酒井克彦の
〈深読み◆租税法〉
【第21回】
「医療費控除の対象となる『医薬品』(その3)」
中央大学商学部教授・法学博士
酒井 克彦
Ⅴ 公法か私法か
前回述べたとおり、課税実務は、所得税法73条2項にいう「医薬品」が薬事法からの借用概念であって、かかる「医薬品」が薬事法に示されているものに限るという点に厳格に従っているのである。
そこで関心を寄せるべきは、薬事法が公法であるという点である。この点については、本連載、第16回~第18回(「建替え建築は『新築』か『改築』か?―住宅借入金等特別控除と借用概念―」)においても確認したとおり、公法から概念を借りるという見方については制約があったことを想起したい。
すなわち、公法は私法とは異なり、立法の趣旨・目的が行政政策的あるいは警察的目的に限定されていることが多いことに鑑みれば、公法上の概念の理解も自ずとその立法趣旨・目的の制約を受けることになると思われるという点である。そもそも、借用概念論が前提としているのは、やはり私法であるということを考えるべきであろう。
さて、薬事法は公法である。
もっとも、このような考え方に立ったとしても、議論の対象としている公法の立法趣旨・目的が、当該租税法の条項の趣旨・目的に近接しているのであれば、必ずしも機械的に制限した上で、かかる概念をわざわざ異なるものとして理解する必要はないはずである。
すなわち、予測可能性や法的安定性を担保すべきとする見地からすれば、仮に公法上の概念であったとしても、当該公法の趣旨・目的を斟酌した上で、かかる公法上の概念からの借用を制限的に解するべきか否かが検討されるべきであるとはいえまいか。
そこで、課税実務が、公法である薬事法にいう「医薬品」と同様の概念理解に立つというのであれば、その前提として、そもそも薬事法が目的としているところと所得税法73条にいう医療費控除の目的とするところが近似している必要があると思われる。
しかしながら、薬事法の目的は、同法1条が示すところによれば、保健衛生の向上を図ることにある。
薬事法1条《目的》
この法律は、医薬品、医薬部外品、化粧品及び医療機器の品質、有効性及び安全性の確保のために必要な規制を行うとともに、指定薬物の規制に関する措置を講ずるほか、医療上特にその必要性が高い医薬品及び医療機器の研究開発の促進のために必要な措置を講ずることにより、保健衛生の向上を図ることを目的とする。
前回紹介した薬事法上の事件である広島高裁昭和55年2月26日判決によると、薬事法の目的は次のように判示されている。
薬事法は医薬品、医薬部外品等が国民の保健衛生の維持、増進に極めて深いかかわり合いを有することから、これらすべての製造、販売、品質、管理、表示、広告等の諸事項を適正に規制し、もって、国民の生命、身体に対する危害の発生を未然に防止し、国民の健康な生活の確保に資することを目的とするものであり、ある物が同法上の『医薬品』に該当するかどうかは、かかる同法の趣旨、目的に照らし、必ずしも医学的知識が豊かとはいえない一般通常人の理解において合理的に判断されなければならず、そのためには、その物の成分若しくはそれが本来的に有する薬理作用だけでなく、その物の形状(剤型、容器、包装、意匠等)、名称、その物又は添付文書に表示された使用目的や効能、用法用量、販売の際の演述等をも参酌してその使用目的性の有無を総合的に判定すべきものと考えられる〔下線筆者〕
また、栄養補助食品の医薬品該当性を肯定した薬事法上の事例において、東京高裁平成12年1月25日判決(東高時報51巻1~12号3頁)は、薬事法の立法趣旨について、次のように論じている。
医薬品の使用によってもたらされる副作用や中毒等の国民の健康への積極的危害だけでなく、薬効に対する過度の信頼から国民をして適切な医療を受ける機会を失わせるなどの消極的危害をも未然に防止しようとする点にある
このように、薬事法の目的は、所得税法上の医療費控除の目的と必ずしも近接したものとはいえないと思われる。されば、その目的が所得税法上の医療費控除の目的と親和性を有しているといえないとすると、薬事法との概念の統一的理解の必要性には疑問が惹起されるのである。
日本薬局方には、医薬行政規制のために規格基準に基づく含有成分量の定量性に配慮した薬剤が収載されているという点や、その網羅性には一定の限界があるという点については既に確認した。かように考えると、所得税法73条2項にいう「医薬品」を薬事法2条1項1号にいう日本薬局方に収載されている薬剤に限定して解する積極的な理由は見当たらないように思われる。他面、日本薬局方が比較的西洋医学に依拠する傾向にあるという批判があることとの関係においても、医療費控除がそのような傾向を尊重する必然性に乏しいといえよう。
次に、薬事法2条1項2号について考えてみたい。
薬事法2条《定義》
この法律で「医薬品」とは、次に掲げる物をいう。
一 日本薬局方に収められている物
二 人又は動物の疾病の診断、治療又は予防に使用されることが目的とされている物であって、機械器具、歯科材料、医療用品及び衛生用品(以下「機械器具等」という。)でないもの(医薬部外品を除く。)
三 人又は動物の身体の構造又は機能に影響を及ぼすことが目的とされている物であって、機械器具等でないもの(医薬部外品及び化粧品を除く。)
海藻エキスを主成分とする「ビバ・ナチュラル」という商品の医薬品該当性について、最高裁昭和63年4月15日第二小法廷判決(刑集42巻4号758頁)は、販売に際し「高血圧、動脈硬化、肝臓疾患に非常に効果がある」旨記載したポスターや各疾患、症状に対する薬理作用を示す「治験例集計紙」を添付するなどしてその医薬品的効能効果を演述・宣伝していた事実などを総合すると、薬事法2条1項2号の医薬品に当たると判断を下している。
この判断の基礎には、次の最高裁昭和57年9月28日第三小法廷判決(刑集36巻8号787頁)があると思われる。
すなわち、同最高裁は、
現行薬事法の立法趣旨が、医薬品の使用によってもたらされる国民の健康への積極・消極の種々の弊害を未然に防止しようとする点にあることなどに照らすと、同法2条1項2号にいう医薬品とは、その物の成文、形状、名称、その物に表示された使用目的・効能効果・用法容量、販売方法、その際の演述・宣伝などを総合して、その物が通常人の理解において『人又は動物の疾病の診断、治療又は予防に使用されることが目的とされている』と認められる物をいい、これが客観的に薬理作用を有するものであるか否かを問わないと解するのが相当であ〔る〕〔下線筆者〕
と説示するのである。
このように、医薬品該当性の判断においては、薬理作用の有無ではなく、販売方法などが重要なファクターとなるなどという判断が判例として形成されている点を確認すると、所得税法上の医療費控除の適用に当たり、薬事法上の医薬品概念に固執する必要性はいよいよ薄らぐように思えてならないのである。
Ⅵ 所得税法73条2項にいう「医薬品」概念再考
所得税法73条2項にいう「医薬品」を公法である薬事法2条に規定する「医薬品」に限定して解釈する必要性が乏しいとすれば、これは一般概念と理解すべきということになろう。
すると、課税実務は誤った通達を発遣していると理解すべきであろうか。
そこで、所得税基本通達の取扱いを再確認しておきたい。
所得税基本通達73-5《医薬品の購入の対価》は、
令第207条第2号に規定する医薬品とは、薬事法第2条第1項《定義》に規定する医薬品をいうのであるが、同項に規定する医薬品に該当するものであっても、疾病の予防又は健康増進のために供されるものの購入の対価は、医療費に該当しないことに留意する。
と通達している。
この通達が、「医薬品」とは薬事法にいう「医薬品」をいうとしながらも、同項に規定する医薬品に該当するものであっても、「疾病の予防又は健康増進のために供されるもの」を対象から除外して解釈していることを考えると、課税実務は、必ずしも公法たる薬事法からの借用概念として理解しているわけではなさそうである。
しかし、この解釈は、薬事法上の「医薬品」であるからといって、医療費控除の対象となる「医薬品」に必ずしも該当するとはいえないとするにとどまり、少なくとも、薬事法上の「医薬品」に該当しない限りは、医療費控除の対象となる「医薬品」には当たらないとしていると読むことができる。すなわち、医薬品の範囲をまずは薬事法上の概念で絞っていることは明らかである。
上述のとおり、薬事法からの借用概念とは理解しにくいことを考えると、通達のような解釈には疑問なしとはしない。
丸山ワクチンは薬事法に規定する医薬品に該当しないと理解されているにもかかわらず、その購入にかかった支出については、以下にみるとおり、医師の治療行為の対価として事実認定をするなどした上で、医療費控除の対象とすると実務上取り扱われているが、上記のように医薬品を薬事法上のそれに限定しているがゆえに無理な解釈を展開しているのが現状である(これが認められるのであれば、病床が足りなくなったために自宅療養に切り替えざるを得なかった者の自宅での食事療法に係る支出についても、医師の指導の下で行われている限り医師の治療行為の対価であるなどとの事実認定をした上で医療費控除を認めることが可能となろう。)。
課税実務においては、医師、歯科医師、所得税法施行令207条4号に規定する施術者、同6号に規定する助産師による診療、治療、施術又は分べんの介助を受けるために直接必要な費用は医療費控除の対象となるという解釈を採用しており、所得税基本通達73-3において、このことを通達している。
そこで、この実務上の取扱いに照らして、丸山ワクチンの購入費が医師等の診療、治療等を受けるために直接必要な費用に含まれるとして医療費控除の対象となるとする判断枠組みが考えられる。
実務参考書には、この考え方で説明するものがある。そこでは、
丸山ワクチンは、その投与は、主治医の判断で、主治医によって行っているため、その購入のための費用は、医師による診療等を受けるため直接必要なもの
として、医療費控除該当性が肯定されている(後藤昇『医療費控除と住宅借入金等特別控除の手引〔平成22年3月申告用〕』22頁(大蔵財務協会2010))。
また、上記のような解釈とは異なる手法において、丸山ワクチンの医療費控除該当性を肯定する見解も実務において散見される。
これは、所得税法73条2項には、医療費控除の対象となる医療費として、医薬品の購入費のほかに「医師又は歯科医師による診療又は治療」が示されていることから、仮に薬事法上の医薬品に該当しないとしても、「医師又は歯科医師による診療又は治療」に該当すれば、医療費控除の対象となる医療費に当たると解することができるという考え方である。
実務参考書には、この考え方で説明するものもある。すなわち、
丸山ワクチンは、薬事法に規定する医薬品には該当しませんが、ガン治療薬としてかなり使用されていることは周知の事実といえます。また、医師の許可がない限り購入できず、その使用も医師によって行われることから、『医師による治療』の一環として、その購入費用は医療費控除の対象として取り扱われています。
として、医療費控除該当性を肯定するのである(苫米地邦男『回答事例による所得税質疑応答事例集〔平成18年版〕』863頁(大蔵財務協会2006))。
これらの考え方は、薬事法の基準を所得税法上の「医薬品」該当性のメルクマールに採用するという所得税基本通達の考え方に合致する。仮に、これらの見解を採用することができるとすると、必ずしも薬事法上医薬品に該当しない薬剤であっても、その投与が主治医の判断で主治医によって行われている場合には、それに係る支払対価は医療費控除の対象となるということができそうである。
すると、「医薬品」の購入の解釈に当たって、事実上、医師等の治療等で読み替えるというある種の法回避的解釈手法がまかり通ることにもなりかねない。
もっとも、所得税法上の「医薬品」を薬事法からの借用概念ではなく、一般概念と理解したとしても、やはり一般的に医薬品とは薬事法に規定する「医薬品」をいうと理解する向きが多くを占めているという点から、薬事法による解釈が中心的な判断基準となるとするアプローチに従うことで解決を図ることは十分にあり得る。
租税行政を執行する上で、医療費控除の対象となる「医薬品」についての解釈を均一的にするために、所得税基本通達が薬事法2条に規定する「医薬品」と理解していることを―通達発遣者の思惑からは外れるかもしれないが―、かような解釈構成に転換をすれば、結論的には是認できるように思われる。ただし、かかる見解は、薬事法2条に限定して解釈すべきという考えを肯定するものでは決してない。
(了)
「酒井克彦の〈深読み◆租税法〉」は、毎月第2週に掲載されます。








