公開日: 2017/08/17 (掲載号:No.231)
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相続税の実務問答 【第14回】「法定相続分とは異なる割合による遺産分割」

筆者: 梶野 研二

相続税実務問答

【第14回】

「法定相続分とは異なる割合による遺産分割」

 

税理士 梶野 研二

 

[問]

父が今年の5月に亡くなりました。遺産は、母が引き続き居住している家屋とその敷地(合わせて時価8,000万円)、A銀行の預金6,000万円及びB銀行の預金2,000万円です。相続人は、母、長女である私、それに弟の3人です。

遺産分割協議の結果、母が居住している家屋及びその敷地は母が、A銀行の預金6,000万円は多額の住宅ローンをかかえている弟が、そして、B銀行の預金2,000万円は私が取得することとなりました。

遺産の総額は、1億6,000万円となりますので、それぞれの法定相続分(母:2分の1、私:4分の1、弟:4分の1)どおりに分割するならば、母は8,000万円、私と弟は4,000万円ずつとなりますが、上記の遺産分割協議の結果、私は法定相続分よりも少ない財産を取得し、逆に弟は、法定相続分を超える財産を取得することになります。

法定相続分と遺産分割協議により実際に取得することとなった財産の価額との差額について、私から弟に対して贈与したものとして、贈与税が課されることになりますか。

[答]

遺産分割協議の結果、各相続人が取得することとなった財産の価額が、民法に定める法定相続分に基づき算定した価額と異なることとなったとしても、贈与税の課税問題が生じることはありません。

 

● 説 明 ●

1 遺産分割

相続が開始すると、被相続人の財産は、その相続人によって直ちに承継されることとなります(民法896)。

相続人が2名以上いる場合には、相続財産は、この2名以上の相続人が、その相続分(※)に応じて、共有で承継することとなります(民法898、899)。

(※) 民法第900条及び第901条に規定する相続分をいいますが、相続分の指定(民法902)がある場合には指定相続分をいい、特別受益(民法903)又は寄与分(民法904の2)がある場合には、それらを加減します。

その後、遺産分割が行われた場合には、その効力は相続開始の時にさかのぼって生じることとなりますから(民法909)、遺産分割の対象とされた各相続財産は、遺産分割によりそれを取得することとなった相続人が、相続開始の時に承継することとなります。

遺産分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮して行われます(民法906)が、相続人間の協議による遺産分割が行われる場合には、必ずしも民法に定める相続分に応じた分割がなされるとは限りません。

 

2 相続分と実際の分割結果の不一致

被相続人に属していた財産は、原則として、相続人間の分割によって、民法に定める相続分に縛られることなく自由に分割することができます。

また、民法に定める相続分を意識したとしても、それぞれの相続財産についての主観的な価値については相続人毎に差異があるでしょうし、相続開始時から遺産分割時までの間に、各財産の値上がり又は値下がりの状況は一様ではありません。

また、相続税の課税価格及び税額を計算する場合に基となる財産の価額は、実務上、財産評価基本通達等の定めに従って評価されますが、この財産評価基本通達等による評価額は、各財産の実勢価格と乖離することもあります。

このため、換価分割(前回参照)が行われた場合、すべての財産を法定相続分に応じた共有の状態で相続する場合、あるいは遺産が預貯金等の金融資産のみの場合などを除き、民法に定める相続分と全く同じ割合で相続財産を承継するような遺産分割がなされないケースの方が多いのではないかと考えられます。

 

3 遺産分割と贈与

それでは、民法に定める相続分と、遺産分割の結果、各相続人が取得することとなった財産の価額に齟齬が生じた場合に、課税上、問題が生じることになるのでしょうか。つまり、法定相続分より少ない価額の財産を取得した者から、法定相続分よりも多い価額の財産を取得した者に贈与が行われたものとして、贈与税の課税が行われることはないのでしょうか。

前述のとおり、遺産分割が行われると、その効力は相続開始の時にさかのぼって生じることとなりますから(民法909)、各相続人は、相続開始の時に、被相続人から同人に属していた財産をそれぞれ取得することとなります。共同相続人間で、当該財産の贈与が行われるわけではありません。遺産分割協議を一種の契約と考えるとしても、相続人間での贈与契約が締結されたとみることについては無理があるでしょう。

それでは、相続税法第9条に規定するいわゆる「みなし贈与」の観点からはどうでしょうか。

つまり、一部の相続人が他の相続人から「対価を支払わないで、又は著しく低い価額の対価で利益を受けた場合」に該当するといえるでしょうか。

遺産分割が完了するまでは、各相続人は抽象的な相続分しか有していません。遺産分割によって、はじめて具体的な相続財産が確定することとなるのであり、遺産分割によって、相互に経済的な利益の供与をしているとみることは、その実態に即したものとはいえません。

また、相続税法第55条や第32条第1項第1号の規定は、遺産分割によって、民法に定める相続分とは異なる分割が行われた場合に、税負担の調整は、相続税を増減することによって行うこととしており、ここに贈与税課税を想定した規定は存しません。

したがって、一部の相続人が、法定相続分より少ない価額の財産を取得し、別の相続人が、法定相続分を超える価額の財産を取得したとしても、贈与税が課税されることはありません。

(注) いったん遺産分割が有効に成立した後に、何らかの事情で分割をやり直した場合に贈与税課税等の問題が生じることについては、本連載【第6回】「遺産分割協議のやりなおし」で述べたとおりです。

 

4 ご質問の場合

お父様の遺産は、合計1億6,000万円であり、これを法定相続分どおり分割すると、お母様は2分の1の8,000万円、あなたと弟さんは4分の1の4,000万円ずつを取得することになりますが、分割協議の結果、あなたは法定相続分相当額よりも2,000万円少なく、弟さんは2,000万円多く取得することとなったため、この2,000万円があなたから弟さんへの贈与又はみなし贈与になるのではないかとの懸念が生じたものと思われます。

しかしながら、上記のとおり、各相続人は、相続開始の時にさかのぼって、直接、お父様から各財産を取得するものであり、そこには贈与又はみなし贈与は発生しませんので、贈与税が課税されることはありません。

 

〔凡例〕
相法・・・相続税法
相令・・・相続税法施行令
相規・・・相続税法施行規則
相基通・・・相続税法基本通達
所基通・・・所得税基本通達
措法・・・租税特別措置法
措通・・・租税特別措置法関係通達
通法・・・国税通則法
(例)相法27①・・・相続税法27条1項

(了)

「相続税の実務問答」は、毎月第3週に掲載されます。

相続税実務問答

【第14回】

「法定相続分とは異なる割合による遺産分割」

 

税理士 梶野 研二

 

[問]

父が今年の5月に亡くなりました。遺産は、母が引き続き居住している家屋とその敷地(合わせて時価8,000万円)、A銀行の預金6,000万円及びB銀行の預金2,000万円です。相続人は、母、長女である私、それに弟の3人です。

遺産分割協議の結果、母が居住している家屋及びその敷地は母が、A銀行の預金6,000万円は多額の住宅ローンをかかえている弟が、そして、B銀行の預金2,000万円は私が取得することとなりました。

遺産の総額は、1億6,000万円となりますので、それぞれの法定相続分(母:2分の1、私:4分の1、弟:4分の1)どおりに分割するならば、母は8,000万円、私と弟は4,000万円ずつとなりますが、上記の遺産分割協議の結果、私は法定相続分よりも少ない財産を取得し、逆に弟は、法定相続分を超える財産を取得することになります。

法定相続分と遺産分割協議により実際に取得することとなった財産の価額との差額について、私から弟に対して贈与したものとして、贈与税が課されることになりますか。

連載目次

相続税の実務問答

第1回~第40回

第41回~

筆者紹介

梶野 研二

(かじの・けんじ)

税理士

国税庁課税部資産評価企画官付企画専門官、同資産課税課課長補佐、東京地方裁判所裁判所調査官、国税不服審判所本部国税審判官、東京国税局課税第一部資産評価官、玉川税務署長、国税庁課税部財産評価手法研究官を経て、平成25年6月税理士登録。
現在、相続税を中心に税理士業務を行っている。

【主な著書】
・『ケース別 相続土地の評価減』(新日本法規)
・『判例・裁決例にみる 非公開株式評価の実務』(共著 新日本法規出版)
・『株式・公社債評価の実務(平成23年版)』(編著 大蔵財務協会)
・『土地評価の実務(平成22年版)』(編著 大蔵財務協会)
・『贈与税の申告の実務-相続時精算課税を中心として』(編著 大蔵財務協会)
・『農地の相続税・贈与税』(編著 大蔵財務協会)
・『新版 公益法人の税務』(共著 財団法人公益法人協会)

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