〈小説〉
『所得課税第三部門にて。』
【第60話】
「学資金と非課税規定」
公認会計士・税理士 八ッ尾 順一
「・・・某税理士法人から質問があったのですが・・・」
浅田調査官は、中尾統括官の机の前に立っている。
「・・・どんな?」
中尾統括官は、部下の調査報告書を見ながら尋ねる。
「はい・・・この税理士法人では、職員が税理士資格を取得するために、大学院に通うことを認め、その学資金を貸与する制度があります・・・」
中尾統括官は、調査報告書から目を離して、浅田調査官を見る。
「それって、あの・・・税理士試験の科目免除を目的とした大学院?」
中尾統括官は、税理士法7条を思い浮かべる。
「はい、税法の修士論文であれば、税法2科目免除、会計学の修士論文であれば、簿記論又は財務諸表論のうち1科目が免除になります・・・」
中尾統括官は、税理士法7条2項を開く。
税法に属する科目その他財務省令で定めるものに関する研究により修士の学位又は学校教育法第104条第3項に規定する文部科学大臣の定める学位で財務省令で定めるものを授与された者で税理士試験において税法に属する科目のいずれか一科目について政令で定める基準以上の成績を得た者が、当該研究が税法に属する科目等に関するものであるとの国税審議会の認定を受けた場合には、試験科目のうちの当該一科目以外の税法に属する科目について、前項に規定する政令で定める基準以上の成績を得たものとみなす。
(括弧書き省略)
「会計学の免除は、同条3項に書いてあります」
浅田調査官は、税務六法を覗きながら、付け加える。
「それで・・・質問は?」
中尾統括官は、質問の内容を催促する。
「ええ、この税理士法人では、一定の条件を満たした職員に対し、この学資金を免除することになっているらしいのです・・・」
浅田調査官は、更に言葉を続ける。
「・・・貸与規定には、税理士の資格を取得してから、3年間は、その税理士法人に勤務しなければならないという条件が付いています・・・」
「・・・すなわち・・・その学資金は、債務免除の条件が付されている貸付金という性格のものだな・・・ところで・・・大学院の授業料は、いくらぐらいなの?」
中尾統括官が尋ねる。
「そうですね・・・大学によって異なりますが・・・私立の場合・・・入学金も含めて、平均すると年間・・・100万円ぐらいだと聞いています・・・したがって、2年間で200万円ですか・・・」
中尾統括官は、浅田調査官の金額に頷く。
「この学資金を税理士法人が免除したとき、当該職員に対し、債務免除益という経済的利益を与えたとして、給与所得等の課税が発生するかという質問なのですが・・・」
浅田調査官は、中尾統括官の顔を覗く。
「・・・ということは、その学資金が所得税法9条1項15号の非課税所得に該当するかどうかということか・・・」
そう言いながら、中尾統括官は、税務六法をめくる。
学資に充てるため給付される金品(給与その他対価の性質を有するもの(給与所得を有する者がその使用者から受けるものにあっては、通常の給与に加算して受けるものであって、次に掲げる場合に該当するもの以外のものを除く。)を除く。)及び扶養義務者相互間において扶養義務を履行するため給付される金品
イ 法人である使用者から当該法人の役員の学資に充てるため給付する場合
ロ 法人である使用者から当該法人の使用人の配偶者その他の当該使用人と政令で定める特別の関係がある者の学資に充てるため給付する場合
ハ 個人である使用者から当該個人の営む事業に従事する当該個人の配偶者その他の親族の学資に充てるため給付する場合
ニ 個人である使用者から当該個人の使用人の配偶者その他の当該使用人と政令で定める特別の関係がある者の学資に充てるため給付する場合
(下線:筆者、一部括弧書き省略)
浅田調査官は、顔をしかめる。
「・・・この条文については、所得税基本通達9-14で解説している・・・」
中尾統括官は、通達を開く。
法第9条第1項第15号の規定の適用において、学資に充てるため給付される金品で、給与その他対価の性質を有するもののうち、給与所得を有する者がその使用者から受けるものについて非課税となるのは、通常の給与に加算して受けるものに限られるのであるから、同号イからニまでに掲げる場合に該当しない給付であっても、通常の給与に代えて給付されるものは、非課税とならないことに留意する。
(下線:筆者)
「・・・ここでは、給与所得者が使用人から受ける学資金で非課税とされるものは、通常の給与に加算して給付されるものに限られるから、本来受けるべき給与の額を減額された上で、それに相当する額を学資金として給付を受けるものなどは、非課税とならないということを明らかにしている・・・」
中尾統括官は、通達を閉じながら、説明を終える。
「・・・ということは・・・基本的に、一定の条件を満たしている職員に対し、学資金を免除しても、非課税所得として取り扱えるということですね?」
浅田調査官は中尾統括官を見る。
「そうなるだろう・・・ただし、税理士法人は、免除の条件を満たしたときに、初めて、その債権(貸付金)を貸倒損失として損金算入することができる・・・」
中尾統括官は、浅田調査官にハッキリと伝える。
(つづく)
この物語はフィクションであり、登場する人物や団体等は、実在のものとは一切関係ありません。
「〈小説〉『所得課税第三部門にて。』」は、不定期の掲載となります。