酒井克彦の
〈深読み◆租税法〉
【第98回】
「節税義務が争点とされた事例(その1)」
中央大学法科大学院教授・法学博士
酒井 克彦
税理士が職務上の注意義務を怠り同族会社の留保金額に対する特別の法人税の申告を失念したとの債務不履行による損害賠償責任が争点とされた事例として、神戸地裁平成5年11月24日判決(判時1509号114頁)がある(※)。
(※) この事例を扱った論稿として、酒井克彦・税務弘報52巻14号90頁(2004)も参照。
今回は、この事例を検討することとしよう。
Ⅰ 事案の概要
本件は、X社(原告)が、税理士であるY(被告)を相手取り、税務相談を内容とする契約に基づいてYが教示した税務処理が誤っていたことから、依頼者であるX社に節税の機会を失わせ損害を受けたとして、Yの債務不履行に基づく不納付加算税や延滞税相当額等について損害賠償請求を行った事例である。以下、X社の請求原因を中心に事案の背景を確認する。
どちらもRが代表取締役を務めるX社と訴外会社では、訴外会社の業績が振るわなかったことからX社が資金援助を行っており、X社は訴外会社に対して貸金債権を有していた。Rは両会社を解散して引退したいと考え、Yに対し、X社を解散して有利に残余財産の分配を受け得るに必要な方法の相談、すなわち、X社の訴外会社に対して有する貸金債権を貸倒損失として損金算入し、これとX社の所有不動産の売却によって発生する譲渡益とを相殺することが許されるかにつき相談を行った(なお、X社とYとの間の税務顧問契約を、以下「本件契約甲」という。)。
詳細は割愛するが、その後Rは、いくつかのYの教示に従って、訴外会社を解散し、X社の所有不動産の売却と解散などの手続きを行った。
ここでは、「資産の買換えの場合の課税の特例」(以下「買換特例」という。)の利用を前提としていたところ、Yから、「K税務署と話し合いがつき、昭和62年度にX社を解散した場合には、その解散確定申告において、本件欠損金を損金算入し、利益控除に利用できることとなったから、買換資産の買収を中止し、直ちにX社を解散してもよい。」との教示がなされたことから買換特例の利用を取りやめたほか、Yが代行した本件解散確定申告は、同族会社の留保金額に対する税額の申告を忘れていたため税務当局より修正申告を求められたこと、X社がRに対し支給した退職金に関して源泉徴収所得税を納付しなければならなかったにもかかわらず、Yがその源泉徴収税額及び納付期限を教示しなかったために納付期限を経過しA税務署長より納税告知を受けたことなどがあった。
そこで、X社は、適正な税務処理をした場合、すなわち昭和62年度中に解散をせず、同年度に発生した所有不動産の売買差益中の法定額を特別勘定に繰入れ、昭和63年度になって繰入額全額を繰戻した場合に課税される税額と、誤った税務処理をすることによって課税された税額との差額が、Yの誤った教示によってX社が被った損害となるとして、Yに対し損害賠償請求を行った。
Ⅱ 争点
税務相談を内容とする契約に基づいて税理士がなすべき適正な税務処理を教示する債務の不履行があったとして、Yに対する損害賠償請求が認められるか否か。
Ⅲ 判決の要旨
1 欠損金の繰越し機会を喪失した件
神戸地裁は、まず、欠損金の繰越し機会の喪失に関して次のように示す。
訴外会社が競争業者が多くて収益性に乏しく、資産を有しないため担保提供を受けることができず、却ってX社のみから多額の融資を受けて辛うじて存続してきたため、X社からの貸金債務が累積していった事実を併せ考えると、・・・貸金債権額をX社の貸倒損失として、法人税法上損金算入が許されると解するのが相当である。
X社供述によれば、・・・X社が本件不動産の売却によって、その保有する資産は金融資産のみとなり、かつ解散によって営業を廃止したから、もはや収益(益金)は発生しなくなったことが認められる。
X社としては、解散によって益金取得の機会を喪失した以上、・・・本件欠損金を繰越して損金算入することにより、法人税の課税所得の範囲を減縮し、それによって減税を受ける機会を喪失したものということができる。
そして、X社の業績が悪く、解散がなくても本件欠損金を控除する余地はなかったから、X社に被害はない旨のYの抗弁については失当であるとする。
たとえX社に営業収益が期待できなくても、X社には他方で多額の本件売買差益があり、これと本件欠損金の相殺勘定の余地が残っていたのであるから、Y主張の右抗弁は失当である。
続けて、Yの職務上の義務について次のように述べる。
X社がYに希望していたように、本件不動産の売買差益と本件欠損金の相殺勘定による法人税等の節税という目的を実現するためには、昭和62年度において買換特例の適用を受けて右差益を昭和63年度まで繰延べ、かつ同年度確定申告において右売買差益(益金)から昭和61年度欠損金(損金)を控除しなければならなかったのである。
そして、・・・Yの職歴および税理士としての資格・経験等に鑑みると、Yには、前記法人税法及び租税特別措置法の各規定の法意を十分理解しておくべき職務上の義務があったというべきである。
そうすると、Yとしては、税務相談を内容とする本件契約甲(委任契約)に基づき、X社に対し、・・・適正な税務処理上の教示をし、かつそれに適合する税務の代理及び代行をして税務相談の目的を達成すべき債務を負担していたといわなければならない。〔下線筆者〕
また、「K税務署と話し合いがつき、昭和62年度にX社を解散した場合には、その解散確定申告において、昭和61年度に発生した本件欠損金6,619万7,142円を損金算入し利益控除に利用できることとなった」旨のYの説明について、上記のYの義務には何ら影響はないとする。
Y供述中にK税務署の担当官から旧措置法第66条の13の規定の解釈として、そのようになる旨の教示を受けたので、Yもそのように信じた旨の部分がみられるけれども、同条文自体に照らし、そのように解釈できず、他にそのように解釈しうる法的根拠も見当たらないことに徴すると、右部分は採用することができない。なお、仮にそのような事実があったとしても、Yの税理士としての租税に関する法令に精通すべき職務上の義務を何ら軽減するものではなく、・・・〔上記の〕義務には何ら影響はないというべきである。
そして、結論として、次のとおり、Yの損害賠償責任を認めている。
従って、Yは、・・・X社に対し、適正な教示ないしは税務指導をなすべき債務を負担しているにもかかわらず、誤った教示・・・を行なったという不完全な履行をしたものといわなければならない。
X社は、この誤った教示を信頼した結果、買換資産の取得を中止して、買換特例の適用を受ける機会を失なって、本件売買差益の繰延ができなくなり、また昭和62年度中に解散したため、本件欠損金の損金算入ができなくなったものである。
X社は、それによって、・・・損害を被ったものであり、かつ右損害はYの・・・不完全履行と相当因果関係がある損害と認められるから、Yは、X社に対し、前記のような税務相談を内容とする本件契約甲の債務不履行に基づく損害賠償として、右損害金2,686万2,852円を賠償すべき責任があるといわなければならない。
2 同族会社の留保金課税申告に関する件
神戸地裁は、同族会社の留保金課税申告に関する件に関しても次のように判示して、Yの責任を認めている。
法人税法第67条によれば、内国法人である同族会社の留保金額について特別の法人税が課税されることとなっているところ、Yは、・・・同族会社の留保金額に対する特別の法人税の税額の申告を失念したため、X社は、延滞税26万7,600円の課税を受けてこれを納付した。
従ってX社は、Yの租税に関する法令に精通し、適正な納税義務の実現を図るべき職務上の注意義務を怠った・・・不完全履行によって、・・・延滞税額相当の損害を被ったもので、かつ相当因果関係があると認められるから、Yは、X社に対し、税務代理を内容とする本件契約甲の債務不履行に基づく損害賠償として、右損害を賠償すべき責任があるといわなければならない。
3 源泉徴収義務の納期限徒過に関する件
また、神戸地裁は、源泉徴収義務の納期限徒過に関する件に関してもYの責任を認めている。
退職手当金の所得に係る所得税の源泉徴収義務者が納期限を徒過して納税告知を受けた場合には、国税通則法第67条により不納付加算税、第60条により延滞税が課税される。
そして、右退職手当金の源泉徴収所得税の納期限が退職手当金支給月の翌月10日であることは所得税法第199条の規定に照らして明らかである。
それゆえ、X社から、本件契約甲に基づき税務代理の委託を受けた税理士たるYは、当然右・・・の各規定を了知しているべき職務上の義務がある。
そして、YがX社に対し、X社が・・・支給した本件退職金の源泉徴収所得税および納付期限を教示しなかったため、X社に対し、不納付加算税および延滞税が課税されたことは当事者間に争いがないのであるから、特段の事情のないかぎりYには、本件契約甲に基づき、職務上当然なすべき教示、指導ないし手続代行等の税務代理をしなかった不完全な履行があるというべきである。
Ⅳ コメント
本件は、税理士が、❶誤った教示を行ったという不完全な履行をし、それによってX社は土地売買差益の繰延べができなくなったこと、❷Yが代行するX社の申告において、同族会社の留保金課税に関する申告を失念したことから延滞税を負担することとなったこと、❸源泉徴収義務の納付期限に関する教示をしなかったことから、X社が不納付加算税及び延滞税の負担をしたことなどについて、相当因果関係がある損害を受けたと認められるとして損害賠償責任が認定された事例である。
これらの損害賠償責任は共通して、本件契約甲に基づき、YがX社に対し適正な税務指導をなすべき債務を負担していたことが前提とされており、また、X社が被ることとなった損害とYの行為との間に相当因果関係があることが認定されたものである。
本件における税務顧問契約である「本件契約甲」とは、「Yは、X社につき、税務代理、税務書類の作成、税務相談及びそれらの業務に附随して財務書類の作成、会計帳簿の記帳の代行をする。」というものであった。この契約にいう税務代理、税務書類の作成、税務相談及び付随業務の代行から、いかにして、①「適正な税務指導をなすべき債務を負担していた」ことが導出されるのであろうか。これは、裁判所の判示にいう②「Yの職歴および税理士としての資格・経験等に鑑みると、Yには、前記法人税法及び租税特別措置法の各規定の法意を十分理解しておくべき職務上の義務があったというべきである。」という点が根拠になるのであろうか。
Yの職務上の義務はあくまでも税理士としての職務上の一般的な義務というべきものであって、本件契約甲に由来する適正な税務指導をなすべき債務とは別のものと捉えることも可能であるように思われるが、判決の説示が、② ➡ ①の順になされていることに注目すれば、神戸地裁は①の「適正な税務指導をなすべき債務を負担していた」ことと、税理士の一般的な専門家としての義務とを、別のものとして議論していないことが判然とするのである。
したがって、①の「適正な税務指導をなすべき債務を負担していた」には、本件税務顧問契約の締結がなされる前提として、かかる契約が、②にいう一般的な税理士の義務を前提として締結されているもので、それによって締結された契約上の義務には、税理士に期待される義務履行が付着したものと解されているのであろう。
もっとも、そこまでの整理を行い得たとしても、他方で、①「適正な税務指導をなすべき債務」から節税指導をどのように導出するのかについて、この判決は必ずしも明確に示していないようにも思われるのである。
(了)
「酒井克彦の〈深読み◆租税法〉」は、毎月第2週に掲載されます。






















