酒井克彦の
〈深読み◆租税法〉
【第58回】
「日本税理士会連合会の建議から租税法条文を読み解く(その1)」
中央大学商学部教授・法学博士
酒井 克彦
はじめに
日本税理士会連合会等は、毎年、税制改正に関する建議書を関係官庁へ提出している。
この建議書を契機として税制改正がなされることもあり得ると思われるところ、そうであるとすれば、租税法の条文解釈に当たって、かかる条文の制定や改正の経緯を知り得る有力な情報がそこに隠されているのかもしれない。
今回は、日本税理士会連合会等の行う「建議書」なるものの法的性質を明らかにした上で、かかる建議が税制改正に及ぼす影響について概観したい。
そして、その先にある租税法の解釈にいかなる示唆を得ることができるのかについて考えることとしよう。
Ⅰ 国民から政府への意見提出権
1 請願権
日本国憲法16条は次のとおり請願権を保障する。
憲法16条
何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。
これを受けて、請願法(昭和22年法律第13号)が日本国憲法施行の日から施行されており(請願法附則)、請願については、基本的にこの請願法の定めるところによることとされている(請願法1)。
すなわち、請願書は、請願の事項を所管する官公署にこれを提出しなければならず、天皇に対する請願書は、内閣にこれを提出しなければならない(請願法3①)。
仮に、請願の事項を所管する官公署が明らかでないときは、請願書は、これを内閣に提出すればよく(請願法3②)、また、請願書が誤って本来提出すべき官公署以外の官公署に提出されたときには、その官公署は、請願者に正当な官公署を指示し、又は正当な官公署にその請願書を送付しなければならないとされている(請願法4)。
なお、官公署は、単に請願を受理するだけではなく、「これを受理し誠実に処理しなければならない」とされ(請願法5)、何人も、請願をしたためにいかなる差別待遇も受けないことが保障されているのである(憲法16、請願法6)。
2 嘆願書や請願書と応答義務
このように、請願法は、請願書を受理した官公署に対して、「誠実に処理」をすることを義務付けているのであるが、いわゆる「嘆願書」が提出された場合はどうであろうか。
更正の請求期間を経過した後などに、納税者から自己に有利に税額等を変更すべきことなどを求めて課税庁に対して提出されるものを、実務上「嘆願書」などと呼んでいるが、納税者から嘆願書が提出された場合、課税庁側に「応答義務」があるのであろうか。
仮に、かかる「嘆願書」が、憲法の保障する「請願書」に当たるとすれば、嘆願すなわち請願に対する応答義務があるとみるべきなのかとの疑問が生じ得る。
この点について、東京地裁平成24年7月20日判決(税資262号順号12008)が参考になろう。
本件は、原告である納税者が、国税通則法(以下「改正通則法」という)23条1項の更正の請求期間を経過した後に、有価証券の評価損の誤加算による過大申告を理由として「更正の嘆願」を行ったものの、これに応じた更正がされなかったことから、被告国に対し、所轄税務署長が減額更正処分を行うことの義務付けを求めるなどした事案である。
この事案において、被告国側は、「更正の嘆願は、税法上に規定があるものではなく、納税者の税務署長に対して要望ないし陳情を述べるものであり、嘆願は、税務署長の職権発動を促すにすぎないものと解され、かかる嘆願に基づき、税務署長において何らかの処分をすべき法令上の規定は存在しない。」と主張した。
これに対して、原告は、「更正の嘆願は、請願法1条にいう『請願』に該当するものと考えられるから、請願法5条に基づき、請願を受けた税務署長等には、請願を受理し誠実に処理する義務を生じる。」と反論した。
これら両当事者の主張に対し、東京地裁は次のように判示し、原告の主張を排斥している。
国税通則法は、納税申告をした納税者が誤って過大申告をしたときの救済を図るという要請と、租税法律関係の速やかな確定による法的安定性を図るという要請の調和点として、期間制限を伴う更正の請求という制度を設けたのであって、この更正の請求期間経過後も申告納税者が過大申告の救済を訴求し得るということになれば、およそ期間制限を伴う更正の請求という制度を設けた趣旨が没却されることになる。
このように、東京地裁は、まず期間制限を伴う更生の請求の趣旨を論じた上で、原告主張に対し次のように述べる。
本件嘆願が請願法1条にいう請願に該当する旨主張するが、請願法は、5条において、官公署において適法な請願を受理し誠実に処理しなければならない旨規定しているものの、官公署に対して請願に応答すべき義務まで課すものではないから、本件嘆願が請願法にいう請願に当たるとしても、「法令に基づく申請」に当たらないことは明らかである。
すなわち、東京地裁は、請願法は「誠実に処理しなければならない」としているものの、「応答義務」を課すことまでを規定しているものでないとの立場から、仮に、嘆願書が請願書に該当するとしても、そこに応答義務があるとはいえないとの判断を示したのである。
このような判断は、他にも新潟地裁平成18年2月23日判決(税資256号順号10326)及びその控訴審東京高裁平成18年7月31日判決(税資256号順号10486)においても示されている(最高裁平成18年12月22日第二小法廷決定(税資256号順号10607)は上告不受理)。
また、過去にも、「憲法16条及び請願法で認められる請願とは、国又は地方公共団体の機関に対し、その職務に関する事項について希望を述べるものにすぎず、請願を受けたものがそれに対して応答する義務を負うものではない」と示されてきたところである(東京地裁平成元年6月14日判決・税資175号1頁)。
このような裁判例をみると、裁判所は、請願書について、請願法に「誠実に処理しなければならない」と規定されてはいるものの、そのことをもって応答義務があるとまでは解し得ないとの立場にあるから、これらの判断を前提とすれば、嘆願書についてもその応答が義務付けられているものとは理解されていないことが判然とする。
すなわち、国等に応答義務がない以上、請願権は国民から政府等への「意見提出権」と位置付けられることになりそうである。
Ⅱ 税理士会等の建議権
ところで、税理士、弁護士、公認会計士及び弁理士等の職業専門家には国民一般に認められている上記の請願権とは別に、建議権というものが保障されている。すなわち、税理士には請願権に加えて、建議権なるものも重畳的に認められているのである。
では、この建議権とは如何なる権利をいうのであろうか。
大日本帝国憲法40条は、「両議院ハ法律又ハ其ノ他ノ事件ニ付各々其ノ意見ヲ政府ニ建議スルコトヲ得」と規定しており、明治憲法下では、議院がその意思又は希望を政府に申し述べることを建議としていたが、今日的に建議とは、議院に限らず、公的に意見を申し述べることを意味している。
税理士は、その職業上専門とする租税法分野について専門的知見を有していることから、その職業法たる税理士法に建議に関する規定が置かれているのである。
税理士法49条の11《建議等》
税理士会は、税務行政その他租税又は税理士に関する制度について、権限のある官公署に建議し、又はその諮問に答申することができる。
税理士法49条の15《税理士会に関する規定の準用》
第49条の2第1項、第49条の4、第49条の5、第49条の7から第49条の9まで及び第49条の11の規定は、日本税理士会連合会について準用する。
弁護士法42条《答申及び建議》
弁護士会は、日本弁護士連合会から諮問又は協議を受けた事項につき答申をしなければならない。
2 弁護士会は、弁護士及び弁護士法人の事務その他司法事務に関して官公署に建議し、又はその諮問に答申することができる。
公認会計士法46条の9《建議及び答申》
協会は、公認会計士に係る業務又は制度について、官公署に建議し、又はその諮問に答申することができる。
弁理士法68条《建議及び答申》
弁理士会は、弁理士に係る業務又は制度について、経済産業大臣又は特許庁長官に建議し、又はその諮問に答申することができる。
これらはいずれも、職業専門家の団体に、その専門分野における専門家としての意見を官公署に対して建議し、又は官公署からの諮問に対して答申を行う権利を認めた規定である。
すなわち、職業専門家団体がその専門分野に関する法案の立案過程において、専門家としての意見を述べ、その所管官庁がこれら意見を尊重することにより国民の負託に応えていくことが期待されているのである。
(続く)
「酒井克彦の〈深読み◆租税法〉」は、毎月第2週に掲載されます。






















