公開日: 2020/01/23 (掲載号:No.353)
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相続税の実務問答 【第43回】「遺産分割協議が成立した後に遺言書が発見された場合」

筆者: 梶野 研二

相続税実務問答

【第43回】

「遺産分割協議が成立した後に遺言書が発見された場合」

 

税理士 梶野 研二

 

[問]

平成31年2月に父が亡くなりました。相続人は姉と私の2人です。姉と私は父の遺産について、相続税の申告期限までに遺産分割協議を行い、相続税の申告を済ませました。

最近になって、父の日記などを整理していたところ、その中から「遺言書」と書かれた封筒が出てきました。家庭裁判所の検認を受け、その内容を確認したところ、そこには遺産分割協議において私が取得することとなったA銀行B支店の定期預金を従兄の甲に遺贈すると記載されていました。

私は、父の遺志を尊重し、遺言書に記載されていた定期預金を甲に渡したいと思いますが、そうすると甲に贈与税が課税されることになるのでしょうか。


[答]

相続税の申告書の提出後に遺言書が発見され、分割協議によりあなたが取得することとなったA銀行B支店の定期預金は、従兄の甲さんに遺贈されたものであることが明らかになりました。そうしますとあなたはこの定期預金を取得することはできませんので、相続税の期限内申告書に記載された課税価格は過大であったことになります。そこで相続税法第32条第1項第4号の規定により、あなたは相続税の更正の請求をすることができます。

なお、甲さんは、自分に遺贈があったことを知った日の翌日から10ヶ月以内に相続税の申告書を提出しなければなりません。

● 説 明 ●

1 遺言及び先行する遺産分割の効力

遺言者が亡くなると、原則としてその死亡の時から遺言は効力を生じることとなります。特定の財産を遺贈する旨の遺言があった場合には、その財産は遺言者の死亡とともに受遺者に帰属することとなります。

遺言が存在することが知れないまま、相続人間で遺産分割が行われることがあります。その後、遺産の全部又は一部を特定の者に遺贈する旨の遺言の存在が明らかになると、その受遺者はその遺贈の放棄をしない限り、先行する遺産分割の結果にかかわらず、遺贈の目的となった財産を取得することとなります。

 

2 相続税の申告後に遺言書が発見された場合の相続税の是正

相続税の申告後に遺言書が発見され、その遺言を執行することにより、当初申告において取得財産に含めていた財産を取得することができなくなったため、当初申告における相続税の課税価格が過大となった相続人は、相続税の更正の請求を行うことができます(相法32①四)。

また、この遺言によりはじめて財産を取得することとなった者は、そのことを知った日の翌日から10ヶ月以内に相続税の申告書を提出する必要があります(相法27①、相基通27-4(8))。

 

3 遺産分割協議の有効性

遺言の存在を知らずに遺産分割が行われ、その後に遺言書が発見された場合において、遺言の内容が分かっていれば異なった遺産分割が行われた蓋然性が高い場合には、遺贈の対象とされた財産を受遺者に引き渡すにとどまらず、錯誤があったことを理由に当該遺産分割は無効とされるものと考えられます(平成5年12月16日最高裁第一小法廷判決)。

この場合には、遺言内容を踏まえたところで再度の遺産分割が行われることとなりますが、無効が明らかになった時及び再度の分割協議が行われた時に更正の請求等により申告の是正の手続きを行うこととなります。

(参考判決)平成5年12月16日最高裁第一小法廷判決

本件遺言は、本件土地につきおおよその面積と位置を示して三分割した上、それぞれを相続人3名に相続させる趣旨のものであり、本件土地についての分割の方法をかなり明瞭に定めているということができるから、相続人である上告人らは、本件遺言の存在を知っていれば、特段の事情のない限り、本件土地を訴外相続人が単独で相続する旨の本件遺産分割協議の意思表示をしなかった蓋然性が極めて高いものというべきである。本件遺言で定められた分割の方法が相続人の意思決定に与える影響力の大きさなどを考慮すると、上告人らが本件遺言の存在を知らずに行った本件遺産分割協議における上告人らの意思表示に要素の錯誤がなかったとはいえない。

 

4 ご質問の場合

あなたは、お姉様との間の遺産分割協議の結果に基づいて相続税の課税価格を計算して、相続税の申告書を提出しましたが、その後に、分割協議によりあなたが取得することとなっていたA銀行B支店の定期預金を従兄の甲さんに遺贈する旨のお父様の遺言書が発見されたとのことです。

そうしますと、あなたはこの定期預金を取得することはできませんので、この定期預金を取得財産に含めていた相続税の当初申告における課税価格は過大であったことになります。したがって、あなたは相続税法第32条第1項第4号の規定により、更正の請求をすることができます。

また、従兄の甲さんがA銀行B支店の定期預金を取得するのは、あなたからの贈与によるものではなく、あなたのお父様からの遺贈によるものです。したがって、甲さんに贈与税が課されることはありません。ただし、甲さんは、遺贈があったことを知った日の翌日から10ヶ月以内に相続税の申告書を提出しなければなりません。

なお、この遺言書の発見前にあなたとお姉様の間で遺産分割協議が成立していますが、この遺言書の内容が事前に分かっていれば、当該遺産分割協議とは異なった遺産分割協議が行われたであろう蓋然性が高い場合には、当初の遺産分割協議には錯誤があり、無効となると考えられます。その場合には、甲さんに遺贈された定期預金を除き、再度の遺産分割協議を行うことができるものと考えられます。

〔凡例〕
相法・・・相続税法
相令・・・相続税法施行令
相規・・・相続税法施行規則
相基通・・・相続税法基本通達
所基通・・・所得税基本通達
評基通・・・財産評価基本通達
通法・・・国税通則法
措法・・・租税特別措置法
措通・・・租税特別措置法関係通達
通法・・・国税通則法
(例)相法27①・・・相続税法27条1項

(了)

「相続税の実務問答」は、毎月第3週に掲載されます。

相続税実務問答

【第43回】

「遺産分割協議が成立した後に遺言書が発見された場合」

 

税理士 梶野 研二

 

[問]

平成31年2月に父が亡くなりました。相続人は姉と私の2人です。姉と私は父の遺産について、相続税の申告期限までに遺産分割協議を行い、相続税の申告を済ませました。

最近になって、父の日記などを整理していたところ、その中から「遺言書」と書かれた封筒が出てきました。家庭裁判所の検認を受け、その内容を確認したところ、そこには遺産分割協議において私が取得することとなったA銀行B支店の定期預金を従兄の甲に遺贈すると記載されていました。

私は、父の遺志を尊重し、遺言書に記載されていた定期預金を甲に渡したいと思いますが、そうすると甲に贈与税が課税されることになるのでしょうか。

連載目次

相続税の実務問答

第1回~第40回

第41回~

筆者紹介

梶野 研二

(かじの・けんじ)

税理士

国税庁課税部資産評価企画官付企画専門官、同資産課税課課長補佐、東京地方裁判所裁判所調査官、国税不服審判所本部国税審判官、東京国税局課税第一部資産評価官、玉川税務署長、国税庁課税部財産評価手法研究官を経て、平成25年6月税理士登録。
現在、相続税を中心に税理士業務を行っている。

【主な著書】
・『ケース別 相続土地の評価減』(新日本法規)
・『判例・裁決例にみる 非公開株式評価の実務』(共著 新日本法規出版)
・『株式・公社債評価の実務(平成23年版)』(編著 大蔵財務協会)
・『土地評価の実務(平成22年版)』(編著 大蔵財務協会)
・『贈与税の申告の実務-相続時精算課税を中心として』(編著 大蔵財務協会)
・『農地の相続税・贈与税』(編著 大蔵財務協会)
・『新版 公益法人の税務』(共著 財団法人公益法人協会)

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