公開日: 2021/12/09 (掲載号:No.448)
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酒井克彦の〈深読み◆租税法〉 【第102回】「節税義務が争点とされた事例(その5)」

筆者: 酒井 克彦

酒井克彦の

〈深読み◆租税法〉

【第102回】

「節税義務が争点とされた事例(その5)」

 

中央大学法科大学院教授・法学博士
酒井 克彦

 

はじめに

東京地裁平成7年11月27日判決(判時1575号71頁)は、2億8,000万円もの税理士の債務不履行責任が肯定された事例として、つとに有名な事件である。3,000万円もの報酬をとりながら、「時間がなかったのでとりあえず延納の手続をとっておきました。物納にしたければ、そのときまた私が手続をとります。」などという誤った教示をしていた事件として、税理士の賠償責任問題を論ずる際、しばしば登場する事件である(※)。

(※) 須藤英章「税理士の責任」川井健=塩崎勤『新・裁判実務大系 専門家責任訴訟法』191頁以下(青林書院2004)参照。

とかく、この事件は税理士の負わされた損害賠償額の大きさが注目される事件であるが、角度を変えて見れば、別の論点を提供する素材となる。具体的には、依頼者と税理士との間に締結された(準)委任契約における「委任の本旨」の解釈の問題や税理士の裁量権の問題という論点を投げかける大変興味深い問題が潜在しているといえよう。

 

Ⅰ 事案の概要

1 事実

Xら(原告)は、税理士Y(被告)に対して相続税の申告を依頼した際に、併せて物納手続を依頼したにもかかわらず、Yは物納手続を行うことなく延納の手続をしたほか、土地の評価について実測によらず登記簿上の地積をそのまま採用して土地を過少に評価したり、土地の利用区分、路線価、画地計算、借家権割合の控除率についての過誤が明らかとなったので、XらはYとの契約を解除した上、新たに訴外税理士に依頼して修正申告書を提出し、物納の手続を行った。

Xらは、「Yは、税理士として、委任の本旨に則り、依頼者にとって最も利益となるように相続税の申告手続及び納付手続をすべき義務があ〔る〕」などと主張し、物納財産としての土地の価額と相続税の納付のために売却せざるを得なくなった土地の価額との差額、延滞利子税相当額、過少申告加算税相当額などの損害を被ったとして、Yに対しその賠償を請求した。

2 裁判所の判断

裁判所は、XらがYに対して本件相続税の申告手続を依頼するに際し、併せて物納の申請手続を依頼したことを認定した上で、次のように断じた。

Yが前認定のとおり延納の申請手続をしたことは、特段の事情のない限り、委任の本旨に従わず、かつ、善良な管理者の注意で委任事務を処理しなかったものということができる。

物納は、納税義務者について、その納付すべき相続税額を金銭で納付することを困難とする事由がある場合において、税務署長の許可があって初めて認められることとされていることから(平成4年改正前相続税法41条1項)、裁判所は、金銭納付を困難とする事由があるか否か、物納に充てることができる財産を有していたか否かについて検討を加えた上で、Yの債務不履行を認めた。

本件相続税の納付において、物納の方法によりがたいとか、延納が物納より納税義務者であるXらに有利である等の特段の事情の認められない本件においては、Yが右依頼の趣旨に反して延納の申請手続をしたことは、債務不履行に該当するといわざるをえない。

そして、財産評価の過誤等についても、委任の本旨に則ったものということはできないとして、次のように判示した。

Yは、・・・相続財産である土地の評価に当たり、財産評価通達に反し、地積を実測した上でこれに路線価を乗じて土地の評価額を算出することを怠ったほか、土地の利用区分、路線価、奥行逓減率、二方路線又は三方路線に面する宅地の影響加算等において過誤を犯し、もって相続財産の評価を誤り、過少に申告したのであるから、このようなYの事務処理は、到底本件相続税の申告手続に係る委任の本旨に則ったものということはできず、債務不履行に該当することは明らかである。

 

Ⅱ 節税措置義務と委任の本旨

1 「委任の本旨」の意義と問題点の所在

税理士は、一般に依頼者との間の委任契約若しくは準委任契約に基づく民法644条《受任者の注意義務》の善管注意義務を負っていると解されている。また、民法415条《債務不履行による損害賠償》では、「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき」には、受任者は債務不履行の責任を負うこととされている。

本件判決は、「Yは、税務の専門家として、租税に関する法令、通達等に従い、適切に相続税の申告手続をすべき義務を負うことはもちろん、納税義務者たるXらの信頼にこたえるべく、相続財産について調査を尽くした上、相続財産を適切に各相続人に帰属させる内容の遺産分割案を作成、提示するなどして、Xらにとってできる限り節税となりうるような措置を講ずべき義務をも負うものということができる。〔下線筆者〕」と説示しており、税理士にかような義務が課されているとの理解が基礎にあるようである。

この「節税となりうるような措置を講ずべき義務」とは何を指すのであろうか。この点、本件判決の文脈では、「XらとYとの間で締結された本件相続税の申告の手続等の委任契約の趣旨」に照らして導出される義務であるとしていることから、あくまでも民法643条《委任》の委任契約の一部であるということができよう。

本件では税理士に対して、「物納」の手続をすることが具体的に依頼されていた旨が認定されているが、仮に、物納によらず延納によった方が節税になると税理士が判断したとすれば、税理士はいずれの納付方法を採用すべきなのであろうか。換言すれば、具体的に税理士が委任された内容(以下「具体的委任事項」という。ここでは「物納」を指す。)と、税理士が節税措置として妥当と判断した内容(以下「抽象的委任事項」という。ここでは「延納」を指す。)とが相反する場合にまで、税理士は自己の信じる節税効果を常に優先して処理に当たるべきということになるのかという問題がある。

2 本件裁判所の考え方

本件裁判所は、「物納の方法によりがたいとか、延納が物納より納税義務者であるXらに有利である等の特段の事情の認められない本件においては、Yが右依頼の趣旨に反して延納の申請手続をしたことは、債務不履行に該当する」としている。

つまり、①物納の方法により難い場合と、②延納が物納よりも節税となる場合には、税理士が延納を採用したことに責めはないということを意味しよう。かかる判示からすれば、裁判所は、税理士が節税措置として自らの判断の下において採用した措置、すなわち抽象的委任事項の履行として税理士が採った措置についての責任を問わない姿勢を看取することもできる。

例えば、物納にする根拠として、仮に税負担を軽減できずとも遺族間での遺産分割が容易になるといった利便性があったとしても、そのことは税理士の責任論のレベルでは無視されるとの考えがあるのであろう。かように考えると、税理士は常に節税措置など税務上の取扱いを判断の中心に置いて行動していれば、債務不履行責任を負うことはなさそうである。

もっとも、このような判示が下されているのは、裁判所が依頼人との税理士顧問契約ないし個別の「物納手続の依頼」が、ともに節税措置の依頼を包摂していると解釈したからにほかならないと考えれば理解しやすい。

ただ、判決が「税務の専門家として、・・・適切に相続税の申告手続をすべき義務を負うことはもちろん、納税義務者たるXらの信頼にこたえるべく、・・・Xらにとってできる限り節税となりうるような措置を講ずべき義務をも負う」と説示している点には留意が必要であろう。すなわち、「節税措置を講ずべき義務をも・・負う」として、節税措置を二次的な義務と解していると理解することもできそうである。

(了)

「酒井克彦の〈深読み◆租税法〉」は、毎月第2週に掲載されます。

酒井克彦の

〈深読み◆租税法〉

【第102回】

「節税義務が争点とされた事例(その5)」

 

中央大学法科大学院教授・法学博士
酒井 克彦

 

はじめに

東京地裁平成7年11月27日判決(判時1575号71頁)は、2億8,000万円もの税理士の債務不履行責任が肯定された事例として、つとに有名な事件である。3,000万円もの報酬をとりながら、「時間がなかったのでとりあえず延納の手続をとっておきました。物納にしたければ、そのときまた私が手続をとります。」などという誤った教示をしていた事件として、税理士の賠償責任問題を論ずる際、しばしば登場する事件である(※)。

(※) 須藤英章「税理士の責任」川井健=塩崎勤『新・裁判実務大系 専門家責任訴訟法』191頁以下(青林書院2004)参照。

とかく、この事件は税理士の負わされた損害賠償額の大きさが注目される事件であるが、角度を変えて見れば、別の論点を提供する素材となる。具体的には、依頼者と税理士との間に締結された(準)委任契約における「委任の本旨」の解釈の問題や税理士の裁量権の問題という論点を投げかける大変興味深い問題が潜在しているといえよう。

 

Ⅰ 事案の概要

1 事実

Xら(原告)は、税理士Y(被告)に対して相続税の申告を依頼した際に、併せて物納手続を依頼したにもかかわらず、Yは物納手続を行うことなく延納の手続をしたほか、土地の評価について実測によらず登記簿上の地積をそのまま採用して土地を過少に評価したり、土地の利用区分、路線価、画地計算、借家権割合の控除率についての過誤が明らかとなったので、XらはYとの契約を解除した上、新たに訴外税理士に依頼して修正申告書を提出し、物納の手続を行った。

Xらは、「Yは、税理士として、委任の本旨に則り、依頼者にとって最も利益となるように相続税の申告手続及び納付手続をすべき義務があ〔る〕」などと主張し、物納財産としての土地の価額と相続税の納付のために売却せざるを得なくなった土地の価額との差額、延滞利子税相当額、過少申告加算税相当額などの損害を被ったとして、Yに対しその賠償を請求した。

2 裁判所の判断

裁判所は、XらがYに対して本件相続税の申告手続を依頼するに際し、併せて物納の申請手続を依頼したことを認定した上で、次のように断じた。

Yが前認定のとおり延納の申請手続をしたことは、特段の事情のない限り、委任の本旨に従わず、かつ、善良な管理者の注意で委任事務を処理しなかったものということができる。

物納は、納税義務者について、その納付すべき相続税額を金銭で納付することを困難とする事由がある場合において、税務署長の許可があって初めて認められることとされていることから(平成4年改正前相続税法41条1項)、裁判所は、金銭納付を困難とする事由があるか否か、物納に充てることができる財産を有していたか否かについて検討を加えた上で、Yの債務不履行を認めた。

本件相続税の納付において、物納の方法によりがたいとか、延納が物納より納税義務者であるXらに有利である等の特段の事情の認められない本件においては、Yが右依頼の趣旨に反して延納の申請手続をしたことは、債務不履行に該当するといわざるをえない。

そして、財産評価の過誤等についても、委任の本旨に則ったものということはできないとして、次のように判示した。

Yは、・・・相続財産である土地の評価に当たり、財産評価通達に反し、地積を実測した上でこれに路線価を乗じて土地の評価額を算出することを怠ったほか、土地の利用区分、路線価、奥行逓減率、二方路線又は三方路線に面する宅地の影響加算等において過誤を犯し、もって相続財産の評価を誤り、過少に申告したのであるから、このようなYの事務処理は、到底本件相続税の申告手続に係る委任の本旨に則ったものということはできず、債務不履行に該当することは明らかである。

 

Ⅱ 節税措置義務と委任の本旨

1 「委任の本旨」の意義と問題点の所在

税理士は、一般に依頼者との間の委任契約若しくは準委任契約に基づく民法644条《受任者の注意義務》の善管注意義務を負っていると解されている。また、民法415条《債務不履行による損害賠償》では、「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき」には、受任者は債務不履行の責任を負うこととされている。

本件判決は、「Yは、税務の専門家として、租税に関する法令、通達等に従い、適切に相続税の申告手続をすべき義務を負うことはもちろん、納税義務者たるXらの信頼にこたえるべく、相続財産について調査を尽くした上、相続財産を適切に各相続人に帰属させる内容の遺産分割案を作成、提示するなどして、Xらにとってできる限り節税となりうるような措置を講ずべき義務をも負うものということができる。〔下線筆者〕」と説示しており、税理士にかような義務が課されているとの理解が基礎にあるようである。

この「節税となりうるような措置を講ずべき義務」とは何を指すのであろうか。この点、本件判決の文脈では、「XらとYとの間で締結された本件相続税の申告の手続等の委任契約の趣旨」に照らして導出される義務であるとしていることから、あくまでも民法643条《委任》の委任契約の一部であるということができよう。

本件では税理士に対して、「物納」の手続をすることが具体的に依頼されていた旨が認定されているが、仮に、物納によらず延納によった方が節税になると税理士が判断したとすれば、税理士はいずれの納付方法を採用すべきなのであろうか。換言すれば、具体的に税理士が委任された内容(以下「具体的委任事項」という。ここでは「物納」を指す。)と、税理士が節税措置として妥当と判断した内容(以下「抽象的委任事項」という。ここでは「延納」を指す。)とが相反する場合にまで、税理士は自己の信じる節税効果を常に優先して処理に当たるべきということになるのかという問題がある。

2 本件裁判所の考え方

本件裁判所は、「物納の方法によりがたいとか、延納が物納より納税義務者であるXらに有利である等の特段の事情の認められない本件においては、Yが右依頼の趣旨に反して延納の申請手続をしたことは、債務不履行に該当する」としている。

つまり、①物納の方法により難い場合と、②延納が物納よりも節税となる場合には、税理士が延納を採用したことに責めはないということを意味しよう。かかる判示からすれば、裁判所は、税理士が節税措置として自らの判断の下において採用した措置、すなわち抽象的委任事項の履行として税理士が採った措置についての責任を問わない姿勢を看取することもできる。

例えば、物納にする根拠として、仮に税負担を軽減できずとも遺族間での遺産分割が容易になるといった利便性があったとしても、そのことは税理士の責任論のレベルでは無視されるとの考えがあるのであろう。かように考えると、税理士は常に節税措置など税務上の取扱いを判断の中心に置いて行動していれば、債務不履行責任を負うことはなさそうである。

もっとも、このような判示が下されているのは、裁判所が依頼人との税理士顧問契約ないし個別の「物納手続の依頼」が、ともに節税措置の依頼を包摂していると解釈したからにほかならないと考えれば理解しやすい。

ただ、判決が「税務の専門家として、・・・適切に相続税の申告手続をすべき義務を負うことはもちろん、納税義務者たるXらの信頼にこたえるべく、・・・Xらにとってできる限り節税となりうるような措置を講ずべき義務をも負う」と説示している点には留意が必要であろう。すなわち、「節税措置を講ずべき義務をも・・負う」として、節税措置を二次的な義務と解していると理解することもできそうである。

(了)

「酒井克彦の〈深読み◆租税法〉」は、毎月第2週に掲載されます。

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酒井克彦の〈深読み◆租税法〉

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筆者紹介

酒井 克彦

(さかい・かつひこ)

法学博士(中央大学)。
国税庁等での勤務を経て、中央大学法科大学院教授として、法科大学院のほか税務大学校等でも教鞭をとる。
一般社団法人アコード租税総合研究所 所長、一般社団法人ファルクラム 代表理事。2025年5月13日、逝去。

一般社団法人ファルクラム https://fulcrumtax.net/
一般社団法人アコード租税総合研究所 http://accordtax.net/

【著書】
『「正当な理由」をめぐる認定判断と税務解釈―判断に迷う《加算税免除規定》の解釈』(2015年、清文社)
『「相当性」をめぐる認定判断と税務解釈―借地権課税における「相当の地代」を主たる論点として』(2013年、清文社)
『スタートアップ租税法〔第4版〕』(2021年)、『クローズアップ保険税務』(2016年)その他5冊のアップシリーズ(財経詳報社)
『裁判例からみる所得税法〔二訂版〕』(2021年)、『裁判例からみる法人税法〔三訂版〕』(2019年)、『裁判例からみる税務調査』(2020年)、『裁判例からみる保険税務』(2021年、大蔵財務協会)
『レクチャー租税法解釈入門』(2015年、弘文堂)
『プログレッシブ税務会計論Ⅰ〔第2版〕、Ⅱ〔第2版〕、Ⅲ、Ⅳ』(Ⅰ、Ⅱ 2018年、Ⅲ 2019年、Ⅳ 2020年、中央経済社)
『アクセス税務通達の読み方』(2016年)、『税理士業務に活かす!通達のチェックポイント -法人税裁判事例精選20』(2017年)、『同 -所得税裁判事例精選20』(2018年)、『同-相続税裁判事例精選20』(2019年、第一法規)
『30年分申告・31年度改正対応 キャッチアップ仮想通貨の最新税務』(2019年)、その他5冊のキャッチアップシリーズ(ぎょうせい)
その他書籍・論文多数

 

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