相続税の実務問答
【第96回】
「相続時精算課税選択届出書の提出(贈与税の申告義務がない場合)」
税理士 梶野 研二
[問]
私は、毎年、6月の誕生日に父から100万円の現金の贈与を受けており、今年も6月に父から100万円の贈与を受けました。
父からの贈与金額はいわゆる暦年課税の基礎控除額である110万円以下なので、これまで贈与税の申告はしていません。相続時精算課税を選択すると、父から贈与により取得した財産の価額は、その贈与が何年前のものであったとしても、父に相続が開始した際に、相続税の課税価格に加算しなければならないとのことでしたので、これまで相続時精算課税の選択をしませんでした。
令和6年からは、相続時精算課税にも110万円の基礎控除を適用することができることとなり、しかも、贈与者に相続が開始した場合にも基礎控除額までの金額については、相続税の課税価格に加算する必要がなくなったと聞きました。
令和6年中に他に財産の贈与を受ける見込みはないので、将来の相続税をも考慮し、相続時精算課税を選択したいと思っています。相続時精算課税に係る基礎控除額110万円を適用すれば、贈与税は発生しませんので、昨年までと同様に贈与税の申告をする必要はないということでしょうか。その場合、どのような手続きを行えばよいのでしょうか。
[答]
令和6年1月1日以後に相続時精算課税の適用を受ける財産の贈与を受けた場合には、相続時精算課税の適用を受ける財産の価額の合計額が基礎控除額である110万円以下であれば、贈与税の申告書の提出義務はありませんが、相続時精算課税を選択するための「相続時精算課税選択届出書」をあなたの住所地の税務署長に提出しなければなりません。なお、相続税の課税価格に加算又は算入される価額は、その財産の価額から相続時精算課税に係る基礎控除の額を控除した残額となりますので、令和6年中に贈与を受け相続時精算課税の適用を受けた財産が100万円だけであれば、お父様の相続開始があった場合に相続税の課税価格に加算又は算入される金額はありません。
● ● ● ● ● 説 明 ● ● ● ● ●
1 相続時精算課税に係る基礎控除
贈与税の課税方法には、いわゆる暦年課税と相続時精算課税の2つの方法があります。暦年課税と相続時精算課税の概要は次のとおりです。
(注) 加算対象期間は、相続開始日により次のとおりとなります。なお、相続の開始前3年以内に取得した財産以外の財産については、当該財産の価額の合計額から100万円を控除した残額が相続又は遺贈により財産を取得した者の相続税の課税価格に加算されることとなります。
(1) 相続時精算課税を適用した場合の贈与税
令和5年度の税制改正により、令和6年1月1日以後に相続時精算課税を適用する贈与により取得した財産については、その年に贈与を受けた財産の価額の合計額から相続時精算課税に係る基礎控除額110万円(注)を控除し、その残額(特別控除を適用することができる場合には、さらに特別控除の額を控除した残額)に対して贈与税が課されることとなりました。相続時精算課税に係る基礎控除の額の控除後の残額がない場合には、贈与税の申告書の提出義務はありません(相法28①)。
(注) 相続税法第21条の11の2第1項では、相続時精算課税に係る基礎控除額は60万円とされていますが、租税特別措置法第70条の3の2第1項の規定により、相続税法の規定による「60万円」は「110万円」に読み替えられています。
(2) 相続時精算課税を適用した場合の相続税
これまで相続時精算課税に係る贈与については、贈与者に相続が開始した際には、その全額(特別控除を適用した場合であっても特別控除の額を控除する前の金額)が、相続税の課税価格に加算又は算入されることとなっていましたが、令和5年度の税制改正により、贈与者に相続が開始した際の相続税については、贈与を受けた金額から基礎控除額を控除した残額(特別控除を適用した場合であっても特別控除の額を控除する前の金額)が相続税の課税価格に加算又は算入されることとなりました。
2 相続時精算課税選択届出書の提出
相続時精算課税を適用するためには、相続時精算課税の選択の手続きが必要です。この選択が行われない限り、暦年課税が適用されます。
相続時精算課税を選択する場合には、贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日までの間に、相続時精算課税の適用を受ける受贈者の納税地の所轄税務署長に「相続時精算課税選択届出書」を提出しなければなりません(相法21の9②、相令5①前段)。贈与税の申告書の提出義務がある場合には、相続時精算課税選択届出書は贈与税の申告書に添付して提出します(相令5①後段)。提出期限までに「相続時精算課税選択届出書」を提出できなかった場合には、それがやむを得ない理由によるものであったとしても、相続時精算課税を選択することはできません(相基通21の9-3)ので、その場合には、暦年課税が適用されることとなります。
なお、一度、相続時精算課税を選択すると、その翌年以降に、同じ者から贈与を受けた財産については、相続時精算課税が適用されます(相法21の9③)。相続時精算課税の選択は撤回することはできませんから、相続時精算課税の選択は慎重に行う必要があります(相法21の9⑥)。
3 ご質問の場合
令和6年分のお父様からの贈与について相続時精算課税を選択しない場合には、いわゆる暦年課税が適用されますので、令和6年中に贈与を受けた財産の価額の合計額が100万円だけであれば、暦年課税に係る基礎控除を適用することにより贈与税の申告の必要はありません。しかし、お父様がお亡くなりになったときに、お父様からの贈与が暦年贈与の加算対象期間内の贈与であれば、基礎控除額を控除する前の贈与を受けた財産の価額(ただし、その贈与がお父様の相続開始前3年より前に受けたものであれば、その総額から100万円を控除した残額)を相続税の課税価格に加算することとなります。
一方、相続時精算課税を選択した場合には、令和6年中に贈与を受けた財産の価額の合計額が100万円だけであれば、相続時精算課税に係る基礎控除を適用することにより贈与税の申告の必要がなくなる点は、暦年課税の場合と同じです。ただし、お父様がお亡くなりになったときに、お父様から贈与を受けた相続時精算課税を適用した財産については、基礎控除額を控除した残額のみが相続税の課税価格に加算又は算入されることとなります。この点が暦年課税の場合とは異なります。
したがって、贈与税課税の観点からは、相続時精算課税を選択する必要はないかもしれませんが、相続税課税を考慮すれば、令和6年中のお父様からの贈与について相続時精算課税を選択する意味があるといえます。
あなたがお父様からの100万円の現金の贈与について相続時精算課税を選択する場合には、贈与税の申告書の提出義務はありませんので、相続時精算課税選択届出書のみを来年の2月1日から3月15日までの間に、あなたの住所地の所轄税務署長に提出してください。
なお、令和6年中のお父様からの贈与について、相続時精算課税選択届出書を提出しますと、令和7年以降のお父様からの贈与については、相続時精算課税が適用され続けることとなります。基礎控除額の範囲内でお父様から贈与を受ける場合には、相続税の課税価格に加算又は算入される金額はありませんが、相続時精算課税に係る基礎控除額を超える金額(特別控除を適用した場合であっても、特別控除の額を控除する前の金額)の贈与を受けた場合には、それがお父様のお亡くなりになる何年も前のものであったとしても、その金額は相続税の課税価格に加算又は算入されますのでご注意ください。
〔凡例〕
相法・・・相続税法
相令・・・相続税法施行令
相基通・・・相続税法基本通達
(例)相法27①・・・相続税法27条1項
(了)
「相続税の実務問答」は、毎月第3週に掲載されます。
























