酒井克彦の
〈深読み◆租税法〉
【第101回】
「節税義務が争点とされた事例(その4)」
中央大学法科大学院教授・法学博士
酒井 克彦
Ⅰ 事案の概要
1 事実
本件は、税理士が考案した相続税対策を、同税理士やその関係会社の勧誘・指導に基づき実行した納税者らが、後にそれと反する課税処分を受けたとして、同税理士らを相手取り損害賠償請求等を行った事案である。
Aは、B社、税理士であるY1(被告)、Y1を代表者とするY2社(被告)及びY3社(被告)から、Y1が考案した相続税対策の教示を受けた。すなわち、①AがC社株式を購入して、②Aの相続人のうち財産を多く相続させようとする相続人にC社株式を贈与し、③受贈者である相続人が一定期間後にY2社が紹介する業者に時価で売却する方法によれば、相続税の支払を少なくすることができるとの相続税対策の勧誘、指導を受けて、これを実行することとした。
そこで、Aは、D社から借り入れた金員でC社株式を購入して、一定期間保有した後、Aの相続人の一人である子X1(原告)に対してC社株式を贈与し、X1はC社株式の価格を配当還元方式で評価した上で贈与税の申告をなし、また、X1はY2社が紹介したY4社(被告)に対してC社株式を売却した。しかしながら、Aの死亡後、E税務署長は、X1の贈与税の申告につき、C社株式の価格は配当還元方式で評価すべきではなく、Aの購入代金額と同額と評価すべきであるとして、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。
そこで、まず、Aの相続人であるX1ないしX5(それぞれ原告)は、Y1税理士、Y2社及びY3社に対し、現行の課税実務において通用する合法的な相続税対策を助言、指導する委任契約上の債務を怠った、又は、現行の課税実務において通用する合法的な相続税対策を助言、指導する注意義務に違反したものであり、不法行為責任を免れないと主張して、C社の株式購入のための借入金の金利の内金等につき損害賠償を請求した。
次に、X1ないしX5は、Y3社はAが相続税対策に伴いB社に支払った手数料等の内金を紹介料名目で受領していると主張して、Y3社に対し、不当利得返還請求として、右紹介料名目の金員の返還を求めた。
更に、X1ないしX5は、更正処分等を受けることを知っていれば、AはX1に対してC社の株式の贈与はしなかったことから、かかる贈与は動機の錯誤により無効であるとして、X1からC社株式を買い受けたY4社に対して、C社株券の返還を求めた。
これに対し、Y1税理士、Y2社及びY4社は、Aが相続税対策を決意したのは専らB社の勧誘があったからであり、Y1税理士及びY2社とAとの間で現行の課税実務において通用する合法的な相続税対策を助言、指導する委任契約が締結されたことはない、また、E税務署長の更正処分等は不合理であり、予見可能性がなかったことから、Y1税理士及びY2社に不法行為責任が生じることはない、更に、Y4社は善意無過失でX1からC社株券を買い受けたものであるから、同株券を善意取得したものであると主張した。
また、Y3社は、Aに対してB社を紹介したに過ぎず、相続税対策の内容を知らされていなかったことから、不法行為責任を負う理由はなく、また、Y3社がB社を介して受領した金員は、B社に対してAを紹介した手数料であるから、不当利得ではないなどと反論した。
2 東京地裁平成10年11月26日判決(判タ1067号244頁)
Y1は、税理士であり、租税立法、通達及び課税実務等について専門的知識を有するのであるから、右立法の趣旨〔筆者注:富の再分配機能を通じて経済的平等を実現するという相続税法の立法趣旨〕に反せず、課税実務において認められる内容の相続税対策を考案し、これをもって自己が経営する会社等を介して税務相談をすべき注意義務があるというべきである。しかるに、Y1が考案した本件相続税対策は、租税立法の趣旨を大きく逸脱しており、課税実務上到底認め難いものであること、右対策が考案されたことには、いわゆる節税商品については、形式的に通達に従っていても税務当局から否認される流れが出始めていたこと、Y2社に雇傭されている税理士のうち2名が右相続税対策は税務当局に否認されるリスクがあると考え、Y2社を退職したこと、Y1自身も本件株式の購入価額と配当還元方式による評価額に差異が有り過ぎたことを自認していること(Y1本人)などからすれば、Y1において右対策が税務当局から否認されるおそれがあることは十分に予見することが可能であったというべきであり、それにもかかわらず、前記注意義務に反して課税実務において否認されるような本件相続税対策を考案し、これをもって自己が経営する会社等を介して税務相談をさせたことについて過失が認められる。
また、Y2社は、経営、事業承継及び相続に関するコンサルタント業務を業とする株式会社であり、Y1がその代表者であるところ、Y2社はY1と同様に、租税立法の趣旨に反せず、課税実務において認められる内容の税務相談をすべき注意義務があり、かつ、本件相続税対策が租税立法の趣旨を大きく逸脱しており、課税実務上到底認め難いことを予見することが可能であったにもかかわらず、本件相続税対策をAらに対して、助言、指導した点に過失が認められる。
Ⅱ 税理士の注意義務
本件においては、税理士が課税庁から否認されるような節税対策を考案し、これをもって自己が経営する会社等を介して税務相談をさせていることについて過失が認められるとしている。すなわち、節税として適当でない対策を考案し、これを節税対策として税務相談において勧めたことに過失があるとされたと理解することができる。
ここでは、課税庁に否認されるような租税回避の対策の考案は、税理士に要求されるレベルの注意義務に反するとしているが、そもそも税理士に要求される注意義務とはどのようなものであろうか。税理士は、租税専門家として、課税上の取扱い等についての専門的知識を有していることから、顧客は通常税理士に対して専門的知識を駆使して節税となるように処理することを期待しているものとも思われる(※1)。
(※1) 例えば、東京地裁平成13年2月27日判決(判例集未登載)において、「国が資格を付与し、税法に違反する行為を法律で禁止され、懲戒をも課される我が国の税理士制度の下では、納税者は、税理士に対し、税務申告手続の煩わしさから解放されると共に、法律に違反しない方法と範囲で必要最小限の税負担となるように専門的知識と経験を発揮していわゆる節税をすることをも期待して委任する」と説示されている。
このような理解に立って、本件地裁判決も、「Y1は、税理士であり、租税立法、通達及び課税実務等について専門的知識を有するのであるから、右立法の趣旨に反せず、課税実務において認められる内容の相続税対策を考案し、これをもって自己が経営する会社等を介して税務相談をすべき注意義務があるというべきである。」としているのであろう。
通常は、例えば、特例の適用を受ける場合と受けない場合といったような課税上の選択肢があった場合に、何らかの特段の事情がない限り特例の適用を受ける場合を選択する必要があるという文脈において、節税措置義務が肯定されているように思われる。しかしながら、本件における判示は、かような選択し得る最良の手段を講じなかったというような、いわば不作為について税理士が注意義務を負っているというよりは、より積極的な節税上の対策を考案することまでをも税理士に課される注意義務の範囲内であると捉えているように思われる。
税理士は、税理士法1条《税理士の使命》において、「租税に関する法令に規定された納税義務の適正な実現を図ることを使命とする」とされている。そうであるとすれば、果たして課税庁から否認されるような節税対策の考案までをも包摂したところで、税理士の注意義務が及んでいると理解することができるかは一概には定かではない。
もっとも、判決は「課税実務において認められる内容の相続税対策」を考案することを、認められない相続税対策との対比として判示していると理解すれば、他の裁判例で判示されている節税措置義務と何ら異なるところはないのかも知れない。そもそも「課税実務において認められる内容の相続税対策」が何を意味するのか、租税専門家としての法的素養があればあるほど、これほど不安定なものはないことを知るのであるが、この辺りの責任構成についても、更に検討を加える必要がありそうである。
Ⅲ 注意義務違反の基礎~予見可能性と損害回避義務~
このような事例においては、次のような責任構成が一般的であろうと思われる。
すなわち、①課税庁に否認されるような行為を税理士がとったこと自体を問題とするのではなく、課税庁に否認される危険性があることを知りながら、適正にその危険性に係る説明義務を尽くさなかったことを問題とする構成と、②そもそも課税庁に否認されるような適法でない租税回避策を考案したこと及びそれを節税対策として勧誘したことに注意義務違反を求める構成である。
①の構成は、税務否認リスクの説明義務違反を専門家に問うケースといえよう。例えば、東京地裁平成9年7月10日判決(判時1636号96頁)は、「少額の減価償却資産によるリースバック取引のスキーム自体については、税務当局の了解(お墨付き)を得ていること、もっとも、この取引による税の繰り延べは、節税効果が大きいので、所轄税務署から調査を受ける可能性があり、これまでにも税務調査を受けた例があるが、税務否認されたことはなく、税務通達上も問題がないと考えていること及び将来、法改正があれば、この取引はできなくなるが、改正前の取引についてまで問題となることはないなどを説明」したリース業者に対して、「本件リース取引に基づいて納税申告を行った場合の税務否認のリスクについて具体的に説明すべき義務があった」と判示している(※2)。
(※2) 税務否認リスクに係る説明義務については、酒井克彦「節税商品の特殊性と説明義務(上)-節税商品取引における勧誘の在り方を求めて-」税経通信58巻15号197頁(2003)参照。
一方、本件は、税理士が課税庁に否認されるような節税対策を講じ、それを勧誘したこと自体を問題としているところからすれば、②の法律構成が採用されているのではないだろうか。さすれば、適正な課税の実現という税理士の使命(税理士法1)とベクトルは同じ方向になりそうである。
適正でない節税対策かどうかについての絶対的な基準がないことを前提とすれば、適正でない節税対策かどうかは、税理士がどこまで課税実務に精通しているかという税理士の有する専門的知識の程度の問題と、課税庁からの否認をどこまで予見し得る状況にあったかという予見可能性の問題として整理することができそうである。したがって、かかる法的構成は予見可能性との関係を抜きにして論じることはできないのではないかと思われる。
不法行為法における過失とは、「損害発生の予見可能性があるのにこれを回避する行為義務(結果回避義務)を怠ったこと」とか(※3)、「予見義務を基礎とする予見可能性・・・を前提として損害発生の危険を回避すべき義務(損害回避義務)が生じ、具体的な加害行為がこの義務によって定立される・あるべき行為に従ってなされていないならば、過失あり」と説明される(※4)。このように「過失」は、一定の事実を認識し得る場合に、不注意によりそれを認識しないこととか、結果発生の可能性を認識したとしても危険性を回避しないことなどと理解することができる。
(※3) 内田貴『民法Ⅱ〔第3版〕』339頁(東京大学出版会2011)。
(※4) 平井宜雄『債権各論Ⅱ』28頁(弘文堂2019)。
つまり、課税庁から否認される予見可能性が認められる場合には、かかる予見可能性を基礎としてその危険を回避しなかったことに注意義務違反を見出すことができるのである。
(了)
「酒井克彦の〈深読み◆租税法〉」は、毎月第2週に掲載されます。






















