ尾 順一

 

「・・・おかしいな・・・」
浅田調査官は、電卓を叩きながら、頸を傾ける。
机の上には、「令和2年分の所得税の確定申告書B」がある。

「もしかして・・・コンピュータが間違っているのかな・・・」
令和2年の確定申告書はコンピュータで計算されているので、計算ミスはないだろうと思いながらも、浅田調査官は申告書に書かれている数字を何度も検算している。

「・・・何をそんなにムキになって、電卓を叩いているんだ?」
トイレから戻った中尾統括官は、ハンカチで手を拭きながら尋ねる。

「計算が・・・合わないんですよ。」
浅田調査官の顔は、興奮して赤くなっている。

連載目次

〈小説〉『所得課税第三部門にて。』

筆者紹介

八ッ尾 順一

(やつお じゅんいち)

大阪学院大学法学部教授
公認会計士・税理士

昭和26年生まれ
京都大学大学院法学研究科(修士課程)修了

【著書】
・『第7版/事例からみる重加算税の研究』(令和4年)
・『十二訂版/図解 租税法ノート』(令和元年)
・『七訂版/租税回避の事例研究』(平成29年)
・『マンガでわかる税務調査―法人課税第三部門にて』(平成28年) ※Profession Journal掲載記事をマンガ化
・『事例による 資産税の実務研究』(平成28年)
・『法律を学ぶ人の 会計学の基礎知識』共著(平成27年)
・『新装版/入門税務訴訟』(平成22年)
・『マンガでわかる遺産相続』(平成23年)
・『判例・裁決からみる法人税損金経理の判断と実務』(平成23年)以上、清文社
・『入門 税務調査──小説でつかむ改正国税通則法の要点と検証』(平成26年)法律文化社

【論文】
「制度会計における税務会計の位置とその影響」で第9回日税研究奨励賞(昭和61年)受賞
【その他】
平成9~11年度税理士試験委員
平成19~21年度公認会計士試験委員(「租税法」担当)
 
      

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