酒井克彦の
〈深読み◆租税法〉
【第51回】
「限られた租税行政資源と『税務に関するコーポレートガバナンス』(その3)」
中央大学商学部教授・法学博士
酒井 克彦
《(その1)はこちら》
1 コンプライアンス違反に対する企業と国民の意識
2 「税務に関するコーポレートガバナンス」
《(その2)はこちら》
3 国税庁における「税務に関するコーポレートガバナンスの充実に向けた取組」
(1) 事務運営指針
(2) 事務実施要領における評価の流れ
(3) 自主開示
(4) 小括
4 事後的行政から事前的行政へ
(1) 事前的行政という今後のベクトル
これまで税務当局は、税務上のコンプライアンスを担保するため、税務調査を中心として事後的に個々の事例に対応してきたものと思われる。
これらは、いわば「事後的行政」といえるものであるが、個々の税務調査には手間もかかる上、租税行政の人的資源に限りがある中において、悉皆的な調査を行うことは現実問題としても不可能である。
すなわち、税務上のコンプライアンスに関する意識が必ずしも高いとはいえない今日の我が国において、事後的行政の方法にのみ頼ることはもはやできないというべきであり、従来の発想を転換する必要があると思われる。
したがって、今後の租税行政においては、「事後的行政」から「事前的行政」へとベクトルを変化させていくべきと考える。
前回確認した国税庁における「税務に関するコーポレートガバナンスの充実に向けた取組」は、税務調査に関連する取組みではあるが、企業のコーポレートガバナンスの充実を確認し、自主的開示に同意した法人に対して税務調査の間隔延長というインセンティブを設けるものであった。
既に述べたとおり、調査間隔の延長は、対象法人の調査に係る事務負担軽減に繋がることはもとより、悪質大口事案に租税行政の人的資源を集中的に配分することができるという意味において、納税者と税務当局のwin-winの関係に基づく取組みであるということができるが、かかる取組みも事前的行政の一つといえよう。
なお、その他の事前的行政としては、例えば、申告に先立ち、ホームページ等で誤りの多い事例をQ&Aの方法よって積極的に開示していくことや、チェックシート等を利用した申告前の自主的な事前チェックを促すことなどを挙げることもできる。
加えて、現在その導入が検討されている、租税回避スキームを開発・販売するプロモーターにそのスキームを事前開示させる等の制度も、この潮流における一つの制度設計であるといえよう。
租税回避スキームの事前開示制度については、米国をはじめとする諸外国では既に導入がなされているものの、我が国では依然として検討段階であるため、ここでは詳細には触れないが、少なくとも、国税庁の「税務に関するコーポレートガバナンスの充実に向けた取組」は既に開始している制度である。確かに、同制度も、その対象法人をおおむね資本金40億円超の大企業としており、対象となる法人が全国でも500社程度に満たないことからすれば、中小法人にはさしたる影響もないように見受けられる。さりとて、事後的行政から事前的行政への方向転換の中で、その対象範囲の裾野が今後広がりを見せていく可能性も大いにあるのであるから、こうした制度にも十分な注意を払うべきであろう。
(2) FIN48
さて、少し話は変わるが、米国における「FIN48」という制度について紹介しておきたい。
FIN48とは、FASB(Financial Accounting Standards Board:財務会計基準審議会)解釈指針第48号「法人所得税の不確実性に関する会計処理」をいい、アメリカの会計処理ルールの一つである。
FIN48では、税務調査が行われるとした際に、税務当局から50%超の可能性で正当であると認められる税務ポジションを認識することが求められ、その基準を満たさないものは、それに起因して追徴されるべき税額などのペナルティを前もって計上しなければならないこととしている。
要するに、将来的に税務調査を受けた場合に更正を受けるリスクを評価し、あらかじめ財務諸表に反映させようとするものがFIN48であり、移転価格等の所得配分に関する問題や、前払費用等の損金(益金)算入時期の問題などを検討し、そのリスクを開示することが求められている。
企業はこのリスクを測定するための各種の原始記録を保有しているわけであるが、企業を調査する側のIRS(Internal Revenue Service:米国内国歳入庁)としては、喉から手が出るほどその記録を確認したいであろう。企業自らが、税務上の否認リスクが高いと把握しているのであれば、IRSがそれを確認したいと考えるのは当然といえば当然である。
もっとも、FIN48はあくまでも会計上のルールであるため、IRSがこの原始記録を直接確認することはできない。しかしながら、現在、それに関連した情報をIRSに開示することが求められており、税務当局サイドからすれば、従来よりも、リスクの高い項目に関する情報をより効率的に前倒しして取得できることになっている。
これも事前的行政手法に資する情報と位置付けることができるかもしれない。
(3) 物言う株主
(ア) 法令違反と経営者責任
ここまで、租税法遵守を担保するための我が国の取組みとして、税務に関するコーポレートガバナンスの構築にフォーカスしてきたが、かかるガバナンスの評価が明確になれば、トップマネジメントがそれに従っていたか否かは、株主をはじめとするステークホルダーにとってトップマネジメントの責任を追及する際の材料となり得る。
すなわち、税務コーポレートガバナンスの構築とその徹底が、ステークホルダーにとって関心事項の一つになるのではなかろうか。以下では、租税法違反と経営者責任の問題を検討してみたい。
例えば、食料品メーカーが、生産地や品質内容等を偽装していた際には、食品表示法違反や不正競争防止法違反などに問われることになり、食品への異物混入などがあれば食品衛生法違反を問われる可能性があろう。
また、価格カルテルの場合には独占禁止法、粉飾決算等については会社法・金融商品取引法など、それぞれの法令違反が問われるものと思われる。
具体的に法令違反に該当するか否かは個々の事例によるところであるが、法令違反の有無はさておき、それがマスコミ等で大体的に取り上げられるなどすれば、売上の減少や株価の暴落など、企業価値に大きなダメージを与えることはいうまでもない。こうした不祥事による企業価値の毀損は、一つ一つの具体例を挙げるまでもなく容易に想像がつくところであり、このような事態が生じた場合、株主から経営者責任が追及されるケースが多いものと思われる。
(イ) 税務上の否認と経営者責任
さて、これらと同じ考えに立てば、経営者が租税法に違反した場合にも、株主は経営者責任を追及することができるように思われる。実際にそうした事例がどの程度あるかはひとまず措いておくとしても、例えば、①経営者が多額の脱税等を行っていた場合には、経営者責任が追及されることも十分にあり得よう。
他方で、会社が行っていた処理を、税務当局から単に否認されたにすぎないケースではどうであろうか。例えば、②ある費用の損金算入が否認され加算税や延滞税が賦課された場合に、それを理由として経営者責任を追及することはできるであろうか。
結論から言えば、こうした場合に、上記①と同様にかかる責任を追及することは難しいようにも思われる。
租税法の適用局面においては、対象となる条文等の解釈如何によっては判断結果が異なる場合も想定し得るし、一概にどちらが正しいと言い切れない場面も多い。租税訴訟において、地裁、高裁、最高裁と判断が二転三転するような事例もあることも踏まえれば、租税法の解釈と適用が場合によっては複雑な判断を要し、事案によってその結論が異なる可能性があることがよく分かる。
また、訴訟にならずとも、税理士等の租税専門家や、調査をする側の税務当局の職員でさえも処理を迷ったり、判断を誤ってしまうケースもあることに鑑みれば、税務当局から否認されたことをもって、経営者の責任追及を認めることは、経営者に過重な責任を負わせるものとも言い得るのではなかろうか。
(ウ) 三菱石油株主代表訴訟事件
追徴課税を受けたことについて経営者の責任が問われるか否かが示された事例として、いわゆる三菱石油株主代表訴訟事件東京地裁平成13年7月26日判決(判時1778号138頁)を確認しておきたい。
この事件は、三菱石油株式会社(以下、「三菱石油」という)が、昭和62年12月頃から平成7年9月頃までの間に、Aに対し、業者間転売取引による石油製品の取引価格の上乗せあるいはサイト差取引により総額63億円以上の資金を違法かつ不当に供与し、三菱石油がAに提供した資金を必要経費として違法な所得隠しの税務申告をして平成2年3月期から平成9年3月期までの所得につき重加算税を含め約27億6,000万円を追徴課税されたとして、三菱石油の株主であるXが、取締役であったYらに対し、業者間転売取引を利用した価格上乗せによる損害、サイト差取引に関連して生じた損害及び追徴課税額の損害の合計90億4,000万円余の損害につき、取締役の任務違反による損害賠償として三菱石油に支払うよう求めた株主代表訴訟である。
かかる追徴課税に関する取締役の責任について、東京地裁は次のように判示し、Xの主張を排斥している。
認定事実によれば、業者間転売取引による石油製品の取引価格の上乗せ及びサイト差取引によるAに対する資金提供のために要した費用について、三菱石油が必要経費に当たるとして税務申告したところ、税務調査の結果これが交際費に当たるとして費用と認められずに所得と認定され、重加算税を含む約27億6,000万円の追徴課税がされたことが認められる。
たしかに、三菱石油が税務申告をするに当たって、税法に従って適正に申告し、追徴課税等を避けて、納税額を最低限にとどめるように取締役が留意すべきことは一般論として当然なことではあるが、しかし、税務申告において、所得を算定するに当たって、特定の支出が収入から控除されるべき費用に当たるかどうかについて、税務当局と申告者との間で判断を異にする場合があることは、必ずしも少なくなく、そうであるとすると、追徴課税がされたということから直ちに取締役に責めに帰すべき事由があるとは断定できないし、したがって、その追徴税額について取締役に三菱石油に対する義務違反があるということもできない。
本件は控訴され、控訴審東京高裁平成14年4月25日判決(判時1791号148頁)において、一部原審判断が覆されXの主張が一部認容されてはいるが、追徴課税に関するYの責任については、「当裁判所も、追徴課税に関するYらの責任は認められないものと判断する。その理由は、原判決の・・・とおりであるから、これを引用する。」としており、追徴課税に関しては原審判断を維持している(上告審最高裁平成14年10月24日第一小法廷決定(判例集未登載)にて上告棄却、上告不受理)。
このように、会社の行った処理について税務当局から否認され、加算税が賦課されたからといって、直ちに経営者の責任が追及されるわけではないものと解される。
上記東京地裁判決も「納税額を最低限にとどめるように取締役が留意すべきことは一般論として当然なことではある」としつつも、「税務当局と申告者との間で判断を異にする場合があることは、必ずしも少なくな〔い〕」とし、租税法の解釈と適用の特殊性から経営者責任を追及しない態度に出ているものといえよう。
(あくまでも租税法は機械的に適用すべきものであって、経営者の裁量権の範囲でその適用を行うものではないから、経営判断の原則により整理しているわけではない。)
(4) まとめ
以上のとおり、申告に過誤があったとしても、そのことが必ずしも経営者責任に直結するわけではないといえそうであるが、そこに絶対的な線引きがあるわけではなく、場合によっては、経営者責任の追及に発展する場面もあり得ることから、税務上のコーポレートガバナンスの充実による租税法遵守の姿勢と相反するものでは決してない。
上記三菱石油株主代表訴訟事件は、費用処理した金員につき交際費等に当たるとして損金算入が否認された事例であり、交際費等該当性を巡る判断の複雑さなどを踏まえた上での判断であったと整理することもできなくはない。逆に言えば、単なる申告書の提出漏れや、明白な租税法規の適用誤りの場合には、それによる追徴課税を原因として経営者責任が追及される場面もあり得よう。
なお、税務当局から非違事項の指摘を受けた場合に、修正申告の勧奨に応じるか、それともあくまでも不服として異議を申し立てるかという場面でも、経営者責任が争われる可能性があると思われる。
税務当局の処分に不服がある場合、修正申告に応じず再調査の請求又は審査請求を行い、結果次第では課税処分の取消しを求め提訴するといった方法も考えられるところ、「安易に修正申告の勧奨に応じていなければ、加算税の賦課はなされなかった」という株主側からの追及も想定し得る。
この辺りは、税務に関する適切なコーポレートガバナンスが構築され、十分な税務上の判断がなされていたかどうかがその責任判断の決め手となるであろう。
なお、こうした株主から経営者への責任追及とその判断の構造は、クライアントが顧問税理士を訴える場面のそれと類似している点が多いように思われる。
「税理士が的確に指導していれば加算税が賦課されることはなかった」とか、「安易な修正申告を行う必要性はなかった」、若しくはその逆として、「税務当局の指摘を加味して修正申告に応じるべきであった」など、クライアントが顧問税理士に対して責任追及する事例が散見されるところ、こうした専門家責任論と、今回取り上げた経営者責任論は類似点が多いことを最後に指摘しておきたい。
(了)
「酒井克彦の〈深読み◆租税法〉」は、毎月第2週に掲載されます。






















