公開日: 2022/01/13 (掲載号:No.452)
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酒井克彦の〈深読み◆租税法〉 【第103回】「節税義務が争点とされた事例(その6)」

筆者: 酒井 克彦

酒井克彦の

〈深読み◆租税法〉

【第103回】

「節税義務が争点とされた事例(その6)」

 

中央大学法科大学院教授・法学博士
酒井 克彦

 

Ⅰ 事案の概要

1 概観

本件は、土地の譲渡に伴う所得税について、税理士であるY(被告)の的確な助言があれば事業用資産の買換え特例を適用することにより土地譲渡に伴う所得税を一切負担しなくても済んだはずであるとして、X(原告)がYに対し、債務不履行による損害賠償としてXが納付した譲渡所得税、過少申告加算税及び延滞税の税額の合計相当額2,308万円余等の支払を求める事案である。

2 具体的事実

(1) 本件土地等の売買経緯

Xは、昭和61年6月3日、東京都M区においてかねてより訴外母甲や兄らと共有してきた土地(以下「本件土地」という。)を、同土地上に所在する建物(以下「本件建物」という。)と併せて、第三者に譲渡(以下「本件譲渡」という。)した。Xは、本件建物の一階部分について生計を一にする母甲とともに居住の用に供する一方、母甲は、本件建物の二階部分をアパートとして第三者に賃貸していた。その後、Xと母甲は、同年7月10日、本件土地及び本件建物に替わる居住用資産として、A県所在の宅地及び同地上建物(以下「本件A居宅」という。)を買い受けて、これを居住の用に供した。また、Xは、昭和62年7月、B県に所在するマンション(以下「本件Bマンション」という。)を買い受けた。

なお、Xは、昭和43年頃以降は専ら本件建物に母甲とともに居住していたが、住民登録上はその所有する東京都O区所在のマンションに居住していることになっていて、昭和61年4月に同マンションを売り渡し、これに伴う同年分の譲渡所得税の課税については、同マンションを居住用資産として租税特別措置法(当時)所定の居住用資産の譲渡所得の特別控除を受けており、本件土地及び本件建物の売買契約が締結された後の同年7月9日、本件建物の所在地へ転入したものとして転入の届出をしていたことが認められている。

(2) 確定申告等の経緯

Xは、昭和63年3月8日、所轄税務署長に対して、Xの依頼に基づいて税理士であるYが作成した確定申告書に基づいて昭和62年分の所得税の確定申告をしたが、そこではXについては本件土地全体を居住用資産とする前提に立ち、本件A居宅についてのみ租税特別措置法36条の2(昭和62年法律第96号による改正前のもの。本件における適用関係については以下*参照。)所定の居住用資産の買換え特例を適用して税額を算出し、これに基づいて分離課税の長期譲渡所得に係る譲渡所得税を納付した。

ところが、後日、Yの作成した上記確定申告書にはYの過誤による違算があり、譲渡所得税額が800万円過少であることが判明したため、Xは、平成2年6月19日に修正申告を行い、同日に、本税のほか過少申告加算税及び延滞税を納付した。

Xは、これらの過程において、Yに対して、税務相談を求め、確定申告書の作成を依頼するなどし、これに対する報酬を支払っていた。

*当時の租税特別措置法36条の2及び37条所定の譲渡所得課税の特例の適用にかかる課税実務の取扱いについて、裁判所は、これらの法条や、国税庁長官通達「租税特別措置法(山林所得・譲渡所得関係)の取扱いについて」(昭和46年8月26日付け)及び弁論の全趣旨によれば、本件におけるように、譲渡した特定資産がその所有者以外の者(筆者注:本件では母甲)の事業の用に供されていた場合であっても、その事業を営む者が特定資産の所有者と生計を一にする親族であって、かつ、その事業が不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業であるときには、租税特別措置法37条所定の譲渡所得課税の特例の適用については、その特定資産は所有者にとっても事業の用に供していたものとして取り扱い、また、建物及びその敷地の用に供されている土地が事業の用に供されているとともに居住の用にも供されている場合においては、同法36条の2及び37条所定の譲渡所得課税の特例の適用については、右建物又は土地は、原則としてそれぞれの用に供されている部分の面積の比によって事業の用及び居住の用に供されているものとして、その割合に応じてそれぞれ右各法条による事業用資産の買換え特例及び居住用資産の買換え特例の適用を受けることができる対象資産として取り扱うのが課税実務の一般的な取扱いであったことを認めることができ、したがって、Xは、本件土地の譲渡に伴う譲渡所得税の課税については、買換資産としてそれぞれの所定の要件を充足する事業用資産及び居住用資産を取得することによって、事業用資産の買換え特例の適用とともに居住用資産の買換え特例の適用をも受けることができたとしている。

3 争点

① YがXに教示した助言等の内容が租税特別措置法の前記各法条の法意や課税実務の一般的な取扱いに適合するものであったか否か(この点については、上記2(2)*参照)。

② Yが的確な助言等を与えていれば、Xは本件Bマンションのほかにも新たに事業用資産を取得しこれによって事業用資産の買換え特例の適用を受けて本件土地の譲渡に伴う譲渡所得税を一切負担しなくてもよかったはずであるとしてYに対して債務不履行による損害賠償を求めることの是非。

4 判決の要旨

東京地裁平成4年7月31日判決(判時1463号88頁)は、「Xの昭和62年分の譲渡所得税の課税に関する限りにおいては、YがXに教示した助言等の内容が事業用資産及び居住用資産の買換えの特例を定めた租税特別措置法の前記各法条の法意やその下での課税実務の一般的な取扱いに適合するものではなかったことは確かである。」とするものの、次のように続けている。

しかしながら、Xが昭和61年分の所得税の確定申告において東京都O区・・・所在のマンションに居住しているものとして右マンションの譲渡に伴う譲渡所得税について居住用資産の譲渡所得の特別控除を受けていることやXのその後の住民登録上の届出の状況等に照らすと、本件土地の譲渡に伴う譲渡所得税の課税について、Xが事業用資産の買換え特例及び居住用資産の買換え特例の適用を受けることができるかについてYが懸念を持ったのはむしろ当然のことであって、必ずしもYのした助言等の内容が不適切なものであるということはできないし、もとよりYがここにおいて買換資産として新たに事業用資産を取得することにより事業用資産の買換え特例の適用を受けることができるものとしてこれをXに勧奨することができる状況になかったことは明らかである。

また、東京地裁は、Xにとって、Yの提供する情報が唯一のものであったわけではなく、Yからの助言等に全面的に依拠していたともいえないとして、次のように説示している。

そもそも、・・・Xは、Yに相談する前後を通じて、不動産業者や他の公認会計士等から、本件土地の譲渡に伴う譲渡所得税の課税についてXについても事業用資産の買換え特例及び居住用資産の買換え特例の双方の適用を受けることができるとの話を聞いたことがあるなどしたこともあって、Xにとって必ずしもYが提供する情報が唯一のものではなかったし、これと異なる見解に接しても、いずれが正当であるかについてYに聞きただしたり、事業用資産の取得についての具体的な相談をするようなことはせず、また、昭和62年8、9月頃から昭和63年2月頃までの間は一切Yとの接触を持たなかったものであって、必ずしもYからの助言等に全面的に依拠していたというものではないこと、Xは、既に昭和62年7月に本件Bマンションを買い受けていたにもかかわらず、当初からはこれをYに告げないで、漸く昭和63年2月8日になって右マンションについて事業用資産の買換え特例の適用を受けた方が課税上有利であるかどうかを問い合せているに過ぎず、X自身が必ずしも事業用資産の買換え特例の適用を受けることができないものと信じていた訳のものでもないことが窺われること、訴外母甲は、更に事業用資産を取得することによって、本件土地及び本件建物の譲渡に伴う譲渡所得税につき、より大幅な事業用資産の買換え特例の適用を受ける余地を残していたにもかかわらず、取得価額3,000万円の事業用の買換資産を取得する予定があるものとして、昭和62年分の所得税の確定申告において、事業用資産の買換承認の申請をしているに過ぎないことが認められるのであって、これらの諸事情に照らすと、Xは、必ずしもYの教示した助言等の内容に依拠して本件Bマンション以外に更に事業用資産を取得するかどうかを判断していたものではないし、また、Xが新たに事業用資産を取得しなかったことがYの助言等の内容に起因するものということもできない。

そして、結論として、Xの請求には理由がないと判示した。

また、Yが、本件土地を事業用と居住用との併用資産として本件A居宅及び本件Bマンションをその買換資産として事業用資産の買換え特例及び居住用資産の買換え特例の双方の適用を受けるのではなく、本件土地全体を居住用資産として本件A居宅についてのみ居住用資産の買換え特例の適用を受けることをXに対して勧奨して、Xがこれに基づいて昭和62年分の譲渡所得の確定申告を行ったことは、租税特別措置法の前記各法条の法意やその下での課税実務の一般的な取扱いに反するものであるとはいえ、結果的にはかえってXの納付すべき税額が少なくなっているのであって、Xは、これによってなんらの損失を被ったものではない。

したがって、Yが的確な助言等を与えておればXは本件Bマンションのほかにも新たに事業用資産を取得しこれによって事業用資産の買換え特例の適用を受けて本件土地の譲渡に伴う譲渡所得税を一切負担しなくてもよかったはずであるとしてYに対して債務不履行による損害賠償を求めるXの主位的請求は、理由がないものというべきである。

 

Ⅱ コメント

本件判決は、YがXに教示した助言等の内容が「租税特別措置法の前記各法条の法意やその下での課税実務の一般的な取扱いに適合するものではなかったことは確か」であるとしつつも、Xの住民登録上の届出の状況等の諸事情に照らすと、本件土地の譲渡に伴う譲渡所得税の課税について、Xが事業用資産の買換え特例及び居住用資産の買換え特例の適用を受けることができるかについて「Yが懸念を持ったのはむしろ当然」のことであって、「必ずしもYのした助言等の内容が不適切なものであるということはできない。」として請求を棄却している。

このような判決が示すところを前提に考えると、税理士に節税措置義務が肯定されるとしても、特例の適用を受け得るかにつき不確実な状況である場合においてまで措定される義務ではないということができそうである。

では、不確実な状況とはどのようなものであろうか。少なくとも法律や通達において、明らかに選択適用が認められているような場合は、不確実性があるとは認められないと思われるが、税制上認められるかどうかが判然としないような場合は、どうであろうか。

一定程度の調査義務が税理士に課されていることを前提に考えると(※1)、税理士が行うべきある程度の調査によって不確実性を払拭することができるのであれば、その不確実性を払拭することをも含めて節税措置義務が措定されると考えることも、あながち税理士の責任レベルを高めているということにはならないであろう。

(※1) 酒井克彦「税理士の調査義務-大阪高裁平成8年11月29日判決を素材として-」税務弘報52巻12号97頁(2004)参照。ドイツにおいては、税理士は新規又は変更された法規範を調査しなければならないとする連邦通常裁判所決定、ツェレ上級地方裁判所決定がある(vgl. BGH. v. 30. 6. 1971, Ⅳ ZB 41/71, NJW 1971, 1704; v. 7. 3. 1978, Ⅵ ZB 18/77, NJW 1978, 1486; vgl. Auch OLG Celle, VersR 2001, 1437, 1438)。

かかる調査義務が具体的に問題となる場合として、文書回答手続の利用の有無を挙げることもできよう。税理士は、国税庁の実施する文書回答手続を納税者の代理人として利用することができるのであるから、税理士が文書回答手続を行うことができるのに、それを行わずにいたことで節税措置をする機会を逃したというようなケースにおいては、税理士の責任が追及されることもあり得ると解される(※2)。

(※2) なお、国税庁の文書回答手続は従来、節税に関する照会ができないこととされていたが、令和3年の改正により、節税照会を受けることが可能となった(国税庁長官通達(令和3年6月21日付け課審1-15ほか9課共同)「『事前照会に対する文書回答の事務処理手続等について』の一部改正について(事務運営指針)」)。この点については、酒井克彦「ソフトローによる予測の担保-文書回答手続の改正を契機に-」税務事例54巻1巻1号1頁(2022)参照。

もっとも、文書回答手続制度があるからといって、税理士の責任の範囲をむやみに広く捉えるものでは決してない。例えば、同制度を利用すべきであったのか否かといった税理士の責任を論ずるに当たっては、顧客である納税者と税理士が締結している契約の具体的な解釈如何によって判断がなされるべきであろう。また、少なくとも、現行の文書回答手続は、節税目的のみの照会を受け付けていないのであるから、節税策を考案した場合において、これを文書回答手続によって確認すれば不確実性が払拭できたはずであるなどとして、税理士の責任を問うべきことにはなりそうにないことを付言しておきたい。

(了)

「酒井克彦の〈深読み◆租税法〉」は、毎月第2週に掲載されます。

酒井克彦の

〈深読み◆租税法〉

【第103回】

「節税義務が争点とされた事例(その6)」

 

中央大学法科大学院教授・法学博士
酒井 克彦

 

Ⅰ 事案の概要

1 概観

本件は、土地の譲渡に伴う所得税について、税理士であるY(被告)の的確な助言があれば事業用資産の買換え特例を適用することにより土地譲渡に伴う所得税を一切負担しなくても済んだはずであるとして、X(原告)がYに対し、債務不履行による損害賠償としてXが納付した譲渡所得税、過少申告加算税及び延滞税の税額の合計相当額2,308万円余等の支払を求める事案である。

2 具体的事実

(1) 本件土地等の売買経緯

Xは、昭和61年6月3日、東京都M区においてかねてより訴外母甲や兄らと共有してきた土地(以下「本件土地」という。)を、同土地上に所在する建物(以下「本件建物」という。)と併せて、第三者に譲渡(以下「本件譲渡」という。)した。Xは、本件建物の一階部分について生計を一にする母甲とともに居住の用に供する一方、母甲は、本件建物の二階部分をアパートとして第三者に賃貸していた。その後、Xと母甲は、同年7月10日、本件土地及び本件建物に替わる居住用資産として、A県所在の宅地及び同地上建物(以下「本件A居宅」という。)を買い受けて、これを居住の用に供した。また、Xは、昭和62年7月、B県に所在するマンション(以下「本件Bマンション」という。)を買い受けた。

なお、Xは、昭和43年頃以降は専ら本件建物に母甲とともに居住していたが、住民登録上はその所有する東京都O区所在のマンションに居住していることになっていて、昭和61年4月に同マンションを売り渡し、これに伴う同年分の譲渡所得税の課税については、同マンションを居住用資産として租税特別措置法(当時)所定の居住用資産の譲渡所得の特別控除を受けており、本件土地及び本件建物の売買契約が締結された後の同年7月9日、本件建物の所在地へ転入したものとして転入の届出をしていたことが認められている。

(2) 確定申告等の経緯

Xは、昭和63年3月8日、所轄税務署長に対して、Xの依頼に基づいて税理士であるYが作成した確定申告書に基づいて昭和62年分の所得税の確定申告をしたが、そこではXについては本件土地全体を居住用資産とする前提に立ち、本件A居宅についてのみ租税特別措置法36条の2(昭和62年法律第96号による改正前のもの。本件における適用関係については以下*参照。)所定の居住用資産の買換え特例を適用して税額を算出し、これに基づいて分離課税の長期譲渡所得に係る譲渡所得税を納付した。

ところが、後日、Yの作成した上記確定申告書にはYの過誤による違算があり、譲渡所得税額が800万円過少であることが判明したため、Xは、平成2年6月19日に修正申告を行い、同日に、本税のほか過少申告加算税及び延滞税を納付した。

Xは、これらの過程において、Yに対して、税務相談を求め、確定申告書の作成を依頼するなどし、これに対する報酬を支払っていた。

*当時の租税特別措置法36条の2及び37条所定の譲渡所得課税の特例の適用にかかる課税実務の取扱いについて、裁判所は、これらの法条や、国税庁長官通達「租税特別措置法(山林所得・譲渡所得関係)の取扱いについて」(昭和46年8月26日付け)及び弁論の全趣旨によれば、本件におけるように、譲渡した特定資産がその所有者以外の者(筆者注:本件では母甲)の事業の用に供されていた場合であっても、その事業を営む者が特定資産の所有者と生計を一にする親族であって、かつ、その事業が不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業であるときには、租税特別措置法37条所定の譲渡所得課税の特例の適用については、その特定資産は所有者にとっても事業の用に供していたものとして取り扱い、また、建物及びその敷地の用に供されている土地が事業の用に供されているとともに居住の用にも供されている場合においては、同法36条の2及び37条所定の譲渡所得課税の特例の適用については、右建物又は土地は、原則としてそれぞれの用に供されている部分の面積の比によって事業の用及び居住の用に供されているものとして、その割合に応じてそれぞれ右各法条による事業用資産の買換え特例及び居住用資産の買換え特例の適用を受けることができる対象資産として取り扱うのが課税実務の一般的な取扱いであったことを認めることができ、したがって、Xは、本件土地の譲渡に伴う譲渡所得税の課税については、買換資産としてそれぞれの所定の要件を充足する事業用資産及び居住用資産を取得することによって、事業用資産の買換え特例の適用とともに居住用資産の買換え特例の適用をも受けることができたとしている。

3 争点

① YがXに教示した助言等の内容が租税特別措置法の前記各法条の法意や課税実務の一般的な取扱いに適合するものであったか否か(この点については、上記2(2)*参照)。

② Yが的確な助言等を与えていれば、Xは本件Bマンションのほかにも新たに事業用資産を取得しこれによって事業用資産の買換え特例の適用を受けて本件土地の譲渡に伴う譲渡所得税を一切負担しなくてもよかったはずであるとしてYに対して債務不履行による損害賠償を求めることの是非。

4 判決の要旨

東京地裁平成4年7月31日判決(判時1463号88頁)は、「Xの昭和62年分の譲渡所得税の課税に関する限りにおいては、YがXに教示した助言等の内容が事業用資産及び居住用資産の買換えの特例を定めた租税特別措置法の前記各法条の法意やその下での課税実務の一般的な取扱いに適合するものではなかったことは確かである。」とするものの、次のように続けている。

しかしながら、Xが昭和61年分の所得税の確定申告において東京都O区・・・所在のマンションに居住しているものとして右マンションの譲渡に伴う譲渡所得税について居住用資産の譲渡所得の特別控除を受けていることやXのその後の住民登録上の届出の状況等に照らすと、本件土地の譲渡に伴う譲渡所得税の課税について、Xが事業用資産の買換え特例及び居住用資産の買換え特例の適用を受けることができるかについてYが懸念を持ったのはむしろ当然のことであって、必ずしもYのした助言等の内容が不適切なものであるということはできないし、もとよりYがここにおいて買換資産として新たに事業用資産を取得することにより事業用資産の買換え特例の適用を受けることができるものとしてこれをXに勧奨することができる状況になかったことは明らかである。

また、東京地裁は、Xにとって、Yの提供する情報が唯一のものであったわけではなく、Yからの助言等に全面的に依拠していたともいえないとして、次のように説示している。

そもそも、・・・Xは、Yに相談する前後を通じて、不動産業者や他の公認会計士等から、本件土地の譲渡に伴う譲渡所得税の課税についてXについても事業用資産の買換え特例及び居住用資産の買換え特例の双方の適用を受けることができるとの話を聞いたことがあるなどしたこともあって、Xにとって必ずしもYが提供する情報が唯一のものではなかったし、これと異なる見解に接しても、いずれが正当であるかについてYに聞きただしたり、事業用資産の取得についての具体的な相談をするようなことはせず、また、昭和62年8、9月頃から昭和63年2月頃までの間は一切Yとの接触を持たなかったものであって、必ずしもYからの助言等に全面的に依拠していたというものではないこと、Xは、既に昭和62年7月に本件Bマンションを買い受けていたにもかかわらず、当初からはこれをYに告げないで、漸く昭和63年2月8日になって右マンションについて事業用資産の買換え特例の適用を受けた方が課税上有利であるかどうかを問い合せているに過ぎず、X自身が必ずしも事業用資産の買換え特例の適用を受けることができないものと信じていた訳のものでもないことが窺われること、訴外母甲は、更に事業用資産を取得することによって、本件土地及び本件建物の譲渡に伴う譲渡所得税につき、より大幅な事業用資産の買換え特例の適用を受ける余地を残していたにもかかわらず、取得価額3,000万円の事業用の買換資産を取得する予定があるものとして、昭和62年分の所得税の確定申告において、事業用資産の買換承認の申請をしているに過ぎないことが認められるのであって、これらの諸事情に照らすと、Xは、必ずしもYの教示した助言等の内容に依拠して本件Bマンション以外に更に事業用資産を取得するかどうかを判断していたものではないし、また、Xが新たに事業用資産を取得しなかったことがYの助言等の内容に起因するものということもできない。

そして、結論として、Xの請求には理由がないと判示した。

また、Yが、本件土地を事業用と居住用との併用資産として本件A居宅及び本件Bマンションをその買換資産として事業用資産の買換え特例及び居住用資産の買換え特例の双方の適用を受けるのではなく、本件土地全体を居住用資産として本件A居宅についてのみ居住用資産の買換え特例の適用を受けることをXに対して勧奨して、Xがこれに基づいて昭和62年分の譲渡所得の確定申告を行ったことは、租税特別措置法の前記各法条の法意やその下での課税実務の一般的な取扱いに反するものであるとはいえ、結果的にはかえってXの納付すべき税額が少なくなっているのであって、Xは、これによってなんらの損失を被ったものではない。

したがって、Yが的確な助言等を与えておればXは本件Bマンションのほかにも新たに事業用資産を取得しこれによって事業用資産の買換え特例の適用を受けて本件土地の譲渡に伴う譲渡所得税を一切負担しなくてもよかったはずであるとしてYに対して債務不履行による損害賠償を求めるXの主位的請求は、理由がないものというべきである。

 

Ⅱ コメント

本件判決は、YがXに教示した助言等の内容が「租税特別措置法の前記各法条の法意やその下での課税実務の一般的な取扱いに適合するものではなかったことは確か」であるとしつつも、Xの住民登録上の届出の状況等の諸事情に照らすと、本件土地の譲渡に伴う譲渡所得税の課税について、Xが事業用資産の買換え特例及び居住用資産の買換え特例の適用を受けることができるかについて「Yが懸念を持ったのはむしろ当然」のことであって、「必ずしもYのした助言等の内容が不適切なものであるということはできない。」として請求を棄却している。

このような判決が示すところを前提に考えると、税理士に節税措置義務が肯定されるとしても、特例の適用を受け得るかにつき不確実な状況である場合においてまで措定される義務ではないということができそうである。

では、不確実な状況とはどのようなものであろうか。少なくとも法律や通達において、明らかに選択適用が認められているような場合は、不確実性があるとは認められないと思われるが、税制上認められるかどうかが判然としないような場合は、どうであろうか。

一定程度の調査義務が税理士に課されていることを前提に考えると(※1)、税理士が行うべきある程度の調査によって不確実性を払拭することができるのであれば、その不確実性を払拭することをも含めて節税措置義務が措定されると考えることも、あながち税理士の責任レベルを高めているということにはならないであろう。

(※1) 酒井克彦「税理士の調査義務-大阪高裁平成8年11月29日判決を素材として-」税務弘報52巻12号97頁(2004)参照。ドイツにおいては、税理士は新規又は変更された法規範を調査しなければならないとする連邦通常裁判所決定、ツェレ上級地方裁判所決定がある(vgl. BGH. v. 30. 6. 1971, Ⅳ ZB 41/71, NJW 1971, 1704; v. 7. 3. 1978, Ⅵ ZB 18/77, NJW 1978, 1486; vgl. Auch OLG Celle, VersR 2001, 1437, 1438)。

かかる調査義務が具体的に問題となる場合として、文書回答手続の利用の有無を挙げることもできよう。税理士は、国税庁の実施する文書回答手続を納税者の代理人として利用することができるのであるから、税理士が文書回答手続を行うことができるのに、それを行わずにいたことで節税措置をする機会を逃したというようなケースにおいては、税理士の責任が追及されることもあり得ると解される(※2)。

(※2) なお、国税庁の文書回答手続は従来、節税に関する照会ができないこととされていたが、令和3年の改正により、節税照会を受けることが可能となった(国税庁長官通達(令和3年6月21日付け課審1-15ほか9課共同)「『事前照会に対する文書回答の事務処理手続等について』の一部改正について(事務運営指針)」)。この点については、酒井克彦「ソフトローによる予測の担保-文書回答手続の改正を契機に-」税務事例54巻1巻1号1頁(2022)参照。

もっとも、文書回答手続制度があるからといって、税理士の責任の範囲をむやみに広く捉えるものでは決してない。例えば、同制度を利用すべきであったのか否かといった税理士の責任を論ずるに当たっては、顧客である納税者と税理士が締結している契約の具体的な解釈如何によって判断がなされるべきであろう。また、少なくとも、現行の文書回答手続は、節税目的のみの照会を受け付けていないのであるから、節税策を考案した場合において、これを文書回答手続によって確認すれば不確実性が払拭できたはずであるなどとして、税理士の責任を問うべきことにはなりそうにないことを付言しておきたい。

(了)

「酒井克彦の〈深読み◆租税法〉」は、毎月第2週に掲載されます。

連載目次

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筆者紹介

酒井 克彦

(さかい・かつひこ)

法学博士(中央大学)。
国税庁等での勤務を経て、中央大学法科大学院教授として、法科大学院のほか税務大学校等でも教鞭をとる。
一般社団法人アコード租税総合研究所 所長、一般社団法人ファルクラム 代表理事。2025年5月13日、逝去。

一般社団法人ファルクラム https://fulcrumtax.net/
一般社団法人アコード租税総合研究所 http://accordtax.net/

【著書】
『「正当な理由」をめぐる認定判断と税務解釈―判断に迷う《加算税免除規定》の解釈』(2015年、清文社)
『「相当性」をめぐる認定判断と税務解釈―借地権課税における「相当の地代」を主たる論点として』(2013年、清文社)
『スタートアップ租税法〔第4版〕』(2021年)、『クローズアップ保険税務』(2016年)その他5冊のアップシリーズ(財経詳報社)
『裁判例からみる所得税法〔二訂版〕』(2021年)、『裁判例からみる法人税法〔三訂版〕』(2019年)、『裁判例からみる税務調査』(2020年)、『裁判例からみる保険税務』(2021年、大蔵財務協会)
『レクチャー租税法解釈入門』(2015年、弘文堂)
『プログレッシブ税務会計論Ⅰ〔第2版〕、Ⅱ〔第2版〕、Ⅲ、Ⅳ』(Ⅰ、Ⅱ 2018年、Ⅲ 2019年、Ⅳ 2020年、中央経済社)
『アクセス税務通達の読み方』(2016年)、『税理士業務に活かす!通達のチェックポイント -法人税裁判事例精選20』(2017年)、『同 -所得税裁判事例精選20』(2018年)、『同-相続税裁判事例精選20』(2019年、第一法規)
『30年分申告・31年度改正対応 キャッチアップ仮想通貨の最新税務』(2019年)、その他5冊のキャッチアップシリーズ(ぎょうせい)
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住宅ローン控除・住宅取得資金贈与のトクする確定申告ガイド

みどり税理士法人 税理士 塚本和美 著

資産税の取扱いと申告の手引

一色広己 編 荒木未来 編
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